夫婦になった兄弟 | ナノ


▼ 1 俺も落ちた

仲間とサーフィンに行くと言い残し、そのまま兄ちゃんが帰って来なくなって、もう三年。
毎年の法事を行う貸し切りの船の上で、俺はひとり海を眺めていた。

考古学者の父と翻訳家の母のもとに生まれた、アクティブで冒険好きの兄。
家族の中で唯一なんの取り柄もない普通の中学生だった俺を、目に入れても痛くないほど可愛がってくれた。

思春期をこじらせていた俺は素直になれず兄をうざがったりしていたが、今では激しく後悔している。

行方不明で死んだことになってるけど、そんなの信じられない。
運動神経抜群で頭がよく、いつでも自信家の兄は、絶対にどこかで生きているはずだ。

「……でもやっぱ、寂しくなるな……どこ行っちゃったんだよ、兄ちゃん」

ぽつりと漏れた俺の独り言が、水面をすべる柔らかい風の中に消えていく。
その時、波間にきらりと光ったものが見えた。
目を凝らすうちに、自然と体が前のめりになる。

「なんだ、あれ……?」

引き寄せられるように水中を覗き込もうとすると、船の手すりを掴んでいた指先が、つるっと滑った。

「わ、わわッーー」

上体がつんのめり、真っ逆さまに体が投げ出されてしまう。
ドボン!
水しぶきをあげて海中へと引き込まれ、息を止めて手足をばたつかせるが、まるで浮上しない。
重りがついたみたいに、深く深く吸い込まれていく。

うそだ。俺も兄ちゃんみたいに死んじゃうのか?
兄の死を信じてなかったくせに、命の危機を感じ始めると、人間素が出てしまう。

いやだ、いやだ、死にたくない、兄ちゃん助けてーー

薄れゆく意識の中、誰にも気づかれることなく、俺は海の中へと沈んでいった。





びしょびしょになった服が重い。
けれど水に濡れたはずなのに、まったく寒くない。むしろ照りつけるような暑さを全身に感じ、ゆっくりと目を開けた。

すると、目の前に顔があった。
その人の顔を見て、俺は絶叫する前に、口が何か分厚いものに塞がれていることに再度気を失いそうになった。

「おお、気がついたか、俺の運命の妻よ。伝説の通り異世界からやって来てくれたのだな…!!」

俺にくっつけていた唇を離した男は、表情を明るくし、訳の分からないことを言った。
しかし混乱状態の俺の頭にはまるで入ってこない。

「な、なにすんだてめえっ! 俺に、き、き、キスしやがったな!」

羞恥で頭がカッとなり思わず拳を一発叩き込もうとすると、涼しい顔でひらりと避けられた。
やっぱりそうだ。
この身のこなし、逞しく男らしい外見、褐色がかった短髪に鋭く研ぎ澄まされた瞳ーー完全に見覚えがある。

俺がずっとずっと会いたいと願っていた、たった一人の兄だったのだ。

「……あっ。ごめん、兄ちゃん。……ていうかやっぱ、生きてたのか、良かった……俺、絶対にまた会えるって、信じてた……!!」

目の前が涙で霞んでいく。
さっきまでの無礼は置いといて、感極まって兄の肩にしがみついた。

俺を抱きかかえるように浜辺に座り込んだ兄は、その身に装飾品をじゃらじゃらとつけていたものの、なぜか腰に薄い布を巻いただけの、裸体だった。
以前よりも体がムキムキで、白かった肌もこんがり島の人みたいに焼けている。

いや、周りを見渡すと、ここは浜に波が打ちつける南国の島そのものだった。
それだけじゃない。俺達を取り囲むように、兄と同じ格好をした屈強な男達が物騒な槍を持って、じろじろと様子を伺っている。まるでどこかの部族みたいだ。

「兄ちゃん、ここどこだ? まさか天国? 俺ほんとに死んじゃったのか?」
「お前は生きている。今俺が息を吹き返させた。……ところで、なぜ俺を兄と呼ぶ?」

髪を優しく梳きながら、褐色の瞳に覗き込まれる。
待ちわびた穏やかな表情が目の前にあるのに、自分が弟と認められていないことに、多大なショックを受けた。

「ふふ……そうか。まだ混乱しているのだな。無理はない。異世界から辿り着いたばかりだからな」

そう言って兄ちゃんは俺の体をひょいと持ち上げた。
大勢の人の前でお姫様だっこをされ、目が点になる。俺はもう昔のような子どもじゃない。体だってでかくなったんだ。

「部族長。ひとまず離れのほうにお連れになられたほうが」
「ああ、分かっている。俺の妻となる者を、いつまでも濡れたままにはさせておけん」

お付きの者らしき人がそっと耳打ちをし、兄が真面目な顔で頷いた。

さっきから、俺のことを妻って言ってるけど、一体なんなんだ?
大体俺は女じゃないし、なぜだか別人のように振る舞っている兄ちゃんの、弟なのに。

考えてみればさっきのだって俺のファーストキスだったし、これが夢じゃないとすればもう最悪だ。

「お前の名をまだ聞いていなかった。何というのだ?」
「……優太だよ、兄ちゃん。ほんとに忘れちゃったのかよ」

恨みがましく尋ねると、兄はにやりと形の良い目を細めた。

「ユータか。安心しろ、もう二度とその名を忘れることはない。さあ俺達の愛の巣へと連れて行ってやる」

……愛の巣だと?
俺はいつまでこの意味不明な芝居に付き合わなきゃならないんだ。兄ちゃんに会えた事は嬉しいが、こんな状態はさすがに看過できない。

一刻も早く目を覚まさせなければ、そうして俺のことをちゃんと思い出してもらわなければ…!



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