夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 16 少しずつ変わる夫

兄ちゃんがケージャになり、二日が経ってしまった。
俺は無理矢理風呂で体を確かめられてから、奴のことを無視している。

完全無視ではないけれど、出来る限り冷たくしていた。別にそれでもいいのだ。だってこの男は、けっしてめげずに俺を構ってくるんだから。

「ユータよ。ただいま帰ったぞ」
「……おかえり兄ちゃん」
「熱い抱擁はないのか? まあいい、俺がしよう。ーーほら、お前に土産も持ち帰った。ウサギを捕まえたぞ」
「……えっ、うさぎ?」

藁葺き屋根の邸宅に帰ってきた半裸の男に、強引に抱きしめられる間。兄の背後に視線を移した。
何気に小動物が好きな俺は、島でまだあまり友達のいない自分に、ペットでも連れてきてくれたのかと一瞬気分が上がったのだ。

しかし期待したものとは違う姿に、絶叫した。

「わあぁッ! なんだよこれ絞められちゃってるものじゃん、かわいそうだ! ひどいよ兄ちゃん!」
「どうしたのだ、なぜそう怒る。愛情をこめてお前のためだけに狩ったのに。この種はとくに肉が柔らかく美味いぞ」

きょとんとしたケージャは数匹の獲得品を持ち上げ、なんと今から調理するのだといい、住居の裏口に俺を連れ出した。

いつもはお抱えの料理人のご馳走を食べさせてもらっていたが、この日の部族長は気合いが入っていた。
裏の焚き火を二人で囲み、手慣れた様子でさばいたものや新鮮な野菜をじっくり焼く。

「ユータ、もう元気を出せ。お前の国ではこれが愛玩動物であると知らなかったのだ。悪かった。しかし、これはもう狩られた命だ。感謝をして食べろ」
「……うん。わかったよ。ありがとう」

手を合わせてもそもそと焼いた肉を食べた。味は独特だが確かに美味しかった。兎を食べる地域はあると知っていたが自分は初めてでショックだったのだ。

それにサバイバル経験があるとはいえ、さらりと行う兄の姿にも衝撃を受けていた。ここでも何度か狩りに送りだしたものの、俺はいつも同行していなかったから。
ケージャにオブラートに包みそう伝えると、複雑な顔をしていた。

「そうか。お前の気持ちは分かる。……だが、狩猟は俺の使命だ。普段はもっと大きな獣を仕留めているし、部族長としての力を皆に示さねばならん。……お前の兄も同じように出来ていたのかは信じられんが、俺はこの島でそうやって生きてきたのだ」

ケージャは立ち上がり、石の上に座っていた俺の隣にあぐらをかいた。そして強引に膝の上に抱き寄せる。

「ちょっ、なにすんだよっ」
「いいだろう。本当は常にお前に触れていたい。ここしばらくは、とくにな」

いつもの強気とは裏腹に、心細さを醸し出して抱きしめてくる。
俺はまた実感した。兄ちゃん、本当に二重人格になっちゃったんだ。

この兄も婚儀の前までは、ずっと偉そうで自信家だったのに。
本当の兄の出現によって、少し弱ってるのかもしれない。俺も冷たくしてたし。
罪悪感が募っていると、ケージャが俺のことをじっと覗きこんだ。

「そうだ。今度はお前に生きたウサギを持ち帰ってやろう。そいつは食べぬから、存分に可愛がってやるといいぞ」
「……ええっ。いいよそれは。だっていつかーー」

続く言葉を口にしようとして、寸前で引っこめた。
だって俺はいつか兄ちゃんと元の世界に帰るんだから。
そう思ったけれど、言えなかった。もっとケージャが落ち込むかもしれない。

「いつか動物って旅立っちゃうからな。俺、そういうの弱いんだ。結構泣き虫だから。あはは」
「……そうか。お前は優しい男だな。それはすでにこの俺も感じたぞ」

兄は納得して、俺の頭を優しく撫でる。
なんだか無性に切ない。どうして俺はこの別人格の男に気を使っているんだろう。



しかし、その夜はまだ続き、ひと悶着起こる。
ケージャになってから二日目の今日は、あの悪魔の使い、見張り番が来る日だ。

俺は警戒していた。兄とは夫婦のフリでなんとかやり過ごせたが、この男は本当にやる気がある。実際に中には出されてないけど、昨日だって襲われた。

昨夜は怒って別室にこもっていた俺だったが、今日はどうしよう。
とりあえず寝室の前で、寝巻きの浴衣をまとった俺はケージャに申し立てた。

「今日も別々の部屋で寝るぞ、兄ちゃん」
「何を言っている。俺がお前と離れて眠ることは無い」

案の定、風呂から出て濡れた短い茶髪を拭きながら、同じく浴衣姿の兄が不服そうに断言した。
閉口する俺の腕を掴み、部屋へと進もうとするケージャに立ちはだかろうとした瞬間、奴の動きが止まった。

