世の中ってのは、全くどうも上手くいかないように出来ている。 例えばいつも振り回してくれる恋人に、一泡吹かせてやろうと苦手なことを克服してまで策を練り、実行したとする。完璧な筈だった。これで絶対に、あいつを惑わせてやることが出来る、と。しかしどうしたことだろう、完璧だった筈の計画は、上手くいくことが決してないのだ。 まず、一例。 「あ、笠松センパ――」 「そうなのっ? うわぁどうしよう……ねえ笠松くん、手伝ってくれない?」 「おう、勿論いいぜ。行くか」 「センパイ? あの、今からちょっと――」 「悪ぃな黄瀬。オレ今からこいつと用があってよ」 勿論、わざとだ。わざと女子と話しているところに黄瀬を鉢合わせて、黄瀬より彼女の方を優先した。そのときの黄瀬は、落ち込んでいるように見えたのだが―― 二例。 「セーンパイ! 今日一緒に帰りませんか?」 「ん? ああ、構わな――」 「あ、笠松くん! 丁度良かった! あのね、今先生から頼まれごとされちゃって……手が欲しかったの。これ、全部ホッチキスしてって」 「うわ、この量かよ。わかった、取り敢えずそれ持つから――」 「ってごめん、黄瀬くんだよね? 笠松くんに用があった?」 「え、あ、いや別に、大丈夫っス、オレのことは気にしないで――」 これは偶然だった。が、やはり女子の方を優先した。黄瀬は彼女に綺麗な笑みを見せながら、それじゃあ、とだけ残してオレの前から去った。後姿が、小さく見えた気がしたのだが―― こんなことが、何度かあたった。だというのに、黄瀬はオレに特に何か言ってくる気配はない。何故だ。どこで計算が狂った。予定ではそろそろ、ヤキモチ妬いた黄瀬がオレに文句言いに来る筈なのに―― と、校内を歩いていた昼休みだった。オレはふと足を止めた。視線は一点に集中した。だってその先には。 「え、マジで!? 行く行く〜! ねえ、いつにする?」 「私らより、涼太の予定の方先合わせた方がよくない?」 「そうだね。ね、涼太はいつ空いてるの?」 「オレっスか? えっと、次のオフは――」 なんと数人の女子に囲まれ、何やら約束をしている様子の黄瀬がいたのだ。 オレには、何か予定を合わせるような話など、ここ最近全くしてこないというのに。 一応、仮にも恋人のオレとは何の約束もしないで、お前は複数の女子とデートの約束か!? 「シバく……」 許せない。張り倒す。絶対ぶっ飛ばす。 ずんずん黄瀬の元へと進んでいく。オレを見とめた女子共が何故か、急に黙って道を開けた。それに気が付いた黄瀬も顔を上げ、オレを見て取ると「あ、センパイ」なんてのほほんとした呑気すぎる声を発した。 ほんっとこいつだけは許せねえ! 「ちょっと来い!」 「え、ちょ、何……センパイ!?」 腕を引き、人気のない場所まで黄瀬を連れ出す。ああクソ、腹立つ、何なんだよこいつは。 「お前本当にお気楽なご身分だな!」 「わっ、ちょっとセンパイ、いきなりどうしたんスか?」 どうした、じゃねえよ本当にわかってねえのかよこいつ。何なんだよ、好きだなんだ言ってる相手をほったらかして、女と楽しそうにしやがって。 「別にどうだっていいよ、お前が女と遊ぼうがどうしようが、オレの知ったことじゃねえよ。けどな、けど……こっちの身にもなれってんだよ、何だってオレがお前にばっかり、ふざけんなよ、とにかく……ちょ、調子乗ってんじゃねえこの馬鹿!」 「あいたっ」 自分でも何を言ってるかわかっていない。わかっていないが怒っているのはわかったので、黄瀬に一発蹴りをかます。声をあげた黄瀬はしかし、次に見たときは何故か笑っていやがった。 「お、い……何がおかしいんだよっ」 「いや、だってセンパイ、ほんと可愛――」 「うるせえっ!」 「いったい!」 もう一発。恐らく先程より威力が強かったのだろう、若干黄瀬は涙目だ。けれどその笑みが消えることはない。 「ひ、人の気も知らねえで、何にやにや――」 「や、知ってますって、センパイが一生懸命考えて、オレに嫉妬させようとしてたの」 え…、と言葉を失う。 今、こいつは、何と言った? 「普段はそうでもないのに、オレ相手だとあからさまに女の子優先してるし。それもどこかぎこちなくて、しかもそうしながらもオレの様子ちらちら伺ったりして…ほんと、センパイ可愛すぎっスわ」 下の方から、熱が上がってくる。ぷしゅ、という幻聴が聴こえたかと思えば、多分真っ赤になっているであろうオレは口をぱくぱくさせ、自分の眉が吊り上がっていくのを感じていた。 「さっきの子たちも、実は逆にセンパイにお返ししてあげようかなって、協力してもらった子たちで――」 「お、まえ…」 「多分そろそろセンパイがオレのこと探しに来るかなー、なんて思ったらやっぱり不安そうに探しに来るし――」 「ふっ、ざけ…」 「…ん? センパイ? あれ、どうしたっス――」 「ちょっとそこに直れこのド阿呆が!!」 明らかにオレのミスで自業自得ではあったが、羞恥のあまり混乱したオレが怒号をあげ、黄瀬の泣きそうな悲鳴が響いたのは言うまでもないことだった。 20140216 [back] |