夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 24 救出

「やめろってば、何すんだっ! どけよ!」
「うるせえな。泣こうが喚こうが誰もお前を助けになんか来ねえぞ?」

黒髪オールバックの男の鍛えぬかれた体が、怯える俺を覆い尽くす。
兄以外でベッドの上でこんな状態になったのは初めてで、男のくせに俺は涙を浮かべ縮み上がっていた。

「来るな、変態っ、ばか野郎!」

押し退けようとする腕を掴まれ、奴はもう一方の手を近づけた。俺に向かって何かを唱えているが、最大限に暴れ続ける。
すると、ガイゼルは眉をわずかにひそめ、俺のことを注意深く見渡した。

「ん……? なんだ、お前……」

緩んだ手を振りほどき、俺は急いで起き上がってベッドの端に逃げる。
黒い腰巻きをつけただけの屈強な男は、首をかしげ座り直した。

「俺に何をした。なぜお前に拘束が効かない」

正面から凄まれてびびったが、すぐに合点がいく。この男は今俺の自由を奪うため、補助魔法を使おうとしたんだろう。
俺は大袈裟に笑ってみせた。

「ははっ! そうか、やっと俺の特別な力を思い知ったんだな? これは運命の妻だけに与えられし加護の能力なんだよ!」

調子にのった俺の肩が鷲掴まれる。シーツに押し倒されて腰に馬乗りにされ、苦しみに喘いだ。

「やめろぉ! やだ! 兄ちゃん助けて!」
「加護の力だと? 物理攻撃にはなんの意味もねえじゃねえか」

嘲笑いながら甚平を着た俺の脇腹を確かめてくる。
肌に直接奴の手がすべり込んできて身震いをした。

「正直に言わねえと全裸に剥くぞ。何の類いだ? このお守りじみた力は」
「……っく……兄ちゃんに、……ケージャにもらった碧の石の効力だよ……っ」

観念して素直に吐き、説明をした。
自分の弱さが情けない。少しばかり力をもらっただけで、本物のヤバイ肉体派の前では形無しだ。

「へっ、あの野郎……用意周到だな。ただの伝承を鵜呑みにして見ず知らずのガキに、こんなもんを授けるまで入れ込むとは」

その言い草に腹が立った。こいつに兄の何が分かるというんだ。

「確かにそうかもしんないけど、俺達は他人じゃねえ! 兄弟だからいいんだ、馬鹿にすんな!」

心の底から本音を撒き散らすと、ガイゼルは入れ墨がびっしり入った体を愉快そうに揺らす。

「くくっ。お前、本気か? 兄貴にやられまくって頭狂っちまったのか。可哀想にな……なあ、俺が助けてやるよ。お前は兄貴と長老に騙されてるんだ。……本当はおかしいと思ってるんだろう、それが正常だ。一緒に伝承をぶち壊そうぜ…?」

途端に甘いハスキーな声を出して、俺の頬を指で突ついてくる。
ぶんぶん顔を振って強気に見据えた。

「俺は、伝承はどうでもいい。でも、ここに来た意味だけは信じている。俺しか兄ちゃんを、ケージャを、救えないんだ。だからその為なら何だってする。俺達が帰ることを阻むなら、どんな手を使ってでもお前を止めてやる!」

大見得を切って叫ぶと、ガイゼルの金色の瞳が一瞬驚きを示す。

「帰る、だって? ……お前らの、国にか。へえ……それは良いことを聞いた」

まずい。完全に機密事項で余計なことを喋ってしまった。

「くだらねえ伝承が達成されるとは到底思えねえが、お前がケージャを消し去ってくれるっつうなら好都合だな」
「……消し去る……? そんなこと、俺は……」

心が細かく揺れ動く。何を言ってるんだ。
俺をたった今守ってくれた、もう一人の兄の顔が浮かんでくる。

突然、見計らったように居間の扉が叩かれた。
入れ墨男が仕切りがある寝室から出ていき、俺はその様子をこっそりと覗く。
ラウリが扉から恐る恐る顔を出していた。

「あのう、ガイゼル様。お取り込み中すみません。お客様が来ております」
「ああ? 仕事中は入ってくるなと言っておけ」
「い、言ったんですが、ルエン様の押しには抗えず……ああっ」
「ごめんね、ちょっと通してもらうよ。ーーガイゼル、お前はなんてことをしてくれたんだ? ここまで愚かだとは思わなかったぞ」

