夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 15 執着の芽生え ※

「……お前が、兄と……夫婦のふりをしていた、だと? 何を言っているのだ、ユータ」

情けなくも、足元がふらついた。
今までとは違う。妻の口ぶりが明らかに、俺以外の男を示していたからだ。

額に手を押し当て、あたりを見回す。
露台の隅にある長椅子に、皿と葉巻が置かれていた。

これは自分のものだが、部族の男の嗜みであるからと、まだうら若い妻の前で吸ったことはない。

「なぜこんなものが……お前が吸ったのか?」

訝しんだ俺はユータに近づき、口元に顔を寄せた。
すると細い肩が跳ね、俺の口がぱちりと手のひらに塞がれた。

衝撃と悲しみが襲い、俺は妻の手首を掴みそっと退けた。

「……どうして俺の接吻を拒む。酷いではないか、ユータ」 

恨みがましく尋ねると、妻は表情に焦りを浮かべた。

「だ、だって……まだ話してる途中だし。そうだ、兄ちゃんに一緒に来てもらいたいとこがあるんだ。ねえいいだろ?」

ユータが俺の浴衣の袖を引っ張り、部屋の中へと招こうとするが、足が異様に重く感じる。

妻の顔を注視すると、昨日よりも肌が日焼けしているように見えた。
まさか、と思う。

愛しい妻の話ならば、たとえ部族中の者達が聞く耳を持たずとも、夫の俺だけは信じてやるのが道理だ。
しかし初夜から知らぬ間に二週間も経っているなどと、そんな馬鹿げた話を、あっさり受け入れられるわけもない。

部屋に入ると、さらに胸騒ぎが強まった。
さっきまで寝そべっていた天蓋つきの寝台の上が、ほとんど乱れていない。
まだ朝食の前で、側仕えの者達の手も入っていないのにだ。

「どういうことだ……初夜を迎えた神聖な場所が……」

俺は即座に別の寝室に移動した。
そこはまるでいまだ誰かの気配を発するかの様に、敷布が乱れていた。

「わあっ、兄ちゃん、そこ見ないで!」
「……何故だ。なぜ俺に隠す」

全てに違和感が生まれる。
窓際の椅子に掛けられた羽織や、俺が普段使うことのない室内用の履き物が、無造作に置いてある。

自分の形跡が感じられない。

考えたくもない想像が一瞬過るが、やはり有り得ん。
早くはっきりさせなければ。

「外に行くぞ。俺についてこい、ユータ」



真っ先に向かったのは、海岸へ向かう途中にある、島民達のための大広場だ。
早朝で商店が店開きの準備をする中、俺は愕然とする。

婚礼の飾りつけが、跡形もなく消えている。
一週間は祝いの期間という島の決まりは、どこへ行った。

「誰が勝手にこんなことを……俺達の婚姻に対する謀反者か!?」
「い、いや兄ちゃん違うよ、本当にあれから二週間以上経ってるんだってば!」

立ち尽くしていると、海岸の方から数人の男達がやって来た。
先頭には北地区の幹部の一人、建築を任せているノウラがおり、皆と大木を運んでいた。

「おう、朝が早いな部族長。届いた物資でさっそく防壁に着手している。俺たちに任せてくれよ」
「……何を言っている。防壁? 台風が来るのは月の後半のはずだ」
「だからもうすぐだろう。あんたに伐採の根回しを頼んでおいて助かったぜ。この分だときっちり間に合ーー」
「それは俺ではない!」

たまらず声を上げると、男達は大きく目を見開いた。

この事態は、何なのだ。
一体誰のことを話している?

ユータの台詞が頭の中を縦横無尽に侵食し始める。

「に、兄ちゃん……大丈夫?」
「俺から離れるな、ユータ。何かがおかしい。俺は信じんぞ」

不安げな瞳で見上げる妻の手をしっかりと握り、俺は自分が最も信頼のおける男のもとに向かった。

二人の新居とは別方向にある、森の中の敷地には、長老のムゥ婆と副長のエルハン、その父親のゴウヤが住んでいる。

右腕ともいえるこの男に問いただせば、忌まわしい悪夢を止める手助けにもなるだろう。

そう思い玄関の引き戸を開け放ち、門番の声を無視して激しく歩みを進めていく。

「エルハンはいるか!」

食事場へ向かうと、部屋用の浴衣を羽織ったままのエルハンが、驚きの形相で俺を見た。

「ケージャ様、奥方様。おはようございます。どうしたのです、こんな朝早くに」
「食事中にすまんな。一刻も早く、お前に聞きたいことがあってな。ムゥ婆は朝の祈祷に出掛けているか?」
「はい。長老はすでに森の祭祀場へ向かわれています」

