▼ 4 軽薄な男、優しい男
「悪いが俺は、乱交は趣味じゃねえんだ。一人を抱き潰したくなるタイプでな。つうかお前、誰だよ。見るからに悪魔っぽいが」
なんだ。軽薄そうな男の意外な主張に、若干がっかりする。
けれど、大きすぎるほどの体躯に似合う、まさに絶倫を匂わすセリフーー
じゅるっとよだれが出そうになる。
「で、いつまで繋がったまんまでいるのかな、お前らは」
騎士が下卑た笑みで問いかける。
ああ、従騎士にまたがったままなの、忘れてた。
ミラトは顔を真っ赤にしたまま、屈辱に耐えている。
俺が起き上がろうとすると、腰を掴んだ両手に動きを阻まれた。
「ま、まて、動くなッ」
ん? まさか続行希望?
俺はもちろん承諾するぞ!
やる気になった俺の背後から、様子を見ていた騎士の乾いた笑いが響く。
「分かった分かった、あっち向いててやるからよ。ミラト、さっさとその粗末なもんを抜いちまえよ」
嘲るように言い、男は後ろを向いた。
何も言い返せないミラトは拳を握りしめ、俺を無理やり退かせた。
その際また「ぅあッ」という淫らな喘ぎを漏らして。
急いで制服を整え、立ち上がる。すたすたと出口へ向かう従騎士に取り残された俺は、名残惜しくも全裸の姿を変化させ、衣服をまとった。
「おいどこ行くんだよ、ミラト。まだ話は終わってねえぞ」
「話すことなど無い!」
「そういうわけにいかねえだろ。俺は隊長だからな、団長に報告の義務ってもんがある」
容赦のない言葉に、従騎士の顔が強張る。
俺は満を持して二人の間に立った。
「待てよ。こいつは悪くない。俺が襲ったんだ。だから俺を捕らえろ。煮るなり焼くなり、服を剥ぎ取り犯すなり、好きにすればいい」
後半部分は完全に俺の好みだった。
ミラトは驚愕の目つきで俺を見る。
「お前、どうして……」
団長の服でオナってた自分をかばうのか? と聞きたいのだろう。
だが俺の答えははっきりしている。
こいつの罪を暴き辱める事よりも、俺は自分が罰を受けたい。そう、ムッキムキの熟れた騎士達によってーー
「悪魔のくせに、何を企んでやがる? まあ、わりとそそられる申し出ではあるが」
騎士はにやにや嫌らしい笑みを浮かべている。
直感だが、この男は悪という概念にあまり抵抗がないように思えた。つまりこっち側に近い人間だ。
「まあいい。ミラト、お前は部屋に戻れ。今は団長が聖職者らとの会合に出ているのは知ってるな。つまりこれから副団長のもとへ報告に行く。お前も奴と顔を合わせたくはないだろう」
副団長? 新たなマッチョ騎士か?
「……いいのか、本当に」
「ああ。人の好意は素直に受け取っておけ。襲ったのはこの夢魔だからな、処罰は副団長に仰ぐとしよう」
処罰。なんて良い響きだ。
期待に胸が高鳴る。今後の流れが決まったところで、俺は従騎士の耳元に唇を寄せた。
「安心しろ。何も言わねえから。けど約束だ、ミラト。また俺とイイことしようぜ」
悪魔らしく誘うように囁くと、従騎士はバッと身を退き、悔しさを滲ませた顔で睨みをきかせた。
でも耳まで赤くなっている。可愛いやつだ。
その後、俺たち二人は執務室を後にした。
俺を連行する騎士は、扉の前で待ち構えていた部下達に持ち場に帰るように言い渡し、副団長のもとへと向かった。
騎士団内部は、石垣の要塞の中にある三つの建物からなっている。
この数日ベリアスがいない隙を見て、コウモリに変化して外を調べた結果。
本部棟と宿舎、上層部の住居らしき建物が存在していることが分かった。
それらの中心には広い中庭があり、他にも厩舎や監視用の高い塔も見られた。
夜どおし警護を行う白ローブ姿の騎士も立っており、俺はじろじろと好奇の目に晒された。
やがて上層部棟へと入った。
階段を上り中階へ辿り着き、頑丈な造りの扉の前で止まる。
「ここだ。余計な真似すんじゃねえぞ、悪魔」
「ルニアと呼んでくれ。もしくは淫魔と罵ってくれてもいい。あんたの名前は?」
「なんで淫魔に自己紹介しなきゃなんねえんだ。ったく。俺はリーディスだ」
騎士が扉をドンドン無遠慮に叩き、「俺だ」と言い放つ。
しばらくして中から出てきたのは、見覚えのある男だった。
かなりガタイの良い、ガウン一枚を羽織った騎士が、眠そうな顔をしている。
「なんだ、こんな夜更けに。お前何考えてんだ」
「悪い、副団長。ちょっと厄介事が起きてな」
副団長と呼ばれた男は、ベリアスの前で俺のコウモリ姿を間近で見た、あのネイガンという男だった。
ガウンからチラと見える、よだれものの硬そうな胸筋に目を奪われる。
すかさず股間に視線を移すが、ゆったりとした服のせいで測定出来なかった。
「中に入れ。……あれ、お前確かベリアスの……淫魔じゃないか。一体どうしたんだ?」
背後に潜んでいた俺を見たネイガンの声色は、不思議と優しかった。
こげ茶色の瞳の柔らかな視線と同じく、敵対心がまるで感じられない。
俺達はひとまず室内へ入った。
広い居間へと通され、何故か珈琲を二つ、腰をかけたソファ前のテーブルに出された。
俺は普段精液しか飲まないが、せっかくの人間の好意を受け取り、口をつける。
「それで。問題というのは、お前がーールニアだったな。何かしたのか? ベリアスの留守中に、駄目じゃないか」
副団長というわりに、やたら穏やかに話しかけてくる。
騎士の制服を脱いでるからだろうか、この優男からは威圧感がまったく感じられない。
「ああ、スマン。つい執務室の前を美味そうな従騎士が通りかかったもんで、我慢出来ずに襲いかかったんだ。ちなみに味はすごく良かった。大満足だ」
「……えっ?」
正直に嘘を告げると、ネイガンは目を丸くした。
そのまま俺の隣に座った騎士を見やる。リーディスは同意するように頭を頷かせた。
「ああ、この淫魔の言った通りだ。俺がついさっき現場を抑えたから間違いない」
「……従騎士ってまさか、あいつか?」
「そのまさかだよ。ミラトだ」
副団長は途端に顔をひきつらせ、肩をふるふる震わせた。
けれどすぐに大きすぎるほどの声を張り上げた。
「あははははははッ! 本当かそれは! あの男が……あっはははははッ!」
狂ったように爆笑している。
そういえばこの騎士と従騎士は仲が悪そうで、それを団長であるベリアスにもたしなめられていた事を思い出す。
「し、失礼。あまりに愉快だったからな。ルニア、なんでそんな事をしたんだ」
「なんでって、愚問だな。俺は淫魔だぞ。あんたらの団長が餌をくれねえから、あいつのいない隙に他で腹の足しにしようと思っただけだろ」
実際はベリアスに相手をしてもらったとしても、男漁りを止めるつもりなど毛頭ないのだが。
俺の言葉に、ネイガンは頬を掻きながら苦笑した。
「餌って、つまり……アレのことか」
「そうそう。男の精気だよ。なあ、あんたも美味そうだな。俺にくれる?」
至極真面目に尋ねたつもりだったが、今度は隣から「ハハッ」と笑い声が聞こえてきた。
「ほんとにどうしようもねえ淫乱だな。団長は何考えてんだ、団員に対する立派なセクハラじゃねえか」
ご褒美ともいえる罵りワードに敏感に反応する。
この男、台詞の割にやはり嫌悪感が感じられない。
それどころか、さっきから俺をじろじろと上から下まで、露骨な目つきで眺めている。
ちなみに俺の頭の中では、この二人の屈強な騎士を交えた激しい3Pが繰り広げられていた。
「まあそう言うな、リーディス。あいつにも何か考えがあるんだろう。大事そうに尋問室にルニアを隠しているんだから」
俺の妄想を知りもせず、微笑みを浮かべる騎士を見据える。
大事そう? 俺にまったく手を出してこないのに?
この副団長の言っている意味が、俺には理解出来なかった。
「ルニア。べリアスの友人として言うが、騎士を襲うなんて事をしていたら、あいつが悲しむかもしれない。いくら淫魔といえど、もっと自分を大切にしろ。それに騎士団にいる間は節度をもってもらわないと、俺達も困ってしまう」
優しげに目を細められて、諭される。
なにを……言ってるんだ。
この男の言葉は俺の理解の範疇を超えていた。
同時に記憶の中の誰かに重なる。
そう、上から二番目の、俺のお兄様だ。
七人兄弟のうち、唯一の優しいお人。
俺を抱く時も罵声など一切浴びせず、悪魔なのにまるで天使のように包み込んでくれた、心の温かなーー
「お兄様……」
「え?」
一瞬、人間のように感傷に浸ってしまい、ぽつりと言葉が漏れた。
ネイガンは困ったような表情を見せた後、俺の頭にそっと触れた。
大きな手で髪を数回撫でられ、俺は目を見開く。
こんな風に優しくされたのは、父上とお兄様以外で初めてのことだった。
「元気を出せ。ベリアスは明後日帰ってくる。その時にまた精気を貰えばいい。な?」
笑顔で言っているが、精気をもらうということが何を意味するのか分かっているのか。
いや、こうなれば未来は明るい。
この騎士団の連中は中々話が通じる、見どころのある者ばかりらしい。
「ああ、そうだな……我慢できるかどうかは、神のみぞ知るといったところだが……」
俺は意味深に呟いた。この副団長、是が非でも食べてみたい。
やはりセックスも、お兄様のように優しく慈愛に溢れているのだろうか。
むくむくと妄想が止まらない!
問題はベリアスの友人であるということだ。ガードも堅そうだし、副団長というからには相当の手練であるに違いない。
堕とすのには時間がかかるだろう。
「じゃあ今日はもう遅い。リーディス。団長が戻るまで、お前がルニアを見守っておけ」
「おいおい。俺が? 本気か、ネイガン」
「ああ。丁重に扱えよ。副団長命令だ」
「しょうがねえな。分かったよ。任せとけ」
なるほど。予期せぬ流れになってきた。
本当はすぐさま下される罰則に胸を踊らせていたが、この軽薄そうな騎士のそばにいれば、もっと面白いことが起こるかもしれない。
俺達は副団長の部屋を後にして、騎士の自室がある宿舎へと向かうことになった。
隣を歩く巨体の厳つい男を見上げる。
こいつの裸体を見るチャンスは必ず訪れるだろう。問題は、いつ実行するかということだがーー
脳内で緻密な作戦を立てようとしていると、リーディスが立ち止まった。
俺の顎を強引に上向かせ、急に褐色の瞳を怪しくギラつかせる。
「おい、淫魔。ネイガンはああ言ったが、団の規則なんざあってないようなもんだ。俺は食えそうなもんは食う。……だから団長がいない間、俺がお前を可愛がってやるよ」
にやりと不遜な態度で告げられ、鼓動がドクンと脈打つ。
おおおおおおおぉぉぉ!
これぞ俺の望む展開!
また美味そうな騎士が釣れました、兄上ッッ!!
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