無理矢理この木目のツリーハウスの中に入ってきたのは、北地区の統括者ルエンさんだった。金髪長身で美形の彼は、お忍び姿のように珍しく暗色の着物を着ている。

つかつか寝室までやって来た彼と、目が合った。

「奥方様! ああ、なんとおいたわしい。申し訳ありません、このような酷い目に合わせてしまい」

彼はひざまずいて手を差し出した。その紳士的な振るまいが懐かしく思えた俺は調子よく応えて立ち上がる。

「ルエンさん、助けに来てくれたんですか。この男最悪なんですよ、兄ちゃんに弓を刺したし、ずっと俺のことも脅してきてっ」
「ええ、知っています。なんと非道な振る舞いを……しかしもう大丈夫ですよ。私が間に入りますから。それに、ケージャは無事だと使者から聞いております。ご安心を」

美声で語りかけるこの人が天使様に見えた。いつもの軟派風もキラキラした魅力にしか思えない。

だがルエンさんは微笑みを消し、厳しい瞳で同僚に向いた。

「お前は何をしたか分かっているのか。よりにもよって島の宝であるこのお方と部族長に反旗を翻すとは。極刑に値するぞ。すでに三つの地区から部隊が送られている。どうするつもりなんだ」
「ハッ。なんだ三つって。お前の北地区は西についてくれねえのか?」
「馬鹿を言うんじゃない。俺の役目はお前を押さえ込み、島の均衡を保つことだ。だがそれは今日踏みにじられた。命が惜しければ、投降をしろ。処遇が少しでも軽くなるように、俺からも掛け合ってやるから」

鬼気迫る言葉だ。内容は現実的で恐ろしいが友人としての思いはひしひしと感じられた。
この二人は他の統括者との間よりも近い距離らしい。まるでケージャとラドさんのような間柄を彷彿とさせた。

「おい、まだ話は終わっていない、どこへ行くんだガイゼル!」
「攻めてくんだろ、準備だよ。ルエン、お前はそのガキを見張ってろ」

男は乱暴にドアを閉め、出ていってしまった。側仕えのラウリも慌てて後を追う。
こうして俺とルエンさんは、意図せず居間に二人きりになった。

「あの、皆でやっぱりガイゼルを捕まえるんですか? あいつ、逃げたんじゃ…」
「いや……逃げはしないでしょうね。迎え撃つような男ですよ。だから頭が痛いのです」

ため息混じりに長椅子に腰を下ろした彼に促され、俺も隣に座った。ルエンさんもこれから戦いの準備をするらしいが、少し話をしてくれた。この塔自体に北地区の護衛をつけてくれたといい、彼がこのまま救出すると話がややこしくなるため、ここにいれば安全だと言われた。

「ルエンさん、もう知ってると思いますが俺の兄ちゃん、今ケージャじゃないんです。強いけどただの人間だし、本当の戦闘とかになったら心配で」
「……ああ、そうでしたね。大丈夫ですよ、奥方様。エルハンもついていますし、援軍も続々と集まりますから、まず負けることはないでしょう」

ルエンさんは俺と兄の関係について驚きつつも受け止め、「大変でしたね」と気遣ってくれていた。
だが俺には申し訳なさそうにしていたものの、やはり今は、情勢的には三地区を敵に回したガイゼルのことが気がかりな様子だった。

気になって、二人の仲について尋ねてみる。それに、どうしてあいつがこんな部族長に楯突くようなことをしたのか、知りたかった。

「ガイゼルは西地区で生まれた、元々身寄りがない子供でした。この島は広く、厳しい部族の秩序統制からはみ出た者達がどうしても生まれます。そうした荒々しい者が集った集団に揉まれ、力でねじふせて上にのしあがったのが彼なんです。この地区では少々狡猾でも武力がものをいいます。品行方正で民を第一に考える、いわゆる王道な長であるエルハンやケージャとは、そもそもが相成れないのでしょう」

