セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 13 騎士とお茶

あれからあっという間に一週間が経ち、若騎士ジャレッドとの約束の日になった。
時々会う弟に何度か言おうと思ったのだが、タイミングを逃しそのまま来てしまった。

なんとなく弟もいい気はしないだろうという気がしたし、わざわざ言うほどのことでもないか…という言い訳のようなことを頭の中で繰り返していた。

なぜ俺はこんなに負い目を感じてるんだ。
記憶を失ってからというもの、クレッドの存在に心が振り乱されてるみたいだ。

「セラウェさん! 来てくれたんですね、俺すっげえ嬉しいです。なんか信じられません」

指定された広場に時間通り現れると、すでにそこにはジャレッドがいた。
長椅子から立ち上がり、こっちへ向かってくる。

若者らしいラフな格好だがスタイルが良いため、同じくカジュアルな服装の俺に完全に勝っている。

教会に入っていなければ接点のない明るいキャラクターは本来苦手なはずだが、爽やかな笑顔を向けられるとなんとなく憎めない。

「よう。なんで信じられないんだよ。君いちいち大袈裟だな。お茶くらい来るよ」
「それはやっぱり、いつも団長が見張ってますからね。今日は奇跡なんです」

にこっと笑って何気に恐ろしいことを言われる。
見張られるようなこいつが悪いのか、弟が怖いのかはもうよく分からない。

「えっとさ、のこのこ来といて悪いんだけど俺、この街にまだ慣れてなくて。どっか良いとこ知ってる?」
「任せてください。セラウェさん甘いもの好きって聞いたので、洋菓子屋どうですか? 時間制でケーキとか焼き菓子が頼み放題らしいです」
「おっ。いいチョイスしてるねー最高だわそれ。やべえテンション上がってきた。じゃ行こうぜ」
「はい!」

嬉しそうに返事をした騎士とともに、目的地へ向かうことにした。
こいつ、俺の好みを完全に押さえてくるとは、中々出来る奴だな。わりと良い奴なのか。

まあいい、俺の目的はうまいものを食べることだ。あと騎士から何か有益な情報を得られれば文句はない。




時刻は夕方五時過ぎだが、落ち着いた照明が灯る店内は人々で賑わっていた。
予約してくれた騎士のおかげで、俺たちはすんなり席へと案内された。

店員に飲み物と目当てのものを注文し、一息つく。

「うわ、やっぱり混んでるな。女の人が多いですね」
「ああ。あとカップルもわんさかいやがる…」

つい恨めしげに辺りを見回すと、目の前に腰を下ろしたジャレッドがにこやかに笑う。

「はは。男二人でちょっと気まずいですか?」
「いいや全然。俺は目的のためなら何も気にしないぞ。虚しいとかそういう時期終わったからな」

長々述べると騎士は目を見開いた。
不思議だ。青い瞳の色といい、仕草がやっぱり弟を思い出す。

「面白いな。なんだかいつもと雰囲気違いますね、セラウェさん」
「そうか? 俺普段こんなんだけど…」
「恋人欲しいんですか」

突然ぶっこまれた話題に、口に含んだ水を吹き出しそうになる。

「な、なんでそんな個人的なこと話さないとなんないんだ、関係ないだろ」
「関係ありますよ。知りたいんです。俺も立候補したいし」
「……は? なにに?」
「あなたの恋人にです」

