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※モブ視点のバレンタイン記念



 バレンタイン、といえば、やっぱり想いを伝える日っていう印象が強いのかな。
 そんなことをぼんやり思いながら、私は手の中にある小さな包みを見つめ、溜め息を吐く。昔から気が小さくて、そんな大それたことから無縁な私だけど、今年こそはとこのお菓子を好きな人の為に用意したのだ。
 中学時代、ふらりと立ち寄った放課後の体育館。揺れる金髪に目を奪われ、同時に心まで奪っていったあの人は、今やモデルとしてもバスケ部エースとしても人気者で、同じ高校に進学したのに距離はさらに広がってしまった。

 「駄目だなぁ……」

 自嘲気味呟き、そっと窓から下を見下ろす。視線の先には物思いの種となっていた黄瀬君が、たくさんの女の子に囲まれて困ったように笑っていた。
 私も……彼からしてみれば、あの中の一人に過ぎないんだろうか。
 中学のとき、一度だけ言葉を交わしたことがある。ぼーっと体育館の中に見入っていたら、ボールがこっちにコロコロ転がってきて。拾って見つめていると、明るい声が自分にパスするように呼び掛けてきた。それから慌ててそちらにボールを放った私に、ありがとう、と極上の笑顔と共に凛とした声が返されたのだ。
 好きなんだ、と気が付いたのはわりと早かった。私には届かない存在なんだと気付いたのも。だから私は早々にこの気持ちを封じて、以降彼の姿を見ないよう、細心の注意をはらって残りの中学校生活を終えた。
 高校に入って、彼が同じ学校でしかもクラスまで一緒だと知って。凄くびっくりしたけど、同時に気持ちが沈んでいった。
 きっと彼は、覚えてない。たった一度しか言葉を交わしたことがない、私みたいな目立たない奴のことなんて。
 色んな思いがない交ぜになり、煩いくらい鳴り響く心臓を何とか押さえて、私は教室へと足を踏み入れた。自分の席に静かに座り、気付かれませんようにと俯いていたら――

 『あれ? ねぇ、君――』

 突然肩を叩かれて反射的に振り替えると、そこにはいつか見たあの笑顔があった。
 私なんかのこと、覚えていてくれたんだ。
 そんな思いと、入学以降色々話しかけてくれたこともあって、消そうと思った恋心はまた大きくなっていたのだ。

 「よしっ!」

 再び沈んだ物思いから浮上し、ぐっと拳を握りしめる。
 もう、決めたことだから。
 黄瀬君にどうしても気持ちを伝えたくて、私は教室を飛び出した。







 「き、黄瀬君っ!」
 「ん?」

 あれだけたくさんの子に囲まれていたから、てっきり私が話しかけるまで時間がかかるかと思っていたけど、予想に反して黄瀬君は何故か一人だった。そしてさらに意外だったのは――黄瀬君が、手ぶらだったこと。

 「あれ、どうかした?」
 「え、あ、あの……さっきの子達は……」
 「あ、もしかして見てたんスか?」

 何か照れるなぁ、なんて零す黄瀬君は、ちっとも恥ずかしそうじゃない。その様子から、これから私がすること、そして待ち受ける展開が、何となく見えてしまった気がした。

 「あの……あのね」

 それでも、言わなきゃ。
 呼吸を落ち着け、じっと黄瀬君を見上げる。多分、黄瀬君は私が言おうとしていることなんて見通してるんだろう。なのに静かに待っていてくれる黄瀬君は、残酷なくらい優しい。

 「これ――受け取って、もらえますか?」

 真っ直ぐに、彼を見つめて。声が震えないように、懸命に努めて。
 驚きに目を見開いた黄瀬君は、ふっと優しい笑みを浮かべ、その手を持ち上げた。彼から伸ばされた腕に、少しだけ期待をしてしまう。もしかして、なんて一瞬思った私の手の上をけれどそれは素通りし、もっと上――私の頭の上へと乗せられた。

