夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 20 忍びよる手

連夜の交わりのあと、俺はなぜケージャに抱かれたのだろうと考えていた。これは兄ちゃんへの裏切りになるだろうし、きっとまた怒り狂うはずだ。

二人を受け入れることは、二人を傷つけることになる。
兄達を同一視することは、個人を認めていないのと同じだ。

でも俺にとっては、この目の前にいる兄は兄で、どちらも大事だった。
それにケージャはただの別人格なんだと切り捨てることが出来ないほどに、情が移ってしまっていた。

「ユータ、体の調子はどうだ? 腰は痛むか」
「ううん。大丈夫、だけど……ちょ、全裸で近づくなってば。早く腰巻きつけろよっ」
「なんだ、今さらだろう。毎晩愛し合っているというのに。まだ慣れぬのか」

目を細めてからかう兄から視線をそらす。
朝の光が射し込むこの場所は、衣服や装備類がしまってある身支度部屋だ。俺はもうすぐ狩りに出発する兄を見送る予定で、長椅子に座っていた。

鏡の前で部族長然とした顔つきを作り、下半身に薄い布と装飾品をつける兄。
褐色のたくましい背中と太く長い手足、あれに長時間絡められたことを思い出し、火照ってくる。

体に、まだ何か入ってるみたいだ。
落ち着かなくなり腰を上げると、目の前に兄が立ちはだかった。

「あ、あの……」

なぜか近くにいるだけでドキドキしていたら、正面から腰に両腕を回された。
涼しげな目元が甘い視線を放っている。

「ああ、お前に口づけがしたい……」

兄は一言だけ呟いて、片手で俺の頬を覆った。
鼓動を静めながら、俺は少しだけ上向く。

「……する? 兄ちゃん」

小さな声で尋ねた言葉に、ケージャは途端にむすっとした表情になる。

「お前は残酷だ。伽が終わればもう俺は用済みか?」
「ち、ちがうってっ。夜だって、兄ちゃんがしたがったから…!」

反射的に口答えするが、いや、そうじゃないとすぐに頭を振る。

「……俺も受け入れてたよね。ごめん、ケージャ…」

うつむいて、再び後ろの長椅子に腰を落とした。
兄が軽く息をついて隣に座る。

「素直だな。お前が謝る必要はない。手に入れたいのは俺だ。だから何度も抱いた」

語りかけながら、髪をすくように撫でられてびくりと反応する。

「兄に会いたいのだろう? 心配なのだな」

静かに頷くと体をそっと抱きよせられる。

「嵐が過ぎ去るまで待て。それまでは俺が部族長として指揮をとる必要がある。だが必ずまた戻るぞ。分かったな、ユータ」

強い主張は変わらないが、譲歩されてびっくりした。
ケージャなりに思いやってくれてるのだと感じた。

「ありがとう、兄ちゃん」

首に腕を回して抱きつく。迷ったが頬にもキスをした。
朝のだよと言い訳すると兄は短い茶髪頭を抱える。

「お前はずるい。……だが可愛くてたまらんのだ」

抱きしめられて、しばらく俺は裸の胸元に身を預けていた。
朝からベタベタしてしまったが、密かに悩んでいたことにひとつ答えが与えられて、安心する。

こんなにほっとしているのは、兄の腕の中にいることも関係してるのかもしれない、なんて少しだけ思った。



その後側近のエルハンさんが、俺達のいる藁葺き屋根の離れまで迎えに来てくれた。
黒髪で同じく惚れ惚れするような体躯をもつ元部族長の彼は、兄の人格交代を知ったあとも変わらず親身に、忠誠心をもって接してくれている。

そんなエルハンさんと挨拶を交わしたとき、じっと見つめられ、あることを指摘された。

「……ん? 奥方様。もしやこれは……ケージャ様」
「ああ。お前も気がついたか、ユータのアレに」
「えっ? なにあれって?」

思わせ振りな二人の長身の間で焦った俺は、まさかお腹のタトゥーがばれたのかと冷や汗が出まくる。
しかし実際は、さらに大きな自身の変化だった。

「うそ! 俺、精霊力が出てきちゃったの? エルハンさん!」
「はい、おめでとうございます奥方様。なんという素晴らしい輝き……まだ微力ではありますが、確かに存在しています。さすが部族長直々のお力ですね」