俺はユータを自分の隣に、奴を広い食卓の正面に座らせたまま、話を切り出した。

「今日は何月何日だ。なぜ婚礼の祝事がすでに終わっている」
「……え? それは、どういう……今日は夏の月29日ですが。祝事は島の慣習のとおり、滞りなく終えたはずでは」

聞きたくもない台詞が、強い頭痛を引き起こす。ユータの言う通り、十日の初夜から二週間以上が経過している。

俺は奴を下から睨みつけた。
この男は、根からの真面目気質で冗談など言わない。俺から見て、やや堅苦しすぎるほどの男だ。

「俺には、婚礼の儀の後の記憶が、ない。……俺は何をしていた? その間のことを全て話せ」

エルハンは戸惑いながらも、冷静に語り始めた。
俺ではないその男が、日々の職務や狩猟において、いかに俺と遜色のない力を発揮したかなど、耳を塞ぎたくなった。

それだけではない。話によると、交易船はすでに到着しており、親友のラドも航海から戻ってきたという。
奴には大事な用がある。この異常な事態を伝えることもだが、出来るだけ早く会わなければならない。

しかし聞いているうちに、俺は次第に我慢の限界がきていた。

「……ふざけるな、その男は、俺のふりをしていたのだ。何故だ、なぜ俺の片腕であるお前が、気がつかなかった!」

こいつだけではない、部族の島民達もだ。
俺は皆にとって、別人がなりすましていても分からぬような、取るに足らない存在だとでもいうのか?

俺はたじろぐエルハンを問い詰めた。

「も、申し訳ございません、部族長。しかし、まさかそんなことが……にわかには信じられません。事実なのですか? ……確かに婚礼後の貴方の様子は、普段と口調が変わっていたり、私に敵意を示すなどいささか気になる点もありましたが……ケージャ様と出会った当初にも、そのような事があった為、様子を見ていたのです」

真剣な眼差しで語る奴の一字一句が、癪に触る。どれもこれも言い訳にしか聞こえない、戯言だ。

「兄ちゃん、本当なの…?」
「俺は……覚えていない。当時は記憶が定まらず、自分の精神が……不安定だったのだ」

また頭痛がする。
妻の前で惨めな姿を見せたくない。荒れていた当時のことを話すのも憚られた。

「それに、環境の変化に際し長老からも見守るようにとのお達しが、我々部族民達にありましたので」

腑に落ちないでいた。
ムゥ婆は俺の力を見いだし、自暴自棄の頃を救ってくれた長老だ。
呪術者としても熟練のシャーマンが異変に気づかないとは、考えられん。

「あの、奥方様は落ち着いていらっしゃるように見えますが……もしやお気づきになられてたのですか?」
「はい。だって……エルハンさん、この人は俺の兄なんです。ずっとそう思ってたけど、兄ちゃんに会えて確信しました。……俺たちは異世界から、時間差でこの島にやって来たんですよ!」

ユータが身を乗り出して語りだす。
それは俺たちが出会ってから、ずっと妻の口から語られてきたことだ。

全て逃避から来る、想像なのだと思っていた。
そうであって欲しかった。

本当の話なのか?
俺がユータの、兄だというのか。

「待ってください、私も少し、理解が追いつきません。ケージャ様が別の世界の人間だと? 二人が実は、ご兄弟であると……」

俺を見る目に動揺が走っている。
同時に自我がぐらぐらと揺らいでいく。

この島にたどり着いた時、俺は記憶を失っていた。今もそうだ。
自分は何者なのだろうと、部族に受け入れられた後も、何度も考えた。知りたかった。

それでも、長老から「お前には運命の相手が必ずやって来る」と言われ、ずっと待ち焦がれていた妻の、やっと出会えたユータの心を占める『大切な兄』にだけは、なりたくなかった。

そんな事実は、望んでいなかったのだ。

「俺は……違う。そんな男ではない。ケージャだ。俺は、この俺なのだ、ユータ……」

弱々しくこぼれた言葉を、俺の妻はじっと見つめて聞いていた。
黒い瞳は逃げることもせず、まっすぐ捕らえてくる。

「兄ちゃん、大丈夫だよ。どんなことがあっても、俺がそばにいるから……ね?」

決意を秘めた声が優しく語りかけてきた。
まだ俺を、兄だと言いながら。

残酷な妻だ。

俺がいない間、兄と一緒にいただと?
何をしていたのだ。
話を全て信じるとするならば、この体を使って、ユータと再会を果たしたその男は、一体どんな気持ちで俺の妻に接していたとーー

