店長に抱かれたい | ナノ


▼ 4 私は困ってしまった

水曜日の夜。今日は喫茶店の夜のバータイムが休みな為、私は買い物に向かおうとしていた。
店内のテーブルに椅子をかぶせ、店仕舞いの手伝いを行ってくれている若者ロキに声をかける。

「ロキ、すみません。用事があって少しだけ外に出てきます。もうしばらく中に居てもらってもいいですか?」
「はい! もちろん店長のこと待ってますんで、ごゆっくりどうぞ!」

大きな体格にふさわしいよく通る声で、にかっと笑顔を浮かべるロキに、こちらも微笑み礼を述べた。
彼はいつも店の雰囲気を明るくしてくれる、心優しき真面目な青年だ。

裏の廊下を通り控え室へと行き、制服から私服へと着替える。財布を持ち扉へ向かおうとしたところで、ふと壁にかけられた鏡を見やった。
身だしなみを整えながら、自分の姿を眺める。映っているのは黒髪で顎髭をたくわえ眼鏡をかけている、細かな皺が刻まれた壮年の男だ。

私はロキと人には言えない関係になってから、よく鏡を見るようになった。
運動が好きで体を鍛えてはいるが、若々しい彼に対し、どうみても自分が二回りも年の離れた中年の男だという現実が映る。

なぜロキは、私のことが好きなどという気持ちを持ったのだろうか?
考えれば考えるほど、謎が深まっていく。

しかし私は彼という人間が好きで、求められるのならばそれを受け入れ、喜ばせたいとすら考えていた。
その気持ちが何なのかは、よく分からない。親心なのか、庇護欲か、未知なる欲望かーー。

許されざることだとは承知しているが、悩める若者を放ってはおけないのだと、何度も自分に言い聞かせていた。






目当ての商店は、店から歩いて5分ほどの所にある。私が喫茶店を開いた10年前からよく通っており、店主ともすっかり顔馴染みだ。

店内は明るくこざっぱりとしていて、陳列棚の前にはちらほら客もいる。
八時には閉まってしまうことを除けば、食品を含め日用品から医療品、家庭用の工具まで品揃えは豊富で、独り身としてはとりわけ便利な店だ。

今回目的が決まっていた私は、棚の前でひとり、品々を物色していた。
しばらくすると、キャップを被ったジーンズ姿の金髪の男が、ゆっくりと近づいてきた。

「よう、店長さん。何をお探しかな」
「ーーああ、こんにちは、エドガー。少し見ていただけで……大丈夫ですから」
「そうか? あんたもう20分もそこで仁王立ちになってるぞ。心配だから俺にもアドバイスさせてくれよ」

没頭しすぎて不審に思われたのだろうか。気恥ずかしい思いで店主に事情を説明した。
彼は私よりも一回りほど若いが男同士な為、腹をくくることにしたのだ。

「えっ。ゴムとローション?」
「声が大きいです」
「ああ、すまん。あまりにびっくりしたもんで」

へらりと笑う店主に対し、それほど意外だろうかと思案した。
確かにそういったものをこの店で買うのは初めてだが、単純に今まで必要がなかったのだ。

「お恥ずかしいことに、最新の商品に慣れていなくて。迷っていたのです」
「なるほどねえ。意外だなぁ、あんたモテそうなのに。働き過ぎは良くないぞ、たまには違った腰使わねえと。ほら、肝心なときに使いもんにならなかったら困るだろ?」

目の前で卑猥な腰使いを真似る店主に苦笑しつつ、「おっしゃる通りです」と同意した。
彼の豪快な笑い声が店内に響き、まばらな客達の視線を一瞬浴びる。

「くっくっく。あんたインテリっぽいのに、俺が下品なこと言っても引かないから好きだぜ」
「ふふ。喫茶店を始める前は、男所帯の職場で生活していたんです。とくに驚きませんよ」

会話をするうち、年齢的なことを考えて気を使われたのだろうか、勃起促進薬も勧められたが、私は首を横に振った。彼との情事を思い出すと、その必要性はまったく無いように感じられたのだ。

「では、お世話になりました。うちの店にもいつでもお越しくださいね」
「おう、あんたも頑張れよ! 結果もぜひ報告してってくれ」
「しませんよ」

こうして笑いを交えたやり取りを終え、私はそこで避妊具といくつかの潤滑液を買うことが出来た。






店の裏口から入ろうとすると、食品や物品の提携をしている業者のトラックが停まっていた。
購入したものを控え室のロッカーにしまい、厨房へと向かう。
すると中から話し声が聞こえてきた。