頼れる者がいないからこそ、島の男としてのプライドは人一倍強かったガイゼルは、急に現れ祭り上げられて長になったケージャを憎むようになった。ずっと気に食わない存在だったエルハンさんを倒しトップに立つはずが、さらに伝承という夢物語に邪魔をされ切れてしまったのだろう。

「気持ちは分かりますけどね……当事者の俺だって未だに困惑してるんですから。……ルエンさんは、どうやって奴と知り合ったんですか? 兄ちゃんの命令ですか? 言っちゃ悪いけど、全然友達になるタイプに見えないんですが」

彼は一瞬緊張が解けたように、俺に微笑みを向ける。

「そうですね。実は私達は、少年の頃からの付き合いなんですよ。北地区にある私の実家の温泉に、いつも彼が勝手に入ってきていまして。……その頃の私は、自分で言うのもなんですが、この美貌と裕福な家庭事情から、よく周りの男達に妬まれていました。それを温泉で出会ったガイゼルに、悩みのような形で打ち明けたのです」

思いがけぬ若かりし頃の二人の話に、興味を引かれる。

「すると奴はこう言いました。『くだらねえ。男は顔じゃなくて、逸物の大きさで決まるんだ。あとは強さだな。お前が舐められるのは環境のせいじゃなくて弱いからだ。もっと鍛えやがれ』と……。私はそのあまりにあけすけな台詞に、なぜか心が打たれて……単純ですが、その通りなのではと。そのとき、奴のように、心身ともに強くなろうと吹っ切れたんですよ」

そんなことがあったのかと聞き入る。粗野で体一本でやってきた一見傍若無人なガイゼルと、それまでは大人しい箱入り息子だったルエンさん。

彼はその後訓練に力を入れ、美貌にも胸を張り積極的に人に関わるようになった。そして挑戦的なガイゼルに、「俺は将来西地区の頭になるからお前も北地区の頭になれ」と提案され、なんとそれが努力の甲斐あり、いつしか実現することになる。

「じゃあ今のルエンさんは、あいつなくしてはいなかったんですか。すごい影響力だな、漫画っぽいや…」
「ふふ。悔しいですが、その通りです。だからこそ、こんなことはして欲しくはなかった……友として。……しかし、自分が招いた罪ですからね。報いは当然、受けることになるでしょう」

再び毅然とした顔つきで、彼は話し終えた。長話をして申し訳ないといい、準備のために部屋を後にしようとする。

俺は、なんだか複雑だった。ガイゼルは悪い奴だが、ケージャと方向性が違うだけで、同じ島の男として我をつらぬき生きてきた、人間味のある奴なのかもしれない。

少なくとも、ラウリ君とルエンさんには大事に思われているのが伝わった。

玄関まで見送ると、背の高い着物姿の美形が、俺の首もとに視線を落とす。

「奥方様。ずっと気になってはいたのですが、つかぬことをお伺いしても? その艶やかな痕はどうされたのですか。……まさか、ガイゼルがやったのでは」
「へっ? ……い、いや違います! げ、どうしようこれっ」

もうすぐ兄がやって来るとすれば、どのみち見られてやばいことになる。
事情を知り心配してくれたルエンさんは、やはり色男らしく優しい人で、これを隠すことを申し出てくれた。
前に島の武器庫で目にしたことのある、肌をきれいにする魔法だ。

こういう前向きな補助魔法は俺の体にも効いてくれて、ほっとした。

「ああ、よかった……ありがとうございます、ルエンさん」
「いいえ。ここだけですか?」

にこりと妖艶な笑みで恐ろしいことを聞かれ、俺は汗をだらだらかきながら必死に頷いた。たぶん……そう納得させて、彼を見送ったのだった。





午後になり、黒い丸窓に雨が当たり始める。
木々を揺らす風もごおごおと強まり、台風が近づいていた。
この樹木にそって作られたツリーハウスは高所なため、風の振動で怖くなるが、被害がないように結界が張ってあるとラウリ君に知らされ、ひとまず安心した。

