セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 6 騎士の誘惑

「じゃあマスター、俺は教会の事務局に用があるので。適当に見て回っててください。あ、夕食までには帰ってきてくださいね」
「おう。ありがとな。あっ、まだ俺の任務とか入れんなよ。心の準備出来てないから」
「はいはい。司祭に頼んでみますから、大丈夫だと思いますよ」

午後になり、領内で行動を共にしていたオズと別れる。
口には出さないが、弟子が知らないうちに俺という親元を離れ、見知らぬ教会の手先として働き回っている姿を見るなんて。

なんとも言い難い寂しさだ。使役獣も主をほったらかしにしてどっか行っちゃったしな。
ああ、なんか孤独を感じる。

聖騎士団という見慣れぬ場所に放り出されたこともだが、なんというか、心の中に説明の出来ない「風穴」のようなものを感じていた。
二年分もの記憶がないのだから、当たり前ではあるが。

それに、一番驚いたのはクレッドのことだ。
まさかこの俺が、あのずっといけ好かなかった弟と親しくなっているとは。

昨日は実に10年ぶりぐらいに、二人きりで長話をした気がする。

あいつ、帰り際にハグしてきやがったし。
本当にどうなってるんだ? 頭でも打ったのか?
いや、打ったのは俺のほうか。

とにかく、「また明日」とか言ってたが、今日もどこかで会うことになるのだろうか。

あいつがたくさん話しかけてきたから、最後の方は気まずさは薄れていったものの……まだまだ、混乱が治まらない。

何気にドギマギしながら、俺は領内をうろついていた。





騎士団本部のロビーを通りすぎ、せっかくだから上階に向かってみるかと思った頃、廊下を歩いていると、奥の扉に男達が出入りしているのが見えた。

ぴったりとした訓練服らしき様相の者や、青い制服に身を固めた騎士達だ。

まるで騎士家系であるうちの兄弟たちを思わせる、ガタイの良すぎる男共に緊張感を持ちながら、サッと通りすぎようとした。

すると汗の匂いを漂わせる何か図体のでかすぎる者が、俺の前に立ちはだかった。

「ひっ」

思わず声を上げると、遥かに身長が高く胸板が分厚い、黒い短髪の騎士に見下ろされていた。

「あ、あの何すか」
「おい魔導師。大丈夫かお前? 団長に聞いたぜ、全部忘れちまったって」

低く素っ気ない声音で睨まれているものの、内容から俺を気遣っているのだと分かった。
知り合いなのだろうが、こっちは身に覚えがないためキョドってしまう。

「……えっと、全然大丈夫ではないですけど。あのー失礼ですがどちら様で……?」

頭を掻きつつ下手に尋ねると、男は金色の瞳を丸くした。

「なんだよ、気持ちわりぃな。いつもの小生意気なチビじゃねえ。……お前団長にもそんな感じなのか? あー、だからあの人朝から苛つき半端なかったんだな。こっちが困るから早く元に戻れよ」

太い腕を組み、偉そうに命令してくる。

……あ? なんだこの口の悪いデカ騎士は。
ていうか今俺に対して聞き捨てならない侮辱放ちやがったぞ。

「なんだと? てめえ……初対面の人に対して口の聞き方に気を付けろボケ! 大体なぁ、俺はお前の上司の兄貴だぞ、ちょっと頭が高すぎるんじゃないのかなぁ? 物理的にもだけどなッ」

舐められないように負けじと吠える。
すると険しかった奴の表情が、途端にぶっと吹き出した。大声で笑い声を出され唖然とする。

「ハハ! やっぱお前素の態度悪すぎだろ。まあそっちのほうがマシだわ。なあユトナ」

大男の騎士が突然、顔を半分後ろに振り向かせた。
俺はまったく二人目に気が付かなかったのだが、そこには長身で色素の薄い茶髪の男がいた。

優雅な立ち姿で、はっとするほど端正な顔立ちをしている。

「もう少し優しい言い方をしろ、グレモリー。ほら、セラウェが困った顔をしているじゃないか」

仲間なのか騎士に注意したあと、俺ににこりと笑いかける。
おお、こいつは物凄い美形だ。同じ男とは思えないほど、中性的な美しさに見とれてしまう。
しかもデカ騎士とは違って性格も良さそうだ。

