セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 31 認めてしまえば

事件の後、俺とクレッドは邸宅の上層階にある医務室にいた。
ここへ来る途中、出来事を知った司教と共に、犯人が所属する教会の代表者らが現れ、俺達は深く謝罪をされた。

聞くところによると、あの男はルネさんと同じ魔術班に所属しており、年長者の権限を用いて長い間彼女を苦しめていたらしい。
上下関係における命令への服従を好意と勘違いしていたのか、身勝手な執着がさらなる男の暴走を招いたのだ。

今回の騒動は重大視され、男は審問にかけられるという。

行われる予定だった式典は急遽中止になってしまったが、ひとまずはルネさんの保護を含め事態の解決に向けて動いていることが分かり、ほっと胸を撫で下ろした。

俺が巻き込まれたことを知った弟子のオズも、あの後目にいっぱい涙を溜めて「無事ですかマスター! 俺がついてなかったせいで……ごめんなさい〜っ」と泣きついてきたが、俺はそんな奴を必死になだめ、なんとかこの部屋へとたどり着いたのだった。

大きな窓枠からのぞく空はすっかり夜にかわり、月の明かりが差し込んでいる。
寝台に横たわる俺の側には、いつもとは雰囲気の違う、スーツ姿の聖職者がいた。

「さて、セラウェ君は右腕と右足の捻挫だけだね。ハイデルの犠牲の甲斐あって、軽傷で済んだみたいだ。そして問題のハイデルだが……これは、うーん……まさか……」
「えっ? ちょ、ちょっと大丈夫だよな? そんなに酷いことになってないだろ?」
「ははは。心配いらないよ、打撲程度で済んでいる。普段から鍛練を積んでいる男のことだ、二階から落ちたぐらいじゃ死なないだろう。まあこちらとしては、エブラルの機転がきいたおかげで仕事が楽になったがね」
「よ、よかったぁ〜……マジ怖えよ、もう」
「おいイヴァン。兄貴のことを必要以上に脅かすな。怒るぞ」

俺と司祭の会話を横目に、真向かいの寝台に寝そべる弟がじろりと釘を指した。

「心外だな、ハイデル。治療をしてあげた僕のちょっとしたユーモアじゃないか」

呆れた顔をする弟の前で、おいシャレになんねえ冗談言うなおっさん、という文句が浮かぶ。

「君の体力は見上げたものだが、しばらくここで安静にしておくべきだ。残りの仕事は他の騎士に任せてね。ではそろそろ、僕も後始末に向かうとするか。招待客が待っているから」

やれやれと肩をすくめた司祭がその場を後にした。
ようやく二人になることが出来た俺は、まだ少し違和感のある体を起こし、弟のそばに立った。

クレッドも体を起こすと、俺の腕を取り、心配そうにそっと撫でてくる。

「あの、まだお前に言ってなかった。ほんとに、ありがとうな、クレッド。それと、ごめん……こんな風に怪我させて」

頭を下げて申し訳ない気持ちを告げる。
自分の中では教会に所属してからまだ月日が立ってないが、胸を押し潰すようなこの気持ちには、覚えがあった。

俺はひょっとしたら何度も、これまで弟にこうやって心配をかけてきたのかもしれない。

クレッドは言葉を詰まらせて俺の目をじっと見つめ、腰に手を添えた。
優しく引き寄せられて、同じ寝台の端に座らせられる。

「兄貴……俺は平気だから、心配しないで。……でも、あんな光景は本当に……二度と見たくない。心臓がつぶれるよ。……危険な目に合わせて、すまない兄貴……俺がもっと早く見つけていれば」

体が真正面に向き直り、両腕で抱き締められる。
弟の思いが真っ直ぐに突き刺さり、切なくてたまらなくなった。

「いや、全部俺のせいだ。お前が助けてくれたから、俺ここにいるんだよ。……けど、……やっぱだめだ、一言言いたい。……何であんなことしたんだ、一緒に飛び降りるなんて、馬鹿だろお前……っ」

