店長に抱かれたい | ナノ


▼ 14 年下の恋人をもつ者

彼と愛の言葉を交換し合ってから、しばらく経った。
あれ以来ロキへの想いはさらに募り、私は終業後、店の控え室で彼に熱い口づけをしていた。

「……んっ……店長」
「ロキ……すみません、こんな場所で……」
「いえ! いつでも、してください。あなたの好きなときに」

瞳を燃え上がらせる、屈強な体つきをした青年にそっと服を握られる。
従業員にこんなことをして経営者失格だと思いながら、いまや恋人となったロキに触れることを止められなかった。

思えば深い関係の始まりもこの場所だった。あれからまだ半年ほどだが、二人を繋ぐものは肉欲だけではないという事は、最初から感じていた。

「レオシュさん、また言ってください」
「はい。愛していますよ、ロキ」

茶髪をときながら微笑んで告げると、彼は私以上の喜びを表情と言葉で返してくる。もう何度この言葉を伝えたか分からないが、不思議と色褪せることも飽きることもせず、互いに甘美な輝きをもたらしていた。

ロキは遠い目をして頭を掻いている。

「俺、レオシュさんに愛されてるんだ。嬉しいなぁ…」
「そんなにですか?」
「はい! もう全世界に叫びたいぐらいです。俺が世界一の幸福者だということを」

真剣に前のめりで説明する若者が、微笑ましくも照れを誘う。

「どうして君は私のことをそんなに好きでいてくれるんですか。私はただのおじさんですよ」
「……いやいや何を言い出すんですか店長、こんな格好いい男性どの年代にもいませんから普通! というかあなたの素晴らしさを語り出したら一日終わりませんよ。でも、そうですね。店長は何から何までトップ・オブ・ザ・トップなんです。外見はもちろん優しさ、心持ち、頭脳、パーフェクトボディ、慈しみ……挙げたらきりがないですって!」

興奮するロキに私は恐縮しきりだ。自分はまるで立派な人間ではない。しかし彼に慕われ、こうも褒められると年甲斐もなく嬉しくなった。
私も彼の良いところを自然に並べていると喜ばれたが、やがて話題は違う方向に向いた。

「実はひとつ気になることが。あの、この前ニコル君にすごい怒ってましたよね、店長。俺ぶっちゃけすごくしびれながらも初めてのことだったんで少しおどろいちゃったんですけど」

控えめに尋ねるロキに、私は思案したあと苦笑した。
彼はどうやら甥のニコルから「私が怒ったら怖い」という話を聞いていたらしく、それを実感させてしまったようだった。

「確かに、久しぶりに本気で怒りがわきましたね。大事なロキのことなので。けれどあの子に本気で怒ったのは、この間が初めてですよ」
「え! そうなんですか?」
「はい。ニコルが覚えていたのは、きっと私と彼の父親ーー弟との喧嘩のことだと思います。まだ小さい時でしたが……」

昔から生活や交遊関係が奔放な弟と、10年ほど前に一度大喧嘩をした。ちょうど弟が離婚を決め家を出ていったときだ。
元々性格も趣味も異なる年の離れた兄弟だったが、仲は悪くなかった。
しかしあまりに無責任な家庭放棄の有り様に、残された甥や元妻を見かねた私は弟に物を申したのだった。

今では家族のそれぞれが成長をし、仲も良好に戻っている。
家庭内のごたごたを話すのは恥とも考えたが、ロキは興味深そうに耳を傾けてくれた。

「なるほど、そんなことが……大変だったんですね、店長」
「そうですね、この年になると色々経験していますから。家族の問題というのは一つが終わればまた新しいものがやって来ますからね…」

しみじみと話してロキの顔色を見ると、台詞が年寄りめいていたかもしれないと我に返った。しかし、ロキは何かを言いたげな表情をしていた。

「あの、ロキ。こんな話をしたあとで何ですが……君も、いつか私の弟に会って頂けますか? ……いえ、君が大丈夫ならばでよいのですが」
「……え? 本当ですか? 俺、レオシュさんの弟さんに会っちゃっていいんですか?」
「もちろんです。きちんと紹介したいので」

決意とともに頷けば、彼の瞳がさらに明るくなる。
私達の関係は、いつか家族にも明かすことになるだろうと考えていたが、すでに甥のニコルには知られてしまった。そうなれば彼の母親や、私の弟にもいずれ伝えるべきときが来るだろう。

反応に関しては、私が受け止めるべきだと考えている。
それがどのようなものであれ、私はロキのことを真剣に思っているし、自分には家族のいかなる目にも晒される覚悟と責任があった。

もちろん、それは私側だけの問題ではない。彼の家族のほうが、遥かに重要だということも自覚していた。

「レオシュさん、めちゃくちゃ嬉しいです。それで、あの、俺も……」
「なんですか?」
「いやっ……やっぱり大丈夫です!」

笑顔で首を振る恋人の様子が気になったものの、その日はひとまず終わりを迎えた。



それから日が過ぎ、夜に私とロキ、そして親子がアパートメントの玄関口に留まっていた。甥のニコルが来てから約一ヶ月が経過し、仕事を終えた母親のアマンダが迎えにきたのだ。