凛々しい表情の騎士がそう言った直後、席に静寂が流れた。
タイミングよく店員が現れ、多種のケーキと紅茶を置いていく。

はっとなった俺は「……あっ美味そうー」と言いながらぱくぱく食べ始めた。
さすが話題らしきお店だ、完成度が素晴らしい。ここまた今度来よう。

「あの、流さないでくださいよ。セラウェさん」
「え。何が? 俺なんも聞いてねえぞ」

怖くて下を向きながら現実逃避する俺に、騎士の視線が突き刺さる。

「……冗談だろ? 大人をからかうなよ」
「俺本気です。セラウェさんの彼氏になりたいんです」

か、かれ、彼氏っておい。
じゃあ俺は何になるんだ。彼女じゃないし、彼氏が二人になっちゃうだろうが。

「なるほどね。ええっと、ジャレッド。お前そっち系の奴だったのか」
「いえ、男を好きになったのは、あなたが初めてですよ」

若干頬を染めながら、照れたように話す騎士を食い入るように見つめる。

どうしよう。
どうやら冗談じゃないらしい。嘘だろう。
食べ始めてまだ数分、まれにみる窮地に陥ってんだが。

俺はひとまず深呼吸をした。
良い年してこういう経験はほぼない俺だが、おそらく長引かせないほうがいい。

「悪い。俺、男とは付き合えないと思う」

内心震えながらじっと目を見て答えた。
ジャレッドは一瞬悲しげな顔をしたが、すぐに深いため息を吐く。

「……やっぱり駄目か。そうですよね、昨日会ったばかりのようなものだし……でも急がないと時間が……」
「おいちょっと。何ぶつぶつ言ってんだ。やっぱからかったのか? 俺のこと」

不審に思い顔を迫らせると、騎士は焦って首を横に振った。

「違います、もちろん本気ですよ。……あの、実は俺前にもあなたに振られてて、でも全然諦められないから……それに今団長がいないじゃないですか、だから絶対チャンスだと思ってですねーー」

弁解する騎士を訝しむ。
俺こいつのこと、前にも振ってんのかよ。というかあの四騎士のユトナといい、なんでこう急に男に言い寄られてんだ。

「いや、待てよ……どうしてクレッドが関係あるんだ。心配性だからか?」

首を傾げるとジャレッドが神妙に顔を頷かせる。

「まあ、はい……俺の口からはなんとも…。というかセラウェさん、ほんとに男苦手ですか。かけらもあり得ません?」

身を乗り出し、俺の手を握りそうな勢いで尋ねられ、さっと身を引く。
なんなんだ、どういう質問だよ。そこまで必死なのかこの男。

「ねえな。悪いけど」
「……はは、即答ですね。……でも不思議だな。じゃあなんであの人とは……どうやってあなたを変えたんだ…?」
「なんだ? 俺がノーマルなことの何が不思議なんだよ。お前もそうだったんなら分かるだろう」
「はい……いえ。セラウェさん、それ団長にはあんまり言わないほうがいいかもしれませんね」

微妙な微笑みで突然忠告をされた。
また頭の中にはてなマークが浮かび上がる。

さっきから俺の弟がなんだというんだ。
あいつは兄貴の俺がちょっと好きすぎるぐらいの、立派な男だろうが。
間違ったことで変に貶しやがったら、いくら部下でも俺が許さねえーー

いや。
違う。

今までの話の流れと、俺がときおり引っ掛かっていたこと。
銀髪の呪術師の言葉や、この前のクレッドの、一瞬元気がなくなった顔。

少し整理してみて、ある可能性が浮かび上がった。
もしやあいつーー。

「なあ、俺の弟って、同性が好きなのか?」
「……えっ?」
「そうだよ、もしかしたら……そうかもしれない。だからあんな風に、時々つらそうな感じになって」

俺がそのこと覚えてないから、自分の考えや気持ちを十分に表せないんじゃないか。

「い、いや、あのですね……なんと言えばいいのか、俺には…」

騎士は顔をひきつらせ、肯定も否定もしなかった。
ますます怪しい。

「セラウェさん……俺、切ないです。どうすればいいんだ…」
「ああ、俺もだよ。もしかしたらあいつのこと、昔からたくさん傷つけてきたかもしれない。悪いことした……大事な弟なのに」

思わぬ形で胸が苦しくなり、いても立ってもいられなくなった。
だからクレッドのやつ、俺に近づく男達を余計に警戒してるんじゃないか?

もうそうとしか思えなくなってきた。

「セラウェさんって、どっちにしても団長のこと、大切なんですね。すごく妬けるな、それは」

ジャレッドの哀愁を誘う視線が、こそばゆくなる。
あ、こいつの告白半分忘れていた。

でもそう考えてみたら、人に気持ちを伝えるのって、難しいことだよな。
正直軽いノリのように感じたのだが、この騎士のことも俺はどういうわけか、そこまで邪険には出来ない気がした。




