※5月4日森笠の日記念! 暗い暗い、闇の中。 出口の見えない、闇の中。 抜け出そうと藻掻いたオレの前に、ぽう、と白い光が灯った。 暖かくて、けれど冷たい、そんな光が。 * 「――まつ、笠松、おい笠松!」 考え事をしていたら授業は終わってしまっていたらしい。ふと瞼を持ち上げると、怪訝な顔をした森山がオレを正面から覗き込み、眉間に深く皺を寄せていた。 あれ、こいつってこんなに綺麗な目してたっけ、とか、わざわざ整えてるわけでもないだろうに形のいい眉毛だな、とか、目の前の顔を眺めながらそんなことを考えたオレは、やはりまだ寝惚けているのだろうか。 「もう昼休みだけど、全部寝て過ごすのか?」 「え、あー…」 もうそんな時間か。 思い黒板脇にかけられた時計を見上げれば、成る程確かに12時を過ぎようとしている。 「購買行くタイミング逃したな……」 「は、お前、購買だったの? もう絶対無理じゃん」 「だよな。どうすっかなぁ……」 伸びながらぼやくオレに、森山は相変わらずの表情で眉を寄せている。 「んだよ、何かついてるか?」 「いや、別に」 しかし森山はふいと顔を背け、立ち上がってしまった。今度はオレが首を傾げる番だ。 「何だよ、どうかしたのか?」 それでも森山は何でもないの一点張りで。 このまま押し問答を続けていても意味がないので、取り敢えず購買に向かうかな、と何の期待も抱かないで腰を上げた。 甘過ぎるクリームを舐めながら、無理矢理口内にパンを押し込む。今すぐにでも吐き出してやりたい気もしたが、空腹に勝るものもないから食う以外どうしようもない。 「ま、見事に空っぽだったな」 「うるせぇよ」 不貞腐れつつ、購買の惣菜パンの棚が空で、唯一残っていたのがこのクリームパンだったという絶望に改めて溜め息を落とした。 こんなことになるなら、変に考え事なんかするんじゃなかった。 残り半分となったクリームパン、見ているだけで気持ち悪くなったからもう一踏ん張りと二口で口に入れる。吐き気は先程の二倍きたが、その分悪夢を見る回数は減った。 「生死に関われば何でも旨いよな」 「関わってねぇけどな」 あーったく、今のこいつの目、絶対面白がってんじゃねぇか。 笑いを堪えるその瞳に、気分はさらにやさぐれた。ペットボトルの水を一気にあおり、さっさと異物を流し込む。途中、少しだけ水が気管に入り、小さく噎せた。 「昼休み、まだあるんだから落ち着いて食えよ」 「んなもん落ち着いて食ってられっか」 「クリームパンだって旨いぞ」 どこがだよ。 甘党な森山と違ってオレは甘いもんを受け付けられない。嫌い、という訳ではないが、好き好んで食べるようなものだとは思っていないのだ。 「…あ、」 と、ふいに森山が声を上げた。何かと思い顔を上げると、丁度森山がオレに手を伸ばしてるところで。 「っ、何だよ」 「いや、口元にクリームが」 途端、反射的にオレは森山から身体を離す。ごしごしと乱暴に口元を拭いながら、森山を睨み付けて。 多分、こいつは今、それを自分の指で取ろうとした。こいつは、そういう男だ。周囲を気にしない、やりたいときに好きにやる、そんな。 「……笠松、」 「あ?」 「オレ、何かしたか?」 態度に出しすぎた。森山はオレの異変を察知したのか、先程教室で見たのと同じ表情で、オレを見つめている。 「べつ、に…」 なんてぼやきつつも、言われて強張った身体が、森山からの問いに明確な答えを出していた。 森山は、何もしていない。恋人として、傍にいてくれて、恋人として、オレと時間を共有してくれている。そんなの理想的すぎる恋人の行為で、普通、何かした、というふうにはならない。 悪いのはオレの方なんだ。いつまでも、こいつとの関係に自信がなくて。愛してくれてるって頭では理解してるのに、嚥下することはできなくて。 森山からの気持ちに、不安ばかりが募って。 「――なぁ、」 これ以上、口を開いてはいけない気がする。 「お前ってさ」 このまま続ければ、オレは大切な人を傷付けてしまう予感がしたから。 「なんで――」 オレにしたの? 言った途端、酷く頭痛がした。同時に、何かとても苦く、舌触りの悪いものを口に含んでいる気分にもなった。 聞いてしまったことに対して、後悔はしている。が、次の瞬間、聞いてよかったとも思えた。だって。 「そんなの、笠松を誰よりも愛してて、オレを、オレだけを見てほしかったからに決まってるだろ」 傷を負わせてしまったとしても、悲しませてしまったのだとしても、森山が、笑ってくれたから。当たり前のようにそう、告げてくれたから。 男同士、という事実を、オレは重く考えすぎているのかもしれない。相手のこととか、互いの将来のこととか思えば、きっと苦しくて辛いことばかりで、いつか堪えるときがきてしまう可能性があると思うのは当然だから。でも、 「人生棒に振る程?」 「笠松を取らなかったら、それこそ人生を棒に振ったようなもんだよ」 当たり前なんだなって、これが根本で、その上に将来とかあるんだろうなって、こいつが笑えば思えてきてしまうから不思議だ。 暗い暗い、闇の中。 出口の見えない、闇の中。 抜け出そうともがいたオレの前に、ぽう、と白い光が灯った、その光は。 「冷たくなんかなかったってことか」 あの冷たさは、オレ自身の不安だったんだ。先のこととか森山のこととか、考えたときに浮かんだ不安が、温もりに垣間見える冷たさとなって自身を苦しめていた。 森山は、こんなに暖かな光だというのに。 ぽつと呟いたオレの言葉に、なんか冷たくしたかと慌てる森山が可笑しくて、取り敢えず頷いてみたりなんかして森山を困らせてやる。こうしたら、きっとこいつはオレを全力で口説きにかかるだろうと、ちょっと確信犯めいた策を頭に過らせながら。 20130505 ――― 1日遅れたけど森笠の日記念!おめでたおめでた! 不安症な笠松さんを優しく包み込んでくれる森山さんが大好きで、そんな森山さんに甘えたくなっちゃう笠松さんが大好きです。 例の如く中途半端でごめんね!お幸せに! [back] |