夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 12 揺れ動く兄 (兄視点)

「優太。起きろって。もうすぐ朝ごはん来るぞ」

広い居間にあるベッドに寝そべった俺の日課は、7つ年下の可愛い弟を起こすことだ。
こいつは昔から寝るのは速攻、起きるのは鈍重な奴だった。

「おい、兄ちゃんに色々されてもいいのか?」

話しかけても起きやしない弟の小鼻を、きゅっとつまんだままにする。
段々苦しそうな顔で「ふーふー」言い出した優太が、やがて大きな黒目を開けた。

「……ふぐっ……な、なに、すんだよっ、バカ兄貴!」

真っ赤になり、勢いで体を起こそうとするのを手伝ってやった。
荒っぽく目を擦った後、俺を睨んでくる。

「おはよう。毎朝起こしてあげてんだから、もっと可愛く起きれないのか? お前は」
「うるせえ! 頼んでねえ!」

三日前、異国の医師と話した際。
俺に「兄ちゃんじゃないと嫌だ!!」とすがり付いてきた少年と同じ人物とはとても思えない。
いわゆるツンデレというやつだ。

だが実際に俺は少し安心していた。
俺達はあれから夫婦のセックスのふりも一度行ったが、なんとかいつもの雰囲気を保っている。

兄弟でぎくしゃくしないで済んでるのは、間違いなく弟の優しさがあった。


浴衣姿の小さな男女が、色とりどりの小鉢が並ぶ朝食の盆を運んで来る。
優太はてきぱきと、「はい兄ちゃん」と言って俺に茶を注いだり、大皿の料理を分けたりしている。

いつそういう事を学んだんだと訝しむが、俺のいなかった三年間で成長したのかと思うと、兄としては寂しい。

「なあ。お前今日何すんの?」
「えっと、海岸で漁師さんの手伝いするんだ。ゴウヤさんの知り合いの人が、俺にも引き網とか教えてくれるって。いいだろ?」

一応部族長である俺に許可を取ろうとしているのかと思ったが、すでに側近のエルハンの父、ゴウヤから話は聞いている。
頑張れよ、と告げた後、延々「海はマジで危ねえから〜」と注意事項を並べるとうざがられた。

「兄ちゃんは何するんだよ。また狩り?」
「いや、今日は会議だってよ。めんどくせえ」 
「いいじゃんそのほうが。俺心配だからさ、兄ちゃんが外で暴れるの。待ってるのもちょっとドキドキするから嫌だよ」

優太が少し照れたように表情を崩した。
たまにこうして素直に笑うから、俺はこいつが放っておけない。



この島で目覚めてから約二週間。
俺は部族長として、島の男達とともに剣や弓を使った訓練や、ジャングルでの狩猟も行うようになった。
昔からの武術の経験や、ここでの戦闘体験が体にしみついていたおかげか、今のところ大きな問題はない。

午前から午後にかけて、今日のように狩りが休みの日は、他集団との会議が開かれる。

最多の班を抱えるうちの集団が中心となり、森の猛獣の情報交換や武装品の補充、交易の話から誰それの婚姻の祝いまで、議題は多岐にわたる。

「部族長。北地区はじきに来る嵐の準備に入っている。物資の調達を頼めるか?」
「ああ。防壁を強固にしてくれ。人員が足りなければこっちから回そう」

名前も知らない厳つい男に頷かれるが、慣れというのは恐ろしい。

これは何の茶番だ?
俺は一体いつから日本の大学生じゃなく、未開の部族の長になっちまったんだ。

会議が終わり、円形に集まっていた半裸の男達が、やっと部屋から去ってくれる。
涼しい木造の室内には、俺とエルハンが残された。

「ああ、腹減ったな。おいエルハン、今優太何してんだ?」
「はい。側仕えの報告によれば、無事に漁を終え、島民達との食事後、今度は干物作りを手伝われているようです」
「へえ……働き者だよな、あいつ。俺の妻のくせによ」

すっかり馴染んでいる様子の弟をぼやくと、側近が俺を真っ直ぐ見据えた。

「ケージャ様の奥方様だからこそ、同じように皆に寄り添われるお方でいらっしゃるのだと思いますよ」

優男の微笑む面が腹立たしい。
俺の何を知ってるんだと掴みかかりたくなるが、こいつに当たっても仕方がない。

まだ出会って間もないが、元部族長だからか隙がなく、妙なことにあまり裏を感じない男だ。
常に信奉の眼差しで俺を見てきて、洗脳でもされてるのかと疑わしさは残るがーー。