俺たちはその後、なんだかんだで甘味を満喫し、店を出たのだが。
会計前にちょっとした出来事があった。

「おい、やっばり俺が出すよ。すげえ美味かったし、話すのも面白かった。ありがとな」
「いやいや駄目です。俺がお誘いしたんですから。すごく楽しい時間だったのは俺も同じですよ、セラウェさん」
「……え、そう? それは良かったけど、でもやっぱ悪いなぁ…」
「じゃあこのあと、もう少しだけ付き合ってくださいよ。まだ帰らないでしょ?」

にこりと笑みを見せ、有無を言わせない様子がまた誰かに重なる。

結局約束通りおごってもらった俺は、その後ジャレッドに言われるまま、近くの公園に向かうことになった。

もう空は薄暗く、庭園の明かりがちらほら照らす中、並んで長椅子に座る。
せめてもの礼として、温かい飲み物を買った俺は、騎士に手渡した。

「ああ、今日は駄目だったけど、こうしてあなたと二人で過ごせたの、夢みたいで嬉しいです」

ジャレッドが感慨深そうに呟き、天を仰いだ。
ほんとに俺なんかの何がいいのだろう。頭をひねっても、はっきりしない。

「なあ、夏合宿の時に知り合ったっつうのは分かったけどさ、何で俺なの?」
「それは……話せば長くなるんですけど。団長に聞いてませんか? ……まあ言うわけないか、良い思い出じゃないもんな」
「なんだよ、教えろってば。気になるだろ、なぁっ」
「いや、勝手に言っていいか分からないんで。ちょっと、待ってください、落ち着いてセラウェさん」

隣に向き直って迫った時だった。
遠くを見た騎士の目付きが、一瞬怯む。

「まさか……見つかったのか?」
「あ?」

険しい視線を辿ると、離れた場所に数人の男の影が見えた。
皆そろって体格が良く、長身の男達のようだ。

そのうちの一人をよく知っていた。金髪で背が高く、ジャケットを羽織っている。
こちらに気づいた様子で、俺達のほうに向かってきた。

後から来る二人も、よく見ると見覚えのある顔だった。
頭ひとつ抜けた黒髪のバカでかい騎士と、もう一人はすらっとした茶髪の美男子だ。

暗がりの中でも存在感たっぷりの三人だが、俺の視線は、あいつから目が離せない。

「……兄貴? 何してるんだ、こんな所で……そんな奴と」

目の前までやって来たクレッドに対し、俺は即座に立ち上がる。

「いやっ、別に……ちょっとお茶してただけというか」

不自然に目をきょろきょろさせながら、頭を掻いて弁解した。
やべえ。物凄い速さで心臓が鳴っている。
弟の凍ったような冷たい表情に、なぜか心の中を罪悪感が満たしていく。

「そうですよ、団長。今日はセラウェさんとカフェデートしてたんです。すごく楽しかったですよ、ケーキも美味しかったし。ね、セラウェさん」
「……なっ、デートじゃねえ! ふざけんなお前っ」

気でも狂ったのか俺の肩を抱こうとする騎士を避ける。
恐る恐るクレッドを見ると、奴は冷たい表情を変えずに騎士を捉えていた。

なんで何も言わないんだ。
やっぱり怒ってるのか? この騎士が、俺に好意があると知ってるから。

ひりついた空気が重く感じる中、ある男の鼻で笑う声が響いた。弟の後ろにいた大男の騎士グレモリーだ。

「へえ、お前良い度胸してんじゃねえか。団長のお気に入りに手出すとは、さすが司教の息子は怖いもんなしなのかねえ。ここらへんで俺がお灸をすえてやろうか? ん?」
「……ええと、それでセラウェさんとまたお出かけ出来るのなら、全然構いませんよ。グレモリー隊長」
「ハハ! お前マジで大した奴だな。おいユトナ、どういう教育してんだ。新人の鼻は最初にへし折っとけっつっただろーが」
「俺のせいか? 今時珍しく気概がある男じゃないか。ある程度自由に放つのが、俺の隊の方針だからな」
「自由過ぎんだよ、お前はもう少し全体のことを考えろ、俺らが尻拭いさせられる羽目になんだからよーー」

二人が自由に話し始めても、真ん中で何も言葉を発しない弟が怖い。
明らかに俺達の行動が問題になっている。どうすればいいんだ。

「あ、あのもう帰りますんで。警備ご苦労様です、三騎士殿」
「警備じゃねえよ魔導師。俺らは半分仕事だ。ここの庭園の厩舎から馬を何頭か購入することになってな。今日はその下見に来たってわけだ」

