セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼  40 最終話 記憶と泣き顔

散々抱かれ続けて、どれぐらい経っただろう。時間の感覚はなくなっていたが、俺はベッドの上でふと目を覚ました。
横にいるクレッドの寝顔を見て起き上がるが、奴は全然起きる様子がない。

朝までまだ少し時間があるし、発情の症状がやっと切れて、深い眠りに落ちているのだろう。

ということは今、弟の記憶を読むチャンスがやって来たのだ。
正直言って、家族相手に術をかけたことなどないから、緊張で手が震える。それに本当に前の自分に戻れるのか、俺は弟の記憶で予期せぬものまで知ってしまわないだろうかと、不安はあった。

けれど、元に戻ることを強く望んでもいる。自分と、弟の為に。

(よし、いくぞ……)

深呼吸をし、クレッドの額に手をかざした。呪術師直伝の秘術の呪文を、詠唱する。
精神を水平に保ち、長々と唱え始めると青紫の薄い光がぼわっと浮かび上がった。

弟の眉間が一瞬ぴくりと動くが、構わず俺は奴の膨大な記憶の波にいざなわれる。
自分の意識が真っ白になっていき、全身に伝わる波動に耐えた。

そして俺は、頭の中に流れ込む様々な映像を、まぶたの裏で見ることになるーー。



現れたのは、昔住んでいた実家の屋敷だった。階段をかけ上がるまだ子供の俺の後ろ姿。突然「お兄ちゃん待ってっ」と息を切らすクレッドの声がし、黒髪の俺が振り返った。
だが踊り場についた瞬間、視点が床に落ちる。どうやら転んだらしい。

「わあ! クレッド、大丈夫? 怪我しちゃった?」
「ううん、してないよ。ほら」
「よかった。ごめんね、早く走りすぎだね」
「大丈夫だよ、僕もすぐ追いつくよ」

強がって言う弟に笑って手を差し伸べる俺。
どうやらこれは、幼い頃の兄弟の一場面らしく、懐かしくなった。クレッド視点のため奴の顔は見れないが、こんな可愛いときもあったんだなと微笑ましい。

しかしこんなに記憶遡るのかよ、こりゃ相当時間がかかりそうだと戦慄していると、場面が切り替わった。

なんと鏡に突如、金髪の美少年の姿が映し出される。これ俺か?と一瞬びっくりしたが、もちろんクレッドだった。
若干しかめっ面で、自分の整った顔立ちをじろじろ見ている。顎とか頬をさすりながら、何かを確認してるみたいだ。

12、3才だろうか。浴室だからか、上半身は裸ですでに結構筋肉質なことがわかり、大人っぽい。

奴はおもむろに視線を下に移した。そしてなんと自分のパンツのゴムを引っ張り、中を確認した。

……えっ!なんだいまの、完全に年頃の弟のプライベートな箇所を見てしまったんだが。
詳細は省くがすでにこの頃から弟は美しいものを持っていたらしい。って変態か俺は。

すると扉の外の廊下から足音が近づいてきた。弟は何食わぬ顔でパンツを脱ぎ始める。
そこでタイミングよく扉ががらっと開けられる。立っていたのは口を開けて阿呆面を浮かべた俺だった。

「なっ! ま、また鍵かけてねえなお前! 馬鹿かちゃんと閉めとけよ! つうかなんで全裸なんだよ!」
「……声が大きいよ兄ちゃん。今から風呂入るんだからそりゃ脱ぐだろ」

クールに言い放ち、背を向けて浴室に入る。
外からまだ若い俺の文句が聞こえたが、シャワーを出したクレッドはなぜかその後、お湯に当たりながらじっと頭をうなだれていた。

そして信じられないことに、自身を握り始め、ななななんと一人で事に及び始める。
いやいやいやそんな場面勝手に見ちゃ駄目だって!ていうか何やってんのこいつ!
思春期だしきっと覚えたてなのだろう、しょうがないとはいえ、目のやり場に困りまくる。

