セラウェ記憶喪失編 | ナノ


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午後を過ぎていた頃、俺とクレッドは団長室に無事送り届けられた。
世話になった呪術師に対し、深々とお辞儀をする。

「あのー、わざわざありがとうな。師匠の家なんて何も得がないどころか、損しかしないのに。来てくれて心強かったよ、正直。奴の仲間だから怪しいとか思ってて悪かった」
「え? そんな風に思ってたのですか、セラウェさん。気持ちは分かりますが……でも私は本当に安心しているんですよ。貴方があの薬を飲まなかったことに」

麗しい紳士に微笑まれて、固まった。
おいまたその話掘り返すのかよ、もういいじゃねえか恥ずかしいんだよ。

「とはいえやはり、万が一の時の為に、貴方に耐性の術式をかけておいて良かったです。勿論私は信じていましたが、たとえ貴方が故意ではなく薬を飲んでしまったとしても、さらなる悲劇は避けられますから」

…………え?

奴の言葉に俺の思考が止まった。
今おかしな事をさらりと言われたのだが。この男、俺に術式をかけたのか?
おいいつの話だよ。

「エブラル、お前……兄貴にそんな事していたのか」
「ええ。私なりの用心ですよ。この間セラウェさんが研究室で寝てる間に、ね」
「……あ、あんた、何してんだ! 全く気がつかなかったぞ!」
「貴方に気がつかれるようならば、メルエアデには筒抜けです。そんな不手際はしませんよ」

男は銀色の眉をひそめ、冷ややかな視線を送る。

恐ろしい。いや、まあ結果的に助かったのだが。もう一人の格上の魔術師の企みに、完全に肝が冷えた。

クレッドは瞳に動揺を走らせていたが、突然俺に向き直り、切羽詰まった表情で腕を広げた。
今日何度目かの抱擁を受け、鼓動がまた跳ね出す。

「おい、クレッド…」
「……良かった。……喜んでいいのか分からないけど、俺……」

ぎゅうっと抱き締められて、奴の切ない声音から感情の昂りを感じた。
俺も弟をせめて安心させようと、背中に腕を回す。
見つめあったクレッドは、俺の頬にそっと触れて撫でたあと、もう一度呪術師に向き直った。

