セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 28 大事件

司教の娘であるメイアさんは俺に「紹介したい人がいる」と告げ、さっきまで参加していた女性グループの中に戻っていった。
明るい微笑みと共に連れて来たのは、面識のないもう一人の女性だった。

淡い色のローブに、ふわりとしたワンピース。肩にかからない程の金髪と、少し緊張した面持ちの優しげな娘だ。
ぱっちりとした緑の瞳が俺を見ると、若干顔を赤らめさせた。  

「彼女、私の職場の同僚で、とても良い子なんですよ。セラウェさんと同じ分野だって聞いてますし、良かったらお友達になってあげてくれませんか?」
「……あ、あの、初めまして。ルネっていいます。メイアさんからよくあなたのお話を聞いていて……よろしくお願いします」

控えめに笑みを作り、頭をちょこんと下げる仕草がいかにも女の子らしい感じだ。
俺はこの年になっても誰かに異性を紹介されるといった経験がほぼ皆無なため、不自然に背筋が伸び「は、はあ。よろしくどうぞ」と堅い挙動不審な動きをしてしまった。

い、いや宜しくとか受け入れてる場合じゃない。そもそも奥手中の奥手の俺に、何しろっていうんだ。

しかし司教の娘さんの紹介を無下に断るわけにもいかないし。

「あら、じゃあ私はお邪魔みたいなので、二人でお話でもしてきたらどうかしら?」
「う、うん。ありがとうメイアさん。……あの、よかったらあちらのバルコニーに行きませんか? セラウェさん」
「……えっっ。あ、はい」 

なんでこんな事になったんだ。
俺はその後流されるまま、初対面の女性と一緒に外の風に当たりに向かった。




夕暮れ時で赤く染まりつつある空がきれいで、柔らかい風も心地良い。はずなのだが、俺の背汗は変わらずじめっとしていた。

バルコニーにあるベンチに腰掛け、ルネさんと共に静かに外の景色を見つめる。

……え。
俺と友達になりたいと言っていたわりには、この人全く喋らない。
何か空気が重く感じた俺は、さりげなく隣を向いた。

「あ、あのー。同じ分野ってことなんですけども、ルネさんも研究系なんですか? 俺は端から見たら少し怪しげな、制限魔法とかが専門でして…」

そうだ。魔術師同士なのだからその話題でこの時間を乗り切ればいい。
簡単に決意した俺だが、彼女はハッとなった様子で顔を上げた。

「……あっ。せ、制限魔法……ですか。凄いですね。……いえ、私はそういったものは……。攻撃系が苦手なので、ずっと仲間の補助的な役割をしていて……」

恥ずかしそうに告げられるが、俺は思わず自分の膝をぱん!と叩いた。

「なるほど、そうでしたか。分かりますその気持ち。俺もそうなんですよ。ちょっと怖いですよね、攻撃魔法って。面倒だし、わざわざ自分の身に火の粉が降りかかるようなことしたくないというか」

同士を見つけて気分が高揚したのか、調子よく語り始める。
陰気な職業柄つい毒舌になり愚痴が口をついてしまう俺だが、彼女はとくに引くこともなく、むしろ時おり顔を頷かせて聞いてくれていた。

「すみません、何か俺ばっかり喋ってますね。ルネさんもどうぞ。界隈の愚痴ならお聞きしますよ」
「い、いえ……私なんか、大口叩けるほどの力もないですし……そもそも、自分の気持ちをはっきり言うのが下手で……仕事でも、仲間との連携でよく足を引っ張ってしまってるんです…」

ルネさんは金髪をぱさりとうつむかせ、指先でワンピースを握りしめた。

どうやら仕事の悩みとかもあるらしい。俺の勝手な想像だが、さっき会ったメイアさんは凄くしっかりしてそうだし、なんとなく上下関係みたいなものも見えた気がしたしな。

「そうですか……俺も足を引っ張る方なんでなんとも言えないんすけどね……あまり気を張らないほうがいいかもしれないですね。思い詰めると余計に失敗することありますから。自分のことですけど、はは」

頭を掻いて述べるものの、あっちょっと初対面で偉そうだったかな今の。とか内心焦っていたが、彼女は遠慮がちに微笑んで「はい……そうですよね」と小さく頷いた。

「そういえばメイアさんは職場でどんな感じなんですか? もしかして、彼女結構我が強そうなタイプだし、プレッシャーとか……大丈夫ですか?」

俺はすでに個人的な対抗意識を芽生えさせていたのだろうか。
よく知りもしない女性に対して、気づけばかなり失礼なことを言っていた。そしてさりげなくあの人の素性を探ろうともしていた。

ルネさんは一瞬ぎくっとした表情を見せ、首を左右に振る。

「いえっ、そんなことは全然、はい」
「……そうですか、なら良いんですが」

どことなく怯える様子が怪しいとも感じたが、どんな女性なのか知ってどうする気だと、自分でも分からなかった。
ただ今こうして異性と会話している間も、俺はクレッドと彼女のことが頭から離れないでいたのだ。

