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 あーあ。ここ、切れちゃいましたね。
 長い指先がオレのこめかみに伸びてきて、ぴり、と痺れが走った。触れてきた手の甲には多分、こめかみから流れるものと同じ赤がついているのだろう。
 今、肩震えたけど……痛むんスか?
 先程オレを痛めつけたそれが、今度は愛おしそうに傷口をなぞる。正反対の動きをしたそれに、普通なら恐れるか戸惑うかするのかもしれない。けれどオレは、そうはしなかった――出来なかった。しようとも、思わなかった。
 オレが付けたんスよね、これ。痕とか残っちゃったりするのかな。
 ちょっと掠れた、低めの声。疲れたようなその声に、虚ろで濁った瞳。いつも浮かべている無垢な色は、そこから欠片も伺うことが出来ない。
 責任、ちゃんと取るっスから。だからセンパイ、オレを見て。オレだけを――センパイの世界を、オレだけにして。

 「りょうた」

 静かな声で、その名を呼んだ。
 静かな所作で、その頬に触れた。

 「せん、ぱい…?」

 オレの一言で、くすんだ瞳は正気に戻り、かと思えば入れ替わりで恐れと戸惑いを宿した。本来オレがする目だろ、なんて笑えば、涼太の双眸からはぽろぽろと雫が落ちてきて。

 「ごめ、なさ……ごめん。ごめんなさいセンパイ…っ」

 壊れたスピーカーみたいにただひたすら"ごめんなさい"とだけ繰り返す涼太が、オレを強く抱き締めた。泣きじゃくる恋人は、本当に壊れてしまっていたのかもしれない――オレの、所為で。

 「いいから。お前の気が済むなら、いくら傷付けられたって」

 あやすように背を撫でてやると、涼太は自分で刻んだ傷痕にそっと口付けてきた。大好きだって、愛してるって、精一杯その唇に乗せて。

 「オレも、愛してる」

 口付けに言葉で返したオレを、涼太は少し驚いた様子で見つめてきたけど。でも次の瞬間、その泣き顔にようやくオレの好きな笑みを浮かべてくれた。

 「オレも…センパイのこと、愛してます」

 たったそれだけで、オレはとても幸せなのだと、涼太からの口付けを唇で受けながら笑った。





20130507

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