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 『今日は午後から雪の恐れがあります。防寒対策をしっかりし、傘などを忘れず持って――』

 ああ、今日は天気が崩れるのか。
 そうして腰を上げ、玄関へ向かう。棚を開けた。奴の傘は綺麗にそこに収まっている。この傘がこの位置から動いたことがあっただろうか。少なくとも、オレは今まで一度も見たことがない。何の為の傘なのだ。

 「はぁ、」

 何回目だろう。最早出勤中の青峰に傘を届けるのも、台所を任されたオレの仕事の一つとなっていた。天気予報くらい見ていけ。オレの仕事を増やしてあの男は何がしたいのか、本当にさっぱりわからない。
 今日の帰りは何時頃なのか、いつも尋ねても言い残さない青峰に電話をかける。メールだと、さぁ、としか返ってこない。馬鹿にしているのだろうか。

 「…あ、おい青峰。お前今日何時に会社出るんだよ」
 「お、きたきた。そろそろ電話してくんだろうと思ってたぜ」
 「は?」
 「いや何でもねえ。こっちの話」

 言いながらも、青峰は何だか楽しそうだ。人に面倒をかけているとも知らないで。全く、本気でこいつはふざけてる。

 「で、何だよ」
 「あ、ああ、今日午後雪だっていうからよ。お前、また傘忘れただろ」
 「んあ、そうだったか?」
 「そうだったよ」

 悪ぃ悪ぃなんて口先だけでは言っているが、実際これっぽっちもそんなこと思ってない、なんて、勿論オレにはわかっていた。けれどこれが青峰という男だ。仕方がない、割り切るしかない。

 「だから傘、必要だろ?」
 「あー帰る時間か。今日は早上がりだから、そうだな…5時くらいか?」

 そして伝えてくる内容もテキトーだ。くらいか?じゃねえ、はっきり正確な時間を教えてくんなきゃこっちが困るんだよ。

 「こっちは寒い中待たなきゃいけねえんだぞ。もっと細かく教えろ」
 「じゃあ5時。5時に降りてきゃいいんだろ。ったくうるせーな」

 誰の所為だよ!
 叫ぶのを堪え、受話器を握りしめる。しかしオレは単純だ。

 「待ってっから」

 言われて向こうから通話を切られれば、一瞬にして、高揚してしまう。







 「よぅ、」
 「あ、」

 5時5分前を目安に到着する予定だった。だが、青峰は既にそこにいた。待っていてくれたようだ。ときめいた。このクソ寒い中外に出させやがったのは青峰で、腹が立っている筈なのに、ときめいた。

 「寒ぃな」
 「…ほんとだよ」
 「つか、何で傘2本持ってんだよ」
 「あ? 何でって、オレとお前の、」
 「いつもいらねえっつってんだろ」

 そう言うと青峰はオレの腕から傘を一本奪い取った。開く気配は、ない。
 またかよ。毎度毎度、何なんだよ。

 「狭いだろうがよ、オレとお前で一本じゃ」
 「知るか。オレがいいっつってんだからいいんだよ」

 もう一本、オレが差してきた方の傘も奪われた。そしてオレの腕を引き寄せる。肩がくっつく。寒い。なのに熱い。何だこれ。

 「つーか何で雪なんだよ。最悪だろ」
 「…なんで、」
 「だって寒ぃじゃん、マジ。あ、でもまあ、いいか」
 「…………なんで、」
 「帰ったらお前とヤれる理由が出来んだろ」

 結局これか。
 落胆して、落ちそうになった肩に、奴の肩がわざとぶつけられる。何だよと睨み上げる、その前に。

 「…なんてな。今日はお前と並んであっついコーヒー飲みてえ気分」

 くしゃっと、鼻に皺を寄せて幼く笑う。オレの顔は、今、何色に染まっているのだろう。髪の毛と、同じ色か?

 「鼻、赤いな。悪かったな、来させて」

 運良く阿呆な青峰は気が付かない。気が付かないけれど、オレは今ので全て、気が付いてしまった。
 いつも天気が崩れる日に傘を忘れオレに届けさせるのも。メールではそっけなく、わざわざ電話をさせるのも。全部全部、こいつの欲。こいつからの愛情。

 「…別に、お前に傘届けんのも、時間確認すんのも、嫌いじゃねえし」

 だからってオレは、素直にはなれないから。精一杯の言葉で、精一杯を伝えた。





20140206

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