記憶を盗み見ながら突っ込む俺だが、全てを見る羽目になる前になんとか場面が切り替わってくれた。

しかし、次の記憶はなぜか音声がなかった。その上、断片的に映像が挟まれていく。
クレッドは薄暗い部屋の中で天井を見ていた。だがそこは見覚えのある風景で、俺の部屋だったのだ。

体を横に向けてクレッドが見つめる先には、俺が寝ていた。さきほどと同じぐらいの年齢だから、16ぐらいだろうか。
うっすらと俺が目を開けた瞬間に、場面は暗くなった。

っておい。その年でなぜ兄弟一緒に寝てるんだ。まるで記憶がないんだが。
若干混乱に陥ったが、とりあえず流れに集中した。

ただひとつ気になることがあった。ここまでの記憶、ほぼ俺が出演しているのは何故なのだろうか。術の施術者が自分だからだろうか? エブラルのように熟練の術師でもなんでもない俺には、記憶を選別する能力などないはずだがーー。

しかし次に瞳に映った光景は、俺がまったく初めて見るものだった。
クレッドは誰か知らない若い騎士と廊下を歩いていた。まだ少年ぽさが抜けてない者達が黒い制服に身を包み、がやがや集まっている。

一瞬騎士学校の記憶かと思ったのだが、そこに現れた金髪の騎士と茶髪のでかい男を見て、すぐに気がついた。

「おい、クレッド! 実戦はどうだった? どこも痛めてないか?」
「ーーはい。怪我はしていません、ハイデル副長」
「そうか。そりゃよかったが、よそよそしい喋り方すんなよ、今休憩中だろ? なあシグリット」
「いやもっと公私分けろよ兄貴。弟のほうがすでに立派な姿勢だぞ。……でもそうだな、俺はまだ隊長だから、もっとお兄ちゃん教えて〜とか言って甘えてきてもいいんだぞ? クレッド」

二人の笑顔の青年に囲まれ、クレッドは一瞬無言になった。隣で話していた若い騎士はかしこまって廊下の隅で頭を下げているし、俺も若干馴れ馴れしいこの兄弟に引いていた。

そう、この二人は弟が初めて騎士として入団した騎士団に所属していた、長男のアルベールと次男のシグリットだ。
こいつら、騎士団内でも後輩となる実弟のクレッドに、予想通り目をかけていたらしい。

「兄さんたち、ちょっと恥ずかしいからあんまり堂々と話しかけないでくれよ。副長と隊長に無遠慮に話せる新米騎士なんていないからさ……」
「ええ? なんだよそれ、つれねえなぁお前は。俺達はお前の成長が楽しみ過ぎて、毎日さらに張り切って職務に邁進してんだぞ」
「そうだよ。俺達の数少ない楽しみ奪うなよ、クレッド。俺もようやくこの兄貴の干渉を一人で受けなくて済むようになったんだから」
「ああ? なんだその迷惑そうな言い草は。お前らはきちんと俺が見守っててやるから、大船に乗った気持ちでいていいんだぞ? なぁクレッド!」

ばしんっと弟のケツをはたく長男と、衝撃にうめいた弟の長いため息がその後聞こえ、なんとかその場は解放された。
クレッドのやつ、色々大変だったんだな……同じブラコンな兄をもつ弟としてちょっぴり同情した。

廊下を歩き、弟はその後訓練服に着替えるため、更衣室へと向かった。
周りの騎士らと同様、制服や装備類を一度脱ぐ。しかし、上着の下に着込んだシャツの胸元から、何かを取り出した。

その石を見て俺は、すぐに大きく注意を引き付けられた。
クレッドがしばらく見つめたあと、手のひらに握った虹色の石は、なんと昔俺がプレゼントした護石だったのだ。

今でもよく覚えている。騎士学校を卒業し、まもなく叙任式を迎える弟の祝賀会が家族で開かれ、まだ魔術師見習いだった俺は師匠に教わりながら、クレッドのためにお守りのようなアイテムを完成させた。

