◆ルカのチョコ
僕は今、台所でチョコレートを作っている。
今日はバレンタインデーだから、大好きなお兄ちゃんにあげるために。
僕たちの国では普通、恋人同士でお花やお菓子、プレゼントなどを贈り合う。でもアジアのアニメ好きな僕は、女の子が好きな人にチョコをあげるのを見てずっと真似したいと思っていたのだ。
「ふぅ。難しかったけど出来たぁ〜」
平たい箱の中に並べられたたくさんのチョコリング。キラキラの飾りをまぶして、トッピングもばっちりだ。
「喜んでくれるかなぁ。どれかひとつでもお兄ちゃんに入るといいんだけどなー」
わくわくしながら冷蔵庫にしまい、僕は兄の帰りを待った。今日は母が夜勤のお仕事だから、これを渡す時間もたっぷりあるし、その後はいちゃいちゃも出来るかもしれない。
想像して待ち遠しくなっていると、とうとう兄が大学から帰ってきた。
「ただいまールカ。…お? なんか甘い匂いがするな」
「おかえり〜お兄ちゃん!」
僕は十四才にもなって子供のように玄関へ走り、兄の逞しい胸に抱きついた。
頭のてっぺんに鼻先をくっつけられ、「ルカも良い匂い」と体ごと抱擁されて見上げる。
「ねえねえ、プレゼントがあるよ。こっちに来て」
「マジ? やったー! じゃあ待って、先に俺ね。はい、ルカ。ハッピーバレンタイン!」
兄は鞄を置き、後ろに隠していたリボンつきの花束を僕にくれた。黄色を基調としたとっても可愛いお花だ。
「わぁ、すっごい綺麗! ありがとうお兄ちゃん!」
「ほんと? よかった。でもな、ほんとはルカの好きなひまわりあげたかったんだよ。けどさすがに二月にどこもなくてな。ーーだからはい、これもあげる」
ポケットから取り出したのは、コースターぐらいの薄い箱だ。僕がなんだろうと思って楽しみに開けると、中からひまわりの絵が入ったハンカチが出てきた。
「うわ〜これももらっていいのっ? すごくかわいい! 大事にするね! 学校に持っていこうっと」
「はは。一番可愛いのルカだなーやっぱ」
頭を撫でられて喜びが増すけれど、僕にはまだ大仕事が残っていた。
こんなに素敵なものを二つももらってしまい、僕のチョコは大丈夫だろうかと途端にどきどきしてくる。
僕は兄をリビングのソファまで連れていき、そのあと贈り物を両手にもって隣に座り、いよいよ差し出した。
「はいっ。お兄ちゃんへのチョコレートだよ。気に入ってくれたら嬉しいな」
こんな経験は初めてで、真摯にこちらを向いてくれる兄の前で急にもじもじしてしまった。
箱を開けて見せると、兄はすでに茶色の瞳を潤ませ、感動に肩も震わせている。
「すっ、すげー……! ルカの初めての手作り、俺のためだけに作ってくれたチョコレートっ!! ありがとうルカ!」
興奮して僕の背を抱きよせ、頬にちゅっとキスをしてくる。赤くなった僕は照れ笑いをして肩の力が抜けた。
「よかったぁ。お兄ちゃんが喜んでくれて」
「当然! あれ、でもすごいなぁ。たくさんのサイズ違いのチョコリングだ。斬新なデザインだなぁルカ。……じゃあいただきまーす」
「待って、まだ食べちゃだめぇ!」
大口を開けて一個を放り込もうとする兄の腕をがっしりと持ち、僕は必死に止めた。
まだ先にすることがあるのだ。
「もうせっかちだなぁ。これはお兄ちゃんにはめるんだよ」
「え? は、はめるの? 俺に?」
「うんっ」
なぜか急に顔を赤く染めて腰を一旦浮かせ、そわそわし出したお兄ちゃん。
でも僕は真剣に目的を遂行しようとしていた。
金のキラキラパウダーがついたリングを兄の左手指にそうっと入れようとする。
しかし事件が起きた。ちょっと小さかったのか、ぐしゃっと壊れてしまったのだ。
「あぁっ。どうしよう、壊れちゃったよ、不吉だよ〜」
「……え!? もしかしてそっち!? 大丈夫だよルカ、ほらこれはどうだ?」
壊れた奴は兄が食べてしまい、「んまっ」と言いながら自分に合いそうな形のやつを選んで、また僕にはめさせてくれた。
兄の瞳は再びじわじわと潤みだし、少し心配になる。
でもその時はやっと訪れた。
「出来たぁ! どう? お兄ちゃん。僕たちの婚約指輪だよ」
「るっ……ルカ……お前……っ」
普段は結構男らしい性格と見た目の兄だけど、感激の面持ちで泣きそうになっていた。
そして僕の一回り小さな体は完全に兄の腕に抱きしめられる。
「嬉しいぃぃ……ルカからの初めての手作りだけでもやべえのに、婚約指輪ってお前……!!」
赤らんだ顔を上げた兄の口元が、ゆっくりと僕の唇に近づいてくる。
重ね合わさった熱には愛情がたっぷりこめられていて、僕まで沸騰しそうになってしまった。
「あ〜。やばい幸福に襲われすぎて逆におかしくなりそう。ルカ、こんなに素晴らしいチョコの指輪ほんとにありがとうな。愛してるぞっ!」
「うん! 僕も愛してるお兄ちゃん…っ」
まだ続きを言おうと思ったのに、兄は僕を抱き締める力とキスが止まらず、しばらく閉じ込められてしまった。
その後もお菓子の指輪を嬉しそうに眺め、兄は僕の了解をとって残りの小さい形のやつを、なんと僕の指にもはめてくれた。
お兄ちゃんのために作ったチョコだけれど、ペアみたいにしてもらい喜びにいっそう満ちあふれる。
「すごいすごい、僕もしちゃったよ。お菓子だけど。なんか嬉しいなぁ。お兄ちゃんとカップルだね」
「そうだよ。もう一生カップルだから。誓い合っちゃったからなぁ俺とルカ」
二人とも頬が緩み、笑顔で頷き合う。
手を繋いで寄り添っていると、兄が写真も撮ろうというので、重ね合わせた手も記念に映してもらった。
さすがに僕も兄弟で結婚はできないって知ってるけれど、一生分の愛を誓い合うことはできる。
だから恋人たちのバレンタインデーは、これからも僕とお兄ちゃんの大切な記念日なのだ。
「お兄ちゃん、大好き」
「うん。俺も。ルカのことすっげえ大好き。……あーっ、お前と結婚できたの嬉しいい! よしっ。大人になったらお兄ちゃんもすっげえプロポーズするからな。楽しみに待っててねルカ」
「うんっ! やったぁ!」
お兄ちゃんはちょっと早とちりしてしまったみたいだけれど、予期せぬ約束も僕はプレゼントしてもらい、今からもっともっとわくわくが止まらなくなってきた。
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