グレモリーが腕組みをしながら明かす。隣のユトナも驚く俺に微笑みかけてきた。

「へ、へえ〜。そうだったのか、休日なのに大変だったな。なあ、クレッド」

勇気を出して弟に声をかけた。
なんで俺はこんなにびくびくしてるんだ。この罪の意識はどこから来てるんだよ。

「いや、そんなことないよ。偶然でも兄貴に会えて良かった」

俺に小さな笑みを見せる弟を見て、胸がざわつく。
いつもの弟の愛情深い台詞なのだが、どこか壁を感じる。

クレッドは突然ジャレッドに向き直った。近くに歩み寄って行き、場に緊張が走る。

「じゃあ俺達はこれで行くがーー兄貴をきちんと送り届けろよ。ジャレッド」

そう言って俺に「兄貴も気をつけてな」と微笑むと、くるりと踵を返した。
騎士達が皆唖然とする中、やがて三人とも俺達のもとから去っていった。

呆然とする俺の横で、ジャレッドが喫驚の声を上げる。

「あれ、行っちゃったな……おかしいぞ、何があったんだ? 団長」

俺にも分からない。
いや、別に何か他のことを期待してたとか、そういうんじゃないはずなのに。

この気分の沈み方は、覚えがある。でも思い出すことは出来ない。
自業自得だし考え過ぎなだけなのだろうが、クレッドが俺から離れていくイメージが、異様に胸に堪えていた。

「セラウェさん? どうしたんです、そんな……落ち込んだ顔して」

騎士が俺の顔を心配そうに覗きこんでくる。

「俺、もう帰るわ……」
「えっちょっと、待ってくださいよっ」

後ろから腕を取られて振り返る。
ジャレッドは焦り顔でぱっと手を離したが、すぐに意を決したように俺の前に立った。

「あの、一緒に帰りましょう。送っていきますから。団長にもそう言われたし」
「別に……いいよそんなの」

虚しくなり地面を見ていると、突然騎士の胸元が眼前に現れた。
腕が背に回され、ふわっとした温もりが襲う。
しばらくしてやっと、抱擁されてると気がついた。

「何、してんだよお前…」
「……だって、セラウェさんが悲しそうな顔してるから……すみません」
「謝るんなら離せ」
「それは……出来ません。したくないです」

こいつが俺のことを好きだというのは、本当なのかもしれない。
理由は分からないが、押し寄せてくるみたいな、強い感情を感じる。

俺は意外にも冷静な気持ちだった。
弟と似たような体格をしたこの騎士に抱き締められて、頭の片隅でクレッドの抱擁を思い出していた。

ひどいとは思うが、なにか違う。
背格好は同じなのに、感触も驚くほど似てるというのに、なんというかーーしっくりこない。

「あの、セラウェさん……? 俺このままだと、勘違いしますよ。いけるのかなって思っちゃいますよ」

その言葉にそれはまずいと思いながら、俺はまだじっと考え事をしていた。

「……やっぱ、匂いかな。……ちげえんだよな」

ぼそっと呟くと、今度は騎士が反応し俺を体から離した。
途端に曇った顔つきで見下ろしてくる。

「誰と比べてるんですか。……って、団長しかいないか」
「すまん」
「……そんな速攻認めなくても」

静かに騎士と向き合いながら、他に言葉が見つからなかった。

「でも、まだ諦めなくてもいいですよね。いつか俺のことも、意識してくれるかもしれないし」

ジャレッドは自分を奮い立たせるように、笑顔を見せる。
屈強な騎士だからだろうか。若いのにこちらが感服するほどの根性は、俺の脆弱さとは比べ物にもならないほどだ。

はぁと深いため息を吐いた。

「なあ、俺なんかやめとけよ。もったいないよ、お前結構格好良いしさ」
「え! 本当ですか? セラウェさんに格好良いって言われた!」
「いや……話聞いてる? ねえ」

ある一点では空気を読む気が全くないところが、やっぱりあいつを思い出させるのだ。
この先俺の頭と心のモヤモヤは、一体どうやったら、晴れてくれるのだろうか。



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