「ありがとう、エブラル。感謝する」

その横顔は騎士である弟にしては珍しく、鎧を脱いだ時の穏やかさが垣間見えるものだった。
エブラルは驚いた顔を見せたが、すぐにまた柔らかな笑みを浮かべる。

「いえいえ、そんな。私は自分の出来ることをしたまでです。それに、お二人の為でも勿論あるのですが、これは本当は、以前のセラウェさんの為でもあるのですよ」

言われてハッとなった。
記憶を無くす前の、クレッドと恋人同士だった頃の、俺ーー。

呪術師が真剣な眼差しで俺をじっと捕らえた。

「セラウェさん。貴方は本当にいつもハイデル殿のことを想っていましたから。同僚である私でもひしと感じるほどに。だからこれで良いのです。悩む必要はありません」

穏やかな口調でにこりと断言され、俺は衝撃を受けた。
よく知らないはずの他人からの言葉なのに、どうしてこんなにも、胸にまっすぐと響いてくるんだろう。

これで、良いのか……。
そうなんだ。俺はまだ身の振り方が分かっていないけれど、それでも、自分の選択は間違っていないんだ。

弟が大事だって気持ちは、今の俺も、前の俺も限りなく同じなのだから。

「うん。なんか……ありがとな。思い出せなくても、俺がこうしたいって思ってしたことだから、自分でもいいんだって思える。だから、その……」

話しながら隣をちらっと伺った。
弟もどこか緊張感のある顔つきで聞いている。ああ、やっぱり当人のクレッドがいる前では、恥ずかしさが勝ってうまく話せない。

まごついていると、エブラルの小さな笑い声がこぼれた。

「ふふ。どうやら私、お邪魔みたいですから、もう行きますね。後はごゆっくりお二人で話し合われてみてください。ではまた、セラウェさん。ハイデル殿」

丁寧に礼をして、終始落ち着いた佇まいの男はその場を後にした。
扉がぱたんと閉まる音が響き、俺達は静かに顔を見合わせる。

ど、どうしよう。二人きりになってしまった。
昨日から今日にかけての出来事が強烈過ぎて、今さらながら恥ずかしさに襲われ、挙動不審になってしまう。

するとクレッドは突然俺の手を握った。
びっくりして凝視していると、弟が考えたように口を開く。

「兄貴、ちょっと座らないか?」
「えっ。う、うん。……あっ、お前仕事は大丈夫なのか」
「大丈夫だよ。この後行くから」

優しくそう言われ、近くのソファ席に並んで腰を下ろした。
あの、まだ手を握られてるんですけど。俺はどうしたらいいんだ…と、終始どぎまぎしていた。

気持ちが落ち着かなかったせいか、奴に向き直り顔を覗き込む。

「なあ、本当に来てくれて嬉しかった。ありがとな、クレッド。……でも、どうやって師匠の別荘分かったんだ?」

それはずっと気になっていたことだった。
あの男のプライベートはある意味国家機密より暴くことが難しい。己の痕跡を消すことに長けた、まるで隙のない男だからだ。

クレッドは何故か、少し狼狽えたように見えた。

「あ……ああ。ええっと、それはな……。実は俺、兄貴の居場所をなんとなく、感じるんだよ。驚くと思うけど、前に話しただろ? 聖力のこと。探るのはもちろん、大変なんだけど…」

想像もしていなかった理由に、俺は驚嘆した。
確かに前に俺が弟から与えられた聖なる力のことは、聞いていた。だがそんな驚きの効能があったとは。

だが感覚的に分かるとは言っても、きっと一日中探しまわったに違いないし、どれだけの苦労をしたのかと頭が下がる思いがした。
何度も礼を言うが、クレッドに「大丈夫。俺の兄貴なんだから、当たり前のことだよ」と優しく言われてしまった。

そんな中、ふと気になることが思い浮かんだ。

「なあ、もしかして聖力のきっかけになった、俺を襲った奴ってさ……ナザレスの事だったのか?」

クレッドの顔色が変わる。眉間に皺を寄せ、さっきまでの可愛らしい弟の雰囲気が無くなっていった。

「ああ。あいつのことだよ」
「そっか……なんで言わなかったんだよ?」
「……なんでって……嫌いだからだ」

むすっとした顔ではっきりと告げられ、あまりの素直な子供っぽさに俺は思わず吹き出してしまった。

「お前って、結構……いや、相当焼きもち妬きだよな」

言いながら自然と奴の金髪に触れる。昔のように頭を撫でると、弟は目を見張った。
やば、俺はいきなり何してんだと手を引っ込めたら、クレッドは再び目元を柔らかくした。

「うん。自分でも分かってるけど、全然治らないんだ。まあ治す気もないけどな」

また開き直っている。
赤くなったり自信を見せてきたり、忙しい奴だ。でもそんな所が、兄の俺にとっては微笑ましく映ってしまう。

空気が若干和んだところで、クレッドが何やらそわそわし始めた。

「俺も聞きたいことがあるんだ。あの……兄貴が薬飲まなかったの、そうしたかったからだって、言っただろ? あれ、本当……?」

やっぱり、突っ込まれるか。
そりゃ弟も気になるだろう。俺の本当の気持ちが。
半分覚悟していた俺は、明瞭に頷いた。

「そうだよ。俺、お前が悲しむってことが最初に浮かんだんだ。でも同時に自分が、記憶がなくなったら嫌だって……そう思ったんだ。正直なんでかはうまく説明出来ないんだけど……」

言葉を探していると、クレッドの熱い眼差しが、鼓動をさらに高鳴らせる。不思議な感覚だ。
こいつは、弟のはずなのに。それを越えた感情を向けられているからか、段々変な気持ちになってくる。

「俺達が恋人同士だって、兄貴が知ることが……怖かったんだ。きっと受け入れられない、拒絶されるだろうって思った。そうなったら俺は……兄貴を失ったら、どうしようって……そればっかり考えて」