当時はすでに仲が良くなかったため、邪険に扱われるかと思ったが、奴は意外にも礼を言ってすんなり受け取ってくれたし、しかも入団後もこうして身につけていてくれたのだ。
やべえ、なんか感動する…。

今だってあいつから、小さいときから俺のことが実は好きだったと聞かされているのだ。
この時の弟は本当は、どんなことを考えていたのだろう。



次の記憶は、また大きく飛ぶ。
もうそれから数年経っていることがすぐに分かった。なぜなら、場面はアルベールの結婚式だったからだ。

教会に集まった親族や関係者には、騎士の姿も多く、まだ現役だった父も含め兄弟達は騎士団の制服を着て出席していた。 
クレッドはまだ二十歳ぐらいの頃だろうか、今の聖騎士団に所属していて同じ青の制服をまとっている。

対して俺はしがない魔導師としての道をすでに歩み始め、なんだか顔色も陰鬱としていた。
式後のパーティーでレストランにいて、丸テーブルを囲む弟は時おり俺に視線を移していた。

「あんまり飲みすぎるなよ、兄貴。酔いつぶれたらみっともないぞ、結婚式で」
「ああはいはい。分かりましたよ。どうせ俺は酒弱いよ。……でもなぁ、やってられっか。こんな幸せな男女の姿を見せつけられてよぉ……」

完全に絡み酒である。今に近い姿だが、俺、こんなに情けない姿を弟にさらしていたのか。恥ずかしい。

場面は暗転し、俺達はなぜか二人で馬車の中にいた。俺は同じ服で窓に寄りかかり、むにゃむにゃと寝言を言っていたから、結婚式の帰りなのだと分かる。

その日はクレッドと一緒に実家へ戻ったらしいが、まったく覚えていない。
しかし次の瞬間、予想だにしないことが起きた。

弟が俺に手を伸ばす。寝ている俺の前髪をそっと払いのけ、優しく髪をととのえた。
すると馬車は急にがくんと揺れ、俺は無意識に体を弟のほうに動かす。

クレッドの視点が定まらず、戸惑った様子だったが、肩に俺の頭がぽすっと乗る。
それからずっと弟の視線は俺の頭や目、口元などをさまよっていた。

何となく落ち着かない様子が分かる。
だが間もなくしてもっと凄いことが起きた。

奴は何を思ったのか、体を離し、俺の肩を支えた。顔が近づく。そうして寝ている俺のほっぺたに、口づけを落とした。

口を離して、ただ黙って見つめている。その時間があまりに長く、見ている俺のほうが頭からお湯が出そうなぐらい沸騰した。
な、なにやってんだこいつ。人に黙って頬キスしやがって。俺も安穏と寝てんじゃねえ。

汗を感じつつ思うのだが、別に怒りは湧いてこない。
そういう場面が起こり、俺は段々とクレッドの秘めた気持ちを実感するようになっていった。



次の記憶は一体なんなんだ。このペースだと俺の術の余力がもうなく、確信に触れる前に覚醒してしまうかもしれない。
奴の脳内に入り込んだままの俺に、新たな光景が飛び込む。

はあ、はあ、と息苦しさを示す男の呼吸が聞こえる。身にまとう鎧を脱ぎ去り、クレッドは古い建物内の一室に入り込んだ。そこは湯を浴びれる場所で、周りには誰もおらず、全裸のままシャワーからお湯をひねり出した。

体を曲げ、大きく呼吸をするが止まらない。そして床には負傷した体から血が流れていく。奴の手が足をぐっと掴み、視線が太ももあたりに落とされた。

俺はそこに描かれた紋章を目にして、鼓動が大きく跳ねるのを感じた。 
黒の双翼のような刻印の下に、古代文字が書かれている。知っている文字だ。

『血を分けた、同胞に呪いあれ』

そう読むことが出来た瞬間、視界が真っ黒になった。そして俺の意識も、消失したーー。



意識を取り戻した俺は、大きく混乱した。

(ああ……何をしているんだろう。俺は、ここはどこだ。……そうだ、騎士団の魔術師別館にある訓練室で、オズに師匠らしく術を教えてやってたっけ)

