店長に抱かれたい | ナノ


▼ 33 俺のエスコート

こうして俺は、レオシュさんの暖かい愛情を補給しながら、短期バイト生活残り一週間という所までやって来た。
今日も世間は休日だが、俺は朝から夜まで建設現場で汗を流している。

「よお兄ちゃん、若えのによく働くじゃねえか。いい筋肉とケツしやがって、短期バイトがもったいねえよな。ここの社員になっちまえよ!」
「そうだそうだ! ぴっちぴちのあんたなら皆歓迎するぜ!」
「え、ええーそうっすね、お誘い嬉しいんですけど俺いつもはお洒落なカフェ店員なんで。待っててくれる人もいますし」
「おおっ? なんだ、可愛い彼女でもいんのか、いいねえ爽やか男子大学生は!」

いや格好いい大人の店長なんだけどな。男くさい同僚達にセクハラまがいの交流を受けつつも、愛想笑いでお茶を濁す。
周りには本来の俺好みのガチムチたちがわんさかいて、暑い日差しの中薄着で作業をしている。

ああ、でもよかった。俺の股間はとくに反応もせず、頭の中は常に会いたいレオシュさんのことで占められている。
俺もとうとう真人間になれたようだと、しみじみ良い汗を拭った。

バイト終わり、私服に着替えた俺は彼らと挨拶を交わし、敷地の外に出て道路を見回した。
ドキドキする心を抑えられない。
すると、離れたところに見覚えのある黒い乗用車が停まっていた。

俺は「あ! 店長!」と叫び駆け出す。
そう。なんと今日は彼が夜遅いのに迎えに来てくれていたのだ。

フロントガラスからにこりと手を上げる店長を見て、俺も急いで助手席に乗り込み、対面してすぐ「ありがとうございます!」と頭を下げた。

「いえいえ。お疲れさまです、ロキ。今日もよく頑張りましたね」
「はいっ。……ああ、あなたに褒められただけで一日の疲労が吹っ飛びます、ほんとに店長もお疲れなのに、なんて優しいんですか…!」

興奮して話しかけると、分厚い胸板が迫ってくる。一瞬唇を奪われるかと鼓動が跳ねたが、一時密着した彼は優しくシートベルトをとめてくれた。
眼鏡をかけた彼の麗しい顔に息をひそめる。

「当然ですよ、君がきちんと帰れるか心配ですし。というか、私が早くロキに会いたいだけでーーん? どうしました」
「……いえっ、顔が近かったんで…っ」
「ふふ。キスされると思いましたか? まだですよ、もう少し。……まだ君の同僚が、あんなにたくさんいますからね」

甘い声で囁く彼の言う通り、辺りはぞろぞろ作業員達が出てきていた。
もう彼の一挙一動に俺は翻弄されまくりで恥ずかしくなる。

その後、ゆっくりと発進した車の中でも、まるで子守唄のように落ち着いたレオシュさんの声に包まれ、俺は至福を味わっていた。

「そういえば、来週いっぱいでようやくこの仕事も終わるんすよね。全部済んだら、店長とデートしたいっす」
「本当ですか? それは嬉しいな。今からすごく楽しみですよ、私も」

彼が飾り気のない笑顔をぱっと向けてくれて、俺も気分が最高に上がる。
実を言うとバイトの目標金額にはとっくに達していたのだが、現場の作業のキリがいい所まで働き、結局一月半ほどお世話になった。

私生活では寂しい時間が長かったが、いい経験になったともいえる。
それに、一番の目的である彼へのプレゼントも大体目星がついたので、俺の中で楽しみは膨れ上がっていた。





そして約二週間が経った頃。
いよいよ俺は購入したブツを携え、愛しのレオシュさんとデートに来ていた。
今回は久しぶりということもあったし、俺発案ということで気合いも入りまくっている。

でも場所にはかなり悩んだ。
俺はいわゆる普通のカップルがするデートの経験などなかったのだ。

遊園地、映画館、水族館、カラオケバー、国立公園ーー。
色々考えたが大人の店長にも楽しいと思ってもらえる場所はどこなんだと頭を悩ませる。

そういうわけで、オーソドックスなら失敗もないだろうと考え、車で都市の中心部に出かけ、街歩きや市街での観光をしようと決めた。

ここは有名な大河が望める場所で、優雅に川沿いを散歩したり、様々な国の食料品や雑貨などが揃ったマーケットもある。
二人で会話しながら色んなものを物色できて、かなり楽しめた。

