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※センター試験前日ネタ。



 机に向かい、休む暇もなくノートにシャーペンを走らせる。日付が変わる前には終わらせるつもりだが、もう少し、もう少しと続けてしまっては、切り上げるタイミングを逃していた。
 明日は、センター試験。オレの今後の人生を大きく左右する、一斉一代の大舞台だ。今更新たに追加すべき知識などないが、それでも今日までの努力を確認する為、何度だってテキストに目を通してしまう。
 やはり、少し不安だった。これで何処まで決まるのか、オレは希望する大学へ進むことができるのか。そんな自問を繰り返しては、頭の中から懸命に振り払うということを、幾度したことだろう。

 「今更何を悔やむってんだ」

 ここまで頑張ってきたのだ。きっと、大丈夫。
 己に言い聞かせ、再び手元に視線を落とした。けれど、一度不安を抱えてしまえば、どうしてかなかなか上手く払拭できない。
 落ち着こうとゆっくり息を吸い、そして吐き出す。心臓は煩いくらいどくどくと鳴っていた。
 ――と、そのとき。

 「っ!!」

 突然テキストの横に置いてあった携帯電話が、けたたましく鳴り響いた。この状況でこの音量、はっきり言って滅茶苦茶心臓に悪い。
 何故か震える手で携帯を取り上げ、ディスプレイに浮かんでいるであろう名前も確認せず通話ボタンをプッシュする。疲れた声で(勝手にそうなってしまったのだが)もしもしと電話口に問いかければ、電話の向こうからは可笑しそうに吹き出す気配がした。

 「何や自分、それがセンター前の声かいな」

 発信者は今吉だった。オレと同じく今年度部活を引退した今吉は、勿論明日のセンター試験受験者でもある。しかし、聞こえてくる声音からはとても試験前日の緊張感は伝わってこない。

 「んだよこんなときに……」
 「何しとるかな思て。どうや、調子は」
 「どうもこうもわかんだろ、ほっとけ」
 「言われてもなぁ……」

 ワシ暇やし、と苦笑する今吉は、憎たらしいとしか言いようがない。これだから天才は、と悪態付くも、これが今吉翔一という男なのだから仕方がない――無理矢理そう、割り切った。

 「笠松はお勉強か?」
 「生憎オレはお前と違って出来が悪いからな」
 「なんや拗ねんなや」

 拗ねてねぇよ。

 「大体何の用だよ。こんな日のこんな時間に、人の迷惑も考えろ」
 「せやなぁ……」

 オレの言葉が苛立ち混じりと知ってか知らずか、妙に間延びした返事をした今吉が、不意に小さく笑うのを感じた。

 「また笠松が、根詰めすぎてへんかなぁ思て……気になって寝れんくなったわ」

 微かなからかいが含まれた口調はしかし、とても優しい音に感じられて。
 思わず取り落としそうになった携帯を慌てて持ち直し、冷静を装った態度でオレは言葉を投げ返した。

 「別にしてねぇよ、そんなこと。余計なお世話だ」
 「それならええんやけど」

 でもな、と今吉の言葉はまだ続く。

 「オレは笠松のこと、信じとるで。笠松は真面目やし、何も問題ないって確信しとる。せやから明日、必ず笠松は成功する思うわ」

 ……何だよ、それ。

 「……それ言う為だけに、わざわざ電話してきたのかよ」
 「迷惑やなかったやろ」

 悪戯っぽく笑っているであろう今吉の顔を想像すると、やはり少なからず悔しさはある。でもそれ以上に、嬉しさの方がオレの胸を占めているようだった。

 「……オレ、そろそろ休むわ。明日、早いし」
 「奇遇やな、ワシもそろそろ寝よか思ってん」

 頭休ませなあかんからな、なんて思ってもいないことを言う今吉は、やはり何処までも優しい。性格は誰よりも嫌なものを持っていると思うが、同じくらい、そんな慈悲深い心も持ち合わせているのだ。

 「――それがお前だもんな」
 「何て?」

 呟きは幸い向こうに届かなかったらしい。羞恥で顔が赤くなるのを感じながら、オレは小さく首を振った。
 何考えてんだ、オレ。

 「そ、それじゃあな。おやすみっ」

 気が付けば、不安なんてとっくに拭い去られていて。感謝の意を込め早口でそう告げると、

 「おやすみ笠松――愛してるで」

 またあの柔らかな音色で静かに囁かれ、うるせぇっ、と電話口に叫んだオレはそのまま通話を終了させるのだった。




20130118
―――
思い出したくもない黒歴史。




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