感動の面持ちで祝う彼と、有頂天になった俺は握手を交わす。ようやく俺にも漫画的な能力が備わったかと喜んだが、もとは兄との交わりのせいだと我に返り、赤面した。

「ふふ。今はまだ少なくとも、いずれあふれ出さんばかりになる。夜毎俺が注ぎこんでやるのだからな。我が愛する妻に」

16才の弟を捕まえて相変わらず自信家な兄に、頭を垂れる側近のエルハンさん。俺は恥ずかしく思いながらも、体にみなぎる何かを感じようとしていた。





一人になった時に壁に向かって、前に教えてもらった精霊魔法の呪文を唱えてみたのだが、さすがにまだ何も起こらなかった。

残念に思いつつ、その日俺は漁などの作業がなかったため、出かけることにした。

「あのー、すみません。今日は自由日なのでちょっと書庫へ行ってもいいですか?」
「かしこまりました、奥方様。では案内いたします」

住居の廊下で待機してくれていた、半裸で礼儀正しい、若い部族民のあとをついていく。

せめて兄がケージャである間に情報収集をしようと思ったのだが、俺にはいつも護衛の人がついていた。
島の中を歩くときや、広場近くにある市場でのちょっとした買い物、海岸での漁に向かうときなど、大柄な部族の男が少し離れた場所で見守ってくれている。

最初は慣れなかったものの、一応部族長の妻という立場であるし、人格交代が発覚してからは、兄も俺の行動を逐一把握したがり心配しているようでもあった。

集会所のひとつには図書室のような場所があり足を踏み入れる。精霊力が備わったというから文字が読めるかと思ったが、まったく読めなくてがっかりする。

島の歴史や内情にも興味があり、たとえば噂の西地区のやばそうなリーダーのことも周囲に聞いて回りたかったけど、怪しまれるし護衛や側仕えの少年達がそばにいたら動けなかった。

それでも何か手がかりがないかと本棚の間をうろついていると、向かい側に人影が見えた。
静かで誰もいないと思っていたら、急にぬっと姿を現す。俺はたまらず大声を上げた。

「ああぁッ」

それは山のように大きな、身長2メートルはあろうかと思われる、診療所の助手の男だった。坊主頭にマッチョ体型で、灰色のぴたっとしたTシャツが目の前にあった。

「あ、あんた確か、先生の……薬剤師の…」
「セフィだ」

いつものマスクをしていて、低い声で答えられる。何の気配もなかったからびっくりしていると、扉が大きな音を立てて開いた。

「奥方様! いかがなさいましたか、今悲鳴が聞こえましたがーー」
「あっ。いや、大丈夫ですすみません、知り合いに会ったもので」

護衛の人が心配して来てくれたが、助手の男が威圧的に見据えたあと、俺に視線を向ける。

「ユータ。あんたに用がある。今すぐ診療所に来てくれ」
「……なっ、奥方様にそのような口の聞き方、無礼であるぞ。貴様は異国の者だな?」

所持している槍を構え、無愛想なマスク男を怪しんでいる。なぜか空気がひりついたため、俺はすぐに「この人はお世話になっている医術師の関係者なんで気にしないでください」と取り繕った。

もしかして先生から何か大事な話かとぴんと来たのだ。
俺は彼らを島の同じ部外者として、完全に信用していた。

護衛の人にも説明をし、助手のセフィの言う通りに診療所に向かうことにする。
しかし彼の見た目が厳つ過ぎたせいか心配され、「同行する」と言われた。

「いいや、俺一人で大丈夫だ。あんたは職務に戻ってくれ。お互い暇じゃないだろう?」

その言いぐさにカチンときた様子の護衛だったが、俺はなんとか彼らをなだめ、その場を後にした。

廊下を歩き、島の海岸通りから丘へと続く長い砂利道を歩く。
この無口な男と二人きりになったことがないため、俺は少し挙動不審になっていた。

「なあ、セフィ、だっけ。先生が俺に用があるんだろ?」
「そうだ。用件は着いてから話す」
「……あ、はい。……あのさ、あんたいくつなの? 俺は16なんだけど」
「26だ。ちなみにジルツ先生は35才だ」
「ふうん…」

