店長に抱かれたい | ナノ


▼ 7 天国から地獄

寝ている時に、手に温もりを感じた。
あれ、手繋いでる夢かな、俺そんなファンシーな夢見ちゃってるんだ。
幸せだからかな……ははっと笑いながら目をうっすら開けると、目の前に店長の顔があった。

「うあァッ」
「ーーすみません。驚かせてしまいましたか、ロキ。おはようございます」
「お、……おはようございます店長!」

ふかふかのクッションから頭を起こし挨拶すると、小さく笑う声とともに返事をされる。
すでに私服で完璧な身だしなみの店長と違い、俺はまだ全裸でシーツにくるまっていた。

寝起きの店長も見たかったが、眠りこけてたなら仕方がない。昨日はなんとあれから二発もしてしまい、大いに盛り上がった。店長の格好よく雄々しい姿を思い出し、朝から身をかがめる。

「朝食を準備したのですが、食べますか?」
「えっ、マジですか! もちろん食べます、ぺこぺこです!」

お礼を言って立ち上がり、すぐに服を着た。
時刻はまだ朝で、バイトは試験休みを取っているが、店長は午前中から店へ出るはずだ。
忙しいのに、昨夜に続き俺との時間を作ってくれたことがとてつもなく嬉しく、感謝の気持ちが湧いた。

リビングのテーブル前には、すでに朝食が並べられていた。温かいパンやソーセージ、目玉焼きから色とりどりのサラダまである。

「まかないとか美味いんで知ってますけど、やっぱり店長の料理美味くて最高っす!」
「よかったです。たくさんありますから、ゆっくり食べてくださいね」

朝から笑顔が眩しい。なんて幸せなんだーー。
窓から日光が差し、カーテンから注ぐそよ風が心地よい。なんかこれもう、同棲してるみたいじゃね?

顔のにやつきが治まらず、俺達はその後も楽しく会話しながら一緒に朝ごはんを食べた。

しかしふと思う。あれ、店長に抱かれたいという願いが叶った。この後どうすんだ。
ぐるぐる考える。
好きって言ってくれたし、いけるんじゃないか? セフレのままじゃ嫌だ。

そう決意した俺は、二人が食べ終わるのを待って自分から切り出すことにした。
昨日の今日だし、若さと勢いにまかせた自信のようなものも確かにあった。

「あの、店長。改めてお話があるんですけども。もしよかったら、この先も俺とッーー」
「待ってください」
「……えっ」

急に真剣な顔で見つめられて、言葉が引っ込む。
店長はなぜか浮かない表情で、申し訳程度の微笑みを向けてきた。

「まだ時間はありますから。急ぐ必要はありませんよ」

その台詞に、俺は動きを奪われる。
表面的には「そ、そうっすよね」と頭を掻いてお茶を濁したものの、内心凍りついていた。
心の中が急転して吹雪が巻き起こるようなものだ。

なんで?
舞い上がってたのは俺だけだったのだろうか……
いやそれとも、やっぱり突然すぎたのかもしれない。慎重な店長のことだ。そもそも俺は年の離れたこんな若者だし……

素晴らしい一日から一転して、悲しみに包まれてしまった。



それから一週間ほどが経つ。試験期間が終わり、俺は喫茶店のバイトに戻ってきた。だが店長がよそよそしい。
いや、優しいし温厚だし普段と変わらない。そうだ、完全に前と同じ態度である。

原因はあの夜以外に考えられない。
もしかして、イキすぎて引かれたのだろうか。

気になって仕方がなく、休憩時などには積極的に話しかけた。

「店長、俺、テスト結構よかったんです。店長の応援のおかげです!」
「本当ですか。私も嬉しいです。でも君が頑張り屋さんだからですよ、ロキ」

本心から喜ばれた様子だったが、頭のよしよしはなかった。控え室で二人きりになった時も、ハグとかキスもされない。
俺は密かにそれ以上を期待していた。あの夜に関係を持ってから、またそういうチャンスが訪れたり、仲が自然に進展するのではなどという、夢さえ抱いていた。

なぜなんだ。
まるで天国から地獄だ。あれだけ互いに満たされたと思ったのに。
付き合う前にセックスしたからだろうか。いや、それが俺の願いだったはず。
いつからこんなに分不相応の願望を持つようになってしまったんだ。



そんな日々が続き、俺は大学に通っていても前のようなやる気が出ず、食堂で友人とだべっていた。

「ああ、あなたはいったい何を考えているのですか……」

テーブルに横顔を乗せ、スマホに映る店長の顔写真を眺めながらため息を吐く。
後ろでカップラーメンをずるずるすする音に嫌気がさし、飛び起きた。

「おい、うるせえんだよお前! 店長の心のお声が聞こえねえだろうがッ」
「ああ? とうとうおかしくなったのかお前。迷惑だから静かにしろ」

真横で横柄な態度で食事する悪友、クレイに注意された。
周りは学生らで賑わい、誰も俺ら不良大学生の会話なんて聞いていない。
それをいいことに、俺はたまりにたまった愚痴を奴に吐き出すことにした。

