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 「きーせ、」

 これはまた何ということだろう、あの笠松先輩がいつになく甘えた声で、オレの肩へと頭を預けてきた。

 「な、んすか、笠松センパイ、」
 「いや別に、呼んだだけ、っつーか…」

 今度は鼻の頭を二の腕へと擦り付ける。何だ何だ、何なんだ。オレはあたふたと格好悪く狼狽するばかりである。

 「黄瀬の匂い、やっぱ好きだなーと思って」
 「え…」
 「なあ、」

 呼び声の中、熱くなる頬をどうしたらよいものか、暫し考え瞬きを幾度か。解決の糸口などこんな状況で見つかる筈もなく、自分の目が泳ぎ始めたのを脳がその片隅で察知した。

 「オレら、付き合って何年経つ?」

 唐突な問いかけに、言葉を詰まらせながらも「ろ、くねん、すかね…」何とかそう答えることが出来た。満足げに口元を緩ませる笠松先輩。こんなとき、ああ、本当にこの人はかっこいいな、オレが理想とする男の人だな、なんて思ってしまうのだ。

 「お前、そろそろウチ来いよ」
 「へっ!?」

 何だってこの人はいつもこう、突拍子もないというか、読めないというか……。今もそうだ。ウチに来い? それはその、つまるところ――…

 「引っ越し、ってこと…?」
 「もう半同棲、みたいなモンだろ。毎日どっちかの家で過ごして、飯食って、風呂入って、テレビ見て、寝て、起きて出社して――わかったわ。オレは多分、というか絶対、お前なしの生活じゃ生き甲斐なくしちまう。だから黄瀬、」

 啄むように、何度か重なった唇は、ちょっと湿っていて。オレは泣いているのだろうか。顔を離したとき、困ったようにくしゃりと笑う笠松先輩が、優しくオレの頬を舐めてくれて――嬉しいんだ。幸せなんだ。そうしたら、涙が出てしまったのだ。
 言葉で答える代わりに、オレは思い切り、彼の首に縋り付いた。




20140813

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