(でもロイザが変なこと言い出して、俺はとっさに防御したものの、オズの魔法を浴びてーーそこで記憶が途切れていた……)

ぼんやり考えるものの、それ以降の記憶が蘇る。
俺はクレッドと久しぶりに会い、冷たかった弟と今付き合ってることを知り、デートとかをしてしまい、あげくの果てに体の関係まで持つに至った。

……えっ?
記憶がごっちゃになり混乱が止まない。
俺は領内に住んでいて、でも弟と恋人だったことを忘れちゃって……今思い出した。

そうだ。思い出したのだ。
失っていた記憶が戻ったというよりも、この二ヶ月間ぐらいの新たな記憶が、急にずばッと脳内に加わった。

そして、一気に全身が恥ずかしさに追い込まれる。
やたらと弟の前で初々しかった自分。ガキのようにもじもじして弟に対して初恋みたいな感じに舞い上がってた自分。

思い出しただけで全てが死ぬほど恥ずかしいのだが。

認めた瞬間に、徐々に視界が開ける感覚がした。
そうか。エブラルに教わった術でクレッドの記憶を読むとか、人権侵害もいいとこの行為をやっていたのだった。
あいつ、よく許してくれたよな、こんなこと。どれだけ優しくて俺のことを考えてくれているのかと、もはや心臓が痛くてたまらない。

そうだよ。もう全部呪いのことも思い出した。
100回も性交したことだって、その後幸せな日常に暮らして、ハネムーンに行ったことも覚えている。
早く目覚めて、弟に謝って、また溢れ出る自分の気持ちを伝えなければ。

そう強く思ったのだが、記憶はまだ勝手に流れこんできて、正直俺には止める術が分からなかった。
もしかして、これ、終わらないのか?
いや思い出した以上、弟のプライバシーにさらに立ち入るべきではない。

だが呪いにかかっていた期間の記憶は、不思議なことに度々黒いノイズが入っていた。
弟には悪いが、ちょっとしたホラー映像だ。
どういうことだ?タルヤの呪詛はすべて上書き出来たはず。

しかし前にクレッドに聞いたことがある。呪いの初期はとくにあの発情ぶりからも分かるように、自我を保つことが難しく、弟も記憶が曖昧だったと。

俺に会ってからはむしろ、少しずつ正気を取り戻したようだったらしい。
それでもあの時期の記憶は、なぜか深くに閉じ込められているように、俺の術でもはっきり様子が分からなかった。

そのことが影響したのか定かではないが、俺の術式の効果がようやく薄れていく。
視界はどんどん暗闇に変わり、まぶたがゆっくり閉じていくみたいに、クレッド視点の一部始終は終わりを告げたーー。





シーツの上に座っている状態で、ぼんやりと虚ろな目で弟を眺める。
クレッドはまだ瞳を閉じていて、眠っているようだ。

窓の外は薄暗く、夜は明けていない。壁にかかった時計を見ると、驚くべきことに術をかけ始めてから五分も経っていなかった。

体感的には数時間ほどの長さだったのだが。
呪術師エブラルの話通り、術者はほんの短時間で膨大な量の記憶を知ることができるらしい。

「……クレッド、大丈夫か? 起きてくれ……」

まだ寝ている弟が心配になり、無理に起こそうとする。
だがおかしなことに、すぐに反応がない。この屈強な騎士の男が触って揺さぶっても起きないなどという経験はなく、不安が襲う。

「おい、起きろ、なあっ」

頬や額を触ったりして声をかけ続けた。まさか、俺のせいで悪影響とかないよな?
そう思って大声を出したとき、奴の瞼が動いた。

「……ん……な、に……」

小さく唸り、寝ぼけたような声で顔をこする。ほっとした俺は弟の頬を優しく撫でた。
すると、突然瞳がばちりと開き、蒼色の目が俺にゆっくり視線を投げた。

「あ! 起きたか、クレッド、よかった〜。あの、ごめんな。俺、お前の記憶たくさん見ちゃって、それで……色々個人的なことに踏み込んじゃったような、気がすんだけどーー」