空気を戻そうとまた差し障りのない会話を始めたとき。
ルネさんの視線が、俺のちょうど背後へと向けられた。緑の瞳が、瞬時にざわめき、恐れの色を浮かばせる。

不審に思い振り向くと、そこには一人の男が立っていた。

長い黒のローブを羽織った、同じく長めの黒髪の男だ。
前髪から覗くぎろりとした瞳が不気味で、俺のことを不快そうに睨んでいる。

誰だこいつは。知らない人間だが、豊富な魔力を発していてすぐに同じ魔術師であることが分かった。

「こんなところにいたのか。ルネ。探したぞ」
「……っ、な、なんですか? あの、他の皆さんは……」
「もう帰ったよ。残っているのはメイアだけだ。さあ、俺たちも行こう」

男はポケットに片手を入れたまま、陰鬱とした表情で近づいてくる。
彼女に目をやると更に恐怖に戦いて見える。
なんかこいつ、おかしいぞ。

「あ、ルネさんの同僚の方でしたか。もう帰られるんですか?」
「いえ、あの、私は……」
「さっさと支度をしろ。お前はいつも段取りが悪いな。俺が目をかけないと、何も出来ないのだから」

男が嘲笑うかのように吐き捨て、彼女はビクッと肩を強張らせる。みるみるうちに表情が暗くなり、震えているようにも見えた。

俺はすぐにピンときた。
他人事ながら、俺もこういう上から目線なタイプに虐げられてきた経験がある。まあ師匠のことだが、こんな見るからにクソな男ではない。

彼女が本気で怯えている様子からも分かるのだ。見過ごしてはいけないと。

「あの、もう少しここで喋っててもいいでしょう。大人なんだから、いくら仕事仲間とはいえ、そこらへんは自由にしとくべきだと思いますよ」
「……なんだと? 他人は黙ってろよ。消え失せろ、カスが」

男は殺気を放ちながら、俺に憎悪の眼差しで言い放った。

…………えっ?
カス? 俺のこと今そう言ったのこの人。

おいてめえみたいな陰気DV気質野郎にだけは言われたくないんだが。

柄にもなく血管が浮き出そうになった俺は、立ち上がって奴とルネさんの間に割り込んだ。
彼女に振り向き、小声で話しかける。

「あの、早くあっちのホールに戻ったほうがいいですよ。ここは大丈夫ですから」
「えっ、で、でもセラウェさんが」
「さあ早く。行ってください」
「ーーふざけるな、邪魔だ、どけッ!」

激昂した男が突然ポケットから手を出した。
手のひらに向かって口早に何かを囁き始める。すると驚くべきことに、奴の右手を包むように黒い光の粒が産み出され、中心から尖った黒刀が徐々に姿を現した。

男の手に握られた刃渡りの長いナイフがバルコニーの照明に照らされ、鋭い刃先に目を奪われる。
この野郎、いきなりこんな物を生成して、何考えてやがるんだ?

俺はとっさに男の前に立ち塞がり、「逃げろ!」と彼女に向かって叫んだ。
腕を押さえようとした俺の体を羽交い締めにし、後ろから首に腕を回されてぐっときつく絞められる。

首元にはナイフが当てられ、俺は目を見開きながらのけぞる。

「動くな! 調子のりやがって、お前のせいだ、ルネ! 俺の言うことを聞かないからこうなったんだ!」
「きゃあああぁっ! やめて、離してください、お願い…!!」

彼女の叫び声と泣く姿が目に映る。
な、なんでこうなった。何故俺は今この男に凶器で脅されてるんだ。

これ大事件じゃねえか、記憶は失ったがいつものほほんと生きてきたっていうのに。

「あ、あのですね、悪いことは言わないから犯罪だけは起こさないほうがいいですよ、ほら今なら無かったことにしますから、早く解放してーー」
「うるせえ! 俺の女に近づくな! この女は俺のなんだよ、分かったかてめえ、口を閉じないとぶっ殺すぞ!」

俺の説得に聞く耳を持たず、完全に切れている。

「そう、なんですか? ルネさん、この男とそういう関係で…?」
「ち、ちがっ、あの、違いますっ」
「違わないだろ! 俺達は付き合っているんだ、その女は俺のもんだ! お前は勝手なことをせずに俺の言うことだけを聞いてればいいんだよ!」

興奮状態の男が荒々しい声を撒き散らす。
バルコニーでの騒がしさから、やがて屋内で通りがかった人々の視線に晒されていることに気がついた。

「ルネさん、とにかく逃げてください、さあ早く! あと強そうな人を呼んできて!」
「……えっ。は、はい! 分かりました!」

俺が決死の形相で頼むと、ようやく彼女は周囲に目を配り、助けを求めに駆け出した。

これでいい。ひとまずはこの頭の狂った男が、女性に危害を加える可能性はなくなった。

問題は捕まったままの俺なのだが、体格はさほど変わらないのに、情けないことに武力ではれっきとした差が感じられる。

「クソ! 行くな、戻れ、ルネ! ……お前のせいだッ!」
「ぐ、ぅッ、離せこの野郎!」

このままじゃまずい。詠唱をしようにも喉に刃が当てられたままじゃ不可能だし、体が密着しすぎている。
なによりこの発狂具合では、少し動きを見せただけで俺の身がヤバい。

なにか、何か出来ないか。
俺は今までの経験を総動員させ、打開策を得ようと、必死に頭を回転させていた。



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