▼ 15 ロキの両親
突然のロキのご両親の来訪に、私達はとても驚いた。しかしこうなれば精一杯真摯に迎えたいと、ある覚悟をもって私は挑むことにした。
「いやあ、悪いわね〜レオシュさん。お店がお休みの日に、車まで出してもらっちゃって」
「そうですよ。我々の観光にまで付き合わせちゃって、どうもすみません」
車の後部座席に座るロキの母モニカさんと、父のヘンリーさんに声をかけられ、私は運転席からミラー越しに会釈をした。
「いえいえ、私でお役に立てるなら喜んで。せっかくの観光、楽しんで頂けると良いのですが」
「あらぁ! もう楽しいですよ、ねえロキ。こんな洗練された都会の方と一緒なんて。あんたも幸せだねえ、よくお世話になってるんでしょ?」
「えっ。そりゃもう。店長には足を向けて寝れないほどにな。……だから母ちゃんたち、失礼なことすんなよっ」
「分かってるわよ。なあに、カリカリしちゃって変な子。ねえお父さん」
「そうだなぁ。お前ちょっと寝不足なんじゃないか? 勉強のしすぎで。…そんなわけないか、ははは」
親子が賑やかに談笑している中、助手席に座るロキと目が合う。私が微笑むと彼もやや心配げに笑みを返した。
彼の不安は分かっている。きっと私達の本当の関係を明かすことになる瞬間を、今から想像しているのだろう。
その日は車で一時間半ほどの遠出をし、私達四人は歴史的な大聖堂などがある、景観の優れた古い街へとやって来た。
土産物や特産品も有名で、ワインの試飲などもできる、おすすめの観光地だ。
人々でにぎわう石畳を歩きながら、ウインドウショッピングなどもして彼の両親には喜んでもらえた。
聖堂には高い塔も備わっており、何段もの階段をのぼって展望を眺めるのも醍醐味である。
「おっ、せっかくだから登ってみるか。眺め良いんだろうなぁ。父ちゃんたちは?」
「俺はいいや。若いお前だけで行ってこい。レオシュさんも一緒に下で待ってますよね?」
「そうよ〜。うちらはこのベンチでのんびりしてましょう。あんな数百段も息切れじゃすまないわよ」
悪気なく誘う彼らに苦笑していると、ロキがすごい剣幕で怒り出した。
「はっ? 二人とも失礼すぎだろがッ。店長を父ちゃんたちと一緒の括りにすんじゃねえよ! ほら行きましょう、こんな年寄りたち放っておいて!」
彼に連れられ私も塔を登ることになる。ずんずん狭い螺旋式の階段を進むロキを追いながら、年甲斐もなく不意に二人きりになれたことに喜んでしまってもいた。
「ああ、やべえ、まじできついこの階段。……す、すみません店長。考えもなしに引っ張ってきちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。誘ってくれて嬉しいです。ありがとうございます、ロキ」
私も汗を拭いながら階段を登ると、彼はぱあっと表情を明るくする。ロキの笑顔を見ると疲れも吹っ飛ぶ。同時に普段からトレーニングをしておいてよかったとも思った。
屋上に出た体格のよい茶髪の青年が、晴れ渡る風景を見て感嘆の声を上げる。
「おおー、見てくださいレオシュさん! 最高の見張らしですよ。本当は二人で来たかったなぁ」
石壁に腕をもたれさせ、彼の横顔が少し悔しそうに微笑む。その時ちょうど塔の真下付近に座る両親が手を振っているのが目に入り、私達は笑顔で振り返した。
「……ロキ。やっぱり緊張していますか?」
尋ねると彼は「えっ?」と焦りがちに向き直る。
今日彼の両親に会った理由は、観光の付き添いももちろんあるが、私達にとっての最大の目的は「関係の告白」でもあるのだ。
しかし真面目に問う私に対し、彼は顔をひきつらせ茶髪を掻いた。
「当然ですよ。いつあの二人が店長に無礼な振る舞いし出すんじゃないかって。ていうか本当すみません。厚かましい田舎者で」
