セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 4 魔術師会合

そう決意はしたものの、置き場のない感情をまとめるのは、そんなに簡単にはいかない。
兄貴が記憶を失った日、帰宅してすぐに領内の地下にある書庫へと向かった。
一般書と医術書の棚を漁り、記憶障害が人体に及ぼす影響や対処法などを調べるが、個人差はあるし、どれも一朝一夕で解決することではないと当然のように書かれており、読めば読むほど頭を抱えたくなる。

兄貴の経過をそばで見守り、不安がらせないように安心を与えて、いつか記憶が戻るように支えるのが重要なのだと思う。

結局その日は家に書物を持ち帰り、食欲もあまりないまま本に没頭していた。




翌日になると、俺は広いベッドの上でひとり目を覚ました。

「……ん……兄貴……?」

うつ伏せに寝たまま、片方の手で近くを探る。冷たいままのシーツに触れ、目を開けた。

隣にいるはずだった兄がいない。一人になると、とてつもない寂しさと現実に襲われる。

「夢だったら良かったのにな……」

呟いて天井を見つめる。
そのまましばらく動く気にもなれないまま、自然と目尻が濡れていく。手のひらで額を覆った。

まるで今までの幸せが夢だったかのように、遠く感じる。
今すぐ、兄の顔が見たい。気持ちを伝えられないことが、こんなにも苦しいとは。

兄と再会する前の状態に戻っただけだというのに、俺は一体、どうやって精神状態を保っていたのかまるで思い出せない。

早くどうにかしなければ、俺は兄がいないと、本当に生きていけないのだ。




午前の業務を早めに切り上げた俺は、教会に所属する魔術師らを招集した。
騎士団上階にある会議室に、三人の男が横並びに座っている。

正面に腰を下ろした団長の俺を、それぞれが食い入るように見つめてくる。

「ハイデル。君の一存で教会上層部の我々を一気に集めるとは、職権濫用じゃないか? 僕もこう見えて忙しいんだがね」
「すまない、イヴァン。騎士団の存続に関わる緊急事態なんだ。悪いが協力してくれ」
「え? 今僕に謝ったのか、君。参ったな、魔法で録音しとくべきだったよ」

白装束に身を包んだ司祭が、余裕の笑みで驚いてみせる。
腹立たしいがこいつに構っている暇はない。
隣に視線を移すと、灰ローブの呪術者も俺に微笑みを向けた。

「失礼ですよ、イヴァン。さて、ハイデル殿。今日は一体どうしたのです。あなたがそんなに切羽詰まった顔で私達にすがってくるとは、十中八九セラウェさんのことでしょうが……彼に何があったのですか?」

それほど俺は分かりやすいのか、またはこの男が俺の心を読んでいるのか知らないが、当たっている。
俺は静かに頷き、この場にいる者達に状況を説明した。

「ーーというわけで、昨日から兄貴が記憶を失ってしまったんだ。時期は教会に入る以前まで戻っている。魔術師の皆にはどうしたら記憶が戻るのか、解決への助力を願いたい」

俺が頭を下げると、会議室が一瞬ざわめいた。普段ならば奴らにこんな惨めな真似はしないが、この悪夢から目覚める為ならば、俺は悪魔にだって魂を売る覚悟でいた。

「ふむ。セラウェ君の記憶がね……でも、それって何か問題あるのかな? 職場のことは周りが教えてあげればいいし。放っておけばいいんじゃないか、その内記憶が戻るかもしれないしね」
「……あ? 何を言っている、貴様。問題が山積みだ。兄貴と俺の仲が昔のように冷戦状態になっているんだぞ! まあ昨日は少しだけ打ち解けたが、ここまでくるのにどれほどの時間がかかったとーー」

興奮して前のめりになると、エブラルが間に入った。

「まあまあ、落ち着いてください。ハイデル殿。……そうですね、確かにこれは非常に由々しき事態です。あなたの心の絶望具合を想像すると、この私ですら恐ろしくてたまりません。……それに私とセラウェさんが築き上げた大切な友情も、さっぱりなくなってしまってるんですから」

正直それは俺にとってどうでもいいが、こいつには呪いの件でも世話になった経緯がある。奴の親身な様子に、密かに安堵が芽生える。

「ああ、そう言ってもらえると助かる。実は昨日からあまり眠れていないんだ、兄貴のことが心配でな……」
「ふふ、やけに素直ですね。安心してください、私はハイデル殿の一友人としてここにいますから。アルメアもそうだろう?」
「まあ一応ね。僕らは持ちつ持たれつの関係だし。セラウェも心配だから」

