「ね、室ちん」 細長いビスにチョコレートをコーティングした菓子をぽりぽりかじりながら、アツシがオレを見下ろした。重力に引かれたその欠片たちは、彼の口から零れ床へと落ちてゆく。 「ちゅーってどんな味がするの?」 「キス?」 「うん」 キスに興味があるというよりは味に興味津々といった風のアツシ。とてもらしくてこの子供っぽい無邪気さが好きなんだよな、なんて思いながら、そうだね、とアツシの唇を見つめた。 「甘酸っぱい、恋の味?」 「うわ、なんか室ちん、痛いし」 「ははっ」 茶化したオレを本当に残念そうに一瞥するのも、何でも素直に受け止めてしまう彼の魅力故だ。アツシは無自覚だろうが、こうやってオレのアツシへの"好き"は積もっていく。 「実際にやってみたら手っ取り早いんじゃない?」 「やるの? 室ちんと?」 「うん」 オレは別に、抵抗なんてない。元々アメリカにいたわけだし、キスなんて挨拶みたいなもので日常茶飯事だ。しかも今からキスしようとしてる相手は、密かに想ってる人でもある。こんな絶好の機会、逃す手はない。 でも流石に嫌がるだろうな、と思っていたから、迷いもなくアツシが頷いたのをオレは信じられない思いで見上げた。 「いいよ。して、室ちん」 まさかこれも子供っぽい性格の影響なのだろうか、子供が両親に何の気なしに口付けるあの感覚と、アツシがオレとキスするのは同じようなものだと――彼自身、思っているのだろうか。 ……まあ、今はそれでもいい。どうせ伝えようとは考えていない気持ちだ、なら、これを好機と誘いに乗っておけばいい。 「…じゃあ、ちょっと屈んでくれる?」 「ん、」 さら、とアツシの少し長めの髪が、屈んだ拍子にオレの頬を撫でた。その感じが無性にくすぐったくて、けどアツシとキスすることに興奮してるのはオレだけかと思うと切なくて、なんだか笑えてしまった。 軽く唇を重ね合わせる。多分、アツシはこれが初めてなんだろう、引き結んだままの唇はオレの口付けに応えようとかそういうものが一切伺えない。 腹が立った。応えてくれないアツシにではなく、応えてもらえるキスが出来ない自分に。むかついて、何としてでも応えてほしくて、唇を離す直前、ぺろ、と軽くアツシの唇を舐めてから軽いリップ音と共に顔を離した。 「オレはチョコの味がしたな。アツシは?」 「チョコ、って…それ、オレがさっき食べてたからじゃん」 あれ、と思った。よくわからないけど、何か違和感を覚えて。ふとアツシの表情を伺ってみると、違和感の正体が何だったのか、すぐに気が付いた。 アツシの顔が、赤い。 * それから暫く、アツシは度々キスをねだるようになった。まだどんな味かわからないとか……確か、そんな理由で。 アツシの唇はいつも違う味がした。あるときは塩辛くて、あるときは酸っぱい。キスするとき、アツシは必ず片手が塞がっているから、その手の中にあるものの味がするだけなんだけど。 「室ちん、今日はちゃんとしてくれる?」 アツシにそう言われたのは、最初のキスから一週間以上経ったときだった。 「ちゃんとって…?」 正直、若干の戸惑いはあったが、今は平静を装ってそう返す。 もしもオレの予想が当たっているのならば、それは今までみたいな触れるだけのキスではなく、恋人にするような――そんなキス、になる……と、思う。 「…ちゃんとは、ちゃんと」 微かに染まった頬に、確信を得た。 アツシは、"そういう"キスを求めている。 「…――座って」 適当な椅子にアツシを座らせ、アツシの足の間に膝をついた。そっと頬に触れ、上向かせる。ぴく、と震えた肩が、とても可愛らしく見えた。 軽く啄むようなキスから、次第に触れる時間を伸ばしていく。最初にしたときと違って、今ではアツシもキスを返そうと懸命になるようになった。オレもそんなアツシに応えたくて、下唇を優しく食む。薄く瞼を持ち上げれば、緊張で固く閉じられたアツシの瞳。強い愛しさが込み上げてきたかと思ったら、もう次からは早かった。 舌先でアツシの唇に触れる。驚いてしまった反動からか、アツシの上唇と下唇の間に僅かな隙間が生まれた。勿論、それを見逃すなんて失態はしない。間髪を容れずに口腔へと己の舌を滑り込ませ、相手のそれが逃げる前に絡め取る。軽く歯列をなぞったり、優しく舌先を吸ってみたり――キスが重なるにつれ、アツシは次第に息をあげていき、キスの合間に甘い声を漏らすようになった。 存分に愛してやってから、名残惜しくもゆっくり唇を離す。薄目に見たアツシの顔は完全に上気していて、朱色に変わった頬と潤んだ瞳が妙に扇情的だった。 「…どう、だった? 味、した?」 高揚の中に紛れる不安を解消すべく、静かにアツシに問うた。先程までぼーっとしていたアツシも徐々に焦点が合ってきたのか、顔を上げてオレを凝視してくる。そして。 「甘酸っぱい、味がした」 広がる笑顔から伝わる感動。ほんと、子供みたいだよな、と微笑みながら、オレはもう一度屈んでその額へと唇を落とした。 「それが、恋の味だよ」 20130511 [back] |