それになにより今日の店長は、筋肉質な体にマッチする黒シャツにすっきりとしたパンツ姿で、夏の日の色気をむんむんさせている。
俺も一応小綺麗に見えるよう気を配ったが、ちゃんと釣り合っているだろうか。

「なんかすげえ暑いですよね、もう夏かー。あ、レオシュさん。アイス食べませんか? 俺買ってきます!」

駆け出した俺が持って帰ってきたものに、彼の瞳が朗らかに細められる。

「ほう、ずいぶん詰め込みましたね。四種類ものアイスと巨大な生クリームとは。とっても美味しそうです」
「はいっ。……うんめえー! あ、レオシュさんのレモン味珍しいっすね」

二人で川沿いのフェンスに寄りかかりながら頬張る。
彼は俺に気づき、スプーンを口元に持ってきてくれた。

「え、ええッ」
「ロキ。私も少し恥ずかしいので早く口を開けてください」
「はい! お、おいひいですぅ!」

公衆の面前でこんなご褒美いいのかと思ったが、国際色豊かな人通りの多い場所では誰も気にしていない。
ただ照れた顔で笑む店長と、さらに熱くなった俺がいただけだった。
 


街を散策した後は、観光地のど真ん中に立つ有名な観覧車を見上げる。
俺は急遽彼をそこに誘った。子供っぽいかとも思ったが、休息も取れるし眺めもいい。なにより二人きりになれると下心もあった。

「景色が綺麗ですね、ロキ。これは良いアイディアです」
「ほんとですね! レオシュさん怖くないんですか?」

小さい箱に乗った俺はガラスの扉から足下を見る。かなりの高所でぞくぞくする程だ。
だが彼は笑って首を振った。

「いえ、大丈夫ですよ。実は私は結構高いところが好きなんです。昔の話ですが、仲間とスカイダイビングもやりましたよ」
「ええぇ! それはすごいっす、わりとクレイジーじゃないですか」

彼のイケイケなエピソードに驚愕するとくくっと笑まれ、「君はどうですか」と問われた。
俺もバンジーとかは平気そうな気はするが空中はどうだろうと本気で考える。

「うーん。店長に男を見せろと言われれば命懸けで飛ぶでしょうね」
「ははっ。それは素晴らしい男気です。でも私はもうやりたくないかな、出来れば」

率直にもらす彼にきゅんとしつつ驚く。

「ちょっ、一緒に飛ぶ気だったんですか店長」
「はい。君に本気で誘われたらやりますよ、それは」

どっちが男らしいのだろうと俺は内心甘いため息とともに悶えていた。

観覧車がてっぺんに到着し、折り返しであと半分という頃。
レオシュさんが俺を手招きした。

「隣に来ませんか」
「い、いいんすか」
「もちろん」

一瞬彼が開く足の間に座りたくなったが、我慢して隣に腰を下ろす。
外ではほとんど触れ合いなど出来ないため、密室で胸が高鳴った。

レオシュさんに顔をのぞきこまれ、微笑まれる。そしてそっと手を握られて、彼の膝の上に一緒に置かれた。

「うっ……うぅ……嬉しいっす、店長」
「ふふ。可愛いです、ロキ」

横から見つめられて、眼鏡の中の黒い瞳と目が合う。
ごくりと喉を鳴らすと、彼の顔が近づいた。あと少しというところで、彼の唇が開く。

「キスしても?」

低いセクシーな声が生々しく響く。俺は無言で頷くしか出来なかった。すると口角を上げた彼が顔をよせ、ちゅっと優しく口づけをした。

俺はもう満足を通り越し熱く固まる。

「……大胆です、店長…っ」
「ええ。でもこの場所なら、大丈夫かと」
「み、見えちゃってませんか」
「わかりません。けれど見えてしまっても、いいでしょう?」

悪戯っぽく尋ねる店長の笑顔がずるい。
やたら幸せそうな顔をしていて、俺の心をたやすく奪う。

その後も俺ははしゃぎすぎないように気をつけて、彼の肩によりかかりしばしの密着を噛みしめた。



デートは今のところ順風満帆で二人ともかなり良い雰囲気で過ごせた。
しかし夕方になりご飯を食べようとしたところで、俺が致命的なミスをしてしまう。

あらかじめ美味そうな肉料理屋を調べておいたのだが、入り口前まで人が並んでいて入れなかった。
今日ぐらい彼を完璧にエスコートしたかった俺は内心パニくり、あたふたした。

「ああッやべえ、どうしよ、予約しときゃよかった。ええと、別の店別の店……」

この街に来たことがあまりない為、焦って携帯で探そうとするも、そういうのが苦手な俺はだらだら汗が出る。
すごい格好悪いと焦っていると、変わらぬ聖人のような佇まいのレオシュさんが手を差しのべてくれた。