落ち着いた雰囲気よりは若いんだなと思ったが、この際だから色々尋ねてみた。一見してとても馬が合うようには見えない、マッチョな薬剤師と理知的な美形医術師という、二人の関係性などについてだ。

「10年前に、スラムで露店を開いていた俺に、先生が声をかけてくれた。『店構えはみすぼらしいが薬草類の品揃えは中々優れている。こんなところで埋もれるのはもったいない。私と来ないか』と誘ってくださった。それ以来あの人のもとで全国を回りながら修行をしている。先生は、こんな俺のことを拾ってくれて薬剤師になるまで育ててくれた恩人でもあり、その腕は元々宮廷で働いていたほど一流の医術を備えていてーー」

いきなり具体的な馴れ初めを饒舌に語られて面食らう。
男の横顔は変わらず無表情だったが、あの医師に対しての熱い信頼はかなり伝わってきた。

「そうなんだ。素敵だなぁ。あの先生、こうと決めたら結構なりふり構わずって感じに見えるもんね」
「ああ、その通りだ。だからこの島での伝承も、医術師生命をかけてでも暴きたいと考えている。ーーちっ、あの男、つけてきているな」
「えっ?」

セフィが正面を向いたまま呟くので、俺は振り返ろうとした。
だが同時に奴に手首を掴まれた。そのまま振り向かれ、目をじっと捕らえられる。

奴はマスクの裏で、聞きなれない言語を唱えた。それは明らかに魔法のようなもので、気がつくとあたりが白いモヤに包まれ、視界が瞬時に消え去った。



怖くなりぎゅっと目を閉じていると、声をかけられた。

「おい。ユータ。もう着いた。安心しろ、危険はない」

助手の声に恐る恐る目を開くと、真っ白な壁と煌々と光るランプに目がくらむ。
そこは見慣れた診療所だった。傍らには、白衣姿の医術師もいる。

「う、うわぁッ。なに、なんで、俺瞬間移動した!?」
「正確には君ではなく、セフィの転移魔法によるものだ。すまない、ユータ。驚かせてしまったな」

さらさらの長い銀髪に金ぶちの丸眼鏡が、俺のことをじろじろと見る。

「ジルツ先生。この人魔法使えるんですか?」
「ああ。我々の世界では、人口の二割に魔力が備わっている。とくに医療関係者は、職業柄魔法が使えることが求められるのだよ」

眼鏡を直して俺を寝台に腰かけさせた。
セフィとともに見下ろされ、いつもよりも緊張感のある空気に居心地が悪い。
考えてみれば、まだ診察日ではないし、無理矢理連れてこられた気分だ。大体なんであんな偶然に助手は書庫にいたんだ?

「ふむ。怪しまれているな。セフィ。きちんと追手はまいたのか?」
「いえ……やはり警護は厳重にされてました。なのでやむなく魔法を」
「そうか。仕方がない。時間がないからな。ーーではユータ。突然だが、今日は君の特別な診察を行う。協力してくれるな?」

うさんくさい微笑みで見下ろされて、身を引いた。

「なにするんですか? っていうか、兄ちゃんを通してもらわないと困るんですけど。また後で怒るんで」
「それは重々承知だ。だから君の兄に知られる前に、君を誘拐したのだろう」
「ーー先生。言い方に気をつけてください」

え、俺誘拐されたのか。
一気に顔面が青ざめる感覚で、立ち上がった。
考えてみれば、こいつらそこまで信用できる奴らだったか?
素性もさっきちらっと聞いただけだし、二人とも魔法使いみたいだし、やばいんじゃーー。

