捧げ物 | ナノ




 「あれ、日向?」

 朝、学校へ向かう途中。いつもは見かけない日向の姿を発見し、嬉しくなって駆け寄った。オレの声に日向は何故かビクリと肩を震わせ、ぎこちなく振り返った。表情は完全に固まっている。

 「お、う……」

 取り敢えず、口は動くらしい。固まっているように見えたのはオレの気の所為か、と思い直して、オレは改めて首を傾げた。

 「珍しいな。日向、もう少し早くなかったか?」
 「あー…まあ、うん」

 曖昧な返事をしながら目を泳がせる日向。やはり、今日はどこか様子がおかしい。

 「どうかしたのか?」

 心配になって尋ねるも、日向は聞いているのかいないのか、答えてくれない。その代わり、逆に質問し返してきた。

 「お前は、いつもこの時間なのか?」
 「そう、だけど……」

 頷くオレに「そうか」とだけ呟くと、日向はふわりと小さな笑みを浮かべた。







 「へえ、日向がねぇ……」

 木吉に今朝のことを話すと、驚いたように目を見開きつつも面白そうに口元を歪めていた。
 因みに、オレが日向に想いを寄せているということは木吉しか知らない。勿論日向には告げていないし、他の連中にも言う気はなかった。ただ、何となく木吉には言ってもいいかな、と思ったから木吉に話したってだけだ。

 「何か異様に可愛くてさ。どうしたのかな、日向」
 「日向は可愛いもんなぁ」

 頷きながら、そういえばと木吉がふと顔を上げた。

 「この間、伊月のことを日向から色々聞かれたな」
 「オレのこと?」

 それは、日向が少しでもオレに興味がある、ということだろうか。

 「誕生日とか趣味とか……ああ、彼女がいるかどうかも聞かれた、かな」
 「え……」

 木吉の言葉に、オレは完全にフリーズした。
 ちょっと待て。それがもし事実ならば、少しは期待してもいい、ということか? 少しはオレのことを意識してるって――
 しかしそこまで考えて、首を振る。男同士って時点で常識から逸しているのに、ここまで事が上手く運ぶとは思えない。ただの興味本位って可能性もあるのだ。

 「面白いよな、日向も。そんなのオレじゃなくて本人に聞けばいいのに」
 「そう、だな」

 そう考えたら急に冷めてきて、一人で盛り上がってた自分が馬鹿らしくなってきた。
 日向に確かめたい。けど、確かめちゃいけない。恋人までは望まないから、せめて友人という関係は壊したくない。
 自分に強く言い聞かせてオレは小さく息を吐き、木吉に感づかれないように作り笑いを浮かべておいた。







 ――翌日、強く言い聞かせておいた筈なのに。

 「あ、日向」

 再び登校時に日向と出くわせば、そんな決意も脆く崩れてしまって。いつの間にか、オレの顔には笑みが浮かんでいた。

 「……はよ」

 しかし日向は、何故かオレと目を合わせようとせず、軽く片手を上げるだけの挨拶を返してくる。
 これは――照れてる?

 「日向?」
 「……何だよ」

 ちょっと気になってしまったので、日向の前に回り込んで顔を覗き込む。すると日向は、一気に真っ赤になって焦ったように目を泳がせた。
 え、何この反応。可愛すぎるんだけど。

 「いや、呼んだだけ」
 「用もないのに話しかけんな!」
 「無言で一緒に学校行くのか?」
 「っ…」

 めっちゃ焦ってる。超動揺してる。
 ここまでされて、期待しないでくれと言う方がおかしい。むしろ、期待してくれと言われているようなものだ。
 少し逡巡してから、オレは意を決して昨日木吉から聞いた話を切り出した。

 「なぁ、お前が木吉にオレのこと聞いたって、本当?」
 「は!? 何でそれ…!」

 どうやら木吉の話は本当らしい。それも、この反応からするに、動機はオレの希望通りの可能性が高かった。

 「誕生日は10月23日、趣味はダジャレで特技はダジャレ100連発。好きな食べ物はコーヒーゼリーで……彼女はいない。好き奴はいる」
 「え……」

 日向が最後の言葉に反応したことを、オレは勿論見逃さなかった。

 「いるよ、好きな奴」

 もう一度、ゆっくり繰り返す。日向の瞳を逃さないまま。

 「本当…か?」

 何かを堪えるような日向の顔を見てしまえば、もう抑えることなんてできなくて。

 「うん。……好きだよ、日向のこと」
 「は?」

 今度は一変して間抜け面。ころころ変わる表情が面白すぎて、思わず吹き出してしまったオレを、日向ははっと我に返って睨みつける。

 「おい、何笑ってんだよ」
 「くっ…だって、アホ面……はっ! ああほら、アホ面なんか晒すんじゃないずら」
 「何処の田舎モンだうぜぇ逝け!」

 いつも通り、オレの頭をはたこうとした日向だったが、オレは振り下ろされた腕を掴んでそのまま引き寄せた。

 「なっ…」
 「好きだよ、日向。大好き」

 気持ち悪いなら突き放してくれても構わない。けど、今は伝えたい。一筋見えた可能性に、かけてみたい。
 真っ直ぐなオレの言葉が功を奏したのか、暫く躊躇った後、日向の腕がオレの背中に回ったのを感じた。

 「嘘、じゃなくて?」
 「好きな奴に、何で嘘つかなくちゃいけないんだよ」
 「本当、に…?」
 「うん」

 はっきりと、日向の耳元で頷く。掌を少し握ったと思ったら、日向は回した腕に力を込めてきた。

 「すき、好きだ、伊月。お前のこと、知りたくて、一緒にいたくて……」

 だから、木吉に聞いたのか。
 だから、オレの登校時間を調べたのか。
 嫌いな奴にやられたら完全にストーカー行為だけど、好きな奴にやられると滅茶苦茶嬉しい。

 「……日向、可愛い」
 「かわっ…お前、何だよそれ!」
 「そのままの意味だよ」

 そう言って、オレは日向に口付けた。不意打ちに目を見開いた日向に目で笑いかけると、日向も同じように笑い返してくれて、オレに身を預けてきた。唇を離すと、目の前には顔を真っ赤に染めてはにかむ愛しい人の姿。

 「――今度から、一緒に登校するか」
 「今の…誰かに見られたか?」
 「まさか」

 笑いながら、オレは日向に小さく耳打ちする。

 「日向と何があってもいいように、あんまり人いない道選んでるから」

 ただの妄想だったけど、それは今、こうして現実となった。未だ信じられないが、照れくさそうにオレを見つめる日向がその証拠。

 「……なら、一緒に行くか」

 微かに頷く可愛い恋人に愛しさを覚え、オレはもう一度口付けるのだった。




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