夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 3 やっぱり兄ちゃんだ

島にやって来て兄ちゃんの妻宣言をされてから、数日が経った。

森の中の離れに暮らす俺の話し相手は、基本的に身の回りのお世話をしてくれる少年二人と、普段は部族の集会や狩りなどに出かける兄だった。

しかし俺の顔を見に頻繁に帰ってくるし、夜はまだ仮初の夫婦ということもあり別々のベッドで安心したが、心中穏やかではない。

婚礼前の掟により、儀式までは島民の多い海岸方面へは姿を現してはいけないらしく、住居の前では常に松明をもった屈強な男が警護していて、島の様子を探ることも出来ないでいる。

衣食住は何不自由無く与えられており、感謝すべきなのかもしれないが、今日の出来事には少し参ってしまった。

「あらまあ奥方様、よくお似合いでございます」
「ほんとねお母様。ケージャ様もお喜びになるでしょう」

多種類の布と裁縫道具を持ち突然離れにやって来た島民の母娘に、俺はパンツ一枚で体を採寸されていた。
なんでも結婚式に向けての衣装作りらしい。目を輝かせて褒め称えられ、羞恥のあまり小声で礼を言うことしかできなかった。

ちなみにケージャというのは、カーテンを隔てて俺達の様子に聞き耳を立てている俺の兄のことである。
名前を聞いた時は俺も驚いたが、本名は啓司《けいじ》なので似てないこともない。これはただの偶然じゃないだろう。

「ほう。そんなに素晴らしいのか。俺にも見せてほしいものだ」
「まだいけませんよ、あと数日は我慢してくださいな」

彼女らの笑い声に包まれながら、なんとか拷問を終えた。
二人が離れを後にし、俺は再び浴衣姿となって兄の前に立った。

「はぁ。疲れたよ、兄ちゃん。なんで俺がこんなこと…」
「ふふ。皆が俺達の婚礼を楽しみにしているのだ。付き合ってやってくれ。この後は当日の舞の準備をするぞ」
「は!?」

駄目だ。完全にペースに巻き込まれてしまっている。
しかし兄の言うとおり、島の人に笑顔で歓迎されると無下には出来ない。俺はそもそも兄と違って押しに弱い人間なんだ。

太くがっしりした腕を組んでいた兄はにやりと笑うと、俺の腰に腕を回して見下ろしてきた。

「ところで、まだ俺の名を呼んではくれないのか。ユータ」
「……兄ちゃん」
「それも十分可愛いが、お前はおあずけが多すぎる」

顔を傾け、当然のように迫ってきた兄に驚いた俺は「ちょ、やめろよッ」と言って慌ててその口を手で塞いだ。すると手の甲に口づけされてしまう。

もう無理だ、こんなベタベタしてくる兄ちゃんなんて恥ずかしくて見ていられない。

「……いつになったら二度目を許してくれるのだ? 一回きりなど耐えられん」

代わりだとでも言うように、頬にちゅっとキスをされ抱きしめられた。

小さい頃はよくされたが、ほぼ裸の筋肉質の男が相手だと、変な汗がだらだら出てくる。
必死にもがいてもビクともしないし、兄の吐息が耳にあたり落ち着かない。

「に、兄ちゃん……くすぐったいから」
「ふふ。感じやすいのだな。しばらくここで我慢しよう。……ああ、お前の純潔を奪うのが楽しみだ」
「ひ、人が見てる前でやめろって…っ」

そう。実はこんな妙な雰囲気の中、ずっと部屋の隅に静かに佇む人物がいた。

この島に着いた時に兄のそばにいた側近の男で、部族のナンバー2らしいエルハンさんだ。
精悍な顔立ちながら目元は優しく、常に兄に付き従い、尊敬の眼差しを向けている。

「奥方様、私に構うことはありません。どうぞ仲良くなさってください」

真面目な表情で会釈をされる。
兄の裸はまぁ家族だから見慣れてきたものの、彼も腰に布を巻いただけの肉体美を晒していて、目のやり場に困る。

「いやそんなこと言われても……というかその呼び方恥ずかしいので、名前で呼んでくれませんか」
「しかし、部族長にきつく言われてますので」
「そうだ。お前の名を呼ぶのは夫であるこの俺だけだ。いくらこいつでも許さんぞ」

そう言って肩を抱き寄せてくる兄ちゃんは、意外と独占欲が強いタイプのようだった。
数日後の結婚に浮かれているのか、毎日スキンシップも多くなってきている。

確実にこのままじゃまずい。けれど兄がいる限りこの島から逃げるわけにもいかない。

「あの、そういえば二人はどういう関係なんだ? すごく信頼しあってるように見えるんだけど…」

話題を早く変えたい思いもあり、俺は何食わぬ顔で尋ねた。

全てを忘れてしまってる風の兄に、これまで色々質問してみた。しかし聞き出せたのは、自然に寄り添う部族の暮らしや信条信仰などばかりで、どうも本人のことに関しては言葉を濁しているように感じたのだ。

「奥方様、私はケージャ様の事を心より尊敬しております。三年前、決闘に敗れこの集団を明け渡した時から、傍らで長を支えていこうと誓ったのです」

突如エルハンさんが語り始めた内容に、俺は一瞬耳を疑った。

そういや兄が話した伝承では、三年前に部族長の就任式があったと聞いた。それはちょうど兄が行方不明になった頃だ。
彼の話によれば、なんと兄は、元々エルハンさんの集団だった部族を決闘により譲り受け、すんなり長に収まったというのだ。

この島は想像よりも広いようで、『碧の民』と呼ばれる部族は、もともと何十もの集団に分かれているらしかった。

「そうだったのか……兄ちゃん、どうして黙ってたんだよ、そんな大事なことっ」
「確かに勝利を勝ち取った事は誇らしいことだが、すでに過ぎ去った事だ。声高に話す必要はない。それに俺の片腕であるエルハンなしでは、部族は立ち行かんからな」

完全に部族長としての顔で部下を労う兄を、エルハンさんは感動の面持ちで見つめていた。

「それにな、自分の生き様を卑下するつもりはないが……俺は集団を渡り歩き、三年前にここへ辿り着き、皆に受け入れられた。実を言うと、それまでのことでお前に話せる真っ当な記憶が……ないのだ」

記憶がない?
どこか苦しげに眉を寄せる兄の告白に唖然とした。

だから自分のことをあまり語らなかったのか。

やはり兄は俺と同じようにこの島に辿り着き、なぜか記憶をなくし、部族長におさまったんじゃないのか?
そんな簡単にいくのだろうかという思いはあるが、もともと腕っぷしは強く実行主義の兄のことだ。ありえない話じゃない。

なぜ魔法が使えるのかとか色々疑問はあるが、段々そうに違いないという確信が広がり、急に希望が湧いてきた。

「そうだよ……やっぱり、兄ちゃんは……俺の兄ちゃんだったんだ……!!」

俺は嬉しさにいても立ってもいられなくなり、兄の胸へと飛び込んだ。
すかさず大きな腕に抱きとめられ、珍しそうにまじまじと見下ろされる。

「ユータよ、突然どうしたのだ。お前から俺を求めてくれるとは……。俺は喜んでしまうぞ?」

頬を緩める兄ちゃんが、再びしっかりと抱きしめてきた。俺は大人しくされるがままになる。
記憶を戻す方法さえ見つければ、このおかしな夫婦ごっこから解放されるのだ。
だから、もう少しの我慢だ……!



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