「君は全てが顔に出るな。心配はいらない。少し体を調べさせてほしいだけだ」
「少し……? 検査ってことですか?」

頷かれたあと俺は一旦考えたのだが、その内容を聞いてのけぞった。
なんと、裸になったり、お、お尻を調べようとしているらしい。
そういえばこの人、もう忘れていたが、当初「産科医」とか言ってたよな。

「絶対にイヤです! な、なんだお尻って。バカじゃないのか。俺まだ高校生なんだよ! 兄ちゃんとのアレは、別だから!」
「落ち着いてくれ、ユータ。これは何のやましさもない医療行為だ。それに我々は君達兄弟のことを全面的に信用した上で、最悪長老を敵に回してでも、伝承の真実に立ち向かおうとしているのだ。……そのためには、まず君の体に異常がないか調べる必要がある。了承してくれるね?」
「…………で、でも」

伝承のためと言われたら弱くなる。だからといって、そんな恥ずかしいことを他人にされるなんてーー。
この島に来てから最大級に悩んでいると、助手のセフィが急に何かを察知したかのように窓に近づき、白いカーテンの外を覗いた。

「先生、まずいです。もう奴らが来たようです」
「うむ。思ったより早すぎる。さすがに連携がとれているな」

渋い顔で語り、顎に手をそえて一考した。
来たって、まさか部族民たちか?
大事になってしまい顔をひきつらせる。しかし俺の体が急に、大男の手によって持ち上げられた。

「わあっ! 何すんだよ、下ろせよ!」
「セフィ。そのまま表に出るぞ。私がケージャに説明をする」
「はい、分かりました。暴れるな、ユータ」

医術師の言葉から兄も来ていると知り驚愕する。
俺は必死にもがいたが、巨体の男に勝てるはずもなく、なぜかお姫様抱っこの状態で診療所の玄関口へと連れられた。


崖から広い海が見渡せる、丘の上の白い洋館前には数十人の半裸の男達が終結していた。整列して静まり返っているが、手には槍や刀などを持ち、険しい顔で敵対心を露にしてくる。

「兄ちゃん!」
「……ユータッ!」

その先頭には、信じがたいことに兄もいた。狩りに行ってるはずなのに、俺のためにわざわざ飛んできてくれたのか? 隣には仁王立ちのエルハンさんまで。

「貴様、ユータを離せ! どういうつもりだ、突如俺の妻を拐うとは……やはり信用の置けぬ異国の犬だったのだな! 目的を言え!」
「君は間違っている、ケージャ。私はただ、彼の診察をしたかっただけだ。産科医としてな」
「診察……だと?」
「そうだ。出産前の大事な準備となる、触診について今説明しよう。まず、ユータを全身裸にしてくまなく異常がないか調べる。それから肛門の中、これが一番重要であり、前立腺の機能や状態をじっくり私の指でーー」
「やめろ!!」

周囲がざわつく中、俺も赤裸々な内容に真っ青だったが、それ以上に兄が憤怒で震え出す。

「部族の男達の前で、俺の妻を辱しめるとはーー許せん……ッ、皆の者、矢を放てッ!」

背から弓を取りだし、一斉に弓矢を放つ。いくつかは先端に火がついていて、洋館の三階部分に次々と刺さり燃え上がった。

映画でしか見たことのない光景にびびるが、医術師と助手は動じずに弧を描く弓を目で追った。

「困ったものだ、我々の住居部分が。修復はしてもらえるのだろうか。……まあいい。私は防護結界を張る。セフィ、お前は火を消してくれ」
「わかりました」

体がそっと下ろされ、助手は手を掲げて呪文を唱えた。遠隔地に白い霧のようなものが舞い、ついたはずの炎が一瞬で鎮火していく。

医術師ジルツも言語を唱え、目の前の平地と建物を隔てる丸い膜のようなものが広がったのだが、俺は通り抜けてその場から逃げ出した。
こんな戦闘のような場から離れ、一目散に兄のもとに駆け出す。