やたらと低姿勢に話すロキに私は驚いた。
彼らはとてもいい人達で、むしろ私はどんな反応でも覚悟している。
「全くそんな心配は要りませんし、そうではなくてーー」
意図したことを説明するとロキは驚くべきことにあっけらかんとしていた。
「え! そっちでしたか。全然大丈夫っすよ、うちの親なんて。兄弟七人で皆放任ですし、下のほうの俺なんかとくに適当ですから。心配しないでください。…それに、俺はあなたのことついに紹介できるの嬉しくって」
彼は表情を可愛らしく崩し笑った。その姿が急にいとおしくなり抱きしめたい思いに駆られたのは確かだが、本当に大丈夫なのだろうか。
少なくとも彼はまったく不安視してないようだった。
私はそんなロキの様子に勇気をもらいつつも、いっそうしっかりと自分がご両親にご報告するのだという決意を固めた。彼のためにも。
大聖堂から離れた私達は、皆で街の丘の上にあるワイナリーに向かった。緑が豊かで美しい果樹園が広がる場所だ。
ここはワインや果実酒の試飲や購入ができ、評判のよいレストランも備わっている。
ロキの母方の実家は果樹園を営む農家だということで、二人はお酒も好きらしいのできっと楽しんでもらえると考えた。
「うん、美味しい〜。ここは間違いないお味ね。しかもレオシュさんのお店で出してるお酒もあるんでしょう? お洒落だわ〜これは売れるわ」
「はい。うちのバーでも提携させて頂いてるんです。モニカさんが今飲んでらっしゃるものが一番人気ですね」
「やっぱり! いいわねえ。ていうかうちの家でも果実酒作ってるんですよ。レオシュさんのお店に置いてもらいたいわぁ」
「そうなんですか、それは素晴らしいですね。ぜひ一度試飲させて頂きたいです」
小柄なボブへアのお母さんが、グラスを片手に上機嫌だ。
ロキも彼の父と一緒にお酒を嗜み、色々購入して和気あいあいと時間を過ごしたようだった。
その後、私達は早めの夕食がてらレストランへ向かった。
赤い煉瓦や色とりどりの花壇が印象的な、落ち着ける食事処だ。
しかし私の心は鼓動が着実に迫ってきていて、感じたことのない緊張感に飲まれそうになっていた。
四人は窓の風景が見え、仕切りのある個室のような空間のテーブルに案内された。そこで各々肉や魚の料理を堪能し、和やかな空気が流れていた。
「ほら見てくださいレオシュさん、うちの孫。かわいいでしょ。今三歳なのよ〜」
「とっても可愛らしいです。ロキさんにお聞きましたが、ご長女のお子さんなんですよね」
「そうそう。長男のとこにも最近可愛い男の子が生まれてね〜」
モニカさんがにこやかに話すのをこちらも微笑ましく聞いていた。彼らは私より一回りほど年上で、ロキの兄弟はすでに半分が結婚しているらしい。
「でも不思議だわ、レオシュさんが独身だなんて。こんなに素敵な人だったら女性は放っておきませんよ、ねえあなた」
「いや俺に言われてもなぁ。でも確かに男から見ても格好いいのに嫌みがないというか、最高の人ですねあなたは。何より俺と趣味が合う! はっはっは」
「そりゃ酒だけだろ父ちゃん、つうか二人ともそのへんにしとけよ、だいぶきてるぞ。飲みすぎじゃねえか」
ちくりと釘を刺す息子に対しても、二人は満足げに終始楽しそうだった。
自分を褒められるごとに申し訳ない気持ちが重なっていく。
この仲のよい親子の間に私は今から、大きな溝を作ってしまわないだろうか。
「はあ。今日は最高だったわねえ、あなた。自分達だけじゃこうはいかないわよ。観光もお食事も」
「本当だな。全部レオシュさんのお陰だ。息子も大変お世話になっていて、大学に入ってからというか、最近は実に品行方正なようなんですよ。ありがとうございます」
突然彼の父ヘンリーさんから頭を下げられ、私は恐縮した。
この空気の中で、告白していいものなのか?