「ーーだからよ。そういうわけでな、絶対イケる!と思ったのにこのザマだよ。念のため聞くがどう思う? クレイ」

この感情の乏しい朴念仁に恋愛話が通じるとは思わないが、藁にもすがる思いだった。
だが案の定奴は俺の気持ちを踏みにじる。

「セックスが良くなかったんじゃねえの。まあ一回遊んでもらえてラッキーだったと思えよ」

スープをずずっと飲み干しながら、あっけらかんと言う奴に脳天が割れそうになる。
必死に「いや最高だったね!お前想像も出来ねえだろう、いかに店長の×××が素晴らしかったかッ」とまくしたてるが「食後にヤメロ殺すぞ」と脅された。

……嘘だよな。一回で終わりなんて。
あんなに通じ合ったと思ったのに。
店長は優しいから、無理させてしまっただけなのだろうか。

「大体お前のようなガキが本気で相手されるわけねえだろ。バカで話も合わねえだろうし」

落ち込んだ所に正論を打ち込まれ、散々ボロクソに言われた俺は涙目になった。
「てめえほんとに親友かッ!」と叫ぶと「だから言ってやってんだろ」と呆れられる。

だめだ。他人に話すんじゃなかった。
そもそも常軌を逸した話なのだ。俺から店長への思いなんて。

黙りこんだ友が不気味に感じたのか、クレイの怪しげな笑い声が響く。

「なあ、ロキ。いいこと考えたぜ。俺がおっさんの気持ちを吐かせてやろうか?」
「ああ? 絶対にやめろっ」

即答するが奴の嘲りは続き、疑心暗鬼に陥る。

経験人数は多くても、恋愛経験がない俺には何をすべきなのか分からない。
押して迫って体はつなげられても、店長の心はどうやったら手に入るのだろう。


◇◇◇


翌週の水曜日。恐れていた事態が起こる。
なんと俺の悪友、クレイが喫茶店のバータイムにやって来たのだ。まさかとは思ったがこいつは昔から行動が読めない。念のため普段はあまり入らない夜の時間にシフトを入れ、店を張っていてよかった。

最近勤務時間を増やしていたのは、店長と微妙な空気のままは嫌だったからというのもある。

「いらっしゃいませ。ご注文はコーラでよろしいですね」
「いや勝手に決めんなよ。ウィスキーロックで」

カウンター前に腰を下ろした奴はさっそく煙草をふかし始め、俺の顔に嫌味ったらしく吹きかけてくる。
不快な思いをしつつも出してやると、同じカウンター内で接客をしていた店長が、しばらくしてこちらに目を向けた。

「いらっしゃいませ。ロキのお知り合いですか?」
「は、はい。そうなんすよ。一応幼馴染みってやつで」

夜の時間は黒のスーツ姿でネクタイをしめ、ぴしっとしたアダルトな雰囲気満載の店長。
それに比べて俺のダチはざんばらな黒髪に目付きが鋭く、シャツもはだけていて見るからに柄が悪そうだ。

適当に挨拶するクレイだったが、店長の前に座っていたにぎやかな大人の女性客二人には、なぜか好評のようできゃっきゃ言われていた。

その時間は、いつもに増して店長の豊富な人生経験や、客に慕われる姿に相対することになる。

「ええっ、ヴァルナーさん、船持ってるって本当? すごく似合う〜格好いい!」
「そうですか。小型の船舶ですが、昔よく釣りに出ていたんですよ」

まじかよ。俺もう一年近く働いてるのに、そんな話初耳だった。

彼らの会話を聞きながら飲み物を無心で作る。
そこのあんたな。俺はこの人に抱いてもらったんだぞ。すごいだろ。
楽しそうに話す仕事の出来そうな女性に脳内で嫉妬する。

確かにただのバイトの大学生の俺なんか、不釣り合いだ。
暗くなっていると、目の前の男が恐れていた通り口を開いた。  

「船か、すげえな。ところでマスターは喫茶店の前何やってたんですか」

グラスを拭きながら、店長が思慮深く答える。

「私は、以前は国境警備局に勤めていました。もう十年以上前の話ですがね」

予想外の事実に度肝を抜かれる。警備局って……国家の行政機関じゃないかよ。
この前少し話していたが、まったくただの警備員ではなかった。国境を武装した強面の面々が取り締まってるイメージだ。

「だからそんなに良い体してるんですが。というか何故この間教えてくれなかったんです」

つい隣に問い詰めると、「ロキ」と恥ずかしそうに焦られたので、口を止めた。まずい、公衆の面前で馴れ馴れしかったか。

「職員でしたから、公務員のようなものですよ。あまり楽しい話でもないので、とくに言わなかったんです」

俺は店長のことを何も知らないのだと痛感する。家族構成は弟がいるとか、好き嫌いとかは聞いたことあるが。
過去については、正直自分がろくなものを持ってないため、人にも尋ねないようにしていた。