厨房の奥まった場所にある流し台のそばに、ロキと業者の青年ヘリックがいた。
彼は気さくで年上には礼儀正しく、年下には面倒見の良い兄気質、といった趣のある男だ。

並んだ二人の背格好は似ていて、非常に様になっている。
ロキの性癖を知ってからというもの、やはり彼には若い男のほうがいいのではないかと、勝手に疑った見方をしてしまう事が時おり起こった。

「ーーでさ、お前どう思うよ。その子イケると思うか?」
「そうっすね……ヘリックさんの本性出さなけりゃ、そのイケメンな面に騙されて落ちるんじゃないですか。顔だけはいいし」
「失礼な奴だなお前。まあそれは的確だけどよ……んでピチピチの大学生のロキ君は、最近どうなんだよ。なぁなぁ直近でいつイケないことした?」

会話の内容から入って行きづらくなった最中、突然大きな音が鳴り響き、食器類が割れる音がした。

「あっ! 何やってんだよお前!」
「だ、だってあんたが変なこと聞いてくるからだろうがッ。……や、やべえどうしよ……」
「おいこれヴァルナーさんの高価な皿コレクションじゃねえかよ。あーあ、やっちまったなロキ」

怯えた声で床に這いつくばり、青ざめるロキの横顔が目に入る。
私はすぐに厨房の中へと入って行った。

「大丈夫ですか? すごい音がしましたが、怪我はありませんか、ロキ」

心配になり駆け寄ると、びっくりした様子の彼が涙目で私を振り返った。

「てっ店長……!」
「えーっと、じゃあ俺はこのへんで。ヴァルナーさん、週末またよろしくお願いします」
「ーーあ、はい。お疲れ様でした、ヘリック」

足早に去る彼に別れを告げ、再びロキに視線を戻した。
向き合い負傷をしていないか確認をし、無事なことに安堵したところで、床下に散らばった食器の大きな破片を拾い集める。

「ロキ、片付けをしていてくれたのですね。ありがとうございます。ただあなたは今週試験を控えていますし、どうか無理をしないで……」
「すみません店長!! 俺、店長に気に入られたいばっかりに、余計な仕事増やして……必ず弁償します!」

急に立ち上がり直立不動から勢いよく頭を下げ、謝罪をしている。
何故だろうか。そんな彼の姿を見ていると、心の奥が疼き、抱き締めたくなる衝動に駆られた。

「何を言ってるんです。そんな必要はありませんよ。割ってしまったのは事故ですし、形あるものはいつか壊れます。寿命だったのですよ。とにかく、あなたに怪我がなくてよかったです」
「い、いえ。完全に俺の不注意です。すごく高価なものなんですよね……あの、全然足りないと思いますけど、しばらくただ働きさせてください!」

決意を固めるロキを見て、私は困ってしまった。
勉学の傍ら店で一生懸命働いてくれている苦学生の彼に、そんなことをさせようなどと、思うはずもない。

「駄目ですよ、言うことを聞きなさい。ロキ」

薄い茶色の瞳をじっと見つめると、青年がはっと息を止める。
私はすでに知っているのだ。優しい言葉よりも、少し厳しく告げたほうが彼が喜ぶことを。

「で、でも……何かしたいです。店長の役に立つことが……」

しかし今日の彼は少し頑固で、子供のように駄々をこねられる様子に、おのずと笑みがこぼれそうになる。

「君はいつも十分すぎるほど私を助けてくれていますし、その思いだけで嬉しいのですが……仕方ありませんね。ではちょっとしたお仕置きをしましょうか」
「……お……お仕置きっすか?」 
 
ロキの目が輝き、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた。
苦笑しつつ、耳元に口を添え、そっと囁く。

「……えっ。それ全然ちょっとしてませんけど。本当に良いんですか」
「やめますか? 君が気に入るのではと思ったのですが」 

微笑むと彼は耳まで赤く染め上げていった。
すでに興奮してしまっているのか、がっしりとした肩を細かく震わせている。

「や、やります! もちろん、店長のためなら俺……何日でもオナ禁しますよ!!」

頬を紅潮させたロキが、高らかに宣言をする。
ああ、彼にとってはある意味過酷極まりない提案であるはずが、なんて健気で愛らしい若者なのだろうかーー。

そう。私は彼にしばらくの間、射精禁止を命じたのだった。



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