「ああ? いつもの平凡な面だろ。ーーそうだ、魔導師。今から俺の小隊で特別訓練やるんだけどよ。お前も参加させてやろうか? 汗水流して体動かせば、脳も活性化されて何か思い出すかもしんねえぞ」

突如自信ありげに、とんでもない事を言い出した騎士の後ろから、扉をくぐり抜けた若い騎士達が現れる。

「グレモリー隊長、準備が整いました! いつでも開始出来ます!」
「おう。じゃあそろそろやるか。で、どうだ? お前も」
「いや結構です。俺体動かすの大嫌いなんで。ていうかそもそも騎士じゃないんで」

速攻真顔で首を振ると、グレモリーと呼ばれた騎士はちっと嫌みたらしく舌打ちをした。
マジ勘弁してくれ、こんな怖いガチムチの連中に混ざって訓練なんて出来るか。
記憶取り戻すどころか、色々な身体機能失いそうだ。

「ったく根性ねえところは変わんねえなぁ、せっかくの先輩の誘いを蹴りやがって」
「グレモリー、少しは彼のことを思いやってあげろよ。昨日ここに来たばかりなのと同じなんだから、何事もゆっくり馴染んでいけばいい。そうだろう? セラウェ」

きらきら眩しい笑みで、俺のことをフォローしてくれる美形の騎士。
こいつ、もしかしてマジで良い奴かも。顔も良いし。

俺はとっさに「そうそう、ありがとう、えっと……ユトナくん!」と調子を合わせた。
デカ騎士は呆れた様子で見てたが、部下らしき騎士達と連れだって行ってしまった。

流れで去ろうとする俺に、再び騎士から声がかけられる。

「セラウェ、良かったらもう少し俺と話さないか? この上に食堂があるんだ。君の好きなチョコバナナパフェ、おごるよ」
「……えっ?」

突然の申し出にびっくりする。
なぜ俺の好物を知っているんだ。もしかして以前、わりと知り合いだったのか? こんなオーラ輝く騎士と。

「で、でも……あんたさっきの男みたいに、上のほうの騎士なんじゃないのか? 忙しいだろう。仕事は?」
「大丈夫だよ、今休憩時間だからね。俺にちょっと付き合ってくれたら嬉しいな」

美形に微笑まれると、なぜだか嫌とは言えなかった。
それに甘いものに目がない俺は、単純にパフェが食べたかった。

「そう……? そこまで言うなら……じゃあ行こっか」

慣れない照れ笑いを浮かべた俺は、こうして二人、見知らぬ騎士とお茶をすることにした。





まるでどこぞの高級ホテルのロビーにも似た、豪華なカフェラウンジだ。
ここの聖騎士団は寄付金やらで相当儲かっているのだろうか。

甘いものブュッフェや飲み物も豊富で、喫茶好きの俺のテンションも必然的に上がってくる。

奥にあるガラス張りの広い個室に、俺たちは座っていた。
真向かいにいる騎士のユトナは、俺が勢いよくパフェを食べている間、騎士団の話をしてくれた。

オズにちらっと聞いた気もするが、さっきのグレモリーを含め、あと二人を加えた四騎士と呼ばれる者達が、騎士団長の直属の部下として働いているらしい。

こんな屈強な男達をまとめているのが、あの俺の弟なのかと、感慨深くなってくる。

「そうなのか。あいつ……クレッドは、ちゃんと上手くやってんのか? ……まあ別に、俺が聞く筋合いもないと思うけど…」
「どうして? お兄さんだろう、心配するのは普通だよ。確かに団長は完璧に職務をこなしているが。部下達の信頼も厚いしね」