「なっ……なぜーー」
「兄ちゃん!」
「ユータ、こっちだ!」

胸に飛び込んで抱き留められ、ひとまず安心する。
しかし交戦状態になってしまったのは良くないと、俺は兄を説得した。

「あの、興奮しないで兄ちゃん、これは医者による必要な検査なんだって。先生は敵じゃないし、俺の体のこと心配してくれてるんだよ」

とっさに出た言葉には、ある種の覚悟がにじんでいた。嫌だけど、どうやら避けられそうにない。長老に立ち向かうには、やはりこの魔法を使える医術師らの力が必要なのだと悟る。

「……しかし、……っく、……お前達、攻撃を止めろ!」

苦渋の表情で手を上げた部族長により、彼らの構えが制止した。安堵でふらつく俺の体を兄が傍らに抱きかかえるが、鋭い眼光は収まらずに、そのままエルハンさんに預けられた。

俺は側近の彼に「大丈夫ですか」と気遣われながら、医術師に近づいていく兄の後ろ姿を見守る。
まさか槍で刺したりしないよな、そう不安に思っていると、兄は信じられないことを言い放った。

「それほど大事な検査ならば、俺の目の前でやれ。文句は言わせん。いいな」

唖然とし、すぐに文句を言いたくなった俺の心をかき消すように、なぜか部族民たちの鼓舞するような雄叫びが響いた。





もう、勘弁してほしい。ただの診察のはずが、どうしてここまで大事になったのだろう。

診療所を襲撃した島の男達は一旦解散し、エルハンさんが引き連れて持ち場に戻っていった。それはよかったのだが、ここに兄がいることは正直俺も望んでいなかった。

「ジルツ先生、本当にやらなきゃいけないんですか」
「ああ。さあ、検査服の前を開けて私に見せてくれ」

俺はライトが灯る診察室の中央で、羞恥の中浴衣のようになっている服をはだけさせた。すると背後から、椅子にどっしり座っていたはずのケージャが吠える。

「おい、ちょっと待て。医術師は百歩譲って許してやろう、だが薬剤師、なぜお前まで俺の妻の裸体を見るのだ!」

確かにそれは俺も気になっていた。斜め前に佇んでいた坊主頭の大男が、ぴくりと眉を動かす。

「俺は先生の助手として修行させてもらっている身だ。学びのためにすべての施術を見学する。そもそも触診に配偶者の付き添いは許可していない。出て行くならあんたのほうだ」
「な……んだと貴様ァッ!」

兄が憤慨している隙に、俺はもうヤケクソになりあられもない姿を披露した。大人の男達に囲まれるのは嫌だが仕方がない。
ジルツは「ほう」とか「なるほど」とか言いながら至近距離で、俺のあそこやタマなどを触って調べていた。

きっと泌尿器科でやるようなことだろうと言い聞かせている間に終わる。
問題はそれからだった。俺はとうとう寝台に背を丸め横になり、足を抱えた状態で尻の中を検査されることになった。

「ひうぅ……兄ちゃん見ないで……」
「ユータ、俺がついているぞ、もう少しの辛抱だ! ……クソッ、こんな拷問のような苦しみがあるとは……ッ! 敵に八つ裂きにされるよりも辛いぞ……!!」

手を握ってくる兄の目をじっと見てやり過ごす。大袈裟だし本当につらいのは俺なんだけど。

下半身の後ろを器具でカチャカチャやられたものの、事前に兄のような魔法を使ったらしく、全く痛みはない。
万一変なふうに感じたらどうしようかと思ったが、何も起こらず心の底から安堵した。

それから仕上げとばかりに、ジルツは寝そべる俺に手をかざし、魔術を用いて体内の様子を観察していた。眼鏡の奥で光る灰色の瞳には、あたかも透視のごとく臓器などの状態が映っていたらしい。まるでレントゲンのようだ。

30分以上が経過した頃、ようやくすべての検査が終了した。
俺は兄に手を繋がれたまま別室で待たされた。緊迫する中、医術師らがカルテを手に戻ってくる。

書斎机をはさんで座り、ごくりと主治医の言葉を待った。

「さて、結論から話そう。ユータ、君の体には何の異常も見つからなかった。我々と同じ人体構造をもった人間であり、ごく普通の16才の健康男子だ。よって常識的に考えれば身ごもることは不可能であるといえる。もちろん今も体内に生命体の影はない」

