店長に抱かれたい | ナノ


▼ 8 告白

店を閉めた後、俺達は店長の自宅にいた。
足を踏み入れたのはこの間の夜以来で、緊張が止まらない。
さっきの台詞を反芻し、俺は彼の一挙一動に注目していた。

「ロキ。急にお呼びしてすみません。こんな夜遅くに」
「いや全然大丈夫です! 俺のことはなんも気にしないでください」

リビングの椅子に座り、手を勢いよく振って伝えると、別室に入った店長がまた戻ってきた。
真横に腰を下ろし、体ごと椅子をこちらに向ける。

「気になりますよ、君のことは。……君を抱いてから、とくにずっと、そうでした」

眼鏡をすっと直して、視線を合わせられる。

「この間の朝、言いかけたでしょう。このままの関係を続けたいと言われたら、私も喜んで、君の願いを叶えてあげたいと思っていたんです。……ですが、君の寝顔を見ている間、すごく嬉しくて、でも同時につらくなってしまいました。……君と離れたくないと思ってしまった」

膝の上でびっしょり濡れた手を、上から優しく握られた。

「て、店長」

思わず声をあげるが、鼓動が強く鳴り響き、喉も乾いていく。
しかし次の瞬間、彼がポケットから取り出したものに目が奪われた。
それは見慣れない、ベルベット製の小さな四角い箱だった。

「だから君を抱いた翌日に、すぐにこれを買いに行きました。けれど渡す勇気がなくて。いい歳をして、……いや、こんなオジサンだからですね。まだ若い君の、輝かしい時間を奪うべきではないと、何度も考えました」

店長が箱を開ける。中には白金に光る、シンプルな飾り細工の指輪が入っていた。
それを見たとき思考が止まった。しかし店長はそれを俺に差し出し、じっと見つめてくる。

「離れたくなったら、いつ私のもとを去っても構いません。君の望む限りでいいです。ですが、どうかそれまで、君のそばにいさせてもらえませんか」

これは、何が起こっているのか。
まっすぐに見つめられ、甘い声で綴られるほど、とろけていきそうになる。

「君さえよければ、私の恋人になってください、ロキ」

その言葉がとどめのように、時が一瞬静止する。

「店長……?」
「はい。なんでしょう」
「いや、あの……レオシュさん?」
「はい。そのほうが嬉しいです」

一時的に緊張が取れたように店長がはにかむ。
大事だと思い失礼のないように本名で問い返すが、彼は俺の言葉を待っている。

いや待て。こんなミラクルが起こるわけない。
この指輪に、雲の上にいる店長の告白。
彼は俺の上司で雇い主で、家の管理人で好きな人で。

「からかってるんじゃないですよね? 本気にしますよ俺」
「違いますよ、本気にしてください。……あの、やはりいきなりこういうのは、重かったですか。私は古い男なので、すみません」

頭を下げられるが、俺の震える視線はまたテーブル上の箱に移る。

「こんなに凄いもの、俺にくれるんですか。それって、付き合ってくれるってことですか。……あっ、すみません俺なんも用意してねえ…っ」
「いいんですよ、私がしたくて勝手にした事ですから」

くすくすと笑われて、いつもの店長の雰囲気にほっとする。

「嬉しいです、なるに決まってます、俺を店長の恋人にしてください…!」
「本当ですか?」
「はい!!」

張り上げんばかりに返事をすると、前からぎゅうっと抱きしめられた。
店長が俺のためにこんな風に準備してくれるまで、考えてくれていたとは知らず、俺はまた天国に登り詰めた。

「でも、もう一度確認させてください。私は君のふた回りも年上で、見ての通りただの中年の男です。持っているものといえば、店と家と、車と船ーーああ、あと一応別荘もあります。今度行きましょうか。……ええと、すみません話がそれました。……本当に私でいいんですか?」
「何言ってるんですか、俺は店長さえいればいいんですよ。というかさっきも変な心配してましたけど、むしろ店長の時間を頂いちゃってもいいんですか? いや俺にくださいお願いします!」

興奮してまくしたてた後、顔を迫らせる。
男として俺も彼に頭を下げたかった。それほどこの告白の儀式はこれからの二人にとって、大切なものに感じたのだ。

「そんなことですか。私の時間ならば、いくらでも君にあげますよ、ロキ。君のものだから、自由に使ってください」

心が大きい店長の言葉に、うるっとくる。
これは夢じゃないのか。数時間前まであれほど悩んでいたのに、史上最高の幸福を俺はいま好きな人に与えられている。

その後俺は、指輪を指にはめてもらい、手を見つめられる。そして甘い口づけを施された。
初めて結ばれた夜に続き、生涯忘れられない瞬間に出会っていると、この光景を目に焼きつけた。

「でもこれって、あれですよね。まるでプロボーズみたいだなぁ、はは」

さりげなく指摘すると、彼もふふ、と微笑みを見せていた。
俺は押しが強い。若く勢いがあるうちに店長を手に入れたい。

「店長は俺がいつ去ってもって言いましたけど、それは絶対にありえません。俺の気持ちを甘く見てますよ」
「……そうなんですか?」

距離を詰めても嫌がられてない。頬が少し染まり照れた様子だ。

「この国は同性婚だって出来るんですよ。知りませんでしたか、店長」
「それはもちろん知ってますがーーあの、ロキ」

胸に迫る。眼鏡の中の揺れる瞳をとらえて離さないつもりだ。

「そんな風に思ってもらえるのは、嬉しいですよ。でも、いささか時期尚早なのでは……」

困らせている。告白でも悩んでくれていた優しい店長なのだから、当たり前だ。

「私達のことを、それほど深く考えてくれているんですか」
「当然です。頭の中はもうずいぶん前から、俺と店長しか住んでません」

胸を張れば、くすりと笑われる。
まだ本気にはされてないかもしれないが、脈はあると見た。

己の貪欲さに自分でも呆れる。
だがこれほど魅力的な人と一緒にいることができたら、どのみち俺は願ってしまうだろう。

「まあ、まだ時間はありますから。ゆっくり考えましょうか」
「いやありませんよ。俺の我慢がいつまで持つか未知数です。知ってるでしょう、店長も」
「……ロキ。やっぱり君はイケない子ですね。またお仕置きしますよ?」

店長の眼鏡がきらりと光り、俺の心が色めき立つ。
そうして、なだめるようにまた抱擁をされてしまった。しかし唇を塞がれながら、同時に新たな願いがたった今、ふたたび誕生したのだった。

そうだ。いつか店長と、結婚したい。



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