切々と秘めた想いを打ち明けられ、俺は真摯に聞き入っていた。

「俺の気持ち、嫌じゃない? ……嫌だったら、無理に触れたりしないから……だから俺がそばにいること、これからも許してほしいんだ」

握った手に、さらに強く温もりが伝わる。自分の胸がドキドキして、うるさい。顔が熱くて、たまらない。
目の前の弟は、向き合うごとに、どんどん俺の知らない男の面を見せてくる気がした。

駄目だ、これじゃあ変に思われる。こいつは真剣に話しているのに、走馬灯のように甦ってくるのだ。
記憶を失ってからの、クレッドの甘い言葉の数々が。優しい瞳や笑顔が。

「……嫌じゃないってば」

そう一言言うのが精一杯だった。
しかしクレッドはそれだけで顔を輝かせ、俺に柔らかな笑みを向けてくる。

どうしてそんな風に笑うんだ? 俺の事、こいつはどれだけ思ってくれてるんだろう。

弟が今日何度も俺に言ってたことを思い出した。
あい、愛してるって言っていた。
俺達はそんな凄い言葉を交わし合った仲だったのか。もしかして俺も……クレッドに言ったりしてたのだろうか?

「兄貴……? 大丈夫か」

弟の指先が俺の髪にそっと触れる。ぴくりと反応した俺を見て、弟は手を引っ込めそうになった。
けれど俺は、その手を自分で掴んだ。逃げなくていいから、とまるでお互いに告げるように。

クレッドの頬が染まっていく。恥ずかしそうに一瞬目を伏せた後、俺をじっと見つめ直した。

「兄貴。駄目だよ。俺、我慢出来なくなっちゃう」

……何の我慢だろう。
頭の中で考えたが、奴の視線が口元をさ迷ってるのを見て、俺はさらに体が熱くなるのを感じた。

馬鹿かこれじゃあ誘ってるみたいだ。どうしたんだ俺は。
疲れてるのか? 何を考えてるんだ。

それよりも、次に突発的に出た自分の言葉を、俺はどうしても止めることが出来なかった。
ずっと考えていたことだ。そんなこと聞いて、どうするつもりだと、何度もとどまろうとしたのに。

「クレッド。あのさ……俺達……したのか?」
「……えっ?」

沈黙が流れる。すごく長いやつだ。
永遠に時が止まるかとも思ったのだが、目の前で固まる弟が心配になり、指で肩をつん、と突っついた。

「あ、ごめん。急に破廉恥なこと聞いて。なんかすげえ気になっちゃって……性格的に…」

はは、と笑ってごまかすものの、弟の様子がおかしい。
じわりと耳まで赤くなってきている。

「いや、ごめん。すごくびっくりして……まさか聞かれると思わなかったから」

言いながら目を逸らし、焦ったように金髪を掻き上げたりしていた。
俺は答えが聞けるのかと、怖さよりも好奇心を胸に待っていた。

クレッドが意を決したように俺に向き直る。

「普通に答えていいんだよな…? 大丈夫?」
「おう。言ってくれ」
「……分かった。ええと……いっぱい、したよ。兄貴のこと……たくさん抱いた」

少し照れた感じで、どこか嬉しそうに告白される。
対して俺は、予想よりも激しい返事にぼん!っと赤面する。

「なっ、何言ってんだお前、馬鹿っ! 恥ずかしいこと言うなッ」
「……えっ。だって兄貴が知りたそうだから、正直に言ったんだけど……ごめんな。……恥ずかしい? でももうしちゃったことだから」
「開き直るなよ!」
「けど兄貴だって、俺の事すごい求めーーいや、何でもない」
「はぁ? なんだよ? 俺そんな、え、エッチじゃねえし!」

自分から聞いたくせに慌てふためき、喚いてしまう。

まあいいや。覚えてないんだからセーフだろ。
俺だってガキじゃない。男同士の具体的な行為だって文献とかから知ってるし、俯瞰で見ればいいのだ。

ていうかやっぱ役割的に、俺が抱かれてるのかよ。あまり考えたくなかったが、体格からしてそりゃそうか。

それって、どうなんだろう。気持ちいいのかな。
……なんて聞けるわけない。

悶々と黙っていると、クレッドに頭を撫でられた。
そういう時の優しい表情だったり手つきだったりが、本当に恋人へのそれで、余計に恥ずかしい。

「だって、俺兄貴のこと好きだし、兄貴も好きって言ってくれたから。その、そういうこともするだろ…? 恋人同士だったら、欲しくなるよ」
「……そっか。じゃあお前、俺が戻るまで大変だな」
「えっ?」

