店長に抱かれたい | ナノ


▼ 1 バレた

「あ、あぁ、ダメっす店長、こんなとこで……ッ」

カーテンを閉めきった薄暗い部屋の中、腰が上下にしなる。
あと十分で目覚ましが鳴るという瀬戸際、俺は右手で思いっきりちんこをシゴいていた。

「ぐっ、ぅあっ、俺イっちゃいますから…!」

片手でシーツを握りしめ、薄ら目で宙にあの人を思い浮かべ、下着を下げた腰を揺らす。
その瞬間、どくどくと下からせり上がる精を、必死に抑えた喘ぎとともに外に吐き出した。

「……はあっ、はあっ、はぁ…っ」

腹筋に飛び、脇腹にまで垂れそうになる精液を慌ててティッシュで拭き取る。
寝汗から更にベタついた体を起こし、ぐったりとうなだれた。

「ああー……やべえ。出すぎた。……シャワー浴びねえとな…」

今日は厨房で手伝いをしていた所を、突然欲情した店長に後ろから襲われ、バックで犯されるというシチュエーションを選んだ。

妄想の中の店長も、最高だ。


ここのところ毎日となってしまった行為に後ろめたさを感じつつ、Tシャツに半パンという格好で部屋を出る。

広い廊下の突き当たりにある扉を抜け、階段を下りていく。
共用のシャワー室に向かおうとした時、中から人が出てきた。

もしかしたら、とは思っていたが。
俺はその人と目が合った瞬間、毎度のことながら、息をするのを忘れる。

「おはようございます、ロキ。君も朝風呂ですか?」
「……店長! は、はい。最近よく会いますね、この時間」

肩にタオルをかけ、Tシャツにスラックスというラフな格好で現れたのは、階下に住むバイト先の店長ことヴァルナーさん(51)だ。

彼の濡れた黒髪と、男らしく血管が浮き出た首筋が目に入り、ごくりと喉が鳴る。
いつもは制服に隠されているが、俺より二回りも年上なのに、がっしりした剛健な体つきをしている。

風呂上がりで黒渕の眼鏡をかけてないレアな姿を、平静を装い目に焼き付ける。
俺の視線を感じ取ったのか、店長はポケットから眼鏡を取りだし、にこりと笑った。

「ああ、これでよく見えます。ロキ、今日のシフトは授業の後、午後からでしたよね」
「ええっと、そうです。今日もよろしくお願いします、店長!」
「こちらこそ。ふふ、君はいつも礼儀正しいですね。ここに住み始めて、もう数ヶ月経つというのに」

誉められてつい顔がにやける。
だがそれは、店長がバイトの俺に対しても常に丁寧過ぎるほど、優しく温和で、実直な性格だからだ。

俺はまるで出来た人間ではないが、こうして自分に住居と職を与えてくれた恩人である彼には、感謝してもしきれないほどだった。



・・・


午後に入り大学の講義を終え、バイトの時間が始まった。
ここは中堅都市の街の一角にある、こじんまりとした喫茶店だ。

店長はもともと一人で店を切り盛りしていたが、夜に同店でカフェバーを始めたことにより、人手を求めていたらしい。
そこで偶然店に入り求人を見た貧乏学生の俺は、空いてる時間をウェイターとして雇ってもらえることになったのだ。

そんな属性はなかったはずなのに、店長のヴァルナーさんの温かい人柄に触れているうちに、俺は彼に対し、密かにあらぬ妄想を抱くようになっていった。

「店長。8番テーブル、アイスコーヒー3杯追加です!」
「分かりました。こちらはカフェオレとホワイトキャラメル、6番テーブルにお願いします」
「了解っす!」

手慣れた連携をはかり、今日もがむしゃらに働く。

ふと店内を見回すと、店にはガチムチの客が多い。
さりげなくため息を吐くが、理由ははっきりしている。

俺はそういう奴等にもてるのだ。なぜならば、俺もそっち側の人間だからだ。

「よお、ロキ。おまえ相変わらず、隅々まで鍛えた良い体してんじゃねえか。またケツ貸せよ」

テーブルを片付けている最中、下卑た笑みを浮かべる男に腕を掴まれる。
俺はすかさず手首を捻り上げて凄んだ。

「うるせえ。俺はもう遊びはやらねえんだよ。とっとと失せろ、短小野郎」
「くっ、ははは! 俺のでかいの忘れちまったのかよ。寂しいねえ」

忘れてはいない。たしかにこいつは巨根だった。
しかし過去の悦楽もどうでもよくなるぐらい、いま俺はある人に恋をしているのだ。

持ち場に戻ると、カウンターにいた店長が俺を呼び止めた。

「ロキ。大丈夫ですか? あちらの男性に何か言われたのですか」
「いや、何でもないっす。少し絡まれただけですよ。客が増えると、変なのも涌いてきますからね」

店長がグラスを置いて、俺を真っ直ぐと見る。

「確かに君を雇いだしてから、嬉しいことにこの店は盛況です。老若男女、お客様が増えてくれましたから。爽やかな看板男子のおかげですね」
「い、いやそんな…俺はただの体育会系のアホなんで…」