「ロキ。ひとつ思い出したのですが、ちょっと歩いたところに確か洋食屋さんがあったと思うんですよ。そこなら混雑してないと思うので。よかったら、行ってみませんか?」
「え! まじですか! 行きます行きます!」

俺は盛大に感謝をして彼についていった。
さすが店長だ。俺なんかよりも色々なことに詳しいし、何よりさりげない優しさに涙が出る。

その小さなレストランは知る人ぞ知るといった雰囲気で、一見看板つきの白い一軒家のような風情だった。

暖簾をくぐり、店長が先に扉を開ける。

「ほら、全然混んでないでしょう? ロキ」
「ーー悪かったねえ、がらんとしてて。いらっしゃい」
「……あっ! すみません、そういうつもりではまったく、あの以前も美味しく食事をしたことがありまして…」

和やかに入店した彼がドア近くのおばあさんに気づき、慌てた様子で頭を下げていた。
愛想よく「冗談だよ」と笑う店主に席を案内され、俺達は窓際のテーブル席に向かい合って座った。

確かに客はもう二組ぐらいしかいなかったが、内装も落ち着けて良いところだと思った。

「レオシュさん、ここ来たことあるんですか」
「ええ。前に働いていた時に、事業所がこの近くにあって。昼食の際はこのレストランによく通ってましたよ。夜は初めて来ましたが。まだあってよかったです」

身を乗り出し、こっそりと耳打ちしてくる彼が微笑ましい。
二十年ほど前のバリバリ働く青年レオシュさんを妄想しながら、運ばれてきた料理に舌鼓を打った。

「うわぁ、めちゃくちゃ美味いっすね、このお店。なんか懐かしくなる、おふくろの味というか…」
「そうなんです。家庭で真似できそうなのに絶対再現出来ない味というか」

二人で意気投合し、ああマジでこのお店にたどり着けてよかったと思った。

「やっぱり凄いなぁ店長は。色んな素敵なお店も知っていて、お喋りも楽しいし全てに深みがあるし…俺とは全然違いますよ」
「何言ってるんです、今日一日私はとても楽しかったですよ。君にエスコートしてもらい、全ての瞬間がドキドキして、また感動的でした。どうもありがとうございます、ロキ」

丁寧に述べてくれる紳士なレオシュさんにやられる。
お礼を言うのはこちらの方だし、普段の百分の一もお返し出来てないと思うのだが、まだこのデートは終わってないのだ。

というかこれからが本題だった。

「あの、レオシュさん。あとでーー」
「お二人さん、食事どうだった?」
「うあぁッ」

ぬっとテーブルの近くから小柄なおばあさんが登場し叫び声をあげる。店長は「とても美味しかったです、ご馳走様でした」と会釈をした。俺も続いてお礼を言う。

「よかったよかった。ところであんた、思い出したよ。昔よくここで昼に食べに来てただろ。眼鏡に私服で、険しい顔で仕事しながら。料理はちゃんと味わってたね」

そう言われて彼は眼鏡に触れ苦笑する。

「はい、覚えててくださったんですか。当時はよくお世話になって、とてもいい思い出です。あの頃の仕事はもう辞めてしまい、今は私もお店を開いたんですよ。こじんまりとした喫茶店ですけどね」
「ほお、そうなんだ。いい事じゃないか。それでお兄さんたちは、仕事仲間なのかい?」

人のいいおばあさんに視線を向けられ、俺は一瞬言葉に詰まった。
それは正しいが、もっと表現的に踏み込みたくなった。

「ええと、はい。そうなんですけど……俺は彼のことがすごく好きなんです。尊敬もしてます」

気恥ずかしくも胸を張ると、老婦人の目が突き刺さる。
店長をちらりと見たら照れくさそうに「君も大切な人ですよ」と言ってくれた。

「そうなの。お兄ちゃんの感じ見てたらそんな気はしたけどさ。あんた、結構いい人生送ってるじゃん」

おばあさんはレオシュさんを見て、若者言葉でにっと笑いかけた。彼は恐縮した様子になり「はい、ご指摘のとおりで」と言いつつ微笑みを浮かべる。

まさか二人の関係が分かってしまったのか定かではないが、昔の彼の一場面を知る人にエールのようなものを貰った気がして、俺はほわっと嬉しい気持ちになる。

向かいのレオシュさんと交わす視線がくすぐったくも、心地いい。

この日起きたこんな光景も、ひとつひとつが大切に、二人の歴史に刻まれていくのだと感じた。



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