夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 22 敵意

おかしい、おかしいおかしいおかしい。

どうして俺はあんなに淫らに兄とセックスなんかしてしまったんだ。なぜ今も薄暗く蒸し暑いテントの中で、仰向けに横たわる兄の胸板に腕をかけ、寄り添って寝ているんだ。

「…………はぁ、……にいちゃん……」

身を起こし、ケージャの魅力的な唇を求めようとする。
舌を絡ませて、続きがしたい。もっと奪われたい……。

そこまで考えると、頭に本当の兄の笑顔が浮かんだ。
弟がこんなことになってると知らずに、きっと一人ぼっちで眠っている兄。

頭を思いきり振り、素早くケージャの体から離れようとする。
これ以上奴と一緒にいるとまずい。俺は完全に正気を失ってしまう恐れがあるーー兄ちゃんが戻ってくる前に。 

大きな混乱と罪悪感に襲われる中、兄が身じろぎをした。
しまった、起こしてしまったようだ。

「……どこへ行く。ユータ」
「えっと……おしっこ」

顔を見ないように告げ、ベッドから降りようとした。
すると兄も起き上がり、目をこする。じっとこちらを見つめてきて、頬にちゅっとキスをされた。
肩がふるえながらも無言でいると、まだ眠そうな顔で俺の浴衣を優しく整えた。

それから自身のも直し、近くの棚に置かれた刀を手に立ち上がる。
一人で行けるよ、と言っても野外だから心配したのかついてきてくれた。

ランプを携帯して外に出る。空はまだ暗く、夜が明ける前で木のざわめきや虫の音がする。
離れた場所に立っていた見張りの部族民に会釈をされた。もしかして、声も聞かれてしまったかもしれない。

そんなことにも頭が回らないほど、俺は昨日快感に身を浸していた。

「おい、ユータ。そう遠くへ行くな。俺の目の届く所でしろ」
「……はっ? やだよ恥ずかしいってばっ」

用を足すために森の中へ入っていく。こんな時でも俺様気質のケージャから俺は逃げるように身を隠した。
松明はぽつぽつと灯っているし、遠くに警護の者たちの姿も見えるから大丈夫だと思った。

「はあ…………」

樹木にまぎれ、浴衣の前を開いてため息を吐く。
ぼうっとしていると、数メートル先に紫色の光が見えた。
目をこらすと、光は消え、今度はさらに近くに浮かび上がる。

なんだあれ。
再びまばたきをして瞳を開けた瞬間、目の前に人がいた。

「うッ……!」

人というか、膝丈の水色の浴衣をまとった女の子だ。
茶色のボブヘアにまつげの長い、大きな茶目。
背の低い童顔の美少女だった。

島の服装だが幽霊かと思った俺は必死に声を出そうとする。
だが出ない。体も金縛りにあったみたいに動かず、つい浴衣がはだけたままなのか気になった。

「ユータ? まだ終わらんのか」

突如、背後から兄の声がした。草土を踏む音が近づいてくる。
兄ちゃん助けて!
そう心の中で叫んでいるときに、どこか虚ろな少女の口が動いた。

「大丈夫ですよ、今行きます。ケージャ様」

それは俺の声のようだった。
全く似てもいない成り済ましに目をしばたたかせる。

「……ん? 何の真似だ。お前らしくもない」

当然異常に気づいたケージャは、植物をかき分けて近づいてくる。
しかし、少女の後ろにぼうっと新たな人影が現れた。
島の男らしく半裸で黒い腰巻きをしている。黒髪はオールバックで顔つきは険しく、小麦色の肌は民族模様の入れ墨だらけだった。

なにこの人、絶対やばい奴だ。
そう思った瞬間に、その男は手にもった弓を射る素振りをした。
同時にケージャの声が響き渡る。

「なっ、貴様、そんなところで何をーーッ」
「ラウリ。転移しろ」
「はい、ガイゼル様。……申し訳ありません、奥方様、ケージャ様…!」

急に悲しげに口にする美少女の周りを紫色の光が包みこむ。それが広がっていき、俺の足元まで届いた。するとやっと動きが解除され、声も出せるようになる。

嫌すぎる予感しかしなかった俺は振り返り、急いで兄のもとに走り出そうとした。しかし、透明な壁が阻み出れない。
さっきの拘束もだが、俺には碧の石があるから魔法は効かないはずなのに。