「来たか」

そう呟き、のれんの外にある廊下へ向かった。
俺も慌ててついていく。するとそこにはいつも通り、二人の屈強な半裸の男が床に座っていた。

「お前達、今日からこの見張りは俺の好きなときに実施する。儀式も近い、これからはいっそう本気で子作りをしたいんでな。あまりに乱れる姿をたとえ妻の声からでも想像させたくはない。分かったらもう行け」

突如よどみなく高圧的な態度で、ケージャが彼らにルール変更を告げた。
おい俺のくだりは要らないだろと焦って見たが、兄はぴりぴりと威厳を放っている。

「し、しかしケージャ様。長老がお許しになられるかどうかーー」
「俺が部族長だ。俺が許可したときに呼ぶ。営みが無事済んだとの神への報告も欠かさぬから問題はない。……お前もそれでよいな、ユータ」
「う、うんっ」

本当にいいのかと驚いたものの、兄の決断に俺も同意した。
ケージャがムゥ婆の意思に反することをするとは。性行為によって人格が変わることを恐れているのもあるだろうが、信頼していた長老に、別人格を放置されたことが未だ納得いってないのかもしれない。

なんにせよ、これで地獄のような営みスケジュールからは一時的に解放された。



「あの、ありがとう兄ちゃん。さっきのこと」
「礼を言われると流石に気が沈むぞ。ユータ。悪いと思うならもう少しこちらに寄れ」

寝る時間になり、遠い位置に枕を置き横たわった俺は、礼を言った。
だがやはり兄は納得いかない様子で、胸元がはだけた浴衣から、長い腕を伸ばし俺を求めてくる。

「へ、変なことしたら怒るからな」

念のためもうひとつの枕を抱いて、仕方なくじりじりと近寄る。
譲歩も必要だと思ったのだ。俺はこれからもこの野性的な部族長と付き合っていかなければならないから。

枕ごと体が抱きしめられる。
昨日も淫らなことをしたし、布団の中で近くにいると、余計に思い出す。

「なぜそう嫌がる。俺がお前の兄だからか? だからお前は初夜のときも拒んだのだろう?」

冷静に耳元で問われた言葉に、俺は勢いよく顔を上げた。

「兄ちゃんじゃなくても同じだ! 俺男だぞ!」
「だから何なのだ。お前は妻だ。夫に抱かれることは何らおかしなことではない」

もういい。相変わらずこうなると、話が通じない。
食事のときは前より心が通ったと思ったのにな。

「ユータ。前はもう少し俺に対して優しかったぞ。お前の兄との再会が、お前を変えたのか。俺のことは、もうどうでもよくなったのか」

頬をもどかしく武骨な指に撫でられ、俺は困った。
まただ。今日は自信家なケージャが時おり別の顔を見せる。

「どうでもいいわけないだろ、兄ちゃんなんだから。大事だってば…」
「本当か……? ならば、わずかだけでも、触れることを許してくれ」

日焼けした、がっしりした肩幅が目の前に迫る。シーツに仰向けの俺は見下ろされて、キスされそうになった。とっさにむぎゅっと掌で頬を追いやる。
それだけはだめだ。まだケージャには用がある。

「またか……何なのだこの強情な妻は……」

やや傷ついた顔をしながらも奴は諦めなかった。俺の手の中に音つきのキスをされる。何度か続けられて全身が熱くなった。

「もう恥ずかしいってばっ、これで我慢しろよっ」

重なる上半身の肩を両手で掴み、顔を起こした俺はちゅっと奴のほっぺたにしてやる。
動きを止めて、ケージャは涼しい目元を緩め、喜びの表情をした。

「ああ、俺は嬉しいぞユータ。子供のようではあったが、お前からの初めての接吻には変わりない」

一言余計だし、そんなに嬉しそうにして変な男だ。こんなに単純な奴だったのか。兄とはあんまり似ていない。

……兄ちゃん、今、どうしてるんだろう。
大きな体にひっつかれて諦めた俺は、同じ匂いを放つこの男から、温もりを確かめてしまった。





翌日、ケージャは狩りも重要な会合もなく、朝と午後の鍛練以外は時間があると言っていた。俺はチャンスだと思い、ずっと考えていたことを話した。

「兄ちゃん、今日もお疲れさま。あの、一緒に行きたいところがあるんだけど」
「よいぞ。なんだ、逢い引きの誘いか?」

外で部族民とともに剣を振っていた兄が、汗でびっしょりの体を拭きながら、にこやかに問う。

「全然違うけど、この前船が来たって話しただろ? その時一緒にお医者さんが来たんだよ。一度会ったほうがいいと思って」
「……ああ、異国の医術師か。エルハンから話は聞いている。そうだな、俺達夫婦の支えとなる重要な存在だ。あとで向かおう」

ケージャは乗り気な様子だった。妻であることに難色を示している俺からの提案に驚きつつも、どこか嬉しそうだった。
そんな様子に胸が全く痛まないわけではないが、とにかく今はこの二人を会わせて、島の部外者である医者に味方についてもらうしかない。

俺達は森を抜け、海岸通りに一旦出て、そこから丘の上にある白い洋館を目指した。
だがその長い坂道の途中には、もうひとつ道が分かれていて、ケージャは先にそちらに向かった。

ある建物の様子を見ておきたいのだという。
それはなんと、子供達が通う学校のような場所だった。

平地にあるちょっとした草原には、小さい子や小中学生ぐらいの年齢の子たちが駆け回っていて、窓枠から見える木造平屋の室内では、皆が黒板に向かって授業を受けている。

「うわっ、すごい、学校なんてあるんだ。皆真面目に勉強してるよ〜偉いなあ」

そういえば自分も学生だったと思い出しながら、すでに懐かしい気分になる。話によれば、島の地理や歴史、生き物、商売でも役にたつ計算法など、生活に必要な知恵や知識を教えているらしい。

「懐かしいな。実は俺も二年前までここに通っていた」
「え!? 兄ちゃん大人なのにっ?」
「そう驚くこともないだろう。俺は何の記憶もなく、この島のことも知らなかったのだ。一から学ぶ必要があってな、決闘でエルハンを下したあと、奴に勧められ入学したのだ」

なんだその悪いけど想像したら面白い話は。
この子達に混じって兄がまじめに授業を受けてたとは。
笑いをこらえた失礼な俺に、ケージャは「もちろん半年もたたず卒業したぞ」と腕組みをしていた。

ケージャの話を聞いていると、外の子供や中から出てきた浴衣姿の生徒らが集まってきた。

「ケージャ様だ! ひさしぶりー」
「おう。元気そうだな、元同級生。苦手科目は克服したか?」
「うん! 教えてもらった数学、今は得意になったよ」
「そうか。それはよかったな。だが俺のように弱点のない強い男を目指すのならば、他のことも満遍なく学ぶのだぞ」
「わかった、オレがんばる!」

少年を奮い立たせ仲良さそうに話す様子を唖然と見る。
その後もわらわらと集まってきた子らにケージャは大人気で、楽しそうに笑って相手をしていた。

俺にはあまり、兄が小さな子に囲まれてる姿は馴染みがない。
年の離れた弟の自分のことは、溺愛していたけれど。

ガタイがよく長身で、きりっとした眉に目元もすっきり鋭いし、子供から見たら若干怖いのではないかと思う風貌だ。

しかしケージャは完全に溶け込んでいて、信頼されてるようだった。
この三年、彼は彼なりに色々頑張っていたのだなと実感した。

皆が屋内に戻っていったあと、俺は兄の腕を引っ張った。

「すごいね、兄ちゃん。人気者じゃん。まさか本当に卒業生だったとは」
「ふふ。この島の子は皆よい子供らだ。それにな、俺は数字がここの教師よりも得意だったのだ」

鼻を鳴らして見下ろす兄に、俺は思わず感心した。

「へえ〜そうなんだね。そんなところはやっぱ兄ちゃんと同じだなぁ」

今まで少しは気を使っていたのに、ついその名が口からこぼれると、一瞬だけケージャは眉を潜めたが太い腕を組み直す。

「ふん、まあ俺のほうが賢いだろうがな。ユータ。お前はどうだ。何かを学んでいたのか?」

なにやら大人から子供への優しい目線で、初めてそんなことを聞かれ、どきりとする。

「えっ。うん。一応高校生だから、俺。えっと……得意科目は国語かな、わりと本好きだし。体育は苦手だけど。俺達の世界では、勉強したい人は22才ぐらいまで学べるんだよ」
「ほう。読書はよいが、そんなに学んでどうする。この島では16で成人を迎える。14を過ぎれば本格的な狩猟に出るぞ。それが男の仕事だからな。……ところで俺は、何歳なのだ?」

突然真面目な顔で、尋ねてきた。
ケージャは認めたくないと思いながらも、だんだん俺の兄であることを受け入れつつあるのかもしれない。

「兄ちゃんは23才だよ。まだ大学っていうところに通ってる途中なんだ。もう話したと思うけど…」

ここに来たときに散々説明したことを、また簡単に教える。意外にもケージャは覚えているようだった。

「そうか……思っていたより若造だ。……ではお前の話は、すべて本当だったのだな」

そう呟いたきり、黙ってしまった。
本当の兄が戻り、ショックを受けていた姿と重なる。
こういう時、どうすればいいんだろう。俺には分からなかった。
だから、黙って手をつないだ。
俺が兄のそばにいると約束したことは、兄がどんなことになってても変わらないからだ。

「ユータ……どうしたのだ。可愛いことを……」
「……だ、だって。兄ちゃんがなんか、してほしそうだったから」

なぜかドキドキしながら見つめ合ったときのことだ。
突然、ケージャの褐色の瞳が険しくなる。視線は俺の背後に向かっていた。

振り向くと、校庭の出入口から、紫色の着物を羽織った白髪の老女がゆっくりと歩いてくる。両隣に部族の男を連れて、物々しい登場だ。

「む、ムゥ婆……!」

ただの小さいおばあちゃんなのだが、俺はびびって体を強張らせた。なんでこんなところに。……まさか、何かに感づいて、医者のところに先回りしていたのか?

俺よりも強く訝しんだのが、隣の兄だった。

「ムゥ婆、ずっと探したが、どこへ行ってたのだ。この一大事に」
「山中での祈祷じゃが? お主らの儀式が刻一刻と迫っておる。ワシにも準備があるのじゃよ」

さらっと述べた長老の笑みが不気味だ。
近くまでやって来て後ろに手を組み、俺達二人を見渡した。

「何はともあれ、お前の顔が見たかったぞ、ケージャ。おお、ようやくまた一歩伝承へと近づいたようじゃの。よきことじゃ」

長老は俺の首にかかった雫のネックレスと、兄がはめた腕輪を見て満足げだ。
医師の言うとおりだ。やはりこれは特別な装具なのだ。
彼女の口ぶりから、人格交代のことも気づいているのだと確信した。

「なぜだ、何を知っている、ムゥ婆。俺になにか隠しているのか…?」
「なんのことじゃ? お前はお前じゃろう、ケージャ。ユータの夫であり、この島の部族長。そしてワシらの大切な仲間だ。この三年共に過ごした日々を忘れたか? お前はそれを疑うのか」

落ち着いた声音ながら、小柄な体からにじむ気迫でたたみかけるムゥ婆。
珍しくケージャは言葉に詰まっていた。このままじゃ負ける。どうすれば。

しかしここでムゥ婆に揺さぶりをかけても、この様子じゃ口を割らないだろう。

「ムゥ婆、分かってますよ。俺達夫婦は頑張って伝承の達成を目指せばいいんですもんね? それが島のためになるんだから」
「おお、そうじゃそうじゃ。ユータよ。お主は若いのによく理解しておるな。何があろうと夫婦で手を取り合うことが、一番の近道なのじゃよ。そうすればお主らの願いも叶うじゃろうしなぁ」

……願いだって?
また含んだ言い方で釘を刺してくる長老から、ケージャは俺を守るように背の後ろに隠した。
ムゥ婆の黒目が一瞬光る。

「ところで、見張り番のことは聞いたが、ワシも理解を示そう。そうそう、この間お主にも言われたばかりだしな、ケージャ。『俺とユウタのことに口出しをするな。すべきことは全うする』と。なんとも男らしい啖呵の切り方だったのう、これは妻も惚れるはずじゃ。ほっほっほ……」

まさか兄ちゃんが言ったのか? 俺はそんなこと知らなかった。
ケージャを後ろから覗きこむと、横顔はどす黒い表情で静まっていた。
俺の手を今度は自分から握ってきて、まっすぐ長老を見据える。

「ふっ。俺はそんな当然のことを偉そうに吠えていたか? 悪いが全く覚えておらん。俺はただ、これまで以上にユータを愛し、守るのみだ。それを邪魔する者は何者でも許さん。無論、俺は必ず結果を出す。この島の民のために、俺達夫婦のためにな」

高らかに宣言したケージャは、今まで結託していたはずのムゥ婆を上から睨みつけ、まるで敵対を露にしていた。
俺はこうして、これまで以上にもう一人の兄の懐から、抜け出せなくなりそうだった。



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