そうだ、あの長老の孫だということは忘れてはならない。

「ーー失礼するぞ。ちょっと良いかのう? ケージャ」

噂をすればだ。
集会所の引き戸を開けて、大きな気配もなく紫色の着物を着た老女が現れた。

諸悪の根源ともいえるこのババアに対し、一時も警戒心を解くべきではない。

俺が黙って受け入れる一方、エルハンは例のごとく頭を下げてその場から立ち去った。

目の前に長老のムゥ婆が腰を下ろす。
睨み合う俺たちの間に、不穏な空気が漂っている。

「ケージャ。産科医のジルツにはもう会ったのじゃろう。どうじゃった?」
「何がだよ」
「分かっておるだろ、お主ら夫婦の営みの進み具合じゃ」

思わずにんまり笑う老人相手に血管がぶち切れそうになる。
この腕輪の効果を知っているくせに、よく言うぜこの女は。

「おい。孫夫婦に嫌われるような口出しは止めといたほうがいいぜ、ばーさん」

腕をがっしり組み忠告すると、奴の黒い瞳が不気味に細められた。

「ほっほっほ。ワシはな、気づいておるのじゃよ。お主にユータを身ごもらせる気がないのならば、他に誰を宛がおうかのう。島には良い男がわんさかおるからな……例えば孫のエルハンやら、北地区の色男ルエン、南地区を管轄するラドなんかもそうじゃ」
「ーーこの、ふざけんじゃねえぞババア、正体現しやがったなッ! むごったらしいこと口にしてんじゃねえ!!」

感情のままに怒鳴りつける。
俺は弟のこととなると、ましてやこの手の侮辱に関しては、とてもじゃないが冷静ではいられない。

もう、勘弁してくれ。
この悪夢をどうやったら止められるんだ?

「ならばお主しかおらんな。なに、ワシもそれが一番だと思っておる。伝承がそう告げておるのじゃから。ほっほっほっ……」

この長老もあの医師も、完全に頭が沸いてやがる。

俺にあの可愛い弟を手込めにしろと言うのか。小さい頃から面倒を見てきた、一番大事な家族のあいつを。



ばーさんから解放された俺は、その足で海岸へ向かった。
どういうわけか、この島で生活を始めてから、あいつの側を離れていると頻繁に胸騒ぎがするようになった。

らしくもなく不安に駆られた今は、それが顕著だ。

「優太ァッ!!」
「うわっ! なに? 兄ちゃん」

白浜を踏み荒らし全力で駆け寄った先には、麦わら帽子をかぶり、島民たちと楽しそうに作業をする弟がいた。

まだ誰の男の手にも渡っていないと確認し、安堵に胸を詰まらせる。

「どうしたんだよ、そんなに慌てて。はい、これ飲む?」

笑って手渡されたのは、ヤシの実に入ったココナッツミルクのような飲み物だった。
喉を潤しながら、休憩を得た弟とともに、砂浜に腰を下ろす。

周りも賑やかだが、二人きりになると、優太はやたらと俺に明るく話しかけてきた。

こいつは良い奴だ。俺にあんなことをされたのに、笑みを向けてくる。
こんなに健気な弟がいるか?
普通なら嫌われて、口も聞いてもらえなくなるだろう。

だから俺は絶対に、大事にしてやらなければならない。

この笑顔を守らなければならないのに。
医者の言葉が、長老の思惑が、頭の中を掻き乱す。

ああ俺は、なぜ一番大切なもんを、一緒に持ってきちまったんだ。

無事に返すために、何が出来る?
俺はあの野郎を、二度と優太に近づけたくはない。

「兄ちゃん。俺、諦めないよ」
「えっ?」

一人悶々と考え込んでいた俺を、弟が見つめていた。
真剣な優太の眼差しに鼓動が速まり出す。

「ど、どうした、優太……」

なぜ俺は弟相手にドキドキしてるんだ。おかしいだろうが。

肩が触れている優太から、離れようとした。
はずだったのだが。

優太の眉がぴくりと上がる。
ほんのり染まった顔と、戸惑いの目に見られて気がついた。

「……兄ちゃん。なんで俺のほっぺた触ってるの? あと顔が近いんだけど」

やんわりと咎められ、自分の行動を直視する。

あ……? 
どういうことだ?

