セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ エピローグ

無事に記憶が戻った俺は、騎士団内部で今日、お詫び行脚に出ていた。今回のことで色んな人間に迷惑をかけ、お世話になったからである。
平たい大きな箱を持ち、騎士達にちらちら見られる中、廊下を練り歩く。

向こうから歩いてくる黒髪のデカ騎士と茶髪の美形騎士を発見し、俺は馴れ馴れしく手を上げて挨拶をした。

「おい、そこのでこぼこコンビ! もう団長に聞いてると思うけど、俺記憶戻ったんだ。ぶっちゃけお前らにはあんまり世話になってないが、よかったらこれ食うか?」

ぱかっと箱を開けて特製マフィンを勧めた。不遜な顔つきでじろりとグレモリーが見下ろしてくる。

「ああ? 相変わらず一言余計な野郎だな、魔導師。別に前となんも変わってねえじゃねえか。なあユトナ」
「そうか? 全然違うだろう。もっと晴れやかで朗らかだよ、今日のセラウェは。あれか? ハイデルとまた濃い時間を過ごせたのかな」

美麗な瞳を細められ焼き菓子に手を伸ばす。鬼畜騎士には密かにぎりぎりのラインを攻め込まれるが、二人とも「うまいうまい」と言いながら食ってくれた。 

「なあクレッド元気か?」
「ああ。お前の問題が済んだら明らかに肩の力抜けてたぜ。やたら機嫌もいいし」
「だな。また騎士団にも平和が戻ってきたよ、君のおかげだ」

嫌みなのか何なのか、ユトナがウインク混じりに伝えてきた。その時だ、別の大柄な騎士の気配を感じた。
遠くから、金髪で青い制服をまとった男が向かってくる。

「げっ、面倒くせえのがきたな。行くぞユトナ」
「ーーああ。ちょっと待て。……セラウェ、今回はハイデルが可哀想だったから俺は味方に回ったが、この次は遠慮しないぞ。じゃあまたな」

最後に聞き捨てならない台詞を残し、奴は笑顔でその場を離れる。おいこの次なんてないんだが。
呆然としていると、背後から明るい声をかけられた。

「セラウェさん! お疲れさまです。うわっ、なんですかその美味しそうなマフィン。ひとつもらってもいいですか?」 
「……あっ、はい。どうぞ」

目の前で大口開けてむしゃむしゃ食べてるのは、若騎士のジャレッドだ。
俺は記憶を失った間、こいつとデートじみたことをしてしまったため、非常に気まずい。

「記憶戻ったことは良かったですけど、やっぱりちょっと寂しいな。俺とのこと、忘れてませんよね?」
「えっ? なんのことかな。僕にはさっぱり…」
「ひどいですよ、セラウェさん。意地悪言わないでくださいよ、あなたとの貴重な思い出なんですから」

からかうように顔を寄せるジャレッドに言葉が出ない。こいつクレッドにやっぱり雰囲気がそっくりなため、どぎまぎする。

「あのさ、二人の秘密にしてくれよ。色々」
「はい、言いませんよ。安心してください。でもそこまで隠すことですか? 抱き合っただけなのに」
「あー! 声でけえんだよバカ野郎ッ」
「慌てすぎですよ。……もしかして、浮気したみたいな気持ちとか? 浮気ってキスからでしょ。……ああくそっ、そんぐらいしとけば良かったなぁ!」

公衆の面前で大げさに悔しがる騎士から、俺はもう真顔で離れることにした。
軽い気持ちでしたこととはいえ、やはり恥ずかしさと弟への罪悪感が拭えない。

「じゃあなジャレッド。達者でな」
「あ、ちょっと、またお茶ぐらい行きましょうね、セラウェさん!」
「大人数ならなっ」

諦めの悪い騎士から早足で逃げ去り、俺はなんとか次の場所へと向かうことにした。




魔術師別館にあるエブラルの研究室だ。扉を叩くと「どうぞ」と聞こえたので遠慮なく中に入る。そこには銀髪の呪術師が蔵書棚の前で、本を片手に立っていた。

「エブラル師匠、失礼します! あなたのおかげでようやく記憶が戻ったんですよ、いや〜ほんとにお世話になりました」

へいこらしながら奴に近づき、菓子の箱を開けて勧めると礼を言って受け取ってくれた。

「私もハイデル殿から聞きました。ああ、本当によかったですよ、セラウェさん。前のあなたも初々しくて新鮮でしたが、私達にはかけがえのない大切な思い出が多いですからね」

