夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 2 ありえない伝承

兄ちゃんに抱っこされたまま、浜辺から続く小道や木の橋を渡り歩き、住居へと向かう。
ここへ来るまでの間、女性や子供を含む島民たちが炊事や作業の手を止め、笑顔で頭を下げ挨拶をしてきて、とても恥ずかしかった。その上「奥方様だ、奥方様」と皆がはしゃぐ声まで届いた。

異様な歓迎ムードの中に縮こまる俺をよそに、兄ちゃんは終始誇らしげな顔をしていた。

離れと呼ばれる住居は、島の奥まった森の中に建てられていた。丸いわらぶき屋根をもつ高床式の家が点在し、橋で行き来できるように繋がっている。

行ったことはないがいかにもバリ島かどこかの小洒落た別荘という雰囲気で、室内も予想より豪華だった。
一番大きな部屋は真っ白なカーテンに包まれ、木造りの家具やふかふかの天蓋付きベッドがあり、なぜかシーツの上には赤い花びらで型どられたハートマークがあった。

まるで新婚のハネムーンのような雰囲気に、汗が吹き出しそうになりながらサッと目をそらす。

「兄ちゃん、もうそろそろ下ろしてくれ。誰もいないよ」
「まだだ。このまま風呂に行く。お前を温めねばならん」

そう言って部屋の奥の暖簾をくぐり短い階段を下りていくと、笹の葉に似た植物に囲まれた小庭に出た。
真ん中に大きな丸い桶があり、たっぷり入ったお湯から湯気が出ている。

かけ流しの湯を見てここには温泉でもあるのだろうかと驚くと、兄が「さあ俺が入れてやろう。服を脱げ、ユータ」と言ってきたので、俺は断固拒否して兄を追い出した。

海に落ちたせいで張り付いた髪と、潮の匂いがする体を洗い、お風呂で温まる。
外に出ていつの間にか用意されていた浴衣のような服を羽織った。部族の格好で布切れ一枚の兄と同じだったら、どうしようかと思っていたので安心した。

兄は広々とした居間の長椅子に座っていた。部族長らしく広げた腕を背もたれにかけ、威厳のある眼差しで見つめてくる。

「やっと出たか、待ちくたびれたぞ。夫となる者にも簡単に肌を晒さないとは、俺の妻は随分と奥ゆかしい。だがそんなところも気に入った」

満足げに理解不能な気持ちを告げられるが、俺は我慢の限界とばかりにドスドスと足音を鳴らし、兄の前に立ちはだかった。

「……もう変な芝居やめろよ、兄ちゃん! ほんとに俺のこと覚えてないの? 弟の優太だよ、もう高1になったんだ、頑張って兄ちゃんと同じ高校に入ったんだよ…!」

拳を握り涙目で訴えると、さっきまで自信に満ちていた兄が目を瞬かせた。

「ユータ。悪いがお前の言っている事は少々難解だ。異世界から来た異人のお前と俺とでは、隔たりがあるのだろう。だが時間はある。ゆっくりと互いのことを知り、分かりあえばいい」

俺は兄ちゃんのことを知っているのに。忘れているのはそっちだけだと、やるせない気持ちになる。
けれどすっかり別人になっているこの兄は、一筋縄じゃいかないみたいだ。何か方法を見つけなければ。

「なぁ、ずっと俺のこと妻って言ってるけど、どういうこと? 伝説、とかさ。まるで俺がここに来るって知ってたみたいな言い方ーー」
「ああ、知っていた。俺はお前をずっと待っていたからな。ユータ」

兄は真面目な顔で頷いた。
俺を待っていた……?

唖然として固まる俺に微笑みかけた兄は、立ち上がり「見せたいものがある」と言い残し別の部屋へと消えた。戻ってきた時には一冊の古びた本を手に抱えていた。

縁がボロボロになった青色の分厚い書物だ。兄は長椅子に座った俺の隣に腰掛け、それに向かって手をかざし、何かを唱え始めた。

すると眩い光が本から放たれ、勝手にぱらぱらとページがめくられた。

「な、なななな何やってんだ兄ちゃん、今の何!? 明らかに魔法みたいだったんだけどッ」
「そうだ。魔法の存在を知っているとは、なかなか物知りな妻だな。これは精霊魔法といってな、島の男だけに与えられた超自然の力なのだ。だが今それは重要ではない。中身を見ろ」

平然と促されるものの俺の頭は混沌を極めていた。なぜ普通の人間であるはずの兄が魔法を使えるんだ。
今まで兄や島民の言葉も普通に理解していた為、もしかしてここは日本の周りにある未開の島なのではと思っていたのに。

まさか本当に異世界なのか?

「な、なんだこれ……全然読めない」

絶望に肩を落とす俺の目に、ずらっと並んだ解読不能の文字が映る。

「これは俺達の部族、『碧《あお》の民』の古代文字だ。この本には島に関する古の伝承が記されている。今お前に説明しよう」

そう言って日本語を話していたはずの兄が突然見知らぬ言語を喋り出し、度肝を抜かれる。しかしもっと酷いのは、俺の為に訳し始めたその内容だった。

「ーー遥かなる未来、さらなる島の繁栄のため、伝説の夫婦が現れる。過程は以下の通り。@選ばれし長の就任から三年後、妻となる黒髪の美少年が浜辺に打ち上がる。A長と婚礼の儀を行い、熱い初夜を迎える。Bそうして『碧の民』の調和を満たす者が誕生する。……最後のこれはつまり俺達の愛の証である、子供のことを示しているとーー」
「ちょっと待てよ!!」

俺はつい持ちうる限りの声を張り上げた。
もう聞いていられない。なんだ伝説の夫婦って。その@まではスルーできたものの、婚礼とか初夜とか、こ、子供ってなんなんだーー

「兄ちゃん。冷静になってくれ。……今の全部冗談だよな?」
「俺は至極本気だ、ユータ。言っただろう、この時を待ちわびていたと」
「でも無理だよ、俺達男同士だし、兄弟だし、だいたい男は子供なんて出来ないだろ?」

涙に声を震わせながら、俺は必死でその伝承の三重苦を訴えかけた。
しかし兄は余裕の笑みを浮かべ、再び想定外のことを口にする。

「それは心配いらん。大っぴらに話す事ではないが、男同士の性交は我らの民の慣習の一つだ。強き男の精気を年少者に与えることは、一人前の男となるための通過儀礼でもある。だがお前の場合は違う。普通の男は子を成すことは出来ないが、俺達が夫婦となればそれが可能になる。だからこそ伝説になるのだ」

耳を塞ぎたくなる言葉の羅列に、ぐらぐらと視界が歪んでいく。
島の淫らな慣習のことも知りたくなかったが、問題は想像以上にヤバイ自分の未来だ。

「何言ってんだ、俺にそんな力なんてないよ、それに兄ちゃんとそんなこと……で、出来るわけねー!」
「ふふ。そう恥ずかしがるな。婚礼の儀を迎えるまで、お前が俺にきちんと慣れるように、毎日努力するつもりだ。お前はただ身を任せてくれればいい」

兄ちゃんはまるで恋人をあやすように俺の頬を撫でた。
褐色の瞳が「何も案ずるな」と甘い視線で語りかけてくる。

もう駄目だこの人。きっと兄ちゃんは洗脳されちゃってるんだ。
本当に俺達が結婚してしまう前になんとかしないと、取り返しのつかないことになる!



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