セラウェ記憶喪失編 | ナノ


▼ 9 変化

『エブラル、お前、兄貴に何したんだ!』
『少しお話していただけですよ。ですがセラウェさん、よほど居心地が良かったのか眠ってしまって……ほんとに無防備ですよね。ハイデル殿が心配になるの分かりますよ、私も』
『……確かに兄貴は警戒心が薄いが…話を逸らすな、絶対何かあったんだろう!』

男達の話し声に瞼がぴくつきながら、俺はゆっくりと目を開けた。
暖色の明かりに照らされた本棚と、骨董風の広いソファが映る。見上げると、ちょうど正面に大きな体が立ちはだかっているのが分かった。

「クレッド……?」
「……兄貴? 気がついたのか!」

膝をついて顔を覗きこんでくる弟を見て、俺はぼうっとしたまま両腕を伸ばした。男らしい首に手を回しぎゅっと抱きつく。何故だかそのまま、動きを止めた弟にくっついていた。

ーーあれ。俺何やってんだ。

「うわっ! ……ご、ごめんっ」

急に頭がはっきりして勢いよく飛び退く。
すると目の前には俺同様驚きの表情で、顔を赤くしたクレッドがいた。

「いや、いいよ全然。兄貴」

どこか照れたように微笑まれて、俺の心臓もまだ鳴りやまない。
体が勝手に動いてしまったかのようで、なんだかおかしい。

「寝ぼけてたのかな、はは…。 つうかここどこ?」

辺りを見渡すと、灰ローブをまとった見覚えのある男が立っていた。
あの大人の呪術師が、控えめににこりと笑いかける。

「ここはエブラルの研究室だ。覚えてないのか…?」

尋ねるクレッドが怪訝な顔を呪術師に向けた。
そうだ。こいつは物凄い心配性だということを思い出した。

「あ、思い出した、そうそう。俺なんか途中で寝ちゃってさ、この男の話長いから……なあ?」 

話を合わせろという目線でエブラルを見る。
明らかにこいつのせいで気を失ったのだとは分かっていたが、話した内容が恥ずかしすぎて弟には知られたくなかったし、余計な心配もかけたくなかったのだ。

「そうですか? セラウェさんも気持ち良さそうにお喋りしてましたよね。主にハイデル殿のことを」

笑顔で述べる男に唖然とする。
一体何の真似だこの野郎、間接的に俺のことを脅してんのか? やっぱり師匠の連れはろくなもんじゃない。

「う、うるせえな。変な言い方すんなーー」
「ほんとに? 俺のこと…?」

振り返るとクレッドは何故か頬を赤らめ、嬉しそうに聞き返してくる。
そんな顔を見ると大きな声で否定出来なくなってしまった。

「でも、兄貴。疲れてるんじゃないか。ちゃんと眠れてる?」

一転して心配げに尋ねられ、言葉につまる。
……こいつって、なんというか優しいよな。俺が思うよりも、マジで俺のこと考えてくれてるのかも。

「大丈夫だよ、いつも通りだから心配すんなって」
「……そうか? ならいいんだけど。……もしかして俺、疲れさせてるんじゃないかって。いつも夜会いに行ってるからさ……もし迷惑だったら、その……」

顔色を伺うような表情の弟に、俺はとっさに首をぶんぶんと振った。

「いや! ちげえよ、全然。そんなわけないだろ、……俺は、えっと…お前が来てくれるの普通に嬉しいというか……」

話しながらカァッと頭が熱くなってきた。
自分らしくない、なんでこんな慌ててるんだ。弟に対して。

ていうかなんだこの雰囲気は。
互いに恥ずかしがる中、近くで呪術師が腕を組みながら様子を見てるんだが。

「ふふ。なんだかとても初々しいですね。こういうのもまた味わいがあるのでは? ハイデル殿」
「お前はちょっと黙っておけ、エブラル……。まあいい。とにかく兄貴が世話になったな」
「いえいえ、頑張ってくださいね。私も応援していますので」

二人が親しそうに喋っている。若干不穏さも感じられるが、呪術師が俺達と近しい間柄というのは、あながち間違ってないのかもしれない。

クレッドは仕事中だというのに、俺のもとにまた飛んできてくれたのだろうか。
団長として本当に大丈夫なのかという心配はあるが、この数日だけでも奴の兄に対する思いやりをひしひしと感じていた。


やがて研究室を後にした俺達は、廊下に出て並んで歩き出した。
なんだかんだ兄弟で毎日顔を合わせていることが、少しこそばゆく感じる。以前はこんなこと、考えられなかった。

「クレッド。ありがとな、いつも。お前忙しいのに、俺のこと気にしてくれて」

俺としては珍しく、素直な気持ちを口にした。
すると弟はくるりと向き直り、柔らかい笑みを見せた。

「俺がそうしたいからだよ。仕事あるから難しいけど、本当はいつもそばにいたいんだ」

憧憬の眼差しのように見つめられた。
窓から指す光に当てられ、弟の蒼い瞳に魅入られる。

この光景、クレッドの笑顔がやけに胸に突き刺さる。

俺のそばにいたいと、弟が言う。
それに対して、『俺もだよ』という返事が自然に頭の中に浮かんだ。

だが当然俺は、そんなことを口から出す勇気などない。

「クレッド。お前、俺に……やっぱり、元に戻ってほしいか?」

気がつくとそう問いかけていた。
自分でも不思議な質問だ。なんでこんなことを聞いたんだろう。

弟が目を見張って俺の様子を伺った。

「どうしたんだ、大丈夫か? ……俺は、戻ったらいいなとは思うけど、無理はしないで。だって、兄貴は兄貴なんだから、焦らなくていいんだよ」

優しく一言一言を伝えてくる弟に、正直ほっとする。
俺は知りたかった。こいつがこんな風に、愛情深く接していた前の俺は、どんな奴だったんだ?

自分自身なのにおかしいと思うが、俺達はどんなふうに過ごしていたのだろうかと、異様に気になり始めていたのだ。

「うん、そうだよな。分かった……。なあ、お前にお願いがあるんだけど」
「……なに? 何でも言って、兄貴」
「あの……いつもお前が来てくれるだろ。だから、今度は俺がお前の部屋行ってみてもいい? 普段は領内に住んでるって聞いたし…」

やたらとドキドキしながら尋ねる。
弟のことをもっと知りたい。そのために少し積極的に行動してみようかと思ったのだ。

「ほんとに、来てくれるのか? もちろん、いいに決まってるよ。嬉しい、俺」

クレッドが喜びをあらわにして笑った。
それを見た俺は、奴以上に安心して笑顔がこぼれる。

この胸の高鳴りと感情は何なのだろう。
恐れずに信じて、二人の関係に踏み込んでみてもいいかもしれないと、俺は密かに決意をしていた。



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