頭を掻きながらやってしまったことを弁解する。
弟は飛び起きた。裸の上半身が目の前で動かず、しばらく無言で俺を見ていた。

「おい、平気か? なんか変なとこないか……?」
「……兄貴。思い出した……のか?」
「えっ。ああ、思い出したというか、おかしな感じなんだよ。いきなり二ヶ月分の記憶がどっさり頭に加わったというかさ。もう混乱しちゃって何がなんだか…」

話している途中に、クレッドの腕が俺を抱き寄せた。
力いっぱいに広い胸に抱き締められて、ようやく俺は事の重大さを思い出す。

クレッドは何も言わなかった。喋らないで、俺をもう二度と離さないとでも言うように、痛いほどの力で腕に閉じ込めた。

「す、すまん! 俺また、馬鹿なことしたな。お前のこと、すげえ不安にさせて、ごめんな。でももう全部思い出したから、二度とこんなことしねえから…!」

一人で必死に謝るのだが、それでも応答がなく焦った俺は、声を張り上げる。

「全部思い出したよ、だからあの、クレッド、俺はお前が好きだっ!」

どうしていいか分からず、思いの丈をぶちまける。頭を何度も撫でて抱きついていた体を離す。すると目を疑う光景が映った。

弟は、泣いていた。頬に伝わる涙がこぼれている。
それは大人になってから初めて見る、クレッドの泣き顔だった。

「……兄貴、よかった……」

頬に手を当てられ、切なげに何度もキスをされた。確かめるように、目を見つめ、再び腕に抱かれる。

クレッドの感傷的な姿に言葉が見つからなくなってしまうが、ああ、俺はやっとこいつのもとに、本当に戻ってきたのだと思った。
弟が落ち着くまで、俺も静かに暖かな抱擁に身を委ねていた。

しばらくして、ふと口を開く。

「……あのさ。俺、記憶がなかったときのことも全部残ってるから、変な感じだ。正直今、すげえ、罪悪感がやばい。それと、は、恥ずかしい……」

自分の初々しい振る舞いや弟との出来事も思い出し、なんとも言えぬ感覚に襲われた。
一番顔から火が出そうなのは昨夜の振る舞いだ。初体験を二度してしまったかのような不思議な感覚がある。