柔らかい表情で断言する騎士に、少しほっとした。
昔から身体能力がずば抜けていて、頭も良い弟が何でもそつなくこなす事は、よく知っている。
正直しがない魔導師の俺にとっては、あいつの嫌味な性格も加わって、劣等感を感じる存在だった。

それでも自分の弟が責任のある職場で上手くやっているというのは、兄としての安心感と、どこか誇らしい気持ちが生まれる。

「そうか、それなら良いんだけどさ。……なぁ、クレッドって、どんな奴なんだ?」

何気なく尋ねると、騎士の淡い茶の瞳が驚いたように見つめてきた。
まずい、家族のくせにこれは変な質問だったか。

「どんなって、俺よりも兄の君のほうが、よく知ってるんじゃないか?」
「……いや……それが、あんまり……仲良くなかったからさ……俺たち」

こんなプライベートなことをいきなり話すべきじゃないのかもしれない。
だが今の俺は、弟との関係が急に縮まった事への戸惑いや、どことなく心細さを感じていて、つい本音が出てしまったみたいだ。

「……なるほど。そうだったのか……」

その時、急にユトナの瞳がぎらっと光を放った気がした。
心配げな顔を見せているが、気配がなんとなく高ぶって見える。

「おい…?」
「いや、傍目から見てだけど、君たちはすごく仲が良いよ。なんていうのかな、相思相愛というか。特に団長の君への想いには、目を見張るものがあるね」

さらっと言ってのけるが、今度は俺がまた固まってしまう。
昨日のオズよりもすごい事実を述べられているんだが。

相思相愛って、おい。兄弟だぞ。おかしくないか。

「な、なんでだよ。あいつそんなに……ブラコンなのか?」
「ああ、極度のな。もう話したんだろう? すぐ分からなかったか」
「……まあ、ちょっとは感じたけど」

昨日の時点で確かに奇妙だとは思ったが、改めて他人に指摘されると焦りが尋常じゃない。

なぜあいつはそんな風に変わったんだ?
普通に聞けばいいのだろうが、俺の中ではそんなにすぐに、ほいほい気になることを聞ける間柄にはなってないのだ。

「友人として教えるけど、ハイデルはすごく君のことが好きなんだよ。どれぐらいかというと、俺と君との仲に、いつも嫉妬してくる程だ」

騎士は真っ直ぐな眼差しで手を組み、そう言った。
俺の時がしばらく停止する。

……ん? なにかおかしくなかったか今の台詞。

「俺とあんたの仲って、なに……? ただの知り合いだよな、よくて友人だろ」
「いいや。実はそんな単純なものじゃない。俺達の秘密の関係……忘れちゃった? セラウェ」

切なげな瞳に微笑まれ、俺はガタガタガタッと椅子を引いて後ずさった。
血の気が引いている俺の顔を見て、ユトナがくすりと苦笑する。

「いや完全に忘れてますけど。ていうかそういう冗談ってしちゃいけないでしょう、記憶喪失の人に」
「酷いな、あれだけの思い出を共にしたのに。……二人きりの任務の時なんて、同じ寝台で忘れられない夜をーー」
「あああぁぁぁあ"ッ!」
 
俺は条件反射的に叫んだ。
まずい。よく分からんが、その先は聞きたくない。
急に思わせ振りなオーラを醸し出すこの美形の騎士から、逃げ出したくなった。

あり得ないはずなのに、なぜか鼓動がどくどくと大きな音をたて始めている。
まさかな、だって俺ノーマルだし。いくら美形でも男だぞこいつ。

震えながら立ち上がろうとすると、騎士はふと後ろを向いた。
今だっ、と思い逃亡を謀ろうとする俺の目に、信じられない男の姿が映った。

「あれ……団長だ。もう来たのか。せっかくの二人の時間を、また邪魔されてしまうな」

あっけらかんと述べるユトナに目を剥く。 
俺の弟、クレッドは何故かすごい形相でこちらに近づいてきた。



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