※高尾が病んでます。 ※自傷行為表現がありますので苦手な方は回れ右。決して自傷行為を推奨している訳ではありませんというかやめて。 「……最近、嵌っているのか?」 「え?」 ふと、気が付いたことがあり、オレは何の気なしに高尾の腕へと目を落とした。オレの視線を辿って己の手首へと顔を向けると、ああ、と高尾は何故か自嘲気味な笑みを零す。 「黒子がしてたじゃん、これ。だからオレも付けてみようかなーなんて」 結構色んな種類があんのな。 さっきの笑みは錯覚だったのかと思わせる程、一変して楽しげに笑った高尾の腕に二週間くらい前から付いたリストバンド。そう説明されても、やはりオレには理解が出来なかった。 「お前は以前、暑い上にキツイから嫌だと言っていただろう。どういう心境の変化だ」 「人ってころころ好みが変わるもんでしょ」 適当なことを言っている、というのは、入学してからずっと一緒にいるオレにとってすぐ見抜けることだった。 だから、わからない。今まで嘘を吐くようなことをしなかった高尾が何故、今になってはぐらかすような物言いをするのか。 「たか――」 「あ、真ちゃんごめん! オレ先生に呼ばれてたんだった、また部活で!」 声をかけたオレの言葉を遮って、奴はオレから走り去っていく。 まただ――また、はぐらかした。 嘘をつく、はぐらかす、ましてやオレの言葉を遮るなんて、以前には考えられなかったこと。絶対にあいつがしなかったことだ。それなのに。 「……高尾」 ぽつ、と名前を呟けば、横を通り過ぎた女子三人組に訝しげに振り返られた。 あんな行動を昼間に取られたのは、オレの質問に高尾が答えたくなかったから。 そんなものを重々承知の上で、部活が始まる前、部室でオレは詰め寄るように高尾に向き直った。 「どうして嘘をつく」 もう少し別の言い方が出来ないものかと感じたのは、それが口を突いて出、目の前にある頭一つ分低い顔が歪んだとき。こんな言い方は直接的すぎて、聞く側によっては不快に思うかもしれない。 高尾はいつもみたいに怒鳴るだろうか、そう思ったオレの予想とは反して、奴は曖昧に笑って首を傾げていたから少し拍子抜けした。 「嘘って何のことだよ。オレが真ちゃんに嘘つく必要がなんであるわけ?」 気を付けろ気を付けろ。今の高尾は、いつもとは絶対に何かが違う。繊細で傷付きやすくて、簡単に砕けてしまいそうなくらい脆い。だから言葉には気を付けろ。 何度も言い聞かせた呪文のような言葉の羅列は、けれど再びあっさり吐かれた高尾の虚言の所為で呆気なく消え落ちた。 「今だってそうだ、お前はまた嘘を――これだけ共にいて、お前の様子がおかしいことなど、簡単に見抜かれるとは思わないのか!」 何故、自分はこんなに苛ついているのだろう。 何故、自分はこんなにムキになっているのだろう。 先程まで頭を回っていた自分を苛める為の文字は、今度はたくさんの疑問へとすり替わる。 わからない。わからないけれど、腹が立つ。高尾に真実を告げてもらえず、信用されていないのだと感じ、オレではいけないのかと――そんな想いが、一気に自分の中を駆け巡る。 オレが上げた突然の怒号に怯えた目をしていた高尾は、何かに取り憑かれたようにこちらをじっと見上げている。そして、その瞳が段々湿り気を帯び、瞬間的にされた瞬きによって雫が一筋頬を伝っていった。 「た、かお……?」 次にオレを襲ったのは、泣かせてしまったという罪悪感。女を泣かせて感じるならまだしも、どうして高尾の涙にそれを感じるのか――掴めそうで掴めない感情が、今はとてももどかしい。それさえ掴めてしまえば、高尾を泣かせるようなことをしなくて済んだかもしれないのに。 「真、ちゃん……オレ、真ちゃんがわかんない」 掠れた声。揺れる眸。 変な衝動にかられそうになるのを必死で堪え、高尾の言葉の先を待つ。 「真ちゃんは、オレのこと大事なの? オレ――真ちゃんのこと、本当にわかんない。何考えてんのか、何思ってんのか、何にも――」 いつの間にか高尾に握られていたオレの制服に出来た皺は、高尾の感情を物語っているようだった。そこでふと、こうなった切欠のもの――リストバンドが、オレの目に映った。 今なら――平気かも知れない。 そっとそれに手をかけ、少しだけ抜いてみる。そこから現れた生々しいものに、オレははっと息を飲んだ。 「たかお……高尾っ、これ――」 「真ちゃんが、欲しいんだよ」 古くすでに痕になったものから、まだ赤い新しいものまで。何本あるかわからない傷痕を見られ、このとき高尾は何を思ってそう言ったのだろうか。 「真ちゃんしかオレのことわかってくれない。真ちゃんにしか、わかって欲しくない。それなのに真ちゃんは、オレのものになってくれない――それならもう、消えちゃってもいいかなって。オレなんか、どうでもいいかなって」 でも無理だった。手首切ったって、死ぬことなんか出来なかった。 涙で濡れた声の高尾は、知らなかったのだ。手首を切ったくらいでは、人は命を絶つことができない。むしろその行為に依存して、常に自分を傷付けないと気持ちが落ち着かなくなってしまう。そのことを知らずに、ずっと自分を痛め続けていた。 「何、故……」 「真ちゃんがいないなら、オレだけの真ちゃんにならないなら、オレには何にも残らないから。真ちゃんが他のとこに行っちゃったら、オレは生きる希望を持てないから」 いつから、高尾はこんなに縛られていたのだろう。いつから、オレは高尾をこんなにも縛ってしまっていたのだろう。 でも―― 「――お前は、それを望むのか?」 小さく、でもはっきりとオレの問いに頷いた高尾を、自分の腕に閉じ込める。しっかりと、縛り付けるように。 そうか、わかった、と――この瞬間、悟った。 オレは高尾が好きで、高尾もオレを欲していて。好きな相手が望むことならば、オレはそれを叶えてやりたい――それが、どんなに歪んだことだとしても。 オレも、縛られていたのだ。オレに縛られていたこの男に。 「ならば、もうお前を傷付けないと誓おう。身も――心も」 「真ちゃんだけにして。真ちゃん以外、見えなくして」 頷きそっと、口付ける。 遠くからこちらへと向かう、数人の足音が聴こえた気がした。 20130222 ――― 主旨のわからないものを書くのいい加減にしろと誰かに叱咤してもらいたいくらい、最近話の方向性が迷子。 病んだ子の話書くと私はどうも迷子センターに入れられてしまうみたいです。 そしてこの話の真ちゃん、一回もなのだよと言ってないのだよ。 [back] |