セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 30 守るべきもの

仕事の都合で社交パーティーに出席しただけのはずが、何故俺はこんな目に遭っているのだろう。
記憶を無くしただけでもきついのに、運がないにも程がある。

黒ローブを羽織った魔術師の男に、首を羽交い締めにされながら、俺は鋭いナイフを突きつけられていた。
すでに空が薄暗くなり、屋外のバルコニーには騒ぎを聞きつけた人が集まっている。

「ぐ、苦し……助けぇ……っ」

思わず情けない声を漏らす中、助けを呼びに行ってくれたルネさんのおかげか、武装した騎士が続々と現れる。

彼らが剣を抜き「刀を下ろせ! お前は包囲されている、大人しく投降しろ!」と大声で警告するものの、すっかり興奮状態となった犯人は抵抗して叫ぶのみで、まったく聞く耳を持たない。

そんな中、屋内からすごい勢いで騎士達の間を掻き分け、俺達の前に現れた一人の騎士がいた。
式典用の紺の制服に身を包み、まぶしい金髪が目立つ長身の男だ。

「……ッ、何をしている!」

蒼い瞳を極限まで見開いたクレッドが、俺の姿を見てみるみるうちに青ざめる。
俺はその時、弟の顔が見れたことによる安堵以上に、ただただこんな事件を起こす羽目になって申し訳ないという気持ちに襲われていた。

「近づくな! 剣を抜いたらこいつの喉をかっ切るぞ!」

男は俺の首に回す腕の力をさらに強め、声高に叫んだ。

クレッドは緊迫した表情で、ゆっくりと剣の鞘から自身の手を離した。
騎士達に下がるように指示しながら、徐々に距離を詰める。

「落ち着け、どうしてこんなことをする。その人は関係ないだろう、離すんだ」
「……黙れ! その女をよこせ、そいつが全て悪いんだ! 知らない男に色目を使いやがって、ずっと世話をしてきてやった俺を裏切った! くそッ、ルネ、こっちに来い! 早くしろ!」

弟の背後にいたルネさんが名指しされ、震える身で少しずつ前に出ようとする。

「そっ、そんなことしていません……! せ、先輩とは仕事だけの関係で……お願いです、もうやめて……くださいっ……セラウェさんを、離して……!」

しかし更なる暴言を浴びせる男への恐怖で足が動かなくなったのか、その場でへたりこみそうになり、近くの騎士に支えられた。

この野郎は、こんな卑怯な手を使ってまで彼女を支配するのを止めようとしない。
怒りが湧いているのは俺だけではないらしく、クレッドが殺気に満ちた視線を男に向けた。

「お前の望みは彼女か? こんな事をして何になる、怯えているのが目に入らないのか」
「うる、せえっ……お前には関係ない、その女は俺のもんなんだ、どう扱おうが俺の勝手なんだよ! そうだろうルネ、さあ早く俺が正しいと言え!」

ルネさんは男の剣幕に泣き出し、否定をするように力なく首を横に振っている。
しびれを切らした男は、突然俺の顎を乱暴に掴んだ。刃先をさらに肌にくい込ませ、息を荒げている。

「クソッ! ……そうだ、その女をよこせばこいつを解放してやる! 交換だ、早く差し出せ!」

男のさらなる暴挙により、場が騒然となった。
クレッドは苦悩に満ちた表情を俺に向け、頭を抱えた後、考えを振りきるように長剣に手をかけた。
有無を言わさず瞬時に剣を抜き、真正面に構えて男を睨みつける。

「騎士としてそれは出来ん。卑劣な言動はそれまでにしろ。死にたいのか?」

団長の鬼気迫る気迫に男が一瞬怯む。それに気づいた俺は呼応するように口を開いた。

「そうだ! んなことする必要ねえ! お前にはこの俺で十分だ馬鹿野郎!」

暴れながら吠えると、男の怒りが再び俺へと向かい、容赦なく体への締め付けが増した。

自分の力でどうにも出来ないのがただ悔しい。強く眉間に皺を寄せて俺を見つめるクレッドを、苦しめてしまっている事実が余計に我慢出来なかった。

弟は冷酷な顔つきで男を捉え、再び剣を握り締めた。

「……おい貴様、これ以上愚かな真似はよせ。この場で愚行を重ねたところでお前の望みは一切叶えられず、ただ終わるのみだ。本当は分かっているんだろう?」
「黙れ、こうなったのも、全てその女が元凶だ、俺は間違っていないッ!」
「いいや、お前は何から何まで間違っている。俺には到底理解出来ん。なぜ自分の愛する人を傷つけようとする? そんな独善的で歪んだ気持ちが、相手に受け入れられると本気で思っているのか。思っているのなら、お前はどうしようもない甘ったれの大馬鹿者だ。人に愛されたければ、相手の感情に耳を傾けろ。それが出来ないようなら、お前は誰からも必要とされないまま、朽ちるぞ」

静かに述べられる弟の言葉に、皆が聞き入っていた。心が奮い立った俺も思わず心の中で「そうだもっと言ってやれ!」と自分の状況も省みず加勢する気になっていた。

「う、うるさい! お前みたいな何でも揃った奴に何が分かる、俺のように苦労もしたことない面で、偉そうに説教するんじゃねえ!」

発狂してわめき散らされたその言葉に、俺の堪忍袋の緒が完全にブチ切れた。
必死に奴の顔を見上げ、とり殺す勢いで睨みをきかす。

「……おいてめえ、俺の弟に今なんつった? こいつが苦労してないんならこの世の男共全員が何の苦労も知らずに育ってきたことになるぞコラッ! いいか俺が大人しくしてるからって調子のんじゃねえ! てめえなんか俺の弟にかかれば一発で地獄に落とされんだよこの大ボケ卑屈野郎ッ!!」

調子に乗り、そう堰を切ったように叫んだ時だった。
すう、と一瞬表情を冷えさせた犯人に見下ろされる。奴は不気味な沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。

「弟……? ……ははっ、そうか。お前あの聖騎士の兄なのか。こりゃあいい……じゃあお前が地獄に落ちな。……俺の女に手を出すからこうなるんだ、ざまあみろッ!」

俺は男の嘲る台詞とともに、首を解放された。
かと思ったら、真後ろのバルコニーの柵に向かって、背中をぐいと引っ張られる。

その瞬間、再び首根を掴まれ、すごい勢いで引きずられた。
体が浮き、柵を乗り越えて、後ろの何もない空間に投げ出されるのだと知った。

「う、あぁ……ッ!」

視点がぐるりと変化し、浮遊感に襲われる。
俺は頭からまっ逆さまになった。

あ、ここって何階だったっけ。確実に二階以上はあるよな。天井も高いし、建物的にも落ちたらやばくねえかーー

俺が落ちる瞬間をにやりと笑った目で捉える男。
そいつが、秒差で俺の視界から消えた。鈍いうめき声と共に。

しかし瞳に映ったものはそれだけではない。
落ちていく何秒間もの間、目の前に飛び込んできたのは、全身を使って柵を勢いよく乗り越え、決死の表情で俺に手を伸ばすクレッドの姿だった。

「兄貴ッ!!」

俺の腕を掴んだかと思ったら、背を丸ごと抱き抱えられ、俺は確かに弟の腕の中に捕まえられた。
二人で落ちていく。
風の音となぜか無音になったそれ以外の喧騒の中で。

ーードン!

という落下音が、やがて辺りに鳴り響いた。
目まぐるしかった視界が唐突に真っ暗になる。体を打ったらしく、節々に痛みが襲う。
だがしっかりと抱き締められた上半身が不思議で、ゆっくりと目を開けた。

そこには庭園の花畑が敷き詰められていた。
植物が妙な形で蔦のように絡み、俺たちを守るように膨らんで見えた。

ぼうっとしながら温かい胸元を探る。
ーーそうだ。弟だ。

「クレッド、……クレッドっ!」

弟は俺を抱いた形で、横たわっていた。
助けてくれたんだ。俺のために、自分まで飛び降りて、守ってくれた。

閉じたままの瞼を見つめ、急激に震えが起きた俺は、弟の頬を叩いて起こそうとした。
だがすぐに目を覚まさず、今度は本当に頭が真っ白になる。

「おい、起きろってば、クレッド! 大丈夫か! なあ!」

ぶわっと涙が溢れながら、奴の体を揺さぶった。
上を見上げると騒がしく、俺たちを見た人々の間で激しい動揺が広まっていた。

何メートルもの距離から落ちたことを知り、血の気が引いていく。
どうしてだ。嫌だ。なんでこうなったんだ。
俺の大切な弟がーー。

「……ん……兄、貴……?」

クレッドが突然目を開け、心臓が止まりそうになった俺は、奴に無我夢中で抱きついた。
びっくりした様子の弟が、小さく呻いて体を起こそうとする。

「馬鹿野郎、死んだかと思っただろう!」
「……ご、ごめん。俺は大丈夫だよ。……兄貴は? そうだ、怪我は、ないか……!?」

突然我に返ったように、俺の肩を掴み、腕やら腰に触れて調べてくる。
俺は涙顔でぼうっとし、大人しくしていた。

全部自分が起こした事だというのに、安堵からの涙が出るばかりで何も言えない俺を、クレッドが抱き締める。
俺も弟の背中に腕を回し、熱い抱擁を受け取ったのだった。

しばらくして一階の警護をしていた騎士達が駆けつけ、俺達は無事に救護された。
建物が巨大な為、二階のバルコニーとはいえかなりの高所から落ちたのだが、立ち上がれるほどの怪我で済んでいた。

でも、何故だろう。周囲の植物の状態を見ると、これは明らかに誰かの魔法によって発現したかのように思えた。
不思議でいると、三階のバルコニーにいた人影から声がかかった。

「お二人とも! 大丈夫ですか? 待ってください、今向かいますから!」

台詞が終わるのとほぼ同時に、瞬間転移によってその場に現れたのは、灰ローブの男だった。
どこにいたのか、今日初めて目にする呪術師のエブラルだ。

「うおおッ」
「驚かせてすみません、セラウェさん。……はぁ、三階から様子を伺っていたのですが、間に合って良かったです。あの男は腐っても正教会の魔術師なので、自身の周囲に防御結界を張っていたんですよ。ハイデル殿が飛び降りた時はよもやと思いましたが……」

呪術師が深い息を吐いて告げる。
クレッドに寄り添っていた俺は、思わず辺りの植物を見渡した。

「もしかして、このクッションみたいな草達、あんたがやってくれたのか?」
「ええ。致命傷は免れたでしょうが、身体中打撲を受けているはずです。お二人とも、後でイヴァンに見てもらってくださいね。……それと、あの男もハイデル殿の一撃で気を失っていますから、ご安心ください。これから取り調べを受けることになるでしょう。もう大丈夫ですよ、セラウェさん。災難でしたね」

心配そうに声をかけられ、俺は初めて肩の荷を下ろすことが出来た。

「ああ、ありがとう。おかげで助かったよ、俺も、弟も……」

礼を言うと、クレッドがまだうめき声を上げて体を起こし、立ち上がった。俺は慌てて奴の体を支えようとする。

「悪いな、エブラル。助かった」
「いえいえ。お見事でしたよ、ハイデル殿。しかしさっき話していたことが、こんなに早く降りかかるとは……ですがあなたは悪運が強いですね」
「まあ、な……兄貴が無事で良かった。それだけが救いだ」

クレッドが俺の肩を抱き寄せ、髪にそっと唇を触れさせた。
まだ騎士達や関係者が多くいるのに、少し焦った自分だが、奴の顔を見上げて尋ねる。

「さっきの話って、なんだ?」
「……いいや。何でもないよ。俺の兄貴が一番大事だっていう話だ」

弟が安心させるように微笑み、耳元で囁く。
呪術師と視線を合わせ頷く二人だが、あまりよく分からない。

「さあ、手当てをしないと駄目だ。行くぞ、兄貴」

俺より明らかに負傷しているのにも関わらず、クレッドがしっかりと手を握ってその場を離れる。
まだ事件の興奮から覚めない俺だが、静かに弟の後をついていくことにした。



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