破裂しそうな思いに耐えきれず、俺はユータを抱き締めた。「んん! 兄ちゃん、苦しいっ」と喘ぐ声が聞こえたが、もう離したくはない。

観念したのか背に回された手に力がこめられ、余計に胸が苦しくなる。

ふと、エルハンが様子を伺いながら口を開いた。

「あの……奥方様。婚礼後にケージャ様が変わったとするならば、今のケージャ様は、いつ戻ってこられたのですか?」
「……えっ。そ、それは……えっと」

口ごもる妻を見て、鼓動が大きく鳴り始める。
あの寝室の異様な乱れが、脳裏をかすめた。

俺が自我を手放したのが初夜のことだ。道理は知らぬが、ユータの上で果てた瞬間、男と入れ替わったのだ。

わなわなと体が震える。

「エルハン。俺がいない間、見張り番は毎夜来ていたのか。『営みの報告』はどうしていた」
「それは……部族長の要望で、一日置きに来ておりましたが」

頭に血がのぼり、抱き締めていたユータをまっすぐ見下ろした。

「俺はなぜ、戻ることが出来た。お前は……兄と……交わったのか?」
「あ……や、やだ……恥ずかしいよ兄ちゃん」

妻の瞳が揺れ、また潤み始める。
なぜそんな顔をする?

俺はユータのこの表情に弱い。なぜだろうか、考えたくはないが本能的な、生来のもののように感じる。

この場で突き止めたい思いを抑え、俺はユータを横抱きにして持ち上げた。
悲鳴が上がったが、このままでは何も手につかない。

「おいエルハン、すまんが部屋をひとつ借りるぞ」
「……は、はい。承知しました、ケージャ様」
「や、やだ! 何すんだよ兄ちゃん、降ろしてってば!」
「こら、暴れるな。お前の体に確かめるだけだ。ユータ」

頭を下げて道をあける副長のそばを通り、俺は広い住居の上階へ向かった。
誰もいない部屋で、妻の話を聞くためだ。

俺がたとえ本当にユータの兄だとして、それが何なのだ?

こいつは俺の妻だ。誰にも渡しはしない。
もし二人の仲を脅かす者が現れるならば、それが誰であれ、滅ぼしてやればいい。





座敷にユータを押し倒し、俺はその細い体をくまなく調べあげようとしていた。
妻の顔は赤らみ、少し怯えたような涙目でにらんでくる。

「や、やめろ、足持つな変態!」
「俺はお前の夫だ、こうする権利がある。……他の男に触れられたとなれば、尚更だ」

両足を割って迫り、妻の上半身の浴衣に手を差し入れる。
怒りで頭が沸騰しそうになりながら、むやみに傷つけまいと柔肌を撫でて確かめた。

恐れていた痕は見つからなかったが、手のひらを行き来させる度にユータが腰をねじり、前よりも艶がかったその表情に、めまいを覚えた。

「お前の兄も、このように触ったのか? 俺の愛する妻に……一体何をしたのだ……!」

憤慨して下半身の浴衣を、思いきり暴いた。
妻の悲鳴を無視し下着の上をまさぐると、淫らに勃ち上がった性器を感じる。

「や、やだ、兄ちゃん……こんなとこで」
「どこなら良い、寝台の上か?」
「お……お風呂にして、お願いだ…っ」

染まった顔をうつむかせた妻を見やる。
意思をもったその発言に、俺は考えを巡らせた。

そうか、ユータを奪ったその男は、おそらく精霊魔法も使えない阿呆だったのだ。
通常は性交時に相手に負担をかけないため、前もって治癒魔法を施す。これは事後処理も不要になる効果をもつ。
それを怠ったとなれば、風呂で清めたいという妻の願いも理解できる。

俺は一度頭を冷やそうとした。
今、ユータは確実に俺と共にあるのだ。落ち着いて、これから相対するであろう事実に備えなければならない。

「分かった。風呂場へ行くぞ。お前は何も心配するな」

頭を抱きよせ、黒髪に口づける。微かに震える妻をまた抱き抱え、俺は立ち上がった。


二階に位置する屋内の檜風呂は、十分な広さがあり、かけ流しの温泉が涌いている。
湯気が立ち上る中、俺はユータの背を壁に押しつけ、覆うようにして向かい合わせになった。

「体を洗わねばならんな。大人しくしているのだぞ、ユータ」
「あ、あんっ、兄ちゃん、やだぁっ」

こうして怒りを静める必要がある。
冷静に考えれば、この恥じらいの塊である俺の妻が、他の男をーーましてや実の兄を誘うような振る舞いをするわけがない。

きっと言葉巧みにたぶらかされたか、無理強いされたのだろう。

憎悪と戦いながら自分の行いを振り返るが、俺は奴とは根本的に違う。
ずっと求めていた妻を手に入れるため、その為だけに生きてきた。伝承を達成させるという部族の悲願以上に、俺は妻に全てを捧げる覚悟がある。