頭の中がらしくもなく混乱を極めていると、こっそりテーブルの下でロキが私の手に触れた。
緊張を感じ取られたのだろうか、彼が「自分が言う」というような目線で見てくる。
私はその彼の真剣な表情に、我に返った。
自分が言わなくてどうするのかと。私にはその責任と、彼への強い想いがあるのだ。
「あの、実はお二人に今日、お話ししたいことがあるのです」
眼鏡の位置を直したあと、私は改めてジャケットを正し背筋を伸ばした。
彼らの視線が一気にこちらに集まる。
喉がものすごく渇いていた。これほどの緊迫した精神状態は、前の仕事場でも中々感じられなかったものだ。
「ご報告が遅れまして、まことに申し訳ありません。ーー実は、大変驚かれるでしょうが、私はロキさんと、真剣にお付き合いをさせて頂いております」
深々と頭を下げ、しばらくして顔を上げた。
空気ががらりと変わったのは感じた。ご両親とも、口を開けたまま動きが封じられた様子だ。
最初に言葉を発したのは母のモニカさんだった。
「えっ? 本当に? 冗談じゃなく? レオシュさん」
「はい。冗談ではないです。これまで黙っていて、本当にすみません」
私は彼女の目をまっすぐ見て伝えた。彼女は「うっそー!」と大きな反応を見せ驚愕していた。
しかしすぐに姿勢を前のめりにし、斜め前に座る私に小声で話しかけてくる。
「いえね、どうりでこの子の様子がおかしいとは思ってたのよ。やたらと浮き足立ってるというか、あなたを見る目が恋する男の子になってるというか……。ねえレオシュさん、もし本気だというのなら、私心配が…」
「は、はい。なんでしょうか。何でもおっしゃってください。どんなことでも真摯にお答えさせて頂きます」
「あらそう? あのね。こんなこと親の私が言っていいのか分からないんですけど……お金目当てっていう線もあるんじゃないのかしら?」
こっそりと言われた内容に私も驚いたが、隣のロキがすぐさま反応をした。
「おい母ちゃん、んな訳ねえだろうが! ふざけんなよ怒るぞッ。俺は本気でレオシュさんが好きなんだ! たとえ一文無しでもまっったく関係ねんだよ!」
立ち上がった彼を慌ててなだめる。本気で心配してくれた彼女に私も真面目に答えを探した。
「あの、彼はそういう人ではないと思いますが、私も一応数十年生きてきて二人分の余裕がある程度の蓄えはあります。ですのでその点のご心配はーー」
「ちょ、店長まで何言ってんすかッ、俺は二人で色んなことを頑張り合って生きていきたいんです! 今はまだそこらへんの大学生で全然釣り合わないかもしれないけど、将来のこともちゃんと考えてますから!」
私に面と向かって叫んでくれるロキを見て、再びはっとなった。
そうだ。彼はこういう、誠実で一生懸命な青年だった。
失礼なことを言ってしまったとすぐに反省する。
「あらあら。あんたがそんなにムキになるなんて。本気なの、ロキ。まあ私は、別にいいんじゃないかって思うけどね。ねえお父さんは?」
「ーーふざけるな。何がいいんだよ」
黙っていたヘンリーさんが今までの朗らかな表情を一変させ、私のことをぎろりと睨む。その眼差しに体が強張るが、彼は見るからに激怒していた。
「レオシュさん、あんたどういう事だ? 今日一日紳士で素敵な中年男性を演じて、裏ではうちの息子を弄んでたってわけか! 俺達を騙してたんだな、大体親子ほど年の離れた若い青年に何考えてるんだよ! 常識がないにも程があるだろう!」
彼の声と机を叩く音が室内に響き渡り、私は硬直した。
ヘンリーさんの言うことは尽く正しく、反論の余地はない。それに彼の気持ちを考えるとどうしようもない罪の意識に襲われた。
それでも。ここから逃げる訳にはいかない。
こうなることは承知の上で私は今までの時を過ごしてきたのだ。
「本当に、申し訳ありません。ですが私のロキさんへの気持ちは本気でーー」
「何が申し訳ないんだ? じゃああんたは悪いことをしてるって分かってるんだろ? なら今すぐやめるべきだ! いい年した大人ならそのぐらいの分別見せてくれよ!」
興奮するヘンリーさんに頭を下げる中、見かねた母モニカさんが落ち着かせようとする。
そこに同じく憤怒したロキが加わり、食事の場は瞬く間に修羅場となった。
「いい加減にしろよ父ちゃん、なんでいきなりぶち切れてんだ、俺はもう大人なんだから誰と付き合おうが自由だろ!」
「大人だと? 大学生の分際で何を言ってるんだお前、いいか、お前はまだ人生経験が少なくて分からないんだよ、お前も年を取れば理解する、この男がどれだけ非常識かってな!」
彼の怒りは凄まじいものだった。私が口を挟もうとしても隙はなく、ロキも完全にヒートアップしていった。