きっぱりと言いきられ、俺は「……よかったあぁ」と胸を撫で下ろす。しかし兄は明らかに動揺して声をあげた。

「どういうことだ? ではいかにユータは俺の子を孕むというのだ?」
「それは私が聞きたい。しかしながら、今はまだ経過観察中だ。二人の聖具を見るに、順調に精霊力は高まっている。満ちるまであと半分といったところか。頑張ったな、ケージャ。……それが満杯になった際、あるいは儀式の折に何かが起こるのかもしれない。希望は捨てないでおこう」

まるで俺に何か起こったほうがいいみたいな言い方だが、複雑だった。運命の存在が誕生しなければ確かに帰れないっぽいが、そんなの恐ろしすぎる。

不安がよぎり、無意識に隣の兄の手を手繰り寄せた。
目を見開かれたが、かまわず寄り添う。

「……ユータ。大丈夫だ。俺がついているぞ。お前は何も心配しなくていい」
「うん……わかった兄ちゃん」

孕ませようとしている張本人なのだが、そばにいてくれることはありがたかった。これはもう俺達兄弟二人の問題になってしまったからだ。

「ところでケージャ。君との度重なる性交により、ユータ自身の精霊力が生まれたのを感じるのだが。それは、さきほど私の魔法が彼に作用しなかったことと、なにか関わりがあるのだろうか?」

ーーえ?
寝耳に水なことを尋ねられて目が点になった。
医術師が言うには、洋館の前での攻防の際、人の出入りを阻むはずの防護結界を俺が無視したというのだ。

「ふふふ……それは体内の精霊力とは関係がない。俺がユータに贈った『碧の石』の効果だ。主人である俺との契約により、特別な守護力が付されている。魔力や精霊力による攻撃魔法はもちろん、一部の補助魔法などもユータには効かん」

腕を組み、自慢げに話す兄を見て口をあんぐりとする。

「そ、そうなの? それはすごいけど、なんで兄ちゃん俺の主人になってんだよ。契約って……副作用とかないよな? っていうか、ジルツ先生のっていわゆるバリアだったんだよな。効いたほうがいいんじゃないか」
「ーーいや、きっと私の結界内にとどまれば効果はあったはずだ。無害だからな。おそらく君には、拘束の部分が効かなかったのだろう」

思案する医術師に向かって、にやりと笑い「その通りだ」と頷くケージャ。
近くに立っている助手のセフィも「そうか。だから俺の転移魔法は平気だったんだな」と納得した様子だった。

まさか、自分にそんな凄い能力が備わってしまったとは。

「やったー! この刻印、兄ちゃんとえっちなことしてる時に浮かんでくるだけじゃなくて、ちゃんとした働きがあったんだ、すごいよケージャ!」
「ふっ。お前の喜ぶ顔を見るのは嬉しいが、他の男の前でそういう話は慎め。こやつらはお前の麗しい肌を見たばかりなのだぞ」

真面目な顔で嫉妬深い兄にたしなめられるが、不思議なほどテンションは上がったままだった。単純なことに、これで俺もなんとなく強くなった気がした。

「ふむ。非常に面白いな。この島の神秘は想像以上に奥が深いらしい。ーーどれ、よければ私にもその刻印とやらを見せてはくれないだろうか。セフィ、お前も目にしたいだろう?」
「はい。ですが、それはさすがに難しいかと。またこの兄が怒り狂うのでは」
「当たり前だ!! なぜ貴様らに俺のユータの淫らな姿まで見せねばならんのだ! 調子に乗るな!」

兄が再び激昂して二人に当たり散らしていた。
そんなところは俺の兄ちゃんそっくりだ。……いや、きっと本当の兄だったら今日の出来事は許していないだろう。

俺はため息を吐きつつも、ケージャの腕を掴んで懸命になだめたのだった。



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