「兄ちゃん! どうしよう! なんだよこれ!」
「ユータ、今俺が助けてやる!」

しかし俺が手を伸ばし、精霊魔法を唱えようとした兄の肩に、一本の鋭い矢がひゅんッ!と突き刺さった。
俺は一瞬で目の前がぐらつき、足ががくがくと震える。

「やだ! 兄ちゃん、大丈夫! ねえ!」

頭を垂れて膝から落ちる兄を見ても何も出来ない。
俺は瞳が涙でいっぱいになりながら叫んだ。しかし紫色の光は円状に周囲を包み込んでいく。

「兄ちゃんに何すんだっ、バカ野郎! ふざけんなてめえ!」

振り向いて男に掴みかかろうとすると、背をとられて羽交い締めにされ、「黙れ」と低い声で脅された。
しかしその後、さらに異常事態が起こる。止まっていた兄の体がビクリと動いたのだ。

「…………痛ってええぇ……ッ」

うなり声が地の底から這う。俺は耳を疑った。
兄は、苦しみに悶える顔つきでゆっくり顔を上げた。

「あ……? なんだ、これは……優、太……」

呟いて、俺の姿を認めた直後、目の色を変えた。

「ぐ、なんで俺、こんな……矢に撃たれてんだ……、おい、てめえ、優太に何してやがる! 俺の弟から離れろこの野郎ッ!」

いつもの怒り顔で怒号を浴びせる兄ちゃんに、俺は涙がぼろぼろこぼれてきた。
まったく理解ができないけれど、本当の兄が今戻ってきた。

「にいちゃ……」
「ふん。弟だと? まだおかしな兄弟ごっこしてやがるのか。うさんくせえ奴らだ。しばらく寝てろ」

男が今度は手のひらから魔法を放つ。それがふらつく兄にだめ押しで直撃する。

「兄ちゃん!!」

俺の叫びもむなしく、地面に倒れこむ兄の姿が最後となり、周囲の光が中心に集束して森から消失した。





転移魔法で連れ去られたのは、二回目だ。
しかし今回は、およそ友好的でない人々の前に俺は投げ入れられた。
そこは黒い丸窓から木々が見え、壁には獣の毛皮や骨などが飾ってあり、狩人が住むログハウスのようだった。

椅子に座らせられ、手首を後ろで拘束された俺は、さっきの入れ墨男を筆頭に、同じように半裸で黒い腰巻きをつけたガチムチ達に容赦なく囲まれていた。

「なんでこんなことするんだ。あんた、西地区の問題児、ガイゼルってやつだろ? 兄ちゃんにあんなひどい怪我負わせやがって、絶対に許せねえ! 早く縄ほどけ、俺を帰せーッ!」

足をじたばたして暴れると、周りの男達からせせら笑いが聞こえてくる。

「おいおい、ずいぶん活きのいい坊主じゃねえか。顔は結構可愛いが、本当にこんなのが運命の"奥方様"、なのか? ガイゼル」
「ふん、なわけねえだろ。どこからどう見ても普通のどんくさいガキだ。……いや、違うな。長老のババアに担ぎ上げられた、哀れな子やぎか」

片眉をあげて馬鹿にするリーダーに、部下達が愉快そうに大口で笑う。
ひどい言われようだ。島に来てからなんだかんだ持て囃されていた俺は、軽いカルチャーショック状態に陥った。

こいつら、俺を拐って何をするつもりなのだろう。
部族長のケージャに敵対心を持ってるのは明らかだが、全然この「碧の島」、統一されてないじゃないか。
これは伝承どころじゃないと背にびっしり汗を感じた。

すると、近くにさっきの女の子がやってくる。
冷たい布を手に、俺の顔や手などを綺麗にしてくれている。
そしてぼそっと呟いた。

「ごめんなさい、奥方様。これ以上手荒な真似はいたしませんから…」
「おい、何お前が勝手に決めてんだ? ラウリ」
「ひっ。すみませんガイゼル様。なんでもありませんっ」