「お世話になりました、おじさん」
「ああ。またいつでも来なさい、ニコル。泊まる場所ならあるからね」
「はい。ありがとう」
「本当にどうも〜ありがとうございます。お世話になっちゃったわね、レオシュさん。……ん? ニコルったら、今日はすごく礼儀正しいじゃない」
「別になんでもねえよ、ババア」
「もうっ! やっぱり変わってないわねこの子ってば!」

同じきらびやかな金髪と洒落た装いの彼女に、高校生の甥が普段通り悪態をついている。二人をなだめた後、私は隣に朗らかな表情で立っているロキを見た。目が合ったあと、自然と微笑む。

「ところで、ちょうどよい機会なので、アマンダ。あなたにお話があるんです」
「え? なにかしら。まさかニコルのこともう預かれないとか言わないわよね、レオシュさん」
「勿論言いませんよ。大丈夫です。あの……ニコルにはもう話したのですが、私とロキのことなのです」

一拍置いて口を開く。このことを人に告げるとき、私はもっと崖っぷちに立たされ、苦渋の心境になるかと想像していたが、そんなことはなかった。

「実は私は彼と、……ロキと、真剣にお付き合いをしているんです。突然のことで驚かせてしまうかと思いますが、あなたと甥のニコル、そして弟にも知っていてもらいたいと勝手ながら考えていました」

気持ちを告げると彼女は口を開けたまま呆然としていた。なぜか私とロキを交互に見て全身くまなく眺められる。

「申し訳ありません。もし知りたくないことをお伝えしたならばーー」
「い、いいえ。違うわよ。びっくりしちゃって。……え! レオシュさん、本当なの? ロキくんと? あなたおいくつ?」
「はっ! 僕は今年25になります!」

ロキは背筋を正したあと綺麗にお辞儀をする。そんなことはする必要ないのだが、「自分からしつこく交際を申し込んだ」などと口にされてしまい私は困って訂正もした。

「は〜。そうなのね。レオシュさん、てっきりストレートだと思ってたら男性もイケたなんて。それにあなたも紳士的な外見によらず実はガツガツしてるのね〜こんな若くてぴちぴちの可愛い男の子に……いいじゃないの、羨ましいわよ! ふふふっ」
「おいババア。隣に年頃の息子がいること忘れんなよ」
「あらごめんね。でもニコル、あなたもショックだったんじゃないの? パパとおじちゃんのこと大好きでしょう、昔から」

子供に言い聞かせるように微笑む母親に対し、甥はカッと顔面を赤くして「ちょ、うるせえ!」と反応していた。
私は胸に何かこみあげるものを感じながら、彼と顔を合わせた。気まずそうに視線を逸らされ、そのままロキを見ている。

「……別に、いいんじゃねえの。おじさんのそんなとこ、見たことねえし。……ロキも馬鹿で変な野郎だけど、悪い奴じゃねえみたいだからな。おかしな女が出てくるよりマシだよ」

呟いた言葉に、私の恋人は喜びを露にしていた。普段はあまり素直ではないニコルの気持ちは、私達にとって大きな意味をもたらす。彼が認めてくれたことに恥じないように、行動しなければならないと身に沁みた。

「それもそうよね。私もロキくんなら大歓迎よ。この子のこと受け入れてくれた良い子だもの。これからも仲良くしてやってね」
「はい、もちろんです! こちらこそよろしくお願いします! あ、ニコル君、僕のことは叔父さんじゃ少しおかしいからお義兄さんと呼んでくれてかまわないよ」
「呼ぶかバカ!」

どうなることかと思ったが、私は三人が和気あいあいと会話を続けているのをほっとした思いで眺めていた。するとアマンダがある忠告をしてくる。

「でもね、私思うんだけど。あの好色男には話さないほうがいいんじゃないかしら? ロキくんカワイイ男の子だものね〜。心配でしょレオシュさん」
「そうですね。本当は隠しておきたくなります」

弟のことを言われ、素直に返答すると彼女の青い瞳が大きく見開く。そしてくすくすと笑い始めた。

「驚いた。あなたでもノロけるのね。……まあレオシュさんなら大丈夫な気もするけど、色々大変なこともあるでしょうし、若い恋人を守ってあげなきゃだめよ。なんにせよ、私達は二人のこと応援してますからね」

青年達がじゃれあっている間、年下のアマンダがウインクをして声をかけてくれる。
彼女はそう言ってくれたが、同じ大人の立場で二人の関係は茨の道だということを見通しているのだろう。

私は真摯に頷いた。何が起ころうとも、ロキがそばにいてくれる限りは、彼を幸せにしたい。今はただそう思っていた。





二人の仲が深まれば、自然と互いの周囲へも関係が浸透していくものだ。
その事を実感する日がやって来た。私はロキと彼の親友であるクレイと三人でバーに向かい、飲む機会を得た。