確かに弟の言う通り、俺は考えとは裏腹に奴に迫り、そこに触れようとしていた。

「あっ……悪い!」

条件反射的に体を離す。

なんだ。一体何が起こっている。
俺は今、こいつに何をしようとした。

「ねえ。まさかこの前みたいなこと、しようとしてないよね。……あんまり俺のことからかわないでよ、兄ちゃん」

弟はふいっと顔を背けて、どこか恥ずかしそうにしている。
確かに以前とおんなじような状況に、俺は陥っていた。

混乱する俺に対し、赤いままの優太の顔が頭から離れなかった。




しかしその夜、悲劇が起こった。
いつも通り弟の後ろから手を回し、がっちり添い寝をしていた時。

深夜に珍しく優太の声に起こされた。

「兄ちゃんっ、ちょっと、やめろって…! 離せってばっ」

ぴーぴーうるさい声に目を開けると、俺の腕が細っこい手に鷲づかまれていた。

「……なんだよ、こんな夜更けに起こすなって…」
「あんたは起きろバカッ俺のちんこ触ってんじゃねえ!」

弟の口から卑猥な言葉が飛び出し、瞬時に覚醒した。
優太の下腹部を見ると、たしかに俺の手が奴の下着のその部分を覆っていた。

「え? え、なに? 俺何してんの?」
「だから俺のちんこ揉むな! 離せよこの野郎ッ」

耳まで赤くして怒り狂った優太から、焦って距離を取る。
二人とも体を起こし、しばしの沈黙が流れた。

起き抜けに頭を整理するが、マジで俺は何をしていた。
無意識に弟の下半身を弄くっていたのか?

さあっと全身が冷え、あぐらをかいたまま目の前の優太を見やる。
奴は頬を紅潮させ、浴衣の裾を素早く直した。

「あー……すまん。俺寝ぼけてたのかな。ほら、お前とずっとヤってるふりしてたからさ……。というわけで今日は向こうで寝るわ」

気まずい空気から逃げるように腰を上げようとすると、弟は「え?」という困惑の表情で俺を見た。

その仕草に一瞬、俺の中でためらいが生じる。

「そ、そっか。別にいいけど……」
「なんだよ、寂しいのか? 兄ちゃんと一緒に寝たい?」
「ちげえよ! じゃあなおやすみ!」

速攻で否定し布団にくるまる優太の尻を見ながら、俺も「うんおやすみ」と呟き、くるりと背を向けた。

隣接するもうひとつの寝室に入り、一人で寝るには広いベッドに体を投げ出した。

ああ、やべえ。
今のはシャレにならねえぞ。

この前から俺はおかしい。
自分の意思にそぐわない行動を、優太にしてしまっている。

絶望的な気分で布団をかぶるものの、もう一度眠るには心臓がうるさすぎた。





翌日、すっかり海岸での漁にはまっている弟を送り出した俺は、いつもと違う場所にいた。
エルハンに急用があると告げ、私的な時間を得て向かった先は、出来れば寄りつきたくない診療所だった。

「おや。君一人か? 出来ればユータと一緒に来てほしかったのだが。君達に新しく分かったことを教えようとーー」
「それどころじゃねえ。優太には聞かせられない話だ」

医師の診療室に押し入り、坊主頭の助手がいる前で事の経緯を話し始める。
俺は他人の手を借りたくなるほど、切羽詰まっていた。

「だからよ、やばいんだって。勝手に弟にキスしようとしてたり、まぁ昔はほっぺにするぐらいならしょっちゅうやってたけど、さすがに口はしたことねえ。昨日なんかついに奴のちんこをーーいや何でもない。なあ、俺は夢遊病か何かか?」

稀に見る動揺から部族長のキャラを忘れ、銀髪の産科医に迫る。

机をはさんで丸眼鏡の底からじっと見つめるこの外国人を、俺はまだ信用したわけではないが。

「ふむ。夢遊病というより、もう一人の人格が影響しているのかもしれないな」
「あ? どういう意味だ。なんであの野郎が…」
「多重人格障害にも、夢遊病の症状が現れることはある。睡眠時の飲食や歩行から、自慰や性交に至るまで症例は多い。しかし君の場合は、普段の行動のほうが気がかりだ。これは推測だが……日々の性交のふりを引き金に、抑え込まれた他人格の思想や嗜好が、侵食してきているのではないか?」

したり顔で述べられた意見に、瞬間的に殺意が湧く。

「それはあれか……あのクソ野郎が体を乗っ取ろうとしてるってことか。おいどうすりゃいい、どうやって止めりゃいいんだ!」

派遣された医師ジルツは、俺の問いに手を組み、考え込むだけだった。
俺は苛立ちから髪をぐしゃりと掻いた後、なんとか呼吸をしようとする。

「なあ、そもそも何故俺から他人格が生まれたんだ。やっぱり記憶喪失とか、事故の後遺症ってやつか? ……考えたんだが、あのばーさんのせいってことはないのか。長老は呪術を使えるんだろ? 俺を操ってんじゃねえのかよ」