その子は即座に態度を変え、俺の元から離れ、奴の斜め後ろに隠れた。
怪しい。どういう関係なんだ。完全に命令服従で、虐げられている。

ひとまずガイゼルは男達を解散させた。どうやら俺を尋問する気のようだ。自身も椅子に前のめりで足を開いて座り、下から睨み付けてくる。
だが俺は恐怖よりも怒りが治まらなかった。

「お前、なんで兄ちゃんにあんなことをしたんだ。治るよな、大丈夫だよな? なあ!」
「……さあな。あの程度で死ぬ男なら、さっさと島の長を辞めたほうがいいんじゃねえか?」

嘲りで俺の涙を奪ってくる。腹立たしい。
この島で出会った各地区の統括者は皆優しくいい人達だった。
内面はまだ詳しく知らないが、こいつよりは全員聖人だろう。

「ユータ、といったな。お前らが兄弟だと主張する意味はなんだ?」
「意味って……本当に兄弟だからだよ、二人で時間差で島に飛ばされたんだって!」

このオールバックのチンピラのような男は、統括者らしく俺達の内情を一応知っているようだった。だが全く信じてないようで、一から説明をする。

「へえ。二重人格ねえ……確かにさっきのあいつは、ルエンの言った通り雰囲気が違ってたな。……だがな、お前らが兄弟なわけがねえんだよ」

男は近くに立っていたラウリという子のお盆から、酒の杯をとって口に含む。黒線の禍々しい入れ墨がはいった喉が動くのを緊張して見つめた。

「どういう意味だよ。なんで信じてくれないんだ」
「それはな、精霊力だ。この力は元来、島で生まれた男にしか宿らねえ。ケージャには俺の知る三年前からその力があった。だからお前の兄貴なわけがねえんだ」

そう言われると確かに腑に落ちない。俺も兄と再会したときから同じ疑問を持っていたからだ。

「で、でも、俺にだって途中で宿るぐらいだから、なにか起こったんじゃないか。あっ、もちろん兄ちゃんは変なことしてないけど」

事実だが墓穴を掘った台詞に、突然ガイゼルが冷たい顔で立ち上がった。俺の前まで来て、無遠慮に顎をつかむ。
しかし見られているのは首だった。

「ふっ。お前ら兄弟でヤってんのか。……いや、この独善的な自己主張の痕はあの野郎か。……お前の精霊力はちっぽけだが、俺にも分からん。どんな小細工を使ってんだ?」
「……離せっ!」

もしかしてケージャに昨日マークをつけられたのかと恥ずかしくなる。
……でも、考えてみたらもう奴はいなくなってしまったのだ。
代わりに、兄ちゃんが戻った。原因は、怪我なのだろうか…?

「でもよ、この島が野郎同士で盛る風習があるとはいえ、近親はねえだろ。なあラウリ」
「は、はい。そうですね」

少女が伏せた目を、もう一度俺に向ける。だがすぐに申し訳なさそうにうつむいてしまった。
この野郎、こんな小さな子にまで威圧的に接してるのか。

「お前こそ、こんな女の子を偉そうにこき使って恥ずかしくないのか、いい大人が」

俺はさっきこの子に術をかけられて転移させられたというのに、なぜか憎めなかった。怯えている様子が痛ましかったからだ。

しかしラウリは「えっ」と顔を上げた。そして一瞬、気が抜けたようにへらりと頬を緩める。

「奥方様。ぼくは女の子ではなく、男の子です。あと、ガイゼル様はぼくの面倒を見てくださっている主人なので、少々気が荒くてもお気になさらないでください」
「……ああ? なに急に嬉しそうに素性ばらしてんだお前は。敵に弱味を見せてどうする」
「あ! すみません!」

ぺこぺこ謝る少女ーーじゃなくて少年の頭を男が小突く。
男の子だったんだ。可愛らしい見た目と高い声から完全に騙されていた。

奴が主人ということは側仕えの立場なのかと思ったが、俺がやたらと庇うとラウリはしきりに恐縮をしていた。
呆れたガイゼルは彼に俺の世話を言いつけ、ようやく部屋を去ろうとした。