「……でも、それも忘れないでいてくれて、俺は嬉しい。全部、兄貴との思い出は、本当に大切なものだから」

クレッドはまだ目尻から涙がこぼれていて、きゅっと胸が苦しくなった。

「おい、大丈夫かよ。泣くなクレッド。ごめんな泣かせて」
「……いや、ごめん。なんでか、全然止まらない。こんな姿、絶対見せたくないのに」  

弱いところを見せたがらない、普段から男らしい騎士の弟の素直な姿に胸が打たれる。

「ばか、どんなお前でもお前だろ。……なあ、お前すごいよ。俺があんなことになっても絶対諦めないでさ、よくずっと一緒にいてくれたな」

記憶がない間も弟の愛情の深さに、改めて驚かされた。

「だって、兄貴を愛してるから、当たり前のことだよ……。兄貴のほうが凄いよ、こんな俺のこと、また受け入れてくれたんだ……」

目が潤んできて、隠すように目尻を拭っていた。

「そんなの、俺だってお前のこと、愛してるからに決まってんだろ。ね、寝る前も聞いただろ? もうそれは、変えられねえんだよ。いくら記憶失ってもな」

元気付けようと微笑むが、逆効果だったみたいで、クレッドの涙腺がどばっと崩れる。
慌てまくった俺は奴を抱き締めた。いつもと逆な感じがして焦る。

「すまない、兄貴。今だけだから……ほんとに、ほっとしてるんだ、兄貴が今も一緒にいることが」

こいつの不安だった心を想像すれば、計り知れないものだ。

「なあ。俺が記憶なくても、お前のこと好きって聞いて、ちょっと安心した?」

話題を戻しさりげなく聞いてみる。
不思議なことに、前の俺も俺なのだが、少しだけ自分から剥離した感があった。

クレッドは恥ずかしそうにうなずいた。その表情に、わずかに鼓動が高鳴った。

「安心もだし、すごく嬉しかった。信じられなかったけど……俺また、調子にのって……」

俯きがちに言い、額に手を当てて反芻している。きっと互いにしか分からない、気恥ずかしさみたいなものがあったと思う。

「そっか……なんか、変なんだけどさ。ちょっと嫉妬しそうだわ、俺。前の自分に」
「……えっ!?」

クレッドが大きな声を出して素で驚いている。だが俺は腕を組んで深々と頷く。

「いや全部自分のせいだし、本当にお前には申し訳ないことしたって、分かってるんだけど。全部覚えてるからさ。……なんだろうな、お前、なんか思い出すとやたら格好よくて」

からかうつもりじゃないが、俺の言葉に弟が赤くなっていった。
でもそれは客観的に見ても自分の本音であった。

「やっぱあれだな。必然だったのかもしれないな。俺達が両思いになるの。……なんちゃって」
「……そうなのか? そう、思う? 兄貴……」
「ああ。お前の気持ちはもう知ってるけどさ、ある意味俺もお前に片想いしてたんだよ、きっと。……はいこの話おしまいっ」

突如幕を下ろした俺にクレッドは、やはり真剣すぎる顔で迫ってきた。

「ちょっと待って、気になるとこで終わらせるな兄貴、……どういうことだ?」
「まあお前のツンデレ作戦にやられたってことだよ、簡単に言うとな」
「……はっ? なんだツンデレって。それは兄貴だろ?」
「ちげえよ! なんで俺なんだっ」
「いやどこからどう見てもそうだろう、俺の前では時々すごい甘えてくるし。二人きりの夜なんてとくにーー」
「ああー! はずいからやめろバカっっ」

真面目に考え始められ、矛先が変なとこに向かってしまったので、これ以上言うのはまた今度にしようと決めた。

逃げようと思っていると、後ろから抱き締められる。
ぎゅうっと力が強く、ああこれは中々離してくれないやつだと感じる。

なんだか記憶が抜けたのは二ヶ月そこらだったのだが、懐かしい思いがした。

「どうした、大丈夫かよ?」
「……うん。……今みたいなやり取り、すごい久しぶりだ」

しんみりした声に少し切なくなる。こいつも同じように感じていたみたいだ。
回された腕に触れ、優しく握る。何度も伝えた言葉以上に、もっと安心させたくなった。

でも、どうすればいいだろう。
こういう時不器用で気のきかない自分が歯がゆい。

「兄貴。俺の記憶見て、変なとこなかった?」
「えっ」

急いで振り向いて奴の赤らむ顔をじっと見る。
そりゃ、やっぱ気になるよな。

「ないよ。なんかすごい、びっくりした事はあったけど……お前が可愛かったというか」
「俺? かわいい兄貴がたくさん映ってたんじゃないか?」

至極真面目な顔で聞き返される。返答に困るがとりあえず同意した。

「確かにほぼ俺の話だったぞ。お前の頭の中どうなってんだよ」
「はは。外側と同じだよ。兄貴のことで占められてる」

なぜかやたらと可愛らしい笑顔を見せ、俺にまた腕を回してきた。
急に嬉しそうな様子のクレッドに面食らう。

……こいつ、そこで安心するのかよ。やはりすげえ男だ。

「俺が兄貴のこと大好きだってこと、分かったか?」
「……うん。それはよく分かったよ。照れるけどな」

ていうか前から知ってたけどな、それ以上の衝撃を受けた感じはする。

なんでか熱くなってきた俺の頬を撫で、「よかった」と微笑むクレッドの姿が、今度は俺の記憶に強く刻まれた瞬間だった。



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