birthday | ナノ




 「会議でもしてよっか!」

 誠凛高校バスケットボール部監督相田リコの言葉に、集められたメンバーはぽかんとしている。

 「……会議ってお喋りの延長でやるモンだったか?」

 沈黙を破ったのは同部の主将日向順平、眉間に深い皺を寄せてチームメイトに目配せをしている。彼らも日向同様、首を傾げながら顔を見合わせていた。

 「いいのよ。何が何でも会議をするのよ。というか、そろそろ気が付くことがあるんじゃない?」

 一人勝手に完結させるリコに突然尋ねられても皆頭を捻るだけで、何を答えていいかわからない様子。しかしそこで、はっとしたように木吉鉄平が部屋を見回した。

 「そういえば、伊月はどうしたんだ?」
 「あれ、確かにいないな」

 同調するように頷く土田聡史を傍目に、黒子テツヤがぽつりと呟いた。

 「誕生日……」
 「は? 誰んだよ」

 隣にいたから黒子の声が聞こえたのだろう、火神大我が訝しげに黒子を見下ろす。黒子は火神を見つめ返し、少し頬を緩めた。

 「確か、今日は伊月先輩の誕生日です」

 お祝い楽しみですね、なんて楽しげに言っている黒子は知らない。自分の言葉で約一名、完全にフリーズしてしまっていたことを。







 そんな訳で監督主催で開かれた、伊月俊誕生日パーティー企画会議。参加者であるバスケ部面々は、嬉々として会議に臨み、順調に事が決まっていく。
 そんな中、先程フリーズしたその人は。

 「じゃあセッティングはオレ達が担当で、プレゼントは木吉と日向に――日向? おーい、聞いてんのか?」

 小金井慎二の呼び掛けにも全く反応することなく、微動だにしない。ただ、その顔に張り付いたかのように、絶望的な表情が浮かんでいた。

 「キャプテン、どうしたんスか? つか意識あんのか?」
 「意識はあると思います。ただ、ショックで固まってる、みたいな……」

 一年レギュラー二人の言葉に、木吉は何か思い当たったのか日向を凝縮する。ようやく気が付いた日向は、木吉の視線に顔を上げ「何だよ」と言いたげに顔を顰めていた。が、木吉が決定的な一言を口にした瞬間、日向は――

 「お前、忘れてたんだろ」

 図星をさされた為、羞恥で顔を紅潮させるのだった。







 「……どうしたらいいんだ、オレ」

 日向が伊月の誕生日を忘れていた、というのは、会議がそっちのけになる程の大問題だった。

 「恋人の誕生日を忘れるなんて、最低ですね」

 ストレートで冷たい黒子の言葉は、グサリと音を立てて日向の胸に刺さる。隣にいた火神は、宥めるように黒子の肩に片手を置いて自分の方へと引いていた。そんな火神を、黒子は未だ白い目で睨み上げる。

 「火神君、これは一大事ですよ。キミもボクも、誕生日を忘れるなんて失態はしたことがないでしょう」
 「ま、あ…それはそうだが……」

 気迫に負けて頷く火神が決定打になったのか、日向の纏う空気が一層重たくなる。慰めているつもりなのだろう、狼狽しながらも水戸部凛之助が日向の頭をポンポン撫でていた。勿論少しも意味をなさないが。
 そしてここで、全く空気の読めない存在が約一名いることが明らかになる。

 「そうか、忘れちゃったんだな。ドンマイ!」
 「死ね!」

 朗らかに言い放つ木吉に、日向は怒号を飛ばしながら膝に蹴りを入れた。そんな中、うずくまる木吉を見下ろしながら、リコは何か考え込むように顎に手をあてた。

 「なら、計画は変更ね」
 「は? 変更って……どうすんだよ、ですか」

 急に予定変更を宣言するリコに、鈍い火神は何も感づいていない。呆れながらも、そんな恋人をフォローするかのように黒子が一つ息を吐いた。

 「つまり、キャプテンが伊月先輩の為に、恋人らしいお祝いが出来るよう協力するってことです」
 「それなら、オレも全力で協力するぞ」

 いつの間に復活したのか、やる気満々な木吉が立ち上がって拳を握る。小金井や土田も笑顔で頷き、水戸部は日向に『よかったね』とでも言いたげな笑みを向けていた。しかし、当の日向は困惑気味だ。

 「協力って…何する気だよ。もし変なことなら――」
 「失礼ね。幼馴染として、そこはきちんと計画するわ」

 珍しく何も企んでいない純粋な瞳で、リコは日向を見ながら得意気に笑っていた。それで納得がいったのか、

 「――なら、頼むわ」

 申し訳なさと感謝の気持ちとが混ざった苦笑いを浮かべ、日向は皆に頭を下げた。







 「飾り付けよし、料理よし、ケーキよし……あとは日向君ね」

 完成した会場を見渡し、満足げにリコは頷いた。
 因みに今、日向はいない。木吉と一緒に伊月の誕生日プレゼントを購入しに――という名目で、会場から離れてもらったのだ。

 「で、あとは伊月を呼んでオレ達が消えればいいんだよな?」
 「その通りよ」

 楽しそうにニヤニヤしてる小金井に頷くリコの計画はこうだった。
 まず、役割分担を決めてパーティー準備をする。会場のセッティングは小金井と水戸部、料理は火神と黒子、ケーキは土田に購入してきてもらった。一番の要となるプレゼントは勿論日向が担当だ。付き添いという形で木吉をつけたのは、なるべく長時間日向を会場に近付けない為。二人が留守の間に全ての支度を済ませ、準備終了後、買い出し中の木吉にはリコが別の買い物を要求。二人を別れさせてから日向だけを会場に帰して、同時刻に伊月を会場に放り込む、という算段だ。

 「とにかく、二人きりにしないと日向君は動かないからね」

 日向は未だ、全員で誕生日パーティーをやると思い込んでいる。要は、二人にサプライズを仕組んだ、ということだ。

 「それで私達は、このカメラで盗撮ね!」
 「いいのかよ、んなことして……」

 火神は一人、その点だけは納得していない様子だ。仕方がないだろう、一本気な火神にとって、後ろ暗いこと程やりにくいものはないのだから。

 「さて、作戦決行よ!」

 とにもかくにも、伊月プラス日向の為のサプライズ企画、スタート。







 リコから別の買い物を頼まれたという木吉と分かれ、単身会場に到着した日向は、唖然とした。

 「いや、何で誰もいないんだよ」

 アホ面を晒す自分をカメラ越しに笑っている連中がいるとは露知らず、困り果てた日向は呆然とそこに突っ立っていた。取り敢えず誰か探しに行かなければ、と振り返って扉に手を伸ばした瞬間。

 「あれ、日向?」

 同時に向こう側から扉を開けられ、そこから姿を表した人物に日向は完全に固まった。

 「い、づき……」

 驚きと、戸惑いと。どうしたらいいかわからなくなってしまった日向は、ただただ伊月を見つめている。しかし伊月は日向の存在より、その奥のものに驚いていたようだった。

 「え、これって……」

 部屋を彩る装飾。広げられたら絢爛豪華な食事。"HAPPY BIRTHDAY"と書かれたプレートの乗ったケーキ。そして、プレゼントらしき包みを手に一人佇む日向。

 「日向が…?」
 「は?」

 誤解されても仕方ない状況ではあるが、伊月が言わんとすることをパニクってる日向が察する筈もなく。何のことかと聞き返す前に、日向は伊月に抱きしめられていた。

 「なっ…ちょっ!」
 「ありがと、日向。覚えててくれたんだ」

 伊月の言葉に、ようやく彼が驚いていた理由を理解すると、日向は痛みを堪えるように顔を顰めて伊月を押し返した。

 「日向…?」

 この空気は、壊すべきではないのかもしれない。そんなことは百も承知だ。しかし、真実を言わないで心から伊月を祝福できるのだろうか――?
 暫し逡巡した日向だが、意を決して伊月を正面から真っ直ぐ見つめた。

 「……悪い、伊月。これ、オレが計画したことじゃないんだ」

 日向の言葉に、伊月は目を見開いた。傷付けたくはなかったが、それでも日向は唇を動かす。

 「カントクがやろうって言い出したんだよ、誕生会。それで思い出したんだ、今日がお前の誕生日だって。…つまりは、その……忘れてたんだよ、オレ。お前の大事な日なのに」

 嫌われたらどうしよう。それよりも、伊月が深く傷付いてしまったらどうしよう。
 全てを告白した日向の頭にはそれしかなく、泣きたくなんかないのに視界がぼやけた。伊月の表情もよく見えなかったが、今は流れてくれた涙に感謝したかった。

 「――日向」

 長く感じられた沈黙は、実際は一瞬だったのだろう。伊月の慈しむような優しい声に、日向はびくりと震えて身を強張らせた。

 「それでもお前は、一生懸命やろうとしてくれたんだろ? それに、忘れてたとか、そんなのどうでもいいよ。日向はここまで必死になってくれてるんだし、そういうとこもひっくるめて、オレは日向が好きなんだから」

 だから、ありがとう。
 紡がれた囁きは日向の涙腺を決壊させ、日向は愛しい恋人の前で子供のように泣きじゃくった。
 何で、何でそうなんだ、お前は。どうしてこんなにも――
 普段の流れでそのまま唇が寄せられる。静かに受け止めようと思って、日向はゆっくり瞳を閉じた。が、いつまで経っても伊月の唇が日向のそれと重なることはない。代わりに、呆れたような伊月のため息が聞こえてきた。
 何かやらかしてしまったのだろうか、と日向が顔面蒼白になっていると、

 「いい加減にしろよ。オレが気付かないとでも思った?」

 日向とは反対方向、扉の上に向かって怒ったように言葉を放つ伊月が視界に飛び込んできた。

 「お、い…伊月、何やって――」
 「カメラだよ。どうせカントク達だろ」
 「っ!?」

 伊月の言う通り、そこには小さな小型カメラが設置されていた。全く気が付かなかった日向は、今まで自分がやらかした失態を思い出して顔を真っ赤に染める。

 「う、そ…嘘だろ!? オレ、泣いて――」
 「ああ、オレの日向の泣き顔を見たっていうのは、重罪だな」

 頷くと伊月はもう一度日向に向き直り、お互いがしっかり映るように身体の角度を変えた。

 「よく見とけよ」

 言うが早いか、伊月は見せつけるように日向に口付けた。そんな伊月に、日向は完全に硬直し、カメラの向こうにいたバスケ部メンバーは悲鳴とも歓声とも言えない声を上げるのだった。





―――
ベタと言われても構わない裸リボンキャプ下さry
あ、直後談はssにて。




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