照れくさいあまりに頭を振ると、謙遜しないでくださいと微笑まれた。

「ですが、さっきのように何かあったら、すぐ私に言ってください。従業員を守るのが、オーナーの務めですから」

真摯な表情が向けられ、俺はすぐ胸がきゅんとなってしまう。

店長は店が盛況だと喜んでいる。
けれど実は、男客の大部分は、かつて俺がイケない事をした連中&噂を聞きつけた奴等なのだ。

店の忙しさに生き生きとしている店長を見ると、俺も嬉しい。
しかしーーこの乱れた性癖がバレるわけにはいかない。

ここを首になってしまったら俺は……住居を失うよりも、店長に会えなくなることにより、生き甲斐を失うだろう。



・・・


店を出て近くのアパートメントに帰ろうとしたとき。
路上で柄の悪い風貌の男が待っていた。
バイト中、俺に声をかけてきた野郎だ。

「おい。ストーカーしてんじゃねえ。警察に通報するぞ」
「待てよ、ロキ。話ぐらい聞いてくれても良くね?」

過去において、こいつと会話らしい事をした覚えはない。
会ったら即ヤる、十代の時の自分とはそれだけの関係だった。

「なぁ、一回だけ。いいじゃねえかよ、俺おまえのこと忘れられねえんだわ」
「俺はてめえのことはもう消し去ってんだよ。頼むから帰れよ、店にも来るな」

あしらうように告げて通り過ぎようとすると、肩を遠慮なく掴まれた。

「真面目に働いてんだな、お前。この仕事場気に入ってんのか?」

にやついた男に迫られ、俺は顔を背けた。

「別に、そんなんじゃねえ」
「駄目か…? 店には来ねえからさ、お前が俺んとこ来てよ。……前みたいに、良くしてやるからよ」

頬を触られて乱暴に振りほどく。
睨み付けるが、笑みを浮かべた男の表情は変えられない。

こいつはやや強引な、単なるナンパ野郎だ。
昔は軽く誘いに乗っていた俺でも、大人になった今は、その甘い誘惑に引っ掛かることはない。

どう片付けようかと思考を巡らせていると、背後で店の扉が、大きな音を立てて開かれた。
驚いて振り向くと、なんとそこには、冷ややかな顔つきをした店長が立っていた。

こちらに向かってきて、俺は表情が崩れ、しどろもどろになる。
まずい、こんな得体の知れない奴といるところを見られたらーー

「ロキ。どうかしましたか」
「なっ、何でもないです。大丈夫っすよ店長」
「そうは見えませんが。……さきほどのお客様ですね、うちの従業員に何か御用でしょうか」

いつもは穏やかな笑顔の店長が、毅然とした態度で見据えている。

「あれ。俺なんか勘違いされてる? あのー、こいつのダチなんですよ。今喋ってただけで」
「本当ですか、ロキ」
「ええと、はい。……さっきはつい隠してしまって、すみません」

苦渋の思いで認めると、男が俺の肩を無造作に抱いてきた。
鋭い視線をやるも、奴は飄々としている。

「隠してんじゃねえよ。まぁあれか、俺が元カレだから恥ずかしいのかな? かわいーロキくんは」

その嘲るような言葉に、急激に頭に血が上る。
恐れていた事態が起こり、怒りで震える拳を握りしめた。

「ふざけんな、てめえ、誰がーー」
「お前上司に言ってなかったのかよ、男が大好きだってこと。大事なことだろーが、そんなに信頼する職場ならよ」
「やめろ……!」

ああ、終わった。
身から出た錆とはいえ、こんなに簡単に、明るみに出てしまうとは。

ぐるぐると目眩が襲い、顔を上げられない。
しかし、絶望の淵に立たされた俺のそばで、突然ある人の声が投げかけられた。

「知ってますよ、当然。彼のことならば」
「え……っ?」
「ロキは今、私と交際しているのです。ですから、もう彼に近付くのはやめていただけますか」

店長が平然と嘘をついている。
あり得ない。
まさか俺のために、話を合わせてくれているのか……?

「ああ? んなもん信じられるかよ。おいロキ、このおっさん頭おかしくねえか。俺らと同類のフリしてんぞ」

けらけら笑う奴に憎しみが沸き起こる。
この人が俺達と同類のわけがない。
嫌悪を示すどころか、俺をかばおうとしてくれているのだ。

「フリじゃねえよ。店長に悪いから言わなかったが、俺達そういう仲なんだ。……おい。このことで俺を脅すつもりなら、お前をマジで潰すぞ」

俺はその嘘に乗っかり、奴に詰め寄った。

考えてみたらすごくリスクのあることだ。
店長は、大丈夫なのか?
こいつに噂を言い広められたら、店への影響は避けられないというのに。

「言わねえよ、そんな面倒くせえことしねーから安心しろ。だからさ、別に相手がいようが構わねえから、俺と遊ばねえ?っつってんの」
「しつこい方ですね。どうぞお引き取りください。彼は私の恋人なんですよ、そうでしょう? ロキ」

店長が俺の肩を抱き寄せ、柔らかい口調で微笑んできた。
嘘だと分かっていながら、俺は天にものぼる思いで「はい…」としか答えられなかった。

しつこかった奴はやっと諦めたのか、やがて渋々その場を後にした。
ひとまずは問題が去ってくれたと、深いため息を吐く。

その後、店先で何度も礼を言い頭を下げる俺に、店長は「いえ、出過ぎた真似をしたようでしたら、すみません」とだけ言い、少し心配そうな顔をしていた。

やはり責任感の強い店長なのだ。
正直いうと、一時の夢から覚めてしまった寂しさが、ないわけではない。

それでも俺は、胸の高鳴りをしばらくの間ずっと感じていた。
店長はそれからも何事もなかったかのように、俺に接したのだった。



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