不気味な黒いオーラをまとい端に座っていた少年が、突然喋り始めた。

こいつは俺達兄弟とある意味もっとも関係の深い、魔術師なのだ。ハネムーンでも世話になったし、半魔族であるヴェルガロン家の一員として、何か解決法を知っているかもしれない。

「皆乗り気だねえ。いや、僕だってセラウェ君のことは心配だよ。ただこれは白魔術の観点から言うと、非情にやっかいな問題で……というか、思ったんだけど、君は誰だい? 二人の友人なのかな」

不思議そうな司祭の言葉に、少年はふふん、と誇らしげな表情を浮かべた。

「何、おじさん。僕は黒魔術師のアルメアだよ。苦楽を共にした、兄弟の親友だ」
「なるほど、アルメア君か。さすがハイデルがこき使うだけあって、ずいぶんと魔力が豊富なようだ。……実は君のような希少な人材を探していたんだよ。良かったらうちの教会で働いてみないかい?」

二人が勝手に話を始めだした。勧誘なら俺のいない所でやってほしいのだが。

「はぁ? なにこの人、見境ないな。僕の才能に惹かれるのは分かるけど、あいにく教会とか聖なるものが苦手なんだ。悪いけど他あたってくれる?」
「そうか、残念だな。しかし苦手でありながら、この結界づくめの聖騎士団領内に出入りするとは、よっぽどハイデル達のことが大事なんだね」

にこりと述べる司祭に、少年の白い頬が赤く染まった。

「べ、べつにそこまで言ってないけど。数少ない友達だからね……って、もういいだろ僕の話はっ」

エブラルが生暖かい眼差しで見守る中、しびれを切らした俺は咳払いをした。

「では皆に感謝するとして、記憶喪失時の詳しい経緯だがーー」

昨夜の状況説明を終えると、それまで和気あいあいとしていた魔術師らの空気が変わった。
どことなく緊張感のある気配が充満していて、じわじわと窮屈さを感じる。

「幻獣の魔法か……これは面白い。オズ君の発現は失敗に終わったわけだが、その時のセラウェ君の状況を考えると……とっさに聖力の防護でも使ったのだろうか」
「ええ、おそらくそうでしょうね。本来あの方の神秘魔法は、人間が唱えても何も効力は発揮しないはずですが……オズさんの潜在能力のせいか、あるいは聖力による影響を及ぼしたか……」

どういうことだ。また聖力のせいなのか?
この力は兄を守るためのはずだが、役に立つ場合もあれば、思わぬ作用を引き起こすことがあるのだ。

「そんな顔をしないでください、ハイデル殿。そもそもセラウェさんは貴方がた騎士のように、教会の守護力に適した肉体ではないのですよ。その上彼は、常人よりも術の耐性に柔軟なのです」
「エブラル、それってセラウェが単に弱いってことじゃないの?」
「しっ、アルメア。私はそんな酷なことは言っていません。彼は肉体の感受性が豊かなのですよ。それに加え魔力の順応も早いですから……」

焦り気味に補足する呪術師をじっと見た。

「つまり、何なんだ。聖力をどうにかすればいいのか? だが、あの力は防護としても機能しているだろう」
「もちろんだ、ハイデル。あの時僕らが聖力を付与した判断は間違っていないし、それに今さら聖力を取り除くことはおすすめしない。わざわざそんな事をするのは、ただの苦痛だからね」

司祭の云うことは正しい。一度聖力を付与された者は、騎士団退団後もそのままなのだ。
普通に生きていればその力が不都合になることはないし、もし除去を望むのならば、強大さゆえに授与時よりもさらなる苦しみの儀式が行われる。

兄の聖力は微々たるものだが、俺はそんな事はさせたくない。記憶に影響があるとも思えなかった。

「では、どうする。……やはり、あいつに協力を請うしかないか」

渋々俺が呟くと、三人はそろって頷いた。

「そうですね、我々魔術師としてもかなりの興味がありますし、なにより事故の当事者ですから」
「ああ。だが奴自身は、解決の糸口をつかんでいない様子だったが」

あの白虎の使役獣のことだ。発端は奴の魔法なのだから、もし兄貴をもとに戻せるのならば、すでにやっているだろう。

……そのはずだ。おそらくは。

「僕もあの使役獣を調べるのは賛成だな。もしかして、治す方法を知ってるのに隠してるかもしれないしね」

アルメアが何の躊躇もなく言いのけた。
俺は猜疑の目を向けるが、司祭も呪術師も異論はないようだった。

魔術師の観点からすると、考えられることなのだろうが。
だが、もしそうだとして、何のために?

答えは簡単だ。奴は何も俺のことなど、気にする必要がない。
主である兄が無事ならば、それでいいのだ。

そもそもあいつの考えてることなど、俺には理解出来ない。
まったく気は乗らないが、一度話す必要がありそうだ。



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