自分の言葉が完全に矛盾していることは分かっている。だが、言わずにはいられなかった。
クレッドがはっとして顔を上げた。

「ごめん、兄貴……だって、兄貴を守ることしか頭になかった。兄貴さえ無事なら、それでいいんだ。……俺の命より、他の全てのものより、兄貴が大事だから」

真剣に目を見つめられて、キスをされる。
体にぎゅっと掴まったまま唇を塞がれ、何も言い返せない。

「ず、ずるいぞそんなこと言って……お前だって、俺の命より大事だ。一番大事なもんなんだぞ! 分かってんのかっ」

助けられておきながら偉そうに迫るが、俺の目はまた涙で霞んでいた。
クレッドの目元が赤らむ。奴は返事をする代わりに、また唇をそっと重ねた。

「ありがとう、兄貴。そう言ってくれて、嬉しい……」

甘い声で告げられ、合間に口づけを施される。恥ずかしく思いつつ、唇が離れた途端に、俺はそっぽを向いた。

「もうするなよ、いいな」
「……え? キスを? どうして?」
「ち、違う。ああやって、体張ることだ」

目をしっかり見て伝えると、弟は真面目な顔で思案を始めた。

「それは……分からない。また同じことするよ、俺は」
「駄目だ!」
「じゃあ兄貴も気をつけてくれ。お願いだ」

一転して切なげな表情で懇願され、自分の中の強気な思いが縮んでいく。
なんだか二人で譲らない感じが、やっぱり兄弟なのかと内心ため息が出た。

「分かった……ごめん」

諦め混じりに謝ると、クレッドに「大丈夫だよ」と優しく微笑まれてもう一度、優しく抱き締められた。


しばらくそうして静かに過ごしていたのだが、突然扉がコンコンと鳴り響き、俺はすぐさま寝台から立ち上がった。
腰を下ろしたままの弟と視線を合わせた後、「どうぞ」と告げると、やがて室内に一人の女性が入ってきた。

それは、俺と同じく事件の被害者であるルネさんだった。
今まで聞き取りを受けていたはずで、涙で目を腫らしている。

「あの、セラウェさん、助けて頂いて本当に、ありがとうございました。それにご迷惑をおかけして、お怪我までさせてしまって……本当にごめんなさい……!」

肩を震わせて頭を下げている。
慌てた俺はすぐに「いえいえ大丈夫ですから、ねっ」と声をかけた。

「怖い目に遭いましたね、でも犯人は捕まりましたし、ルネさんに怪我がなくて何よりですよ。なあ、クレッド!」

感謝されることに慣れていない俺は、思わず近くにいた弟に同意を求めた。
するとルネさんは弟にも深く頭を下げ、ひとしきり感謝の念を述べていた。

クレッドはゆっくりと寝台から立ち上がり、彼女の前にやって来た。

「兄の言うように、あなたが無事で良かったです。脅威は去りましたが、何か不安なことがあれば迷わず教会に申し出てください。私は騎士ですが、所属する魔術師らを守るのは我々を含め、教会の責務だと思っています。ーーどうぞ、心身ともにお大事に」

姿勢を正し騎士らしく礼をした弟を見上げ、しばらくぼうっとしていた様子の彼女だったが、すぐにまた何度も頭を下げていた。

それからルネさんが部屋を後にすると、予期せぬことが起きた。
入れ替わるように医務室を訪れたのは、本音を言えば会いたくはなかった、もう一人の女性だ。

司教の娘のメイアは騒動を聞き付け、部屋に入るなり弟のもとへと駆け寄ってきた。
彼女を見たクレッドは、驚きに目を見張る。だが表情はどこか険しく、警戒しているような様子だった。

「クレッド君……! 無事で良かったわ……心配したのよ、あなたがバルコニーから飛び降りたって聞いて……どうしてそんな危ないことをしたの」

寝台のそばに立っている弟の胸に、すがりそうな勢いで近づく彼女の姿が、ずきりと胸を苦しくさせる。

「……どうして? 兄が大切だからに決まっているでしょう。他に理由なんてないですよ」

弟は何を思ったのか、離れたとこで呆けていた俺に寄り添い、背を抱き寄せてきた。
メイアの黒い瞳がようやく俺を視界に入れるものの、なぜか俺は睨まれていた。

クレッドの雰囲気が打って変わって、ぴりぴりしている。
この二人の過去の話を聞いていた俺も、今の関係性が分からず、正直言って所在がなくなっていた。

「そう……お兄さんも怪我がなくて良かったわよね。……そうだわ、ルネさんがすごく感謝していましたよ。セラウェさんにまた会いたがってるみたい。お礼がしたいって。当然ですよね、危険を顧みずに彼女のこと、守って下さったんですから」