 「……ありがとう。君からそんな風に言ってもらえて、お菓子渡されて、本当に嬉しい」

 どこかで聞いたことのあるフレーズ。この先に続く言葉を、私は知っている。
 直接黄瀬君の口から聞きたくない、と思ってしまう辺り、やっぱり私は臆病者なのかな。
 心の中で小さく苦笑しながら、彼の言葉を遮るように私は口を開いた。

 「やだ、黄瀬君。なんか勘違いしてない?」
 「は?」

 自分の言葉が刃となって、心に傷を負わせていく。でも、もうこれしか言える言葉なんてないから。

 「親愛の証! 外国ではそういうの、あるんだから。バレンタインに女の子から好きな男の子にチョコあげる、なんて、日本くらいだよ」

 本当に日本だけかどうかは知らないが、好きな男の子、と自分の口から言えたのがちょっとだけ傷心への消毒薬になった。
 だから変な意味じゃないから、と無理に笑う私に、黄瀬君は悲しそうに笑って――

 「えっ――?」

 次の瞬間、私は温もりに包まれた。近くからは爽やかな香りが漂い、頬には柔らかい金髪がくすぐるようにかかる。

 「――ありがとう」

 耳元で囁かれた響きに、一気に身体が火照るのを感じた。嘘をついたって、結局見抜かれちゃうんだな、なんて思いながら、私はその腕の中で小さく頷いた。







 黄瀬君には振られたけど、距離は縮まった気がする。友人として彼の傍にいられるのはとても嬉しいし、黄瀬君に抱き締められて全て吹っ切れた私にとっては居心地のいい場所でもあった。
 その日の放課後、久しぶりにバスケをする黄瀬君を見たくなって、私は体育館へ足を運んだ。でも日直だった所為で来るのが遅れてしまい、練習は終わってしまっていたみたいだけど。それでも折角だからと体育館を覗こうとしたら、一つの部屋――バスケ部の部室から、微かに話し声が聞こえてきた。
 もしかして、黄瀬君かな。
 思い足を止めた私は、僅かに開いていた扉の隙間から中を除き込む。そこには――

 「も、森山センパイ、あの……」

 何故か、真っ赤になって自信なさげに俯く黄瀬君の姿。その向かいには、整った顔立ちの――多分、黄瀬君の先輩。
 立ち聞きなんて悪いと思いつつ、それでも好奇心が勝ってしまうのが世の常だ。私はそのまま耳を傾けた。

 「こ、これ……」
 「何だそれ、お菓子……か……?」

 黄瀬君が差し出した物に目を落とし、森山先輩の目が何かを察したように見開かれるのがわかる。
 そう、だって今日は――

 「バレンタイン……の?」
 「べ、別に、気持ち悪いとか思ってくれてもいいっスけど! でも一応、渡しとかないとなって……」

 自信なさげに尻窄んでいく声が、いつもの黄瀬君とは全く違っておかしい。でもそこからは十分に一生懸命さが伝わってきた。

 「……いいの、か?」
 「だからオレ今年、誰からも受け取ってないんスよ? あ、一つ友チョコ受け取ったけどそれは除いて、そういう意味のは一つも貰ってな――」

 と、そこで黄瀬君の言葉が途切れた。私の目に映ったのは、森山先輩に抱き締められている黄瀬君。耳まで真っ赤に染まって、男同士ということも忘れて可愛いな、と思ってしまうような。

 「――ありがと、黄瀬」
 「セ、ンパ――」

 二人が視線を絡ませたところで、私は慌てて身を引っ込めた。さすがに、そこまで覗くのは無粋過ぎる。
 けど……そっか。黄瀬君があのとき手ぶらで、誰からもお菓子を受け取っていなかった理由。私が振られるって、一瞬で悟らされた理由。

 「――お似合いだよ、黄瀬君」

 嫌悪感なんて、まるでなかった。だってあんな二人を見てしまえば、誰も割り込めない程深く想いを通わせてるってすぐにわかったから。それ程までに、深い愛で結ばれてるんだって。
 幸せそうに笑う二人の声を背に、暖かい気持ちになりながら私はその場からそっと去った。




20130214
―――
男に手作りあげるとか勿体無い。という持論=お前(サク)最低だな!っていうね。




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