「……うわっ雷だ! 兄ちゃん達、外にいるのかな。大丈夫かな……ん? なんか聞こえない? ラウリ君。獣の鳴き声みたいなのーー」

雷雨にまぎれ、動物のけたたましい咆哮が外から響く。

「……! これは……始まったみたいです。奥方様、ここは安全ですから、じっとしていてくださいね」

水色の浴衣をまとった美少年が、そう言い残し自分はどこかに向かおうとする。
始まったって、まさか戦争じゃないよな。なんで獣が出てくるんだ。

「待ってラウリ君、危険だから君もここにいなよ、まだ若いのに、行っちゃだめだって!」
「いいえ、ぼくももうあと一年で立派な成人です。それに、ガイゼル様を助けなければーー」
「だめだよ、君になにかあったらエルハンさんが心配するってば!」

正直自分と同じく細身で非戦闘員な外見の彼を案じた上で、同じ弟の立場としても止めにかかると、彼は体を強ばらせた。

「兄上は……ぼくのことなど、……ぼくは、ガイゼル様がーー」

うろたえたラウリ君の手を掴み、居間の奥へと引っ張った。

「わ! 離してください奥方様!」

彼に言った言葉は本音だが、俺はずるい。
この子の呪力は未知数だし、兄の驚異になることも避けたかった。

だが、そんなとき一人の大柄な男が部屋に入ってくる。

「おい、この一大事になに遊んでんだ。お前ら。そこに座れ」

入れ墨男のガイゼルだ。外では部族民や獣の声が入り交じる中、奴こそ落ち着いた様子で長椅子に腰かけている。

「ユータ。お前の兄貴が来たようだ。思ったより早すぎるのは癪に障るが。今ごろ汗だらっだらで頑張ってんだろうなあ。良い気味だ」
「……お前っ、なんで余裕でいられるんだ。もうすぐこの西地区ごと陥落するんだぞ!」

吠え返すとラウリ君が決死の表情で立ち上がった。

「ガイゼル様、ぼくにも戦闘に参加させてください! 今こそあなたの恩に報いてみせます!」
「……駄目だ。お前はここにいろ、ラウリ」
「何故ですか? ……まだ、ぼくのことを信用してくれていないんですか? 信じてください、あなたのためならぼくは何だってします……!」

ガイゼルは舌打ちをし、彼に取り合わなかった。
そのまま膠着状態で時間が過ぎる。俺達はここで三人、何をしているのだろう。こいつ、戦う気がないのか?