え。そんなのあったっけ、と思ったが今日のところは愛想よく相槌を打っておいた。エブラルの話によると、俺の回復を聞いた司祭やアルメアも喜んでくれていたらしい。

アルメアには最後まで世話になったが、あいつに会う方法は分からないため挨拶は今度にしようと思う。まぁまた不気味にふらりと顔を見に来るだろう。

司祭のイヴァンも俺達兄弟の関係を知ってもなお教会で雇い続けてくれていて、意外と優しい寄特なおっさんなのだと知った。今後はもう少し上司への態度を改め適度にゴマをすっとくかと考える。

「そういえばハイデル殿、憑き物が落ちたかのようにまた元気にハツラツとしてましたね。これでひと安心です。……あ、そうだ。なんとあの方、また私にお礼を言ってきたんですよ。変われば変わるものですねえ。入団当時からは想像も出来ない変貌ぶりです」

苦笑をしながら懐かしむエブラルだが、礼を言っただけで驚かれるとは俺の弟、どんな人間なんだよと兄としてちょっと心配だ。

だが記憶がない間も弟は自ら、普段積極的ではない魔術師らとの交流をもっていてくれたらしく、更にありがたい気持ちが湧いた。

「いや俺もさ、記憶の中で初めて騎士になったあいつの様子とか垣間見たんだけど、なんかドキドキしたわ。ていうかそれ以外にもーー」

つい口を滑らせそうになって慌てて閉じる。馬鹿か俺は、高揚してたのか分からんが弟の個人情報をぺらぺらと。
しかし正面の呪術師は鋭く目を光らせ、わずかに身を乗り出した。

「駄目ですよ、セラウェさん。他人に大事な人の記憶を話してしまっては」
「は、はい。すみません師匠。肝に命じますんで」
「……とはいえ、私も少し気になっていることが。呪術に関しては素人に近いあなたがどれほどの記憶を読み取れたのか……内容は触れないでいいのですが、良かったら流れのようなものを教えて頂けますか」

真剣な第二の師に促され、恩義を感じている俺も秘術のことを振り返り、説明を始めた。
なぜかクレッドの脳内には俺の記憶が多かったこと、そして呪いに関する内容は大部分が暗く閉ざされており、しかし一方でその場面に入った途端に記憶がぱっと蘇ったことをだ。

「なるほど……興味深いですね。私もタルヤほどの魔術師による呪詛を受けた人間の、記憶を読んだことはありませんから。加えてアルメアの呪詛も、でしたね。……これは個人的な推測ですが、断片的にしか見れなかったというよりも、術者があなただったから少しでも覗くことが出来たのでは?」

奴の意見には意表を突かれた。話によると、マジもんの高位術師による呪いが付与される際は、それを解くための他者の口寄せや記憶術により簡単に情報を探らせないように、鍵のようなものがかけられていることが多いらしい。

形は違うが、俺がこの前師匠の暴挙から守ってもらった時に、エブラルから受けた記憶を守る術のようなものだ。

でも、何故俺だから、その鍵をすり抜けられたのだろう。 

「あいつと一緒に呪いの標的だったからか? それとも兄弟だし、血縁だから……とか関係あんのかな?」
「……そうですね。理由としては両方かもしれませんし、あともうひとつ。ハイデル殿があなたを自然体で完全に受け入れてるから、じゃないでしょうか」

