birthday | ナノ




※前日談ssに放置。



 「あの、福井さん」
 「ん?」

 三年の教室が並ぶ廊下で、二年の氷室辰也は偶然捕まった先輩福井健介を呼ぶ。許してもらえるだろうか、と少し緊張しながら、氷室は口を開いた。

 「オレ、今日の練習、休ませてほしいんですけど」
 「は?」

 氷室の言葉に間抜けた声を出したのは福井ではなく、氷室の背後を通りかかったらしい三年岡村健一からのものだった。"何馬鹿なこと抜かしてんだ"というより、少し焦ったような色をその顔に浮かべている。

 「あ、岡村さん。こんにちは」
 「こんにちは…じゃないわ! 氷室、それは本気か!?」
 「え、ええ…出来たら、で構わないんですけど」
 「駄目じゃ駄目に決まっとる!」

 氷室に掴みかかりそうな勢いの岡村を慌てて牽制したのは福井だ。こちらも岡村に対してではあるが、同じように焦った様子だった。

 「馬鹿! お前、わかりやすいんだよ!」
 「うっ…」

 押さえ込んだ岡村を叱責する福井。小声のつもりか知らないが、氷室には丸聞こえだ。不審に思っ氷室は、首を傾げながら二人に声をかける。

 「あの…今日、何かあるんですか? 休むのがまずかったら、無理にではないんで出ますけど……」
 「あー…」

 困ったように頭を掻きながら、福井は暫く戸惑ったように顔を顰めた。しかし一つ息を吐くと、

 「悪いけど、今日は出てくれ」

 申し訳なさそうにそう告げた。







 「――オレの方が、先に約束してたのに」
 「だから悪かったって。けど先輩に言われちゃったから……」

 現在、氷室は物凄い怒りオーラを放つ紫原に対して、何度も謝罪し許しを請うていた。しかし、紫原の怒りは収まる気配がなく、氷室は完全に困惑している。

 「オレよりそっちの方が大事なんだ」
 「そういうわけじゃないよ。でも、仕方ないだろ?」
 「…………」

 氷室を睨みおろしながら、少し何か考え込んだ紫原は、それじゃあ、と氷室の腕を掴む。

 「明日の夜、室ちんのこと頂戴」
 「アツシ、明日も学校だから」
 「じゃあ許さない」

 これではいつまで経っても解決しそうにない。どうしようか、そう思ったそのとき。

 「廊下、通行の邪魔アル」
 「あ、すみま――あれ、劉?」
 「ん?」

 氷室と同学年の留学生劉偉が、二人の前に現れた。目の前の人物が誰かを認識すると、劉ははっとして二人に問いかける。

 「今日の放課後のことアルか?」
 「バスケに室ちんは渡さないから」

 劉の問いに答えず、紫原は氷室を後ろから強く抱き締める。一瞬目を見開いた劉はしかし、すぐもとの表情に戻り、

 「10分だけでも顔出すアル」

 それだけ言って、去っていった。

 「10分…だけ? というか、劉何か知ってたのかな」
 「知らない。とにかく室ちんはオレのだから」
 「アツシ、皆見てるから離してくれる?」

 苦笑を浮かべ、やんわりと拒絶の意を示す氷室だったが、不愉快そうに眉根を寄せた紫原にさらに抱き締められ、ため息を吐くのだった。







 放課後、嫌がる紫原を半ば引きずりながら部活へと向かうと、氷室を待ち受けていたのは――

 「誕生日、おめでとう!」
 「え……?」

 特別な装飾もご馳走も何もないけれど、何よりも温かい三人の笑顔。

 「福井さん、岡村さん、これは――劉も?」

 戸惑う氷室にしてやったりな三人は、楽しそうに用意したプレゼントを氷室に渡した。

 「これはワシらから、まとめてだがお前にじゃ」
 「どうせお前のことだから、忘れてたんだろうけど」
 「放課後、紫原もそれで氷室誘ったんじゃないアルか」

 完全に固まっていた氷室だったが、劉の言葉で紫原を振り返る。しかし紫原は氷室を見ておらず、氷室の向こう側にいる先輩三人を睨んでいた。

 「ま、先は越させてもらったな」
 「……別に、そんなこと思ってないし」

 ふいと顔を背ける紫原の横顔は拗ねていて、劉の言葉に信憑性をもたらした。

 「そう、なの? …アツシ」

 もしもこれで紫原が頷いたら、そう考えただけで氷室の中には申し訳なさと共に、どうしようもない愛おしさが生まれた。
 だが勿論、素直ではない紫原が素直に頷く、なんてことはなく。

 「はぁ? 何のこと? 室ちんが自分の誕生日忘れてるくせに、オレが知ってるわけないじゃん。馬鹿じゃないの?」

 蔑むような紫原の視線を受け、氷室は思わず笑みを零した。
 ひねくれた紫原の、これ以上ない肯定の意を示す言葉だったから――

 「氷室、開けてみてくれ」

 岡村に呼ばれ、紫原で頭がいっぱいだった氷室は我に返る。そういえば自分は、差し出されたプレゼントを未だ受け取ってすらいなかった。

 「でも…いいんですか?」
 「お前が受け取らないと、行き場がなくなるだろ」

 苦笑混じりに言う福井に、それもそうだと頷くと、氷室は包みを受け取って軽く頭を下げた。それから、丁寧に包装を解いていく。が、中から出てきたものに、氷室は一瞬目を疑った。

 「こ…れは?」

 氷室の手にあるのはペンダント。しかし一つではなく、対になる形で二つ似たようなものが入っていたのだ。

 「部内公認ってことで」

 悪戯っぽく笑う福井に、自分と紫原に対して贈られたものなのだと悟った。







 「アツシ、いつまで拗ねてるの?」
 「別に、拗ねてないし。室ちん目腐ってんじゃないの」

 あれから、プレゼントを受け取った氷室と不機嫌丸出しな紫原は、今日はもう帰っても構わないと許しをもらい、その言葉に甘えて帰ることにした。二人きりになっても紫原は機嫌を損ねたままだったが、反対に氷室は嬉しそうに笑みを浮かべている。

 「でもありがたいな。こんなふうに祝ってもらえるなんて」
 「……よかったね」

 見事な棒読みに苦笑を零す。一つ息を吐くと、氷室は紫原の前に回り込んだ。

 「ありがとう、アツシ。オレの誕生日、知ってて昨日から気にかけてくれてたんだろ」

 アツシが覚えてて、祝ってくれようとしたことが、一番嬉しい。
 素直な気持ちをそのまま告げると、紫原の頬は一気に朱色に染まった。

 「だ、だからっ! 何一人で勘違いしてんの!? 見てて痛いんだけどっ」
 「本当に?」

 真っ直ぐに紫原を見つめ、優しく問いかける。一瞬言葉を詰まらせた紫原だったが、氷室の優しい声音にくだらない意地が徐々に溶け出したらしく。

 「……室ちん、今日…暇?」
 「うん」
 「これから…オレの家、来てくれない?」

 恥ずかしそうに俯きながら、小さな声で言葉を紡ぐ。しかし紫原は氷室よりずっと背が高いから、氷室には照れた表情が丸見えだった。そんなところも堪らなく愛おしい。

 「喜んで、伺わせてもらうよ」

 喜びを噛み締め頷くと、紫原も嬉しそうに小さく微笑んだ。





―――
この後の話はssに放置。




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