「そんなお堅そうな職場からカフェを開くって面白いっすね。マスターは恋人いないんすか?」

でかい態度で尋ねるクレイに、店長は一瞬言葉をつまらせた。

「恋人は、いません」

はっきりとした答えを聞き、胸がずきっとする。そりゃそうだ。俺は何の約束もしていない。
女性達の色めき立つ声が余計に突き刺さった。

「へえ。好きなタイプは?」

こいつ小学生レベルのことしか聞きやがらねえ。でももうこれ以上傷つきたくないと思い、俺は内心縮こまる。
しかし隣から視線を感じて顔を上げると、店長、いま俺のことチラ見した。

「それは難しいですね。好きになった人がタイプなので」

少し照れた素の感じで、彼は質問をかわしていた。客からはうまくはぐらかしたわねと突っ込まれ、たじたじになっていた。

でも俺は、この前好きと言われたんだ。自分への返事ではあったが。
まだチャンスがあると思っていいのか?

「君はどうなんですか。ロキとは幼馴染みとお聞きしましたが、何年ほどのお付き合いをされてるんです?」

笑顔を崩さない店長が初めて奴に尋ね返す。興味を持たれて嬉しかったものの、余計なこと言うなとハラハラしながら奴を睨む。

「俺か? 俺はこいつと小学校からの腐れ縁だよ。自由奔放でさ、幾度となく恋愛関係の尻拭いをやってきた。だから未だに手綱を握ってねえと何するかわかんねえんだよな。まあバカな奴ほど可愛いっつうがな。あんたも大変だろ、色々と」

クレイは本性を現したかのように、鼻で笑って挑戦的な面をした。俺は恐ろしくて店長の反応が見れなかった。
奴に向かって台詞の内容にも態度にもぶち切れる。

「デタラメ言うな! つうかお前なんだ店長に向かってその口の聞き方は! 無礼だぞ、今すぐ出てけッ!」

客の手前、極力小声で脅すと、クレイはまるで用は済んだとばかりに「あーあー、うるせえな。分かったよ。喚くなガキ」と悪態をつき、あっさり財布を取り出した。
紙幣を置いてカウンター前の席を立つ。震える俺に向かって悪どい笑みを向け、手をあげて店を去っていった。

「失礼なやつで、すみません! もう来ないように言っときますんで」

俺は恐る恐る店長に振り向き、すぐに頭を下げた。

「いえ。いつでもお越しいただいて大丈夫ですよ。君が気にすることはありませんから」

優しく声をかけてもらうが、店長の顔つきにはどこか陰があった。
絶対不快な思いをさせたと落ち込む。

俺がろくでもないやつだから、ダチもあんなのしかいない。そう思われただろう。事実だが。
ずっと前に店に来た知り合いだってそうだ。
こんな自分じゃそもそも店長の相手になるわけがない。

でも、それでも俺は。
もうこの胸に宿った彼への情熱をかき消すことは出来ないのだ。



壁の時計が11時を回り、二人で店仕舞いをしていた。俺も店長も口数が少なく、気まずい空気を感じていた。
だが俺は逃げないぞと思い、一通り片付けが終わったところで、控え室で待ち構えて彼に声をかけた。

「あの、店長。お疲れさまです。今日はすみませんでした」
「何を言ってるんです。夜にも君に入ってもらって、助かりましたよ。ロキがいると店が華やかになって、常連のお客様も喜びますし」

褒められて嬉しいのだが、俺が喜んでほしいのは店長だけだ。
じりじり落ち着かないでいると、店長がこちらを見た。

「君の友人には、どうやら私はあまり好かれていないようですが…」

控えめに苦笑されて「いやあいつはただの阿呆なんで!」と必死に否定した。
どうにか話を二人のことに持っていこうとする。

「俺ずっと……考えてたことがあって、それをあなたに伝えたいんです」

黒縁の眼鏡越しに、真っ直ぐな瞳と目が合う。
見つめられているとオーラと貫禄に負けてしまい、俺は怖じ気づいた。

拳を握りしめ、懸命に口を開く。

「だから、あの、セフレでもいいです…っ。お願いです、店長と一緒にいさせてください!」
「嫌ですよ」

間髪入れずに冷たい顔で告げられた。
こんなに感情の乗らない声で話されたのは初めてで、真っ青になる。
完全に嫌われたーー。もうだめだ。

立っているのがやっとの状況で、店長は俺に近づいた。

「私は君とセフレになるなんて嫌です、ロキ。君に本気になってしまいます。……いえ、もうなってるんです」

静かに告げられた台詞は、さっきと違い熱がこもっていた。
信じられず顔を上げる。
握りしめていた手に、いきなり彼の熱が伝わった。

「今、お時間ありますか。来てください」

俺は突然そう言われて、わけも分からぬまま、その後店長の部屋に連れられた。



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