そう疑った頃だった。階下が騒がしくなる。
人々や激しい物音がだんだんと近づき、俺は怯えて立ち上がった。

「ーー部族長! こちらです!」
「おう、お前らどいてろッ!」

突然、怒号とともに木の扉が突き破られた。
姿を現したのは、褐色の短髪がトレードマークの、勇ましい体つきをした俺の兄だった。

「……優太ッ!!」

目があった途端、切れ長の鋭い瞳が、気が抜けたように緩む。
俺は兄の名を叫び、走り出した。
革装備をまとう半裸の男が広げた腕の中に、飛び込んで抱きしめられる。

「生きてたの、兄ちゃん! よかったよぉ……!」

俺は思わずむせび泣いた。人格が変わってから久々に会えたというのもあったし、こんなところまで来てくれたことに心と体が震えた。

頭を撫でられ顔を上げると、優しい顔に鼻水を指でぬぐわれる。

「当ったり前だろほら。ピンピンしてんだろ? 俺は大丈夫だ優太。心配すんな。もうお前から離れねえからな」

確かに血と泥だらけだが大きな怪我はしてないみたいだ。ここまでの大変な道程を想像してうるうるした。

「兄ちゃん!!」
「あーはいはい。怖かったな、よしよし。後で兄ちゃんがいっぱい慰めてやるからな。ほらお前はこっちにいろ。動くなよ」

しっかりと俺を傍らに抱き抱えた兄だが、一方の手ですらりと刀を抜き出し、険しくなった横顔は素早くガイゼルを捉えた。

「てめえ……ッ、よくも俺の弟を拐いやがったな! こんな隠れ家で何してやがったこの淫猥野郎! 返答次第で火炙りにしてやるぞコラァッ」

兄ちゃんが個人的な恨みの滲んだ煽り文句で切っ先を突きつけている。

「さあな……お前の大事なもんを、隅から隅まで調べあげてやったが。悔しいか?」

さらに悪どい顔つきでオールバックの男がにやりと笑う。
ぶち切れる兄の前に、頭をさげてガイゼルをかばい出てきたのはラウリだった。

「申し訳ございません、部族長! でも、どうかガイゼル様の命だけはお助けください…! 今回のことは全部ぼくが考えたのです、だからぼくのせいなのです!」

えっ。
そんな馬鹿なと思った俺は兄の腕を引っ張った。

「違うよ兄ちゃん、どう見てもこの悪党が悪いんだよ、ラウリ君はちょこっと手伝っただけだから、許してあげて!」
「……あのな、ちょっと待てお前ら……」

さすがの兄も集中力が途切れ、頭を抱え始めた。
そして振り向いた先に、皆の視線も移る。そこにはいつの間にか、武器の刀を手にした側近のエルハンさんが、凍りついたような表情で立っていた。

後ろから南地区の統括者ラドさん、そして駆けつけたルエンさんも姿を現し、場の空気を察して警戒している。

「おい、どうすんだよエルハン。お前の弟。なんか可哀想に思えてきたんだがな」
「ーーかわいそうではありません」

兄に即答し、ずかずかと部屋の中央まで歩いてきたエルハンさんは、薄弱な美少年ラウリの前に立ちはだかった。10才ほど年は離れてるらしいが、髪色から顔つきから、あまり似ていない兄弟だ。

彼は突然、信じられないことをした。大きな手を振り上げて、ラウリの頬をばちん!と容赦なく打った。
小さく声をもらした少年は、震える手で赤くなる頬を押さえ、じわりと目を潤ませる。

「……申し訳、ありません。兄上……ですが、ぼくのせいで……」
「まだ言うか。長老の直系であるお前が本当にこのような馬鹿げたことを企てたのなら、命を失うぞ。分かっているのか、ラウリ」

見たこともないような冷たい表情のエルハンさんに、俺ですら震え上がった。皆もしんとしている。
しかし唯一、愉快そうに静寂をやぶる男がいた。

「ははッ。そりゃそうだ。心意気は買うが、お前にんな大それたことが出来るわけねえよな、ラウリ。ーーおい、弟には優しくしてやれよ。そこの部族長を見習ってな」

相変わらず長椅子にふんぞり返るガイゼルに、今度はエルハンさんが血の滴る刀を突きつけた。

「お前は黙っていろ。一度も俺に決闘で勝てなかった小物が」

そう吐き捨てて、ガイゼルの血管をぴくりと浮き上がらせる。
怖い。いつもの温厚で優しい青年の姿は微塵もなくて、息が詰まっていく。

「ガイゼル。こんな卑劣な手を使うようでは、お前は一生島の長などにはなれん。心技体すべての面でケージャ様に敵うはずがない!」

興奮して宙に切っ先を振り払い、彼はそう叫んだ。
そして同時に、部族長であるはずの兄をも鋭い瞳で見据えた。

俺はその姿に強烈な違和感を覚えた。しかしそうか、もう俺の兄ちゃんだと完全に知っているからーー。

たまらず兄の腕に、ぎゅっと抱きつく。
隣の男は俺を見下ろしたあと、安心させるようにわずかに笑み、頭をくしゃりと触って自分の胸に抱きよせた。

「あー、もういいだろ。俺は妻の顔を見て、ひとまず安心したんでな。二人でゆっくり休みたい」
「……では、部族長、ガイゼルの処遇はーー」

そこで様子を見ながら声をかけてきたのは、北地区の美形ルエンさんだった。

「ふむ。どうするか。こいつマジでむかつくんだよなあ、俺の肩に毒矢放ったしな。どうすりゃいいと思う、ラド」
「えっ。俺か……? そうだな……嵐が過ぎ去るまでは我々も忙しい。とりあえず東地区に連行したらどうだ」

腕を組み思案するドレッドヘアの部下に、兄も頷く。

「よし、そうするか。おい、エルハン。この首謀者二人は東地区の地下牢にぶちこんでおけ」
「ーーはい。かしこまりました、部族長」

兄ちゃんが無情にもそう言い放つと、側近の彼も同調し即座に頭を下げた。

なんだか、皆が芝居じみて見える。
不服そうだが不気味におとなしくしているガイゼルと、俺と同じく混乱気味に大人達を見回す少年ラウリ。

二人を連れて行くことになってしまったが、ようやく兄ちゃんと一緒に住居に帰れる。
それが俺には一番大事なことだった。



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