まるで馬鹿らしいファンタジーの話だが、あの女に相対する時に漂う不気味な感覚は、看過できるものではない。

しかし医師はゆっくりと首を振った。

「いや。私が感じる限りでは、君にまじないの類はかかっていない。最も一般的な魔力と、この島に通じる精霊力は異なるものだがーー」

奴の薄い灰の瞳を睨むが、淡々と事実を述べているように思える。

でも、じゃあ何故なんだ。
これは紛れもなく俺が生み出した、憎き別人格の男なのか。

「とにかく私の意見は一貫している。なるべく早く、ケージャに会わせてほしいということだ。まあこの分では自然に現れるようになるのかもしれないが……ところでケイジ。この事に関わる、さらに重要な事実を伝えたい。ユータも呼んで来てくれないか?」
「なんだよ、いいから今言え。優太には俺が後で教える」

この男と話していると、頭が沸騰するかというぐらいのストレスを負う。
しかし苦しみは、まだほんの序の口だった。

「君達兄弟には、めでたい話だ。伝承の本を調べるうちに、なんと4つ目の項目が明らかになった。長くなる為要点のみを伝えるが。それは伝承を無事に全てたどれば、やがて『C異界の門が開かれる』というものだ」

正直何を言っているのか分からず、俺の思考が停止した。
医師は研究者らしく、些か興奮した様子で説明をする。

優太から聞いていた3つの伝承とは、ざっとこうだ。

@選ばれし長の就任から三年後、妻となる黒髪の美少年が浜辺に打ち上がる。A長と婚礼の儀を行い、熱い初夜を迎える。Bそうして『碧の民』の調和を満たす者が誕生する。

つまりこの項目に4つ目が加わったことになる。

「異界の門って……なんだよ。それはあれか、漫画的に言えば元の世界に帰れるってことか」
「恐らくそのはずだ。君達の話だけでは信じられなかったが、要約するとそう記してある。おかしなことに、長老に示された別の本にもこのような記載はなく、私自身聞かされてもいなかったのだ」
「……ちょっと待てよ、長老だけじゃねえ、優太もそんな事知らねえぞ……あの野郎は、知ってて黙ってたってことじゃねえのか!!」

怒りが頂点に達した。

俺の他人格は、何を考えてやがる?
これ以上知りたくもないが、本気で俺の弟を、自分のものにしようとしているのか。

「ケージャの思惑は本人に聞いてみなければ分からない。だがきっと、君の弟が好きなのだろうな」

……この男殴ってやろうか?
駄目だ、全てに虫酸が走る。

けれど怒りに震える体から、次第に力が抜けてきた。

拳を握りしめ、ドンッと膝を打ちつける。
うなだれて考えながら、一方では頭の中で『帰れる方法がある』ということを、何度も反芻していた。

「大丈夫か、ケイジ。個人的には喜ばしい話だと思ったのだが……違ったのだろうか」
「……先生。今はそっとしておいたほうが」
「そうか。……ああ、そうだセフィ。今のうちに、例のものを持ってきてくれ」

ずっと黙って後ろに立っていた助手に、医師が話しかける。
了承した奴は静かに部屋を出ていき、しばらくして戻ってきた。

俺よりもデカい図体のその男が、三種のガラスの小瓶を、俺に向かって差し出してきた。

「あ……? なんだよこれは」

黄色や緑や赤の奇妙な液体が入っている。
セフィという助手の男は、マスクの中の口を動かした。

「これは俺が作った潤滑油だ。あんたの弟の状況を考えて用意した。二人の性交に役立つはずだ」

さっきまで俺を気遣っていたはずの男から、とんでもない台詞が飛び出し、俺は硬直した。

潤滑油、だと?
この島のやつらは、いやこの異国の男達も、どこまで俺を追い詰めれば気が済むんだ。

「ハハっ……手先が器用だなてめえ……冗談よせよ……現実味が増してくるだろうが……」
「セフィはこう見えて腕の良い薬剤師でな。効能は保証しよう」
「ちょっとお前も黙ってろよ! もういっぱいいっぱいなんだよ俺は!」

これを使って何をしろっていうんだ。

弟だぞ。
相手はあの可愛い顔した、優太なんだぞーー。

しかし顔面蒼白で佇む俺のもとに、無情な時は、刻一刻と迫っていた。



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