俺に向き直り、瞳を細めて話しかけられるが、目が笑っていない。
どういうわけか、ずっとこの人から敵意のようなものを感じる。

確証はないが、もしかして俺、嫌われているのかもしれない。
それに見るからに、好意を隠さないクレッドへの態度と、反対のようにも思えた。

「えっ。……本当ですか? さっきはそんなこと言ってませんでしたけど……きっと疲れてるだろうし、しばらく事件を思い出すようなことは、しないほうがいいんじゃ…」
「照れてるんですよ、彼女。あなたが声をかけてあげれば、きっと喜ぶんじゃないかしら。同じ魔術師だから分かるんです。二人とも、どこか共通点があって、すごく似ているなってーー」
「メイアさん」

俺に笑顔で話していた彼女を遮り、クレッドが低い声で口を開いた。
俺達は二人とも思わずその冷たい顔を見上げる。

「俺にも分かりますよ。その共通点って、とても優しい人だっていうことですよね。だから時々、悪い人間がその温かさに付け入ろうと、近づいてくるんです。そういう輩から守る人間が、必要なんですよ、今日みたいに」

やや抽象的な言い方をする弟だが、俺から見れば明らかに弟は怒っていた。
女性に対して厳しい態度を取るのは初めて見たため、驚きが隠せない。

メイアは途端に表情を強ばらせ、押し黙ってしまった。
肩を震わせて手をぎゅっと握っている。

「お、おい。クレッド……」
「メイアさん、申し訳ありませんが、兄貴と二人になりたいので、そろそろよろしいですか。危険なことに巻き込まれて、凄く疲れているだろうし、早く休ませてあげたいんです」

