30000hit企画 | ナノ




 その日は雨が降っていた。ざあざあとした雨ではなく、ぽつぽつと小降りな雨。なんだ、これくらい。その程度にしか思わずに、オレは今日も自転車に繋がれたリアカーを引いた。早朝出勤で急いでいるであろう大人たちに振り返られるのにももう慣れたものだ。時間の5分前、いつも通り一軒の家の前で自転車を止める。あー冷てえな。流石に冬だから小雨でも冷えるか。でもま、どうせ平均身長超えの大男一人乗せて自転車こぐんだし、すぐ暑くなんだろ。ガチャリと扉が開く音がしたのは、物思いにふけってから一つ息を吐こうとした、そんなときだった。

 「おっはよ、真ちゃん」

 こいつもいつも通り、へらりと笑って軽く挨拶をする。

 「……雨か」
 「中途半端だよなぁ。どうせなら本格的に振ってくれりゃいいのによ」
 「ふざけるな。それでは歩かなければならないだろう」
 「いや少しは歩けよ」

 当たり前のように後ろに乗り、当たり前のようにオレは自販機で手に入れた温かい缶を放る。当たり前のように受け取った奴は、当たり前のようにそれを開け、口に含んだ。お礼の言葉? そんなもん、当たり前のように貰えない。

 「にしても寒いよな、今日」
 「肩だけは冷やすな。プレイに支障をきたす」
 「わかってるっつの」

 会話はぷつりと途切れた。沈黙が下りる。だからといって、これが居心地がわるいのか、そういう訳ではない。むしろよかった。緑間と、何気ない日常を過ごせるのはちょっとだけ、一日の楽しみになっていた。緑間は普段、誰ともこんな風に過ごさない。オレだけ、オレだけが許された特権。緑間に認められているのはオレだけで、その優越感が無性に気持ちよかった。

 「あ、」

 ふと思い出した。

 「そういえばさ、真ちゃん、数学の課題やった?」
 「見せないのだよ」
 「っ、ちょ、オレまだ何も言ってないじゃん!?」
 「お前の言わんとしていることぐらい簡単にわかるのだよ、馬鹿め」

 なら少し手伝ってくれたっていいじゃん。やらない方が悪い。たまにはいいだろ。これで何度目だと思っている。
 ちょっとした、押し問答。馴染みのあるやりとりだ。そして最終的に緑間が折れてくれて、オレのことを罵倒しながらも最後まで付き合ってくれるのも馴染みの流れ。面倒見がいいんだ、何だかんだ言ってさ。







 「高尾、放課後は暇だろう」

 学校に着いて、課題を手伝ってもらって。午前の授業を終え昼食をとっていた、そんなときに緑間がオレの予定を決めつけた。

 「馬鹿にしてんのか」
 「どうせ暇だろう」
 「へえへえ、どうせ暇ですよ」

 正しくは、暇ではない。暇ではないというか、緑間の為に開けてあるというのが正確だ。どうもこのエース様は、オレが自分に付き合って当然だと思っている節がある。そしてオレはオレで、そんな我儘に付き合うのも悪くないと思っている。まあ、そんな感じだ。

 「付き合え」
 「ラッキーアイテム探し?」
 「ああ」

 だろうな、と思った。同時に、楽しみにも思った。絡み辛くないのか、とよく聞かれる。何処が、と肩を竦める。緑間ほどわかりやすく、単純で絡みやすい奴なんかいない。今のオレは至極普通にそう答えていた。出会った当初のオレが聞いたら心底驚いていたかもしれない。そりゃそうだ。第一印象は"変人"だったのだから。

 「な、真ちゃん」

 放課後、練習は休みだった。だからいつもより余裕を持って、雨も本降りになってきたから二人で並んで歩いていた。緑間の傘の位置は、オレより高い。オレは自分の傘が緑間の傘の中に入って奴の肩を濡らさないよう、適度な距離を保って進む。

 「真ちゃん、オレのこと好きなの?」

 並んで歩くことが珍しかったからか、普段の下校時より近い距離にほだされたのか、知らない。何となく、本当に何となく訊ねてみたくなって、オレは緑間を仰ぎ見ていた。

 「何だ急に」
 「急じゃない、ずっと気になってた」

 すると緑間はオレから正面へと視線を戻した。何考えてんだ、降り注ぐ雫を見つめているのか、それとも虚空か、どこも見てはいないのか。
 暫く待っても答えは返ってこなかった。まあいいかとオレも緑間から正面へと視線を戻し、様子を伺うことを諦める。ぱしぱしと、水を弾く軽い足音だけが響いていた。が、ややあって。

 「…――そうでなければ、登下校も、昼食も、こういった空き時間までも共にいようだなどとは思わない」
 「…あっそ、」

 途絶えた。再び足音だけが鳴った。ちらりと盗み見る。緑間は表情こそ変えていないが、けれど先程まで何を見ているかわからなかった瞳は何か先を見ているように――錯覚だろうか。
 まあそのときのオレに、そんなこと考える余裕はなかった訳だけど。緑間の言葉が不意打ちで、喜んでやがる自分自身に戸惑っていた訳なんだけど。
 流石に友人としてか、など聞ける勇気はオレにはなかった。オレだって今、緑間の台詞に、自分がこいつに対して何を抱いているのかわからなくて――いやでも、男同士でそれは有り得ない。
 そうやって打ち消した、この気持ちを自覚するまであと数日。





20140101

[back]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -