セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 29 探す先には

「ハイデル様。たった今参加者全員の来場が確認されました」
「ああ、ご苦労。では引き続き外の警備を厳重にしてくれ。第四分隊はホールと上階の定位置につくように」
「畏まりました。それと、司教から三階の応接室に来るようにとの言伝が…」
「分かった。これから向かおう」

日が傾いてきた頃。森に囲まれた巨大な邸宅の前で、ソラサーグ聖騎士団長の俺は、部下の騎士達と共に任務に身を投じていた。
今夜はこの地で我がリメリア教会が主催となり、魔術師らの交流を目的とした式典が行われるのだ。

紺色の制服を着込み腰には剣を携帯し、玄関の門を抜けて屋内へと入る。
白色を基調とした明るいラウンジとレセプションを通り、吹き抜けの螺旋階段を上っていく。

きらびやかな正装に身を包んだ人々を確認しながら、護衛の騎士達とも合図をし、場の均衡と秩序に目を配る。

三階のカーペットを踏むと、騎士の他に見知った二人の男が立っていた。

「やあ、お仕事ご苦労様。ハイデル。なんだか悪いね、僕達は自由に歓談しているというのに」
「イヴァン。これが我々の職務だからな。一応お前達も仕事の内だろう」
「ふむ。そうでもないよ。ただ酒と煙草を燻らせて情報交換をするだけだ。相手によっては面白いがね」

いつもの聖職者の僧衣ではなくスーツ姿の司祭が、胸元から葉巻を取り出した。廊下で遠慮なく火をつけ、やらしく笑うと俺の前から颯爽と姿を消した。

「ここは禁煙だぞ。……まったく」
「ふふ。先程までそりの合わない人間を相手にしてまして、イヴァンも珍しく疲れを見せているようです」

振り返った先には、さっきから音もなく佇む呪術師エブラルがいた。
灰色のローブを羽織った銀髪の男が、俺の前に立つ。

「……ああ。あちらの教会の幹部だろう」
「ええ。司教とは今も盛り上がっているようですが。我々は一足先に抜けてきてしまいました。あなたもご存じなように、魔術師というのは自分勝手な人間が多いものですから」

苦笑されるが俺は柄にもなく反論したくなった。

「まあ兄貴以外はそうだろうな。ところでエブラル、兄貴を見たか?」
「……まったく、あなたはそればかりですね。いえ、何故か私の心もほっとしますけど。残念ながら私はずっとここにいたので、セラウェさんの居場所は……」

首をひねり余計なことを口にする呪術師だが、その瞬間に俺の用件は終わった。素早く踵を返そうとする。

「そうか、ならばいい。では俺はもう行く」
「ちょっとハイデル殿。少しぐらいお話してくれてもいいじゃありませんか」
「司教に呼ばれてるんだ。さっさと用事を済ませたい」
「そうですか。分かりますけど、どうせすぐにセラウェさんを確認しに行くんでしょう?」
「当たり前だ。この場は関連の魔術師や騎士団しか招かれてないが、用心に越したことはない。ただでさえ兄貴は巻き込まれやすいんだからな」

腕を組み懸念を漏らすと、エブラルの藤色の瞳がどこか興味深そうに覗きこんできた。

「私もその通りだとは思います。ですがハイデル殿。以前よりも余裕が生まれているようですね。お二人の仲、きちんと進んでいますか?」

任務中に何を聞いてくるんだ、この呪術師は。
一瞬呆れつつも、大切な兄に対する事柄だ。俺は恥ずかしげもなくゆっくりと頷いた。

「ああ。最近兄貴も俺達の夢を見ているらしいんだ。記憶と重なっているのか分からないが……うまく行ってるとは思う。もう一押しだ、たぶん」

二人の関係を反芻すると、手応えは確かにあった。
俺が触れても羞恥を感じつつ受け入れてくれていることに、感謝の気持ちと愛しい思いが、日に日に増していく。

「それを聞けて良かったです。この調子で頑張ってくださいね、あくまでセラウェさんのペースで」
「無論だ。俺はこのまま頑張るぞ。じゃあな、エブラル。また何かあれば頼む」

これまで弱音ばかりを吐いていた俺の変化に驚いたのだろうか、そう素直に口にすると奴は目を丸くした。しかしすぐに表情に笑みを広げ、頷いて見せる。

「はい、お任せください。呪術師の勘ですが、なにやらもう一波乱あるような気がしないでもないので……お二人のことですからね」

おい去り際に余計なことを言うな。縁起が悪いだろう。
俺は心の中で舌打ちをし、その場を去ることにした。


司教が待つ部屋に行くと、長年親交のあるナターリエ正教会の司祭や幹部の姿があった。
彼らはうちとは比較にならないほど多数の魔術師らを抱えた、魔法専門の教会組織である。

上司であるヘイズ司教の娘、メイアが所属していることもあり、上層間ではリメリア教会とも関わりが深い。
聖騎士団も彼らの護衛や、稀にある任務での共闘を行うこともあったが、俺自身はあくまで業務上での関係性のみを必要とし、重視していた。

数十分後。終始上機嫌な上司とともに幹部会合を終え、階下へと向かう。
部下の報告を受け異常がないことを知ると、その足でホールへと向かった。

一時間ほど前に兄貴がオズとともにレセプションを通過したことは、遠目で確認していたのだが。今はどこにいるのだろう。

俺は職務中でも常に、兄の動向に気を配っていた。


立食パーティーが行われているホールの扉を開こうとした際、廊下の向こうから眼鏡の男が歩いてくるのが見えた。

茶髪にジャケット姿だが、いつもと変わらず落ち着いた雰囲気の結界師だ。
奴は俺に気づくと表情を柔らかくした。

「ハイデル。仕事が終わったのか?」
「いや。まだ見ての通り仕事中だが。ローエン、お前は何をしてるんだ」
「俺は今ちょうど全ての結界を調べ終わったところだ。先代の仕事らしいが、改術の必要がないほど実に素晴らしいものだったよ」
「そうか……それは良かったな。ところで兄貴を見なかったか?」
「ああ、セラウェか。俺はまだ見ていないが、さっきイスティフに会ったんだ。面白い話を聞いたぞ」

その名を聞いた途端、俺は眉間に皺を寄せた。
唐突に嫌な予感がする。黒魔術師のイスティフは、若いながらも教会を牽引するほどの実力を誇るが、一言で言って厄介な曲者なのだ。

また兄貴にちょっかいをかけたのだろうか。
俺は内心気を揉みながら結界師の話に耳を傾けた。

「ーーというわけだ。司教の娘さんと知らずに声をかけて、セラウェを置き去りにするとは、あいつも困ったものだ。彼にはまだ記憶がないだろう? 教会内でも毅然とした彼女に物怖じする者は多いし、セラウェの困った姿が想像出来るよ」
「……おいなんだその話は。笑い事じゃないんだが」

知らずに表情が激怒したことに気づいたのか、ローエンは一瞬俺の前から後ずさった。
こうしてはいられない。早く兄を見つけなければ。
騎士の勘と言うべきか、何やら胸騒ぎがする。

「情報提供に感謝する、じゃあなローエン。イスティフは保護者のお前がしめておけ」
「えっ? 俺はあいつの保護者だったのか……」

すっとぼけた顔で驚く男を無視し、構わず歩みを進める。
天井も奥行きも広々とした大ホールにたどり着くと、俺はまず全体を見渡した。

だが色とりどりのドレスや装束が目に映る会場内に、兄貴の姿はなかった。
代わりに中央付近のテーブルで、一層華やかな雰囲気を醸し出す女性達を発見する。

俺はすぐに彼女らのもとに向かった。
近づくと周囲の視線が一斉に向けられる。この場には騎士の姿は少なく、軽装備ではあるが武装した自分はやや目立っていた。

楽しそうにお喋りしていた一人の女性が振り向いた。
俺と目が合うと、眉毛を上げ黒い瞳を輝かせる。だが一方で俺は、冷静な顔を崩さなかった。

「クレッドくん! 来てくれたのね。お久しぶり。あなたに会えるの楽しみにしていたのよ」
「メイアさん。お久しぶりです。お聞きしたいことがあるのですが……俺の兄に会ったのですか?」

