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 「真ちゃんってさ、オレとのキス、好きだろ」

 唐突に、高尾が言った。緑間はびくりと肩を震わせ、その反動で口を付けていたお汁粉の缶に前歯をぶつけてしまう。がちり、耳障りで嫌な感覚がした。

 「なっ…んなのだよお前はっ! 今この場で言うことか!?」
 「んー、何となく、急にふと? 思ったからさ。え、違うの?」

 付き合い始めて、もう数年になる。大学生となった彼らは以前と違い会える機会も減っていた。だからどちらからともなく一緒に暮らそうと、そう決めたのだ。
 休日の、まったりとした午後のひととき。賑やかしに付けたテレビをソファで横になり眺めながら、それを背凭れに床に座る恋人を、高尾は後ろからちらりと盗み見ていた。そして持った感想が、先の一言である。
 長く付き合う二人の間には、暗黙のルールがあった。それは、決して嘘をつかないこと。というより、二人は互いに嘘をつくことを嫌がったのだ。今どき珍しいかもしれないが、高尾は緑間に、緑間は高尾に、嘘の自分は見てほしくない。そう思ったのだろう。
 だから今、緑間は困惑していた。ここで本当のこと、つまり"Yes."と言ってしまえば、まず第一に羞恥に見舞われる。そしてこの、調子のいい男のことだ、もし自分がそんなことを口にすれば、腹の立つにやけた顔でからかってくるに違いない。
 では"No."と答えるのか? 否、嘘をつくことだけは避けたかった。緑間は高尾にありのままの自分以外を見せたくはないし、何より愛する者に嘘をつくというのは大きな裏切り行為に値すると考えていたからだ。
 一人悶々と悩む緑間に、高尾は待てが出来ない犬のように「ちょっと真ちゃん?」「なぁどうなんだよ」とそれはそれは執拗に問いかける。鬱陶しいと思った。少しは待てないのだろうかと。

 「真ちゃんってば、もしかして無視――」
 「煩いのだよ」

 行動に出たのは緑間だった。煩いと思うのであれば、その根源を封じてしまえばいい。単純な、それでいて甘い作戦は、この高尾という男には効果覿面だったようだ。そしてまさか緑間からこんなことを仕掛けられるとは露程も思わなかった高尾は暫し目をしばたたかせたが、不器用なその行為にたまらない愛しさを覚え、形勢逆転、器用に緑間の手から缶を奪い、テーブルに乗せながら彼を床へと押し倒した。
 気持ち悪くなるくらい甘ったるい口付けは、緑間の全身を痺れさせるには十分だった。自分から仕掛けた筈が、いつの間にか主導権を奪われている。予測出来ないことではなかったが、それでも若干の悔しさはあって、けれど高尾からのキスは気持ちが良くて――ああ好きだ。キスも、この男のことも、たまらなく好きなのだと、緑間はぼうっとなる頭でそんなことを思っていた。

 「…っは…、やっぱ真ちゃん、好きすぎっしょ、オレのこと」
 「言わずともわかれ、バカ尾が」

 蕩けるように甘い戯れはそのまま続き、二人は夢見心地で互いの背に腕を回した。




20140216

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