「ガキ同士おままごとでもしてろ。俺は寝る」
「……はっ? なんで呑気に寝れるんだ、もうすぐあれだぞ、兄ちゃんの部隊がやって来て叩きのめされるんだぞ!」

兄の体は心配だったが、回復魔法だってあるし医術師もいるし、今日の狩猟や診療所での部族民の集結を思い出すと、希望は捨てられなかった。

しかし余裕の面を崩さない、ガラの悪いオールバックに鼻で笑われる。

「今日お前を拐った意味を考えろ。直に大きな嵐が来る。そうすれば二、三日はこの西地区まではやって来れない。せいぜい腸煮えくり返してりゃいいのさ。その間に俺はお前に何をしてやろうか? ……まあ明日また考えるか」

ははっと笑い手をひらひらさせて扉から出ていった。
俺は肩を落とし脱力する。
すると手首の縄が自然にほどかれた。この浴衣の美少年、ラウリがやってくれたらしい。

「あ、ありがとう。ラウリ君」
「……! 奥方様、ぼくが悪いことをしたのです。許してはもらえないと思いますが…」

彼はガイゼルが居なくなったのを確認し、改めて俺に謝ってきた。しかしこんな小さな子を責めることは出来ない。きっと弱味でも握られてるのだろうと邪推したからだ。

「いえ、ぼくは背は低いですが15才です。それにガイゼル様は粗暴で言葉はきついけれど、お優しい方なんです。ぼくの恩人ですからーー」

そこまで言ってまた喋りすぎたと思ったのか、ラウリは慌てて次の仕事へと移った。どうやら俺の寝床を準備してくれるらしい。

お辞儀をする彼を見送り、がらんとした木造の屋内を見渡す。

拘束が解かれた俺は、丸窓のそばに向かった。まだ薄暗いが、風が強まってきていて木々の葉が揺れている。
どうやらここはツリーハウスのように高い位置にある住居らしい。

窓は開かないし、試しに入り口の扉も調べたが、鍵はかけてない様子なのに動かなかった。

もしかして、魔法が使われているのだろうか。
だとしたら、あの医術師の結界が効かなかったように、今回も俺だけ通り抜けられるはずなのだが。

分からないことが多すぎて、俺は勝手に近くの長椅子へ腰を下ろし、頭をうなだれた。





翌日、といっても数時間経っただけだが、俺は中々眠れずに目を覚ました。
恐怖心とストレスからか、皮肉にも離ればなれになった兄への浮わついた気持ちは影をひそめ、ただ寂しさだけが残っている。

連れてこられた高層住居の寝室には、着替えの黒い甚平のようなものが置いてあり、久々に男らしい服装に身を包んだ。

「奥方様。おはようございます。ご朝食の前に、湯浴みをなさってください」
「あ、はい。どうもありがとう」

ラウリがやって来て離れの風呂場に案内をされる。
しかしそこで小事件が起こる。なんと彼は肩までのさらさらヘアを後ろでまとめ、浴衣を脱いでパンツ一丁になろうとしたのだ。

「えっ? 君も入るの?」
「はい。奥方様のお身体を洗わせていただきます」

屈託のない笑みで申し出られるが俺は断固拒否する。だが彼はきょとんとして「ガイゼル様にもいつもしています」と告白した。
一歳年下の彼の境遇に、俺は自分の状況も棚にあげて慌てふためく。

「ちょ、ちょっと、そんなことさせてるのあいつおかしいだろう! 断らなきゃだめでしょう!」
「でも、それが普通だって言われましたし……ぼくは喜んでお役に立ちたいのです」

まったく効いていない無垢な美少年に脱力した俺は、とりあえず彼をそっと外に出して一人で悶々と入浴を行った。


その後、朝食を食べて部屋で過ごした後、昼食の時間になっても俺は監禁状態にあった。
ガイゼルはケージャのようにこんなときでも仕事をしているのだろうか、今日はまだ姿を見せない。