喧騒の中二人が向き合い、単刀直入に尋ねた。
彼女に会うのはあの縁談を断って以来で、連絡はとっていない。
一筋縄ではいかない女性であることを知りつつも、俺は内心募る反感を抑えるのに必死だった。

「あら、またお兄さんのこと? そうね……少しだけお話はしたけれど。どうしてそんなに不機嫌なのかしら、私何かしたかしら」
「……俺の兄は今記憶が不安定なんです。出来るだけストレスになるようなことは避けたいので」

はっきりと目を見て伝えると、メイアが一瞬肩をわななかせる。
女性に対して無礼な態度だとは分かっているが、俺にも感情がある。
長年付き合いのあったこの人の性格上、何か企みがあるのではと疑念を持っていたのだ。

「ひどいわ、クレッドくん。あなたって冷たいとこがある人だとは思っていたけれど、お兄さんに対してだけは相変わらず優しいのね。……でもそのままじゃ、今の恋人にも愛想尽かされちゃうんじゃない?」

強気な眼差しで見つめられ、俺は一瞬考えた。

何も知らないくせに、なんなんだこの女は?
きっと俺に恨みを募らせているのだろうが、見当違いも甚だしい。

仕事の関係上うまく距離感を保ってきたつもりが、余計に面倒なことになっているのは他でもない、己の器量のなさのせいだと分かっている。
しかし自分が原因で兄を面倒ごとに巻き込むわけには、いかないのだ。

その決意も空しく、不意に微笑んだメイアはとんでもないことを告げた。

「ふふっ。そういえばセラウェさんなら、私の職場の子と仲良さそうにどこかへ行ってしまったみたい。魔術師同士すごく気が合いそうな二人に見えたわよ。良いことなんじゃないかしら、お兄さんだってあなたみたいに、自分の恋愛を楽しむ資格があるでしょう?」

瞳を細めて黒髪を揺らす女性に、開いた口が塞がらなくなる。
この人は、俺と兄の仲をよく思っていない。やはり引っ掻き回そうとしているのだ。

これが同じ男なら胸ぐらを掴み上げ、公衆の面前で恫喝しているところだった。「ふざけるな、二度と余計なことをするな」と我を忘れて叫びながら。

頭に血が上り拳を握るが、これ以上彼女と話していても無意味だ。
俺には他に、やるべきことが出来た。

「そうですか。教えて頂き助かりました、メイアさん。それでは」
「ちょっと、どこへ行くのよクレッドくん、もう少し私とーー」

速やかに背を向け、出口へと向かう。
こうしている間も、もしかしたら兄貴は見知らぬ女性と楽しげに話しているかもしれない。

俺達の仲が深まっているとはいえ、兄貴には二人の本当の記憶が失われている。
異性が近づけば何が起こるかは分からない。

たとえ薄汚い手を使ってでも、そうした芽は除去しなければならない。なぜなら兄貴は俺の恋人だからだ。その権利が俺にはある。
この先誰にも渡すつもりはないと、何度もこの胸に誓ったのだ。

今度はどんな敵が待っているのだろうと、思わず腰にかけた長剣の鞘に手を伸ばした時だった。
遠くから、ホールの入り口に駆け寄ってくる女性の姿が目に入った。

淡いケープとドレスを揺らし、呼吸をするのも苦しそうな様子で急に立ち止まる。
明らかな異変に気付き近づいた俺と目が合った。そして叫び声を上げる。

「た、たすけて、助けてください! 私の同僚が、お、男が刃物を突きつけてーーセラウェさんがっ……誰か、助けて……!!」



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