弟が俺の頬に手を伸ばした。
おい人前で何をする気だと固まったのだが、クレッドのあまりに真剣な表情を前に、何も反応出来なかった。

すると奴の顔が不意に、柔らかい笑みに変わる。
目を逸らせなかった俺だが、わずかな物音がして我に返った。

振り向くと、瞳を真っ赤にして口を結ぶメイアの姿があった。
彼女は俺を睨み付けながら「……もういいわ、何なのよ、知らないから!」と叫んで扉へと向かって行った。

バタン!と大きな音が室内に鳴り響く。
唖然とした俺はそのまま、弟の腕に再び包まれるまで、身動き出来ずにいた。

クレッドが俺のことを抱きしめて、頭をそっと撫でてくる。

「おい、今の……大丈夫なのか?」
「ああ。兄貴は気にしないでいい。ただの騒音だ」

落ち着いた声だが、言葉尻にはトゲがあった。
何にせよ、彼女が行ってくれて俺はほっとした。うまく言えないが、すごく気が重くなる状況だったのだ。

悪夢のような事件から解放されても、モヤモヤした気が晴れないのは事実だ。
俺は頭をぽすっと力なくクレッドの胸に預けた。

やっぱり気になってしょうがない。聞いても意味はないのだろうが、尋ねてみようか……いや、でも……。

「なあ兄貴。どうしても気になって……あのさ、……パーティーで、彼女から話しかけられたのか?」
「へっ?」

突然反対に質問をされ、俺は思わず素っ頓狂な声を出した。
焦りつつもどうにか落ち着き払おうとする。

「あ、ああ。いや、間違えてメイアさんに近づいちゃって、でも話しかけてきたのはあっちで…」
「そっちじゃない。ルネさんのことだ」

しどろもどろになった俺に、弟がはっきりと告げて見つめてきた。
弟の真剣な態度がやけに気になってくる。

「なんだ、そっちか。いや、メイアさんに紹介されたんだよ。話が合うだろうって」

ドギマギしながら教えると、弟が急に金色の眉をつり上げ、怒りの表情を見せた。

「やっぱりか。……クソッ」
「……え、なんだ。大丈夫か?」

悪態をつかれて心配になった俺は、奴の顔を覗きこんだが、逆にゆっくりと顔が近づいてきた。
苛立ちを浮かばせていたクレッドが、徐々に脱力していくのが分かる。

「大丈夫じゃない……」

一言そう呟くと、顔を傾けた弟が、俺に唇をそっと重ねた。
何度目か分からないキスをいきなりされて、目を見開く。心臓がとくとくと鳴るのを抑えるのに、必死だった。

「な、なあ……それで、さっきの彼女は……」
「ん? ……あの人は、俺達の仲をよく思ってないんだ。巻き込んで悪かった、兄貴……」

え。俺は巻き込まれたのか?
メイアから敵意を向けられているのではという気はしていたが。

考えてみると、紹介された女性にストーカーみたいな男がついてたのも、偶然……だよな? 違うよな、まさかな。はは。

不運なだけでなく肝心なところが抜けている俺だが、色々と恐ろしくなり、考えるのをやめた。
もう終わってしまったことだ。

「クレッド。俺も、こんなこと聞いていいのか分かんないんだけどさ。……あの人、元カノなんだろ? まだお前のこと、好きみたいだったな…」

唐突に聞こえただろうが、自分で言ってて胸がずきずきした。
相手は兄弟なのにおかしい。もう良い年になる弟だ、そんな過去ぐらい、普通にあるだろう。

そう一人で勝手に覚悟していたのだが。

「……はっ? 元カノ? ……ちょ、ちょっと、待ってくれ。何言ってるんだ一体」

クレッドは青天の霹靂といった様子で俺の肩を掴み、完全に混乱した面持ちだった。

「違う、それは嘘だ。俺は彼女とは、友人としての付き合いしかしていないぞ」
「……そうなのか? 本当に?」
「当然だ。前に話しただろう、兄貴しか好きじゃないって」

鬼気迫りながら告げるクレッドを見て、単純な俺の心は、一瞬軽くなった。

「でも、別に過去のことだし、俺に気使うことないぞ。……まあ、なんで俺もこんなにムカつくのか分からないけど…」
「いや本当だって、信じてくれ兄貴。兄貴以外にそんな人はーー」

言いかけて、弟が再び俺に真っ直ぐな視線を投げる。
そのまましばらく二人で見つめ合い、そわそわしてきた俺は、こっそりと喉を鳴らした。

どうしたんだ、俺なんか変なこと言ったか。

「兄貴、今……ムカつくって言ったよな」
「……え。ああ、言ったけど……いやっ、別に」
「それって、少し焼きもちとか、妬いてたりする…? あっ、今の話は本当にあり得ない話だけどな」

念を押しつつクレッドの真剣な顔が近づいてくる。
その時俺は、自分の感情に何やら、急激に火がついたような感覚に陥った。

「あ? 少しだと? すげえしてるよ馬鹿かお前っ!」

俺は気がつくと勝手に大声を上げて反論していた。
しまったと思い、自分で自分の口を押さえ、驚きの中で瞬きをする。

今のは一体なんなんだ。クレッドも素直な俺の返答に仰天している様子だった。

「本当か……今の兄貴が、焼きもち……俺に……」

ぽーっと顔を赤らめた状態で、どこか遠くを見ている弟が心配になる。
恥ずかしさでいっぱいになりながら、俺は自分の気持ちにもう嘘がつけないように感じていた。

弟に関わることで、そういうライバル的な存在が目の前に現れて、嫌だと思ったことは確かだ。
それに、初めて弟の部屋を訪れた時だって、俺はなぜか自分以外の人間の影があると思い込んだ時、強く反発した。

これはもう、そういうことなのだろう。

「じゃあ俺達はもう、恋人同士ってことだよな? それで……良いんだよな? 兄貴……」

腕の中に閉じ込められて、赤く頬を染めたままの弟が、尋ねてくる。
対して俺は、駄目だ。こういう雰囲気、恥ずかしくて死にそうになる。

あれだけキスしたり、触れ合ったりもしたのに。今さらなんだが。

「俺別に、そうじゃないとか、今まで言ってないし……だ、だから」

兄としてのプライドか、何故こんな風な言い方になるのか自分でも分からないが、観念するべきなのかもしれない。

クレッドの目映いばかりの笑顔が向けられ、俺はやっと気がついたのだ。
この時、記憶を失う前のもう一人の俺の他にも、弟を好きになってしまった俺が、すでに出来上がっていたのかもしれないと。



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