クレイはロキよりも大柄で厳つい黒髪の青年だが、何事にも物怖じせず、年の離れた自分とも対等に話をしてくれる様はむしろ気分がよくなることもあった。

最初の出会いでは質問責めにあい、あまり良い印象を持たれていないと感じたが、今では少しはロキの親友である青年に、認められた感覚がある。

「それでな、なんと俺は店長のご家族公認の仲になったんだよ、すごいだろクレイ!」
「へえ。だからお前最近ずっと浮わついた面してたんだな、めでたいこった。おっさん、ほんとにこんな阿呆でいいのか? 早まるなよ、あんたならもっと育ちのいい淑女狙えるんじゃないのか」
「なんだとこの野郎ッ」

幼なじみだという二人は本当に仲がよく会話が止まらないため相づちを打っていたのだが、クレイの鋭くも愉悦のにじむ眼差しに私も正面から応えた。

「いいえ。ロキが一番いいです」
「……レオシュさんっ! ほら見たことか、なんも心配いらねんだよ!」
「あーそうかよ。ただ聞いただけだろうが、落ち着けよ。ほらおっさん酒頼んで。三杯な」
「はい、分かりました」

つい笑みがこぼれそうになりながら、普段接することのない若者と楽しい時間を過ごしていた。

「レオシュさん、ほんとすみません、こんなダチしかいなくて。きっと店長の交遊関係とは天と地ほどの差がありますよね。お恥ずかしいっす」

膝に手を置き、律儀に頭を下げてくる彼をなだめる。

「そんなことありませんよ、ロキ。私の友人も荒々しい者達が多かったりしますから。主に前の仕事仲間ですが」
「え、本当ですか?」
「ええ。よかったら、今度私の一番親しい友人にも会いますか」
「は、はい!」

彼が嬉しそうに笑顔を見せる。年の差があるため自分の周囲の話などつまらないと思っていた。過去もしかりだ。
でも、そうではないのかもしれないと最近の彼を見ていて思う。
きっと私が考えるように、ロキも私のことをもっと知りたいと思ってくれているのだと、不思議と心が弾んだ。


バーを出た頃には、夜の十時近くになっていた。クレイにもいつでも店に来るように話し、皆がいい雰囲気で別れたあと、私とロキは揃って同じアパートメントに帰る。

地下鉄で数駅という距離だったため、二人で歩くのは新鮮な思いがしながら、夜の町並みを味わいつつ帰路に向かった。

「はー。楽しかったです、店長。また飲みに行きたいです。今度は、えっと、二人でも」
「はい、もちろんです。行きましょう、二人きりでも」

肩を並べて歩き、隣のロキに微笑む。彼は酒に強く、私と同じでめったに酔わないタイプらしいが、なにやら目元がやわらかくなっているように見えた。

その姿が可愛らしく映り、手を繋ぎたくなる。きっとどちらかが異性ならば傍目から見てもおかしくはないだろう。

「ロキ。今夜、私のところに来てくれますか」
「……はいっ。行きたいです、レオシュさん…っ」

同じことを考えていたのかもしれない。すかさず返事をしてくれた青年に、今度は私が頬を緩めた。

彼が好きだ。心優しく、いつもひたむきで一生懸命で、根気強く、まっすぐな思いをもつ彼が。

私を慕ってくれ、色々な表情を見せてなついてくるこの若い恋人が、大事だと思った。
願わくば、この時間が出来るだけ長く続けばいいと、こんな夜に強く思わずにはいられなかった。

だが、予想だにしないことが起こる。
私はその日、ロキを抱くこともなく、ある大きな事柄に直面することになる。
誠心誠意をもって向き合うべきだと密かに考えていたことだが、今この瞬間に立ち会うことになるとは、想像していなかった。

「あれ? なんか玄関の明かりついてますね。誰だろ、こんな時間にーー」

先にアパートメントの玄関扉を開けたロキの後ろから入ると、中央階段の下に二人の男女が立っていた。
秋物のコートを着た、私より年上に見える人々が、ロキを発見した途端に「あ!」と口を開ける。

小柄な女性のにこやかな表情にも気を取られたが、私はもう一人の男性の顔立ちを見てすぐに思い至った。彼はロキの面影がある。

「お帰り〜、どこか行ってたの? ロキ。久しぶりだね」
「……か、母ちゃん。父ちゃんまで。……な、何してんだこんなとこで」
「なにって、お前を待ってたんだろ。俺はホテルから連絡しようって言ったんだけどな、お母さんが待つってうるさくて」

二人はやはりロキのご両親だった。突然のことに、自分の体が久々に強張るのを感じた。

「あらちょっと、どなた? この素敵な方。二人でおでかけしてたのあんた」
「ちょっ、母ちゃん失礼だから。えっと、ほら、話しただろ? お世話になってる喫茶店の店長のヴァルナーさんだよ」
「……あ、はい、初めまして。レオシュ・ヴァルナーと申します。ロキさんのご両親にお会いできてとても嬉しいです」

未だかつてない緊張をもちながら、会釈をして右手を差し出す。すぐに表情を崩した彼の母に両手で握られ、上下に動かされた。
彼の