セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 14 絶望する弟

兄貴が日曜の夕方という団欒の時間に、騎士ジャレッドと二人きりで出かけていた。
なぜだ。どうしてこのような悲劇が起こったのか、あらゆる限りの知恵を駆使しても分からない。

俺は心の底から、絶望していた。

「なあ団長。さっきから何やってんだあんた」

業務に関する下見を終え、兄貴のもとを去った後、俺達はまだ庭園内にいた。
死角となる木陰から、二人の様子を伺う。

背後のグレモリーがそんな俺に対し、さっきから不服を述べていた。

「見て分からないか。あいつを見張ってるんだ」
「そりゃ分かるけどよ……ああ、俺あんたのそんな姿見たくねえんだけど」
「じゃあ見るな。帰っていいぞ」
「やだよ、帰り飲み行くって話だっただろ。おい、ユトナもなんか言えよ」

俺達のやり取りを前に、部下のユトナが楽しそうに笑っている。
今こいつらに構っている暇はない。近年まれにみる不測の事態なのだ。

「いいじゃないか、団長の人間らしい姿は貴重だぞ。それに俺もセラウェのことが心配だ」
「じゃあお前が止めてやりゃ良かっただろうがよ。つうか団長もなんで今日に限って引いたんだ? 意味分からねえ。あんなガキあんたの敵じゃないだろ」

グレモリーの指摘に、一瞬喉がつまる。
それは最もな意見だ。少なくとも前の自分ならば、こんな状況だって許していない。
けれどーー。

「……兄貴に、嫌われたくないんだよ」

ぼそっと本音を漏らすと、周りが静かになった。
俺は団長の癖に、部下の前で何を弱音を吐いているのだろう。

「お、おいおい。相当やばいんじゃねえかこれ。団長のこんな悲しそうな顔見たことねえぞ。どうするユトナ」
「ああ。かなり参っているハイデルも気になるが、あっちでもっと凄い事が起きているぞ」

涼しげな顔の騎士が指し示した方向を見る。
すると、俺の心臓が止まりかけた。

兄貴が、騎士ジャレッドの腕に抱かれている。
その光景はもはや筆舌に尽くしがたい惨状で、腸が煮えくりかえる程残酷だった。

「あいつ、な、何を…………嘘だろ、……ッ殺す……!!」

瞬間的に怒りに支配された俺は、物陰から奴のもとへ向かおうとした。
しかし後ろから部下二人によって体を押さえられる。

「おい、離せ……ッ」
「駄目だ、行くな団長。殺すのはまずい。うちの聖騎士だぞ」
「そうだ。少し冷静になれ、ハイデル。セラウェも男だ、自分で何とか出来るだろう」

はぁはぁ言いながら遠くの二人を見た。
しかし動悸が治まることはない。

「……いや、全然離れないぞ、どうなってるんだ……兄貴は何考えてるんだ?」

まさか、嘘だろう。
俺の兄貴が、他の男に抱かれて黙っているなんて、そんな馬鹿げたことがあり得るわけがない。

「うーん、なんだろうな。カップル成立か?」
「おいグレモリー、追い討ちをかけるような事を言うな。……なあ、お前先に酒場へ向かっていてくれないか。俺は少しハイデルを慰めるよ」
「……ああ、まあいいけどよ。ここにいてもやる事ねえしな。団長のこと頼んだぞ」

好き勝手に喋る部下達に放つ言葉も浮かばない。
二人むなしく残された後も、俺は呆然と兄の様子を見ていた。

騎士と向き合い、何かを話しているようだ。
ああ、なぜ俺はこんな離れた場所で、惨めな姿を晒しているんだ。

兄貴は俺の恋人なのだと一言言えたならーー。

「ハイデル。どうするんだ?」
「……分からない。考え中だ」

額を押さえた後、髪をぐしゃりと掻き上げた。
ユトナに視線をやると、奴は目を丸くしていた。

「お前らしくないな。戦闘中にそんな返事をされたことはないぞ」
「今は戦闘中じゃないだろ」
「そうか? 俺にはそうは見えないな。闘えよ、騎士なら」

さらりと言われた台詞に、俺はハッと意識を引き戻された。
だがすぐに拳を握りしめる。

簡単に言うな。ただ邪魔なものを排除すればいい戦闘とは、違うのだ。
兄貴の心を傷つけたくない。

そう言いながら、俺は自分が傷つくことを恐れている。
情けない。本当に騎士なのか?

「負けると分かっていてもか」
「ふふ。俺がお前の敗北を目にしたのは、入団一年目の時、前任の団長との一戦一度きりだ」

だから何なんだ。というかいつの話だ。
確かにあのときは悔しかったのを覚えている。それ以来俺は誰にも負けないように、必死に鍛練したのだ。

「俺は兄貴には簡単に負けるがな。生まれてから一度も、勝ったことがない」
「……なるほど。可愛いらしいエピソードだな。じゃあ自分に勝てばいい。お前にとって、きっとセラウェの次にきつい相手だろう」

俺は恨めしく思いながら部下に目をやった。

「お前……よくもそう、くさい台詞をぺらぺらと喋れるな。勝つって、どうやってまた手に入れればいいんだよ……」

真っ向から告白するか?
無理矢理奪うなんて事は、出来ない。
許されないことを繰り返して傷つけるぐらいなら、俺の身勝手な思いなど、叶わないほうがいい。

「一応聞くが、お前ならどうする」 
「俺か? そうだな……俺なしではいられないように、するかな。単純だろう」

にやりと笑う騎士を見て寒気がした。
考えを巡らせるが、理解が及ばない。

「駄目だ……下世話な想像しか思い浮かばん」
「えっ、どんなのだ? 参考に聞かせてくれよ」
「黙れ。……俺はこういう事がそもそも得意じゃない。慣れてないんだよ」

頭を抱えると、肩に手をそっと置かれた。

「壁を越えろ、ハイデル。相談ならいつでも乗ってやるから。普段は皆から頼りにされてるお前だ、困ったとき位は周りを頼ればいい。一年に一回もないんだからな」

こいつから全うなことを言われ、元気づけられるとは。そんなに今の自分は誰から見てもボロボロなのだろうか。

この前の白虎に続き、俺は相当焼きが回っているようだ。

「ああ、ありが……たい。っていう気持ちはあるぞ。うん」
「なんだよ。すごく言いたくなさそうだな」
「まあな。というかこういう時に、お前はつけこんでくるかと思ったが。もう兄貴のことはいいのか」
「いいや、諦めたわけじゃないぞ。ただーー俺はどうやら、ハイデルを好きなセラウェが好きらしい。今の彼は、少しだけ物足りない。ほら、お前に恋をしていたセラウェはもっと可愛かったしな。そんなところかな」

優美な笑みを見せられ殺意がわく。
一瞬でも感謝した自分を恥じたい。

「おい。二度と兄貴のことを可愛いとか好きとか言うなよ。いいな」
「お、やっと元気が出てきたか。その調子だ、団長」
「うるさいぞ」

俺達が話している間に、兄貴とジャレッドは、いつの間にか庭園を去っていってしまった。
自ら言い出したことなのに、何も出来なかった無力さだけが残る。

俺は未だに、どうやってこの気持ちを伝えればいいのか分からない。
25年間出来なかったことが急に出来るようになるはずがないんだ。

けれど、もしこのまま兄貴の記憶が戻らなかったら?
どのみち苦しみ続けるだけだ。それにあまり、時間がないかもしれない。

俺の思いが受け入れられなかったとしても、兄貴を他の男に渡すことだけは、考えられないのだ。



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