風呂場へ向かう途中に逃げ出せばよかったのだが、もといた東地区の面々よりこの地区の男達は厳つく、人相も怖くて勇気が出なかった。それに昨日の様子じゃ敵わないだろう。騒ぎを起こしてラウリ君のせいになっても可哀想だと考えた。

「あ、あのさ。俺の髪なんか梳かさなくてもいいから。どうせ誰も見ないし」
「そんなことありませんよ。きっと部族長はきれいな奥方様を見れば、お喜びになります」

そう朗らかに話したあと、彼の手が一度止まり、表情が曇った。

「俺の兄ちゃんが、来ると思ってるの…?」
「はい……お強い方ですから。……とても優しいお人ですし」

俺は鏡台の前で、椅子の後ろに立っていた彼に振り向いた。 

「ラウリ君、ケージャのことも知ってるんだ。なあ、いつからガイゼルに仕えてるの? 君の家の人とかも、ここにいるの本当に許してるのかな」

いきなりあいつの魂胆を聞くのは避け、彼のことを知ろうとした。
年も近いし、急に部族長の妻にされた自分と、なんだか少し境遇がだぶって見えたのだ。

ラウリは薄茶の瞳を揺れ動かし、俺を見つめた。

「ぼくをここに送ってくれたのは、祖母なんです。……ぼくは男のくせに、精霊力をもたない紛い物だから。でも、祖母とーー長老と同じように、呪力はありました。だからといって、女ではないから正統なシャーマンにもなれない。……そんな中途半端な自分が、何かに役立つように仕事を与えてくれたのが、ガイゼル様なのです」

奴の名前を出したときに、半ば憧れのような顔つきで微笑む少年。
だが俺は、その内容に度肝を抜かれ、椅子からガタガタと立ち上がった。

「……えっ。君、ムゥ婆の孫なの……?」
「はい。……やはり、奥方様は知りませんでしたか」
「いや全然知らなかったよ! 誰も教えてくれないし!」
「そうですか……兄上も……。ぼくは、やっぱり、一族の恥さらしなのかもしれませんね」

悲しみに暮れる15才の少年の生い立ちを知り、驚愕と胸の痛みが同時に襲う。
つまりこの子は元部族長である側近のエルハンさんの、弟なのだ。
ゴウヤさんにはもう一人息子がいたということか。

彼の言う通りではないと思うが、まるで秘密のように誰も言及しなかったことを訝しむ。

「そんなことないよ、っていうか、家にはあまり帰ってないの?」
「ええと……二年前に来たときから、三回ほどは帰省しました。ですが、ガイゼル様はケージャ様のことを嫌っておいでで、西地区は他の地区よりも独立した、自治的な統制が取られているのです。ですからこの地区の者は、あまり東地区との交流が盛んではありません」

申し訳なさそうに話されて少し納得した。リーダーがああいう好戦的で排他的な感じならば、全体がそういう雰囲気になってもおかしくはない。

俺は彼の主人の悪口は言いたくなかったが、兄にやったことへの恨みもあるしつい「いいやつが急襲するのかな」とか「裏で悪いことしてそう」などと罵倒してしまった。

「ーーだから、一緒に帰ろうよ、ラウリ君。今ならまだ大事にならないって。君のことだけは俺が守るからさ」

詐欺師の口ぶりでうまいことを言い、どうにか彼を味方につけて脱出しようとする。
彼は呪力が使えるのだと言った。だから「碧の石」をもち、普通は精霊力や魔力の魔法効果が薄い俺のことも拘束できたのだろう。
それは今あえて教えるつもりはないけれど、このまま彼の力が俺の敵になったらまずい。

説得を続けたものの、彼の意思は固かった。

「ごめんなさい、奥方様。ぼくはガイゼル様に逆らえないのです。あの方は、ああ見えて島の人達の中でももっとも優しい人です。……ぼくは、二年前、13才になったときにまだ実家で暮らしていました。精霊力がないのは知っていたけど諦めきれず、いろんな男の人に声をかけていました」
「……え? それってまさか、精霊力を注いでもらうために?」
「そうです。しかし、元部族長の弟ということもあってか、単にぼくに魅力がなかったからなのか、誰からも与えてもらえませんでした。……ケージャ様は長なのでそんな無礼なことはしていません、ご安心ください。でも、切羽詰まったぼくはとうとう、兄上にもお願いしました」
「ええー! エルハンさんにも! それでっ?」