にこりと微笑まれて急遽びっくりすることを言われた。じわじわと照れくささが襲う。

「そっ、そうかなぁ。ハハ。なんかファンタジーな感じだけど。……まあそう思っとくか。どうせ考えても分かんねえし」
「はい。一先ずは、そう考えておきましょう」

魔術を嗜む俺達は、最終的にそう結論付けることにした。
なんだかこういう話をされちゃうと、急にまた弟の顔が見たくなってくる。

俺はエブラルに別れを告げて、騎士団本部の建物に戻ることにした。




久しぶりに感じる団長室の戸を叩くと、中から慣れ親しんだ声がした。俺は溢れる喜びを抑えながらドアを開ける。そこで見た信じ難い褐色の男の姿に、言葉を失った。

「えっ……ロイザ? お前なにやってんだこんなとこでっ。また俺の弟に喧嘩売ってんのかっ!」

書斎机に面して座るクレッドの前には、腕を組み突っ立っている使役獣がいた。俺はこの二人が知らないところで一緒にいるのを見たことがないため、ものすごく慌てた。

「喧嘩ではない。そうならば楽しいんだがな。俺は忙しいオズの代わりに、任務のことで小僧に呼び出されたんだ」
「え、ええー! そんな細かな連携作業、こいつに出来るのか? クレッド! 俺が記憶ない間にそんな成長してんのかっ!」
「いや、別に成長はしていないが、落ち着け兄貴。……まああれだ、せっかくの戦力を持ち腐れにしていては、後々我が騎士団の損害にもなる。こいつは獣だが、根気よく話せば任務の重要性も理解するだろうと思ってな」

仕事中だからか、クレッドが団長然とした表情で語り、使役獣もまんざらでもなさそうな偉そうな顔つきで頷いている。

……まじかよ。いつの間にこいつらこんな風に馴れ合うようになっちゃってんだ。

「ふっ。驚いたかセラウェ。小僧もようやく俺の真の価値というものを見い出したらしい。主としても喜ばしいな?」

ロイザはそう言って俺の肩を抱き寄せてきた。不自然な密着具合に、団長の椅子がキキィっと物音を立てる。

「おい、誰がそんなことを許したと言った。今すぐ兄貴から手を退けろ」
「ほほう? 部下同士の仲の良さが気にくわないのか? 心の狭い上官だな」
「俺はお前の上司でも何でもないぞ! 仲良くしたいなら獣の姿のときで十分だろうが!」

途端に激情する弟にまたか…と思う一方、懐かしいやり取りに少しだけほっとした。
だが敵対するよりはこの二人も仲よくなったほうが……いややっぱ気持ちわりぃ。

「あのなぁお前ら遊んでんじゃねえよ。ほらロイザ、お前任務あんだろ、行ってこい。あ、その前に獣化しろ」

適当に命令すると、奴はここ最近の不始末がまだ尾を引いていたのか、渋々と言うことを聞いた。
ぽんっと目の前に神々しい白虎の姿が現れる。

「よーしよし。偉いなぁ、お前も成長して一皮むけたな。じゃあ頑張れよ!」

美しい毛並みを撫でてもふもふ堪能した後、無事に部屋の外へ送り出した。
今回の記憶喪失事件は本当に色んなことが起こったが、結果的にはそれぞれに新たな変化をもたらしたのだと実感する。

やっと二人きりになったと振り向くと、すでに青い制服が目の前に来ていた。
むぎゅっと分厚い胸板に押しつけられ、クレッドに抱き締められていることに気づく。

間を置かず凛々しい顔に見つめられ、口にそっとキスをされた。小さく声を漏らした俺は温もりに包まれ、安心して体を預ける。

最後に会ったのはこの前の発情事件で、こいつは任務で忙しかったから、一緒の時間はわりと久しぶりなのだ。

「く、クレッド。なあ元気か? 体大丈夫かよ?」
「ああ、大丈夫だよ。なにもおかしいところはない」

体を離して、でも腕の中に閉じ込めたまま微笑む。よかった、術の後遺症もないみたいだ。
俺のことをじっと見たまま、優しい顔をしているから段々恥ずかしくなった。

「兄貴も大丈夫か、あれから」
「ん? おう、元気でやってるよ。これからまた任務で働かされるしな」

笑うと奴も大事そうに、頭を撫でてくる。
ああ、マジで戻ってよかったな。前と変わらず団長室で喋ってることが、ただの日常なのにものすごい幸せを感じる。

「なあなあ。ちょっと記憶のことで聞きたいことがあってさ」
「えっ、なんだ?」

弟はなぜか顔をさっと赤らめ、そわそわし始めた。自分の記憶を身内に読まれたのだ、奴も気になってるとは思うが、やっぱりあんまり突っ込まれたくないよなと理解はしていた。