俺なに言ってるんだろう。もう自分で自分が分からない。
弟が恥ずかしそうに苦笑いする。

「そうだな、確かに大変だ。でも我慢するよ。こうやってそばにいるだけで、幸せだから」

にこりと笑うクレッドを見る。
キスしたいのかな。
したら、どうなるんだろう。あの夢みたいに、気持ちいいのかな。

確かめたいなんて言ったら、こいつどんな顔するんだろう。

いや、そんなこと言い出せない。貞操観念の低い、ただの色欲魔みたいに思われるかもしれん。
というか俺、弟とキスすることに、何の抵抗もないのかよ。

「兄貴。なんか色々考えてるだろ」
「な、なんでそう思うんだよ」
「顔で分かるよ。ぼうっとしてるのに、目が動いてるし」

ふっと笑って、頬を撫でられる。
こいつって、結構スキンシップが多い。癖なのか何なのか、俺だけなんだろうか。
だったらいいんだけど…。

「なあ、もう仕事戻ったほうが良くねえか? 長いこと話して悪かった。なんか居心地……良くてさ、お前」

制服を掴んで告げる。
またクレッドの表情が変わった。ふと見せる男っぽい顔つきにドキリとする。

「まだ離れたくない、兄貴……俺も兄貴といるの安心する。ドキドキもするけど……なあ、嫌だったら言って……」

ぽつりと呟いて、体をこちらに寄せた。頬に口づけをされ、肩が跳ねる。
別れの挨拶だと思ったが、初めて一回で終わりじゃなかった。

俺は体を震わせ、クレッドの服にもっと強く掴まる。
ゆっくりと、小さなキスを頬に落としていく。

「どんな感じする……?」
「……んっ……分かんねえ……っ」

敏感な感覚のせいですでに耐えられそうになかった俺は、顔を上げて弟を見た。
その時、一瞬だけ奴の口元に視線をやってしまった。

それに気づいたのか、衝動的な振る舞いで、クレッドに唇を塞がれた。
柔らかい口に触れ、キスをしてしまったのだと分かる。

そっと離されたが、俺は抵抗の声を上げなかった。
腕に掴まりぼうっとするだけで、弟も細かい息づかいで、赤らんだ顔をそっと傾けて、また迫らせる。

舌で表面をなぞられて、そろりと入ってくる。
俺は夢の中にいるみたいに、自然と舌を受け入れて絡ませた。

「……んん……」
「兄貴……っ……気持ち、いい?」

合間に尋ねられ、言葉もなく頷く。さらに絡ませ合い、何故だか止まらなくなっていた。

ああ、やばい。弟とキスしている。
頭の先まで痺れていき、快感に包まれる。
俺は一体、どうしちゃったんだろう。

「兄貴……好き……」

クレッドが甘い言葉を囁き、堰を切ったような口づけも、しばらく止まらなかった。
赤い顔で息を切らし、見つめ合う。

「……あ……やべえ、俺……お前とこんなこと……」

あれだけ貪り合ったというのに、途端に理性が現れて、俺は混乱した。
弟は切なさそうな顔をして、俺を抱き締めた。
何か言わなきゃと思い、俺も奴を受け止めて口を開く。

「あの、でも……こうしたら、思い出すかもしんないよな」

若干言い訳じみた言葉をこぼすと、クレッドは驚いた風に顔を上げた。
俺は恥ずかしながらも小さい笑みを浮かべ、同意を貰おうとした。

「うん。思い出すかも。もっと……したら。……じゃあ、これ毎日しよう。な? 兄貴」
「…………はっ?」

思いがけない提案をぶっこまれ、すっとんきょうな声を出す俺。
だがもう弟はやる気に満ちた顔で、頷いている。

……やっぱり俺は、誰かが言ったように、クレッドのことを甘く見ていたのかもしれない。



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