再び襲う頭痛を隠すように、ユータを抱き締める。
濡れた性器同士が擦れあい、すぐに全身に熱が回り始めた。

「ここだな……本当にお前の中に、俺以外の人間が入ったのか…?」
「……ち、ちがっ……にいちゃ、だって、ばっ」
「俺ではない。たとえ体が同じでも、俺とそいつは全くの別人だ」

優しく言い聞かせ、赤い耳をなぞり、そこに口づけた。
力が抜けた体を俺に掴まらせ、しなる裸体をまた強く抱き締める。

秘部に差し入れた指をさらに奥に進ませると、濡れているのが分かる。
妻が他の男に汚されたという事実に、奥歯を激しく噛み締め、呼吸が荒くなる。

「気持ちが良かったか? お前は、こんな風に感じたのか、ユータ」
「やだ、あぁっ、兄ちゃん、指、もう抜いてえっ」

中から精液を掻き出し終わっても、動きを止めず妻を問い詰めた。
冷静になろうと努めても、妻の痴態を前にすると止めることが叶わない。

「何故だ、何故認めてはくれない……俺と奴が違うということを、教えてやればよいのか……?」

片足を持ち上げ、腰に回した腕で胴を支える。開かれた間に押し入り、逸物を宛がった。
妻をもう一度己のものにする。
そうした意図は無かったはずなのに、自身の安堵のために、焦燥を埋めるために。

「あ、あ、だめ、入っちゃう……!」
「ああ、そうだ、……入るぞ、ユータ。感じろ、俺をーー」

ぐぐっと腰を入れ、繋がったことを確認すると、徐々に律動を始める。
俺の肩にしがみつき、振り落とされまいとする妻を抱き締め、奥まで貫く。

「んぁ、兄ちゃん、やぁ、あぁ!」

前の行為のせいで、柔らかく受け入れやすくなっている秘所に憤りを感じながら、再び自分のものになったのだという征服感に、紛れもなく満たされていく。

「ユータ、ああ、良いぞ、お前の中は……素晴らしい」

夫婦として二度目の営みは、このような場所ではなく、二人の寝台で仲睦まじく愛し合いたかった。
しかし、妻の体はいついかなる時でも、俺を深く心地よい熱で包み込むのだ。

「ん、んんっ、あ、はぁっ、やぁっ」

紅潮した顔で必死に雄を受け止めるユータは、これが俺なのだと、認識したのだろうか?
下から突き上げながら、顔を近づけ、頬を撫でる。
目線を合わせようとするが、妻の視線はぼうっと快感に浮かれているばかりで、俺を映しているのかは分からない。

「はぁ、っく、ユータ……!」
「あぁっ、んぁっ、だ、め…っ、……んあぁ!」

ユータの奥が断続的に締まり、さらに眉を寄せるその表情で達したことを悟る。
引きずられた自分も咄嗟に腰を離し、ずるりと温かい場所から引き抜いた。

「ん、あぁぁっ」

俺の性器から飛び出た白濁液に、細い腹が濡れる。
傍らに手をついて息を整えていると、妻ががくっと背を滑らせそうになった。

腕を伸ばし抱え、抱き締める。
本当は妻の中で達したかったが、今人格が代わるわけにはいかない。
何か他の策が見つかるまで、こうする他なかった。

「ユータ……」

頬を手のひらで覆い、うっすらと潤んだ黒い瞳を見つめる。
名前を呼んで欲しい。
今だけでいいとは、もう思えない。これからもずっと、こうして、俺だけの妻でいてほしいのだ。

まだ風呂場の湯気が立ち込める中、顔を傾け接吻をしようとする。
だがユータはふっと顔を背け、それを拒んだ。

まただ。
今の行為で妻を怒らせたことは分かっている。それでも悲しみに苛まれる以外に、俺には頭をうなだらせることしか出来ない。

やはり俺には、心を開いてはいない。
どうすればいいのだ。

「兄ちゃんのバカ……っ」

妻の震える声が、下から響いた。
驚いて見つめると、俺をしっかりと真正面から睨んでいた。
その表情はきついものだが、さっきとは違い、どこか我に返ったような視線とかち合う。

「……ユータ」

不意を突かれ、一瞬何を言うべきか分からなくなった俺の胴に、突然細い腕がぎゅっと巻きつかれる。
俺達は互いに言葉を口に出せないまま、しばらくそうして抱き合っていた。


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