「ごめん、あれだけ何されても構わないって兄貴に豪語しておいて、なんだけど。段々恥ずかしくなってきて。……なにか、変なもの見た…?」
「いやっ、全然! そうじゃねえよ。お前のさ、あれが気になってーー」

そう言いながら俺はクレッドの制服をごそごそ探り出した。奴は焦って「ちょ、兄貴、い、今…っ?」とか興奮気味に勘違い発言をしていたが、俺はもしかしてまだ持っているのではないのかと思ったのだ。

「……あれ? ないなぁ。俺、記憶の中でお前が俺にもらったお守り持ってるの見たんだよ。使ってくれてたの、すげー嬉しくてさ」

まあ古いやつだからもう無くてもしょうがないと思って聞いたのだが、クレッドの顔はみるみるうちに曇り始めた。何かを言いかけて止め、眉を寄せ苦しげな表情になっている。

「ご、ごめんっ兄貴……。そのお守り、ずっと大事に持ってたんだ。もちろん、毎日実践の前には身に付けてた……でも、タルヤとの戦いで俺、負傷して……その時に、壊れちゃったんだ……」

苦渋の顔で初めて聞く事実を告げられた。拳を握り、何度も謝る弟の肩を慌てて掴む。

「そうだったのかよ、ていうかお前そんなにずっと大切に持っててくれたのか。タルヤってことは、そん時の戦いすげえ大変だったのか? いやでも、お前が無事で本当によかった……。お守りはお前を守るためのものなんだから、壊れたってことは役目を終えたんだよ。だから、んな気にすんな! なっ?」

肩をさすりながら一生懸命慰めた。確かに弟の記憶の中でも、タルヤとの戦闘後らしきシーンで怪我をしていたし、それほど熾烈を極めたものだったと想像出来て苦しくなる。

蒼い瞳を潤ませたクレッドは、俺の話を聞いて小さく頷いた。

「でも本当に、大切なものだったから……すごくショックだった……兄貴にも、言えなくて」
「だっ、大丈夫だよ! そんなのまた作ってやるから! 今の俺のほうがもっとすげえ代物作れるって!」
「………えっ? 作るって……あれ、手作りだったのか…?」

クレッドは震える声で呆然とする。

「そんな、俺は、なんてことを……! あああ馬鹿だ俺は! なんで壊れたんだタルヤの野郎ッ」
「いや落ち着けよ、しょうがないだろもう、そういう運命だからさ」

必死になだめるが、俺はひょんなことから更に弟に悲しみを植え付けてしまったらしい。
弟には確か土産物屋で買ったと嘘をついてプレゼントした覚えがある。どうして言わなかったんだと聞かれ、若干返答に困った。

「だってよ、照れるじゃん。お前の為にものすごい一生懸命頑張って作ったよとか言えないだろ、兄貴が」

呟くと、弟がまた泣きそうな顔になったので慌てて声をかけまくった。

「ありがとう、兄貴……俺も当時嬉しすぎて、宝物にしようって思ったよ」
「ほ、ほんとかよ。ならいいけど。……まああれだ、また作ってやるから、今度はそれ使えよっ。約束だぞ!」
「いいのか…? 絶対、大事にするよ。今の俺なら、もう兄貴にもらったお守りを必ず守れるから……!」

いやお守りって自分が守るものじゃないんだけどな。
思わず突っ込むが、クレッドがまた元気を出してくれたので胸を撫で下ろす。

記憶を見たことによって、お互いの胸に仕舞いこんでいた秘密が、明らかになるとは。
しかも、二人で相手を思いやっていたという事が分かり、こそばゆく感じる。

でも改めてやっぱり思うのだ。俺とクレッドって結局のところ、ある意味昔から両思いだったのかもなって。



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