「うるせえ! 俺のほうが好きになりすぎてすげえアタックしたんだ! 父ちゃんにそんな俺と俺を受け入れてくれたレオシュさんの気持ちなんか分かるわけねえんだよッ、今まで何も言わなかったくせに口出しすんじゃねえッ」
「……このッ……お前にだって俺の気持ちなんか分かるか馬鹿野郎!」
立ち上がった彼はそのまま椅子を乱暴に引き、モニカさんの呼びかけにも振り向くことなく部屋を出て行った。
悪態をつくロキも椅子に再び腰を下ろし、腕を組んで取りつく島もない。
「ったく、なんなんだよあれは!」
「まああんたも言いすぎよ。男の気持ちも分かってあげなさいよ」
「ーーあの、ヘンリーさんを追いかけます」
私は居ても立ってもいられず、テーブルから立ち上がった。
彼の母は余裕をもった様子で「大丈夫ですよ、戻ってきますから。一人じゃ車なくて帰れないでしょう」と言い、ロキも「そうですよ、放っときゃいいんですあんな親父」と同調していた。
しかし私は今こそ彼の父と面と向かって話し合うのが、筋であると思っていた。それはヘンリーさんを今以上に傷つけることになるかもしれないが、ロキとのことを考える限り絶対に必要なことなのだ。
「ちょっ、店長、まじで行くんですかっ?」
「はい。君はモニカさんといてくださいね」
そう言い残しレストランから出る。
白髪がかった茶髪にロキと同じく体格のよい、すらっとした長身男性を探す。彼は付近の池のほとりにある、木のベンチに座っていた。
哀愁を誘ううなだれた姿に心が痛みつつも、私もそばに行って「失礼します」と少し間をあけた場所に座る。
無言だった彼はやがてため息を吐いた。
「なんであんたが来るんだよ。あんだけ罵られて、図々しい男だな」
「はい。申し訳ありません」
心から彼に対して感じる思いを、再び拒絶されるかと思ったが、ヘンリーさんは先程より落ち着いた様子で淡々と語った。
「分かってるさ。どうせ俺の言うことなんて、誰も聞かないんだ。モニカだって、そっくりのロキだってな。……だからこういう時ぐらい、激しく主張したっていいだろう。俺だって、父親なんだからな」
ぽつりぽつりと話す彼の台詞に、私は聞き入る。
「レオシュさん。あんた、あいつがどういう奴か分かってるか。昔から男が好きなのは知っていたが、中学時代から実に奔放な奴でな。俺に似て爽やかな好青年風なのに、中身は見境のない肉食獣みたいな少年だった。……親だから、心配や小言は多く言ったが、『大丈夫だ』の一言で簡単に心は開いてくれない。ロキには不純な関係の友人は多くいたようだが、本当に親しいのはあのクレイだけだ。……そんな奴が、ここ一年は楽しそうに、連絡のときも明るくなってな。モニカに聞けば本気で付き合ってる人間がいるという。この際、相手が男なのはもうよかった。だが、さすがに同年代の男を想像するだろう? それで現れたのがあんただ」
横目で見られ、私は返す言葉もなかった。
彼は遠くを見つめて気持ちを教えてくれる。
「親だからな。究極は子供が幸せならなんだっていいんだ。だが、あいつ、大学に入ってからちゃんと真面目に出席してるみたいだし、送られてくる成績表も目を疑うほど良い。……あんたの話もよくするし、年の離れた父親みたいな存在が出来たのかと思ってたんだよ。正直言って、その時点で少し嫉妬はしていた。ロキは人に対して、あんまり信用しないというか、期待しない奴だったからさ」
ヘンリーさんはこちらに向き直る。ロキと同じ茶色の瞳がじっと見透かすように当てられ、息を呑んだ。
「まあだから、あれだ。単なる焼きもちのほうが多かった。こんな60越えた親でもガキみたいなものだよ。ーーだからといって、さっきのことを謝る気はないけどな」
頭に手をやりながら彼が語ってくれたことに、私は心が震えていた。
眼鏡を直し、思考を一度整理する。
「ヘンリーさん。お話してくださってありがとうございます。……ロキさんは、素晴らしい人です。私のほうが彼に、いつも多くのことを助けてもらっています。……自分自身も、彼にはふさわしくない、もっと若くて良い男性がいるのではとずっと考えてきました。ですが、彼の真っ直ぐで、人懐っこく心優しい人柄に惹かれるうちに、本気で彼を幸せにしたいと……そう考えるようになりました。すべて身勝手な私の気持ちだということは分かっているのですが、私は真剣にロキさんのことを思っています。……この関係をすぐに許してくださいとは言いません。しかし私も認めて頂けるように力を尽くします。ですからどうか、見守っていただけないでしょうか」
再び頭を下げて、彼の父親に気持ちを伝えた。
すると彼は腕をがっしりと組み、私を見やる。先程よりも目元は険しくなく、諦めのような色が映されているように思えた。
