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ある晴れた日に side:黒子

 「明日ね、青峰っちが帰ってくるんスよ」

 歌うように言った彼は、愛おしそうに瞳を細め、ふにゃりと笑う。正面でそれを見つめながら、ボクは複雑な心境にどう返事をすればいいか戸惑った。

 「黒子っちも久しぶりっスよね? やっぱ会いたいーっ、とか思うんスか?」
 「え、ああ、まあ……そう、ですね、はい…」

 だから急に振られて戸惑いを押し隠せなかったのは仕方がないと思う。運の良いことに、彼はボクの戸惑いに気が付けない程酷く幸せそうに自分の世界に入っていた。その幸せが明日どうなるか、考えただけでも恐ろしい。
 世界は、あまりにも残酷だ。

 「そっスよね、相棒だった人だし! あー、早くバスケしてぇなぁ…」

 ふふ、とおかしそうに声をもらす黄瀬君が、青峰君に会えることを心の底から待ち遠しく思っている黄瀬君が、ボクの心に刃となって突き刺さる。
 彼は、何も知らない。単身アメリカへと飛んで行った恋人が、どう変化して帰ってくるか。その変化が、どんなに惨いものであるか。

 「オレ、明日は空港、行かないっス。ストバスコートで待ってるから、黒子っち、空港行くよね? 青峰っちが、オレがいなくてどんだけ焦ってたか、報告待ってるよ」

 恋人からそんな可愛いイタズラをされたら、どんなに愛おしいことだろう。けれど−−

 「ちゃんとその通りに、細かく正確に教えてね、黒子っち」

 真実を知っているからと言って、それを伝えるのはボクの役目ではない。

 「…あまり、期待しないほうがいいと思いますよ」
 「そうかなぁ、絶対驚くって!」

 無邪気な黄瀬君を見ながらボクは。

 「…はい」

 一応警告はしましたからね、と心の中で呟き静かに頷いた。
 友人に本当のことも告げられず曖昧な警告で自己防衛に走る、そんな自分に辟易しながら。







 「ようテツ! 久しぶりだな」

 ロビーで座って待っていると、元気の良い声に呼ばれる。振り返れば元々地黒だった肌を更に焦がした青峰君が、大きく手を挙げながらこちらに向かってきていた。

 「大ちゃん久しぶり! 元気だった?」

 ボクの隣に座っていた桃井さんは勢い良く立ち上がると、ぶんぶんと手を振り返している。

 「さつきも久々だな。どうよ、調子は」
 「サイアクだよ! テツくんなかなか告白OKしてくれないし」
 「そう言われましても……」

 ぷぅ、と膨れる桃井さんに苦笑いを返しながら、今度は青峰君の隣を見る。そこには−−

 「Um...コ、ンニチ、ハ」

 ブロンドの美しい女性が、ぎこちない日本語と愛らしい微笑みで寄り添っていた。

 「あ、コンニチハ! もしかして、この人が噂の?」

 いち早く食いついた桃井さんに、青峰君は珍しくはにかみ笑いを浮かべ、軽く頷く。

 「もう三年経つな」

 頭を掻く彼の左手の薬指には、銀色の光がキラリと見えた。隣でその様子を愛おしそうに見上げる彼女の左手も、同じく。

 「うっわぁ〜大ちゃん、よくこんなカワイイ子捕まえられたね! 大ちゃんのくせに!」
 「さつきテメェくせにってなんだよ!」
 「あははっ! 冗談だってば!」

 おかしそうに声を上げる桃井さんと、怒鳴りながらもどこか嬉しそうな青峰君。その横に当然のように収まり笑う女性。
 昔から胸が大きな女性にしか興味のなかった青峰君が選んだとは思えない、控えめな身体付きと儚げな、ふんわりとした雰囲気の天使のような女性。青峰君が外見ではなく、“中身で相手を選んだ”ということを示すには十分すぎる容姿だった。

