騎士団員おいしい。 | ナノ


▼ 16 いい魔術師?

意識を取り戻した時、天井に灯る照明が目に入った。
視線を横にやると、蔵書が詰まった本棚に、不気味な液体が入ったガラス瓶が立ち並んでいた。

ここは一体どこだ。
俺はさっきまでベリアスと熱い交接をしていたはずーー

「お、ベリアス。見てみろよ、淫魔ちゃん起きたみたいだぞ」

軽い口調とともに目の前に現れたのは、見知らぬ青年だった。
黒い髪に青い目をした、細身の男。
騎士には見えない柔和な顔立ちで、灰色のローブを着ている。

「あれ、まだ意識が混濁してるかな。怖くないよ〜、ここは俺の魔術研究室だから」

魔術……だと?
にやっと嫌らしい笑みを浮かべるこの男、悪魔の宿敵、聖職者じゃないかーー

「うぁ、あああぁぁッ」

俺はガバっと起き上がり、後ずさった。
今すぐ逃げなければ! 悪魔祓いされてしまう!

パニックに陥っていると、いきなり後ろから羽交い締めにされた。

「あぁぁッなにすんだッ」

ジタバタもがくが、力強い腕の感触に覚えがあり、恐る恐る振り向いた。
金髪金眼の大柄な騎士が、俺のことを心配げに見下ろしていた。

「大丈夫だ、ルニア。こいつはお前の敵じゃない」
「……ベリアス?」

なだめようとする騎士の腕にしがみつきながら、俺は目の前の灰ローブの男に怯えていた。

「初めまして、淫魔ちゃん。俺は教会の魔術師、ヴィネットといいます。君に危ないことはしないから、安心してね」

にこりと挨拶されるが、まるで信じられない。
俺の直感が、この男には絶対に裏があると叫んでいる。

「い、嫌だ……俺、帰る……っ!」

立ち上がろうとすると、また頭の中がぐわんと回転した。
どうしたんだ俺は。
悪魔は滅多なことじゃ病にかからないというのに。

「駄目だ、ルニア。まだ休んでいろ。お前は丸一日寝ていたんだ」

ベリアスが柔らかい口調で諭す。
寝ていた?
そうだ、体が焼けるように熱くなり、淫紋が消えかかったのを見たときーーベッドの上で倒れ、意識を失ったのだ。

「ベリアス、あんたの印が……」
「そうそう。君の淫紋、もう一回見てもいいかな。ちょっとごめんね?」

魔術師が俺の言葉を遮り、突然ズボンに手をかけた。
怖気が走り、俺はバッと身を引いた。
後ろのベリアスにしがみつくと、素早く腕が伸ばされ、魔術師の手首を勢いよく掴んだ。

「うわ痛いな! 何すんだよベリアスッ」
「ヴィネット。こいつに触るな、俺がやる」
「おいおい。お前ちょっと異常だぞ? 調べる度に邪魔されたんじゃ、何も出来ないだろ」

騎士と魔術師が口論を始めた。
話がよく飲み込めない。俺の淫紋を確かめてどうするつもりだ。
焦っていると、いつの間にかベリアスにズボンを下ろされていた。

「ああぁっ、待って!」
「暴れるな、じっとしてろ」
「……はぁ、はぁ、なに……あんた、こういうプレイ……好きなの?」
「うるせえ。怒るぞ」

すでに苛立っている騎士に下着をめくられ、股間ぎりぎりのところまで暴かれる。
魔術師はベリアスを押しのけ、俺の下腹部に顔を迫らせた。
普段ならば至福のシチュエーションではあるが、聖職者相手など、心底嫌だ。

「あー、やっぱり。黒い刻印がもっと薄くなってるねえ。淫魔ちゃん、何か心当たりあるでしょう。もしかして、ここの悪い魔術師になんかされた? 淫紋弄られちゃったとか」
「「……は?」」

俺とベリアスの間の抜けた声が重なった。
さらっと軽い口調で、一体何を言い出すんだ。

「あんた何なんだ。そんな事されるわけねえだろ。誰が魔術師なんかに捕まるかーー」

あっ。
いや、待てよ。思い当たるフシがある。
執事のデシエだ。

あいつに淫紋を調べられ、ついでに手でシコってもらった時、何かの術式を施されたのかもしれない。
けれど今そんな事実を正直に告げれば、どうなるかーー

「おい、ルニア。お前何か、隠してるな?」
「なっ何でも無い。隠してない」
「うーん。怪しいなぁ。俺みたいな尋問素人でも分かるよ。可愛い黒目が泳いでる」

ふふ、とふざけた笑いをこぼすヴィネットを、騎士が睨みつける。

「他者が刻んだ淫紋に、それと分からず細工が出来るのは、手馴れた高位術者だけだ。君が言いたがらないということは、身内の犯行じゃないかな? 俺が思うに、君はひょっとして魔族が送り込んだ、スパイなんじゃないか」

突拍子もない見解を述べられ、俺は目を見開いた。
けれど魔術師の口撃は止まらない。

「この騎士団は、そこらへんの高潔と忠誠を謳ってるような騎士とは違うんだよ。汚れ仕事もこなす、ならず者の戦闘集団だ。魔物はもちろん魔族との戦いも珍しくない。君のように可愛らしい悪魔が入り込んできたら、敵の刺客かもって、真っ先に疑われちゃうよ?」

そんなこと俺が知るか。騎士団の内情なんかに興味はない。
大事なのはマッチョ騎士なんだ。

それに俺は運良く団長に捕まっただけだ。
文句なら隣のそいつに言ってもらいたい!

理不尽な問い詰めに怒りが湧いてくると、ベリアスが鼻で笑った。

「こいつがスパイだと? こんな裏表の無さそうな奴に務まるわけねえだろ」
「お前はこの子に入れ込みすぎだよ。一見無害に見えても、後ろに控えてる奴がヤバイ奴だったらどうするんだ?」

確かに俺の周りには、人間にとってかなり敵に回したくない者達が潜んでいるだろう。

「それにお前の淫紋を、わざわざ性交直後に消そうとしたんだろ。明らかに宣戦布告じゃないか。俺のものに手を出すな、ってね」

愉快そうに見やる魔術師に、ベリアスが舌打ちをする。

「ルニア。お前のことを教えろ。どこから来て、何のために地上にいるんだ。俺の淫紋に細工した奴は、お前の所有者なのか?」

核心に迫る問いを、これでもかと並べられる。
恐れていた事態を前に、俺は答えに窮した。
しかし兄上の目的は、なんとしてでも隠し通さなければ。

「俺は……ずっと魔界で家族と一緒に暮らしていた。大事にされ過ぎて、外の世界が見たいと思った。浮かれてハメを外してたらあんたに捕まったんだ。そしたらこの前、心配した執事が俺の様子を見に来て……この印が見つかっちゃって、怒られたんだ」
「執事だと?」
「ほ、本当だよ。信じてくれ、ベリアス」

とりあえず嘘は言っていない。
けれど目の前の騎士は、猜疑に満ちた目つきを向けてくる。
なぜ俺は、ただの人間にここまで必死になって弁解しているのだろう。

「なるほどねえ。一介の執事がこんな強大な魔力を持っているとは。その話が本当なら、君は相当良い家の生まれだね。……けど、執事がそんな勝手な真似して許されるのかな?」

するどい指摘にぎくりとする。
執事のデシエは次期当主の兄上に忠誠を誓っている。
あいつの行いは全て、兄上の命令の下にあるのだ。

段々恐ろしくなってきた。
こうしている間にも、きっと兄上はお怒りに違いない。

「ルニアちゃん。君、帰らなくていいの? 親御さん心配してるんでしょう」
「えっ……大丈夫だ。俺は帰らない、まだ……」

親というより兄なのだが。
命じられた目的を果たしてからでないと、帰れない。
それにベリアスだってーー

突然頭にぼすっと手が置かれた。
見上げた先にある騎士の金色の瞳は、どこか曇りがちに見えた。

「お前はここにいればいい。自分でそう選んだんだろ?」
「……ああ。そうだよ」
「何度も言ったが、俺はお前を手放す気はない。お前の所有者が誰であろうが、俺は退かねえぞ」

この男の意思は、一体どこから湧き出てくるんだ?
今の話を聞いて、ちょっとは面倒くさいと思わないのだろうか。

色々考えてはみるが、騎士の大きな手が心地いい。
そばに立つベリアスの体に預けようとすると、またふらっと目眩がした。

「……っ」

頭を押さえると、憂いの表情を浮かべる騎士に顔を覗き込まれた。
この男は、こんな顔もするのか。どこか新鮮に感じる。

「しばらく休んでいろ。今は何も考えるな」
「……うん」

心細さと混乱が混じり合い、ベリアスに寄りかかった。
騎士は優しく抱きとめ、頭を撫でてくる。

すると魔術師がじっと俺たちを見ている事に気づいた。

「ベリアス。お前……」
「なんだ。じろじろ見るな。出ていけ」
「はあ? ここ俺の部屋なんだけどな。お前こそもう仕事に戻れよ。俺が淫魔ちゃん看病してるから」

にたにたと話す魔術師の言葉に、絶句する。

「う、嘘だろ、嫌だ。一人にしないでくれ、ベリアス!」
「ちょっとちょっと、凄い嫌われてるな。俺はいい魔術師だよ? 君に悪魔祓いなんかしないよ」

ふざけた事を。
いい魔術師なんているはずが無い!

ぴりぴりした空気をよそに、ベリアスのため息が部屋に響いた。

「ルニア。俺は数時間後に戻る。いいか、ここで大人しくしてろよ。お前はまだ身体が万全じゃないんだ」

優しい言葉ながらも、きちんと釘を刺してくる。
俺は力なく頷いて、部屋を後にするベリアスを見送った。



そうして俺はしばらく地獄の空間に取り残された。
魔術師が飲み物を作りながら、ベッドにぽつんと座る俺に目を向ける。

「君も面倒な男に捕まっちゃったね、ルニアちゃん」

同意するのは癪だが、確かにそうかもしれない。
変わった男ではあるけれど、精気は一流なのだと声を大にして言いたいところだ。

「実はさ。君を連れてきたって話を聞いたとき、あいつの拾い癖が再発したのかなと思ったんだ。この騎士団の奴らはね、団長自身が拾って迎え入れた奴も少なくないんだよ。戦地で職を失った若者とか、親を失った孤児とかをね」
「……そうなのか? 知らなかった」

表情と同じく物事に無関心なのかと思っていたが、さっき垣間見えたように、人間らしく情に深い面があるのか。

「あいつは自分の話しないから。普段はもっと無口だし。そういや従騎士のミラトいるだろ。あの男もベリアスが拾って従者にしたんだよ」
「へえ……なるほどな」

だからあいつは団長に惚れ込んでいるのか。
初めて俺を見たときの憎悪の眼差しに、妙に納得する。
同じ男に拾われた俺の存在は、まさに疎ましいものだろう。

「君は魔族だし、拾いものにしてはブッ飛んでるなあと思ったけど、なんか本気みたいだよね。恐ろしいよ俺」

変わらぬ笑みを浮かべていた顔が、一瞬鋭い眼差しを向けた。

「君、あいつに何か誘惑の術とか使ってるの? ……だって淫魔だろ? 容易いよな、ちょっと精神を弄って、溺れさせるのなんか」

揶揄するような物言いだ。
魔術に精通した者ならば、そう考えてもおかしくは無い。

「俺は……何もしていない。精気を貰ってるだけだ。人間を傷つけることはしない」

そうだ。それは嘘偽りない本心だった。
愛すべき大切なマッチョに、俺がそんな事するものか!

「君は素直な子だなぁ。悪魔らしくないよね。体をまとっている魔力を見ても、あまり心の汚れを感じないんだよな」

それは全く褒め言葉ではない。
見透かすような視線に居心地が悪くなる。
魔術師はベッドに腰を下ろし、おもむろに手を伸ばしてきた。

「な、なに……やめろっ!」
「そんなに怯えなくても平気だよ。ふふ、可愛いね、君って」

にやりと笑う。触れられそうになった頬をバッと背ける。
ああ、もう本当に助けてほしい。
俺はいつまでこの男と一緒にいなければならないんだ?

「さ、触んじゃねえ……!」
「まだちゃんと力が入らないだろ? さっきはうるさい男がいたから俺も我慢したけど、今は二人きりだ……」
「い、嫌だ、やめッ、あぁぁッ!」

絶望に視界が歪む中、扉がコンコンと叩かれた。
誰だ? 誰でもいい、救世主に違いない!

魔術師はあろうことか無視を決めこんでいた。
間を置いて、扉がガチャリと開かれる。

「ヴィネット殿。貴方への緊急任務だ。至急今から伝える場所にーー」

真剣な顔で入ってきたのは、偵察隊の騎士、アルシャだった。
ベッドの上で悪の手に晒されている俺を目にした途端、美しく整った顔立ちを豹変させた。

「……る、ルニア! 何やってるんだ、あんた! その手を離せッ!」

アルシャは一目散に俺達のもとに迫り来て、魔術師の腕を掴み上げた。



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