「別に、俺の同意なんか必要ないんじゃないか。ああは言ったが、二人とも成人だ。隠れて付き合うことだって出来るだろう。あんたどうしてそこまで頭を下げるんだ」
「……それは、率直に言うと、ロキさんには家族と仲のよいままでいてほしいからです。私のせいで壊したくはありません」
眼鏡に手をやり、本心を述べた。矛盾だったり自分勝手にも聞こえるだろう。しかしたった数日の間ではあるが、両親と接するロキは照れ隠しもありながら、気分も楽しそうで幸せそうだった。
家族とは複雑な関係もあった私とは違って、その光景はとても尊いものに感じたのだ。
「ふん。余計な心配は要らないさ。きっと俺だけだろう、こんなに狼狽したのは。皆はいつも通りだ。あんたもな。だから安心しろ」
ヘンリーさんは肩をすくめて言う。彼の言葉に気遣いの片鱗が見え隠れし、私も恐縮した。
「……ひとつだけ言っておくが、あいつは元々奔放な奴だ。捨てられても知らないぞ」
「それは……私のほうが、出来るかぎり彼のそばにいたいと、強く思っているだけなので。彼がそうしたいと思う時が来たのならばーー」
話していて少し悲しくなってはきたが、私達はつらつらと会話をしていた。
するといきなり後ろから茂みをかき分ける音がした。驚いて振り返ると、そこには話題の当人であるロキがいた。
「おい父ちゃん! 変なこと言うんじゃねえよ! んな未来があるわけねえだろう!」
「なっ、ロキ。いつからそこにいたんですか」
「……あっ。すみませんレオシュさん。最初からいました」
彼は気まずそうに白状し私達のもとにやって来た。聞けば心配で追いかけてきたのだという。
だが話をすべて聞いていたからなのか、彼は違う方向を見ながら父親に向かって言葉を発した。
「あー。父ちゃん。……悪かったよ。気持ちとか考えないで。俺も……こういうの初めてで調子に乗ってたかもしれない。でもさ……レオシュさんとのことは真剣なんだ。好きでたまらねえんだよ。だから……申し訳ないけど……出来れば許してほしい」
私よりも何倍も潔く、男らしく述べるロキの姿に、様々な感情が湧き出ながら二人の様子を見守った。
するとヘンリーさんも驚いたのか、言葉につっかえながらも頷いた。
「そうか。……俺も少し言いすぎた。悪かったな。……お前は大事な息子だからな、つい熱くなったんだ。……まあ、二人のことは分からんが、しばらく見といてやる。それでいいだろ」
素っ気ない風に言うヘンリーさんに、ロキの瞳が明るく輝きだした。「よっしゃあ!」と私の腕を掴み、素直に喜ぶ青年の姿を見て、私は心から彼のご両親に感謝をした。
こういうわけで、波乱のあった一日が終わりを迎える。
男三人でレストランに戻ると、ひとりデザートを楽しんでいたモニカさんに笑顔で迎えられほっとした。
彼のご両親は、ロキを見ても分かるように心が温かく、広く、優しい人達だ。こんな私をひとまず受け入れてくれたことに、有難い思いで一杯だった。
だからこそ、これからの行いの真価が問われると、ひとり静かに心に命じていた。
帰り道の車内では、二人は寝てしまったようだが、ロキは心なしかとても嬉しそうに私に話しかけてくれた。
懲りない私は、そんな彼を抱擁したい気持ちに駆られながら、皆を送り届けた。
ご両親が明日まで泊まっているホテルに到着し、ロキが二人のお土産や荷物を彼の母とともに運んでいるときのことだ。
車のトランクを閉めた私のそばに、ヘンリーさんが立っていた。
二人はまた皆で会う機会を設けたいと話してくれ、私も改めて今回のことを含めお礼を伝えた。
すると彼は私の目をじっと見て、顔を近くに寄せてきた。
「レオシュさん。あんたが良い人そうなのは十分わかったよ。だが、しつこいが最後にこれだけは言わせてくれ」
「はい。なんでしょうか」
「……さっき言ったこととは逆になるがな。ロキのこと、こっぴどく振ったりするなよ。あいつは相当あんたに惚れているみたいだからな」
彼は一段と息子を思う父親らしい顔つきで、私に忠告をした。
「絶対にしません。大丈夫です、ヘンリーさん。彼を悲しませることだけは、私はしないです」
最も自信のある言葉を伝えることが出来て、胸に熱いものを感じた。彼はその言葉をしっかりと受け入れてくれて、頷いて私の肩を叩く。
その後すぐに、ロキがやって来た。「何話してたんだよ?」と気になっている様子だったが、内容はとくに明かされなかった。
忘れ難き今日というこの日を終えて、ロキへの想いはさらに深くなったように感じる。
太陽のような彼の存在に幸せを与えてもらうだけでなく、私も彼にもっと特別な何かを与えてあげたい、幸せにしたいと強く考えるようになったのだ。
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