ミーハーな俺は身を乗り出して尋ねる。同じく兄をもつ立場として話の行方が気になったのだ。
ラウリは沈んだ瞳で首を振った。

「もちろん駄目でした。兄上は高潔なお方ですから。『お前とそんなことをするつもりはない』と拒絶されてしまいました。……ですが絶望していたぼくに、唯一手を差しのべてくださったのが、ガイゼル様だったのです」

彼が言うには、滅多に姿を現さない会合に現れ、新しい部族長であるケージャの働きぶりを見張りイビる目的だったようだが、偶然ガイゼルは集会所にいたラウリと出会う。

二人で話をすると「自分の召し使いになるなら抱いてやる」と言われ、西地区に来ることを誘われたのだという。
運命だと感じた美少年はすぐに実家と相談をした。エルハンさんは反対したものの、思慮深く考えた祖母の意向により家族会議が開かれた。

そこにラウリは参加出来なかったが、なんと結果的に許可が下りたのだという。

「へー……そんな成り行きがあったのか。じゃあ君も……かなりの覚悟でここにいるんだね……ごめんね、俺何も知らないで」

ガイゼルについてはただの変態なのではと思ったものの、言わないでおいた。
彼は事情を俺に話し、どこかすっきりした様子で「いいえ」とはにかむ。

「残念なことに、いくらガイゼル様に抱いていただいても、やっぱりぼくのせいで精霊力は生まれませんでしたが……。こういうわけで、ぼくみたいな問題のある人間をそばに置いてくれているガイゼル様には、ほんとうに感謝をしているのです」

一生懸命に話されて俺は神妙に腕を組んだ。
この子は素直な少年だ。俺には簡単に想像はできないが、実家に反旗を翻してもいいと思えるほど、居場所を与えてくれた奴のことを信奉しているのだろう。

ちょっとした秘密話にしては重いことを知ってしまったが、俺達の会話は予期せずこの男にも筒抜けだったらしい。 

突然、乱暴に居間の扉が開かれた。
びびった俺以上に震えたのが、さっきまで和やかに会話していたラウリだ。

黒髪オールバックの筋肉質な男が、近くの長椅子にどさっと腰を下ろす。じろじろと俺達無害な少年を高圧的に見つめた。

「へっ。つまり俺は縁起の悪いもんを押し付けられたってことか? それとも、お前は分かりやすく長老が送った密偵のつもりなのかね」
「……ガイゼル様! ぼっ、ぼくは、そんな裏切り行為はしてませんっ」

手を前で握って必死に言いすがっている。
やはり、二人が揃うと一方的に虐げられてるようにしか見えず奴に反感がわく。

「そんな言い方ないだろ、ラウリ君はお前のこと心から信じてんだよ、家族よりもお前の暴力的な計画に協力してやってんだからな!」

つい口を挟むとガイゼルが凄まじい殺気を放ち、入れ墨がびっしり入った肩を鳴らして睨みつけてきた。
俺は腰が引けてまた椅子に戻る。くそっ、こいつの意図を暴いてやりたい。

俺にとってはこの男は虫酸の走る誘拐犯に変わりないからだ。

「お前、なにラウリに速攻ほだされてんだ? 無力な人質のくせによ。自分の心配したほうがいいぜ、今日はたっぷりこの俺と過ごすんだからな」

下劣な笑みで顎をさするガイゼルから後ずさる。
情けなくもラウリ君に視線で助けを求めるが、彼は「おい。お前は席を離れろ」と主人に命じられ、すぐに「はっ、はい」と頭を下げて従順に応じていた。

ちょっと。おいて行かないでほしいんだが。
少しだけ仲良くなれたかもと思っていた心が打ち砕かれる。

「な、なにするつもりだ、離れろよ!」
「うるせえ……お前が本当に特別な人間なのか、見せてみろよーー」

奴は立ち上がり、深みのある金色の瞳をじっくり俺に向けた。



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