 「…幸せそうですね、青峰君」

 何の気もない言葉が溢れた。ボクは今、笑えているのだろうか。

 「ん? ああ、そりゃな」

 照れ臭そうな目元も、幸せを抑えきれない様子も、何もかも全部が。

 「……残酷ですね」
 「あ? 何か言ったかテツ」

 いいえ、と頭を振り、笑顔を作る。
 黄瀬君は、何も知らないのだ。
 五年間日本を離れ、アメリカで活動していた青峰君。五年前、黄瀬君と恋人関係にあったまま渡米し、五年ぶりに戻ってきた青峰君。
 そんな彼が黄瀬君とのことを忘れ、渡米した二年後には遠い地で別の女性と永遠の愛を誓い合っていたことを。五年間何の連絡もしてこなかった青峰君を、一途に信じ、健気に待っていた、その愛を、青峰君が容易く裏切っていたことを。

 「そーか、」

 何も知らない青峰君は、特に気にするでもなく明るく笑う。ボクも、仮面の笑いでそれに返す。
 残酷だ。世界はあまりにも、残酷なのだ。







 「大ちゃん、幸せそうだったねー」
 「そうですね」

 うーん、と伸びをしながら先行く桃井さんがため息を吐く。ボクも息を吐いたが、桃井さんのものとは明らかに違った。

 「きーちゃんのところにも行くって言ってたよ、さっき。奥さんのこと紹介するんじゃないかなぁ」

 その言葉に、ズキリ、とボクの心が痛んだ。そんなことをされたら彼は、黄瀬君は、どうなってしまうのだろうか。
 壊れて、しまわないだろうか。

 「テツ君? どうかした?」

 はっと我に返ると、きょとんとした顔をした桃井さんがボクを覗き込んでいた。

 「あ、いえ…すみません」
 「何ともないならいいんだけど……体調悪かったりするの?」
 「大丈夫ですよ、本当に……」

 ボクは、大丈夫。大丈夫じゃないのは−−
 考えて、すぐにやめた。恐ろしすぎて、考えたくもなかった。

 「テツ君?」
 「…何でもないです。それより、少しお腹空きませんか? 桃井さんさえよければ、どこか寄って帰りましょう」
 「えっ、いいの…!? 行く! もちろん行くよ!」

 やったー!とはしゃぐ桃井さんに笑顔を向けながら、友人を守ろうともせずあっさりと裏切ってしまった自分が、こんなにも醜く汚れた生き物だったのかと反吐が出る思いだった。
 黄瀬君、ごめんなさい。ボクは君の友人失格ですね。君はボクのことを親友だと思って、信じていただろうに。君は愛する恋人と、大切だと思っていた友人、二人から同時に裏切られたのだから。そしてボクは、全てを知った上で君を裏切ったのだから。
 胸の中に渦巻くこの靄は、ボクが今後永遠に背負っていかなければならない罪となるのだ。こんなことをしてしまったボクは、もう誰とも正面から向き合うことが出来ないのだろう。
 それが裏切りへの代償なのだ。




2016.5.17
ーーー
アメリカから来た海軍士官ピンカートンと幸せな結婚をした武家の娘の蝶々さん。しかしそれから暫くして、日本での任務を終えたピンカートンは本国へと帰国してしまい、そこで本妻を娶る。蝶々さんは現地妻の一人だったのだ。その事実を知っているピンカートンの友人シャープレスは、蝶々さんに全てを伝えようとするが、彼女の夫を信じ、一途に待つ姿を見た彼はそれを壊すことが出来なかったーー

このあと蝶々さんは全てを知り、「恥に生きるより名誉に死ね」という武家の銘を読み自害します。今回は蝶々さんが黄瀬、ピンカートンが青峰、シャープレスが黒子、という立ち位置になっています。黒子は黄瀬の幸せを壊すことが出来ず、何も知らない青峰本人が壊しにいくーーこの話もまた、黄瀬・青峰、それぞれの視点で描く予定です。できればハッピーエンドにしたいな……




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