私は恋をした。

私は唯一人の人に憧れて、焦がれて、恋をした。

私がこの世界に来たのは三年も前の事だった。

トリップした当初は、ずっと夢だと思っていたの。

だって頭がおかしくなったと思うでしょう?

元の世界での私は高校生で卒業間近だったから、いきなり中学をやり直すなんて思ってもみなかったわ。

この世界が夢で現実世界にいつか帰れると思ってたけど、一向に帰れる気配が無かったの。

だから考え直した。

この世界が現実で高校生だった私が夢だったんじゃないか?って…

精神科にも通ったわ。

異世界から来たなんて頭が逝かれているんじゃないか?って思うでしょう?

異世界の話はしなかったけど…

戸籍もあって、保険証や月々の生活費なども用意されていて気味が悪かった。

両親が死亡しているのに未成年の私がどうして私立の中学に行けるの?

とか

後見人とも一度も会った事がないのにどうして生活費が振り込まれているの?

なんて疑問が次々と湧いてくる。

これから先、お金が無くなってしまうかもしれないから私立を辞めて公立に行こうと思ったけど立海大の理事長が奨学金で通わせてくれると言ってくれた。

私は怖かった。

だってこの世界は漫画の世界だったもの!

だからヒッソリと彼等に関わらずに生きて行こうと思った。

でも、人生は甘くなくて何故か彼等が私に近寄ってくる。

止めて!

やめて!

ヤメテ!

だってこの容姿やスタイルや頭脳は紛い物なんだから!

本当の私は冴えなくて、スタイルだって平凡で、頭も普通なの。

それでも私はトリップ前の私が好きだった。

人形めいた紛い物の私を好きだと言う彼等が疎ましかった。

周囲の同級生達は私が彼等を侍らせていると噂する。

それが辛かった。

それでも彼もこの世界で生きているから憧れから恋慕に心が移り変わって行ったの。

でも神様は意地悪ね。

私が特別ではないと理解していたけど、もう一人トリップさせたんだもの。

彼の心が彼女に向った事は理解した時は絶望を感じたわ。

でもね、貴方が彼女の気を惹きたくて私を利用して私の告白を受け入れてくれたのは知っているの。

「俺も橘さんが好きだよ。」

ニッコリと微笑む貴方の瞳が笑ってないこと知っているのよ?

でも、私は卑怯者だから

「ありがとう。幸村君がOKしてくれるなんて凄く嬉しい。」

知らない振りをして笑った。

幸村君の後ろで歪に嘲笑を浮かべる神野さん。

私は貴女を好きになれないけれど、このチャンスを生かしたいの。




タイムリミットかな…。

一月という短く長い時間を恋人として満喫出来て私は幸せだった。

恋人ごっこと言われても、偽りだったとしても私は胸を張って幸せの時間だと豪語するわ。

でもね、少しだけ期待してたの。

幸村君は一度も私の名前を呼んでくれなかった。

もしかしてって期待が無かったわけでもないけれど、其れほどまで私の事が嫌いだったのに一月も我慢してくれた彼の優しさに感謝する。

私が告白した場所に呼び出しされた。

幸村君の隣には神野さんがいて、あぁ…私は今日振られるんだなって理解する。

「…話って何かな?」

出来るだけ平静を装って幸村君に聞けば

「俺が好きなのは、マリアだけなんだ。俺がお前なんかと付き合ったのは、マリアのお願いだよ。でもゲームも終わり!お前とは別れる。」

嘲笑を浮かべた幸村君と勝ち誇った顔をする神野さん。

やっぱり幸村君は神野さんを選ぶのね。

「そっか…一月という長い時間を一緒に過ごしてくれてありがとう。幸村君が一生懸命努力している姿が好きでした。荒れた花壇を愛しんで綺麗な花を咲かせてくれた幸村君が好きでした。無理に一月も私に付き合せてしまって御免なさい。」

泣いてはダメ!

笑顔でサヨナラしないと!

私はちゃんと笑えているかしら?

「ど、して…知っていたの?」

ビックリした顔をする幸村君に私は頷いた。

「一緒に過ごす時間があれば少しでも私を見て貰えるかな?って期待しちゃったの。でも、私ではダメだったね。幸村君、全国大会頑張ってね。一月だけど私は凄く楽しかった。ありがとう、さようなら。」

クルリと幸村君と神野さんから逃げるように私はそれだけ伝えて逃げた。

幸村君と別れてから瞬く間に学校中の噂になった。

私は幸村君を見る事は無くなったけれど、幸村君と神野さんが付き合ったという話は聞かなかった。



-数年後-


そして時は過ぎ、私は結婚適齢期にを迎え同窓会に赴いた。

幸村君はプロテニスプレイヤーとして活躍しているらしい。

きっと彼は忙しくて同窓会どころではないから来ないだろうと思っていたら

「橘さん?」

幸村君がいた。

中学の頃をまだ気にしているのかな?

少し固い表情をしている。

「久しぶりだね、幸村君。プロテニス活躍してるんだね。」

ニッコリと笑えば

「ありがとう。」

私が大好きだった笑顔を向けてくれた。

「橘さんは、どんな仕事をしてるの?」

近況報告を雑ぜた雑談に

「私はU-17のスポーツ医師をしているの。」

クスリと焼餅焼きな恋人を思って笑う。

「テニスじゃないんだね。」

チョッと残念そうな顔をする幸村君に

「支えてあげたいって人が出来たから、ちょっと動機が不純よね?」

ペロリと舌を出しておどけると

「恋人がいたの?」

驚かれた。

チョッと傷付くなぁ…

幸村君の中の私って中学と同じなのかな?

それは嫌なんだけど…

「椎名翼っていうの。サッカーに一生懸命で格好良いのよ。再来年には結婚する予定なんだ。」

今は婚約なんだけどね、と笑った。

幸村君はどこか悲しそうな顔で

「そっか…ハルキは、今凄く幸せってことなのかな?」

尋ねるから

「とても幸せよ。幸村君も神野さんと幸せになってね。幸村君は私の初恋の人だもん!あと、名前で呼んでくれてありがとう。」

幸せだと豪語する。

私の初恋は、あの日に終ったのだから!

私は友達に呼ばれその場を後にした。

幸村君がどんな表情(かお)で、ずっと私を見ていたかは知らない。


運命の輪が巡り出す。

今度はどんな物語が紡がれるのでしょう?


<純粋に愛を育んでいれば彼の隣に彼女がいた事でしょうね。今更ですけど!もう一人のAliceですか?アレは廃棄されましたわ。だって退屈なんですもの!彼女みたいに自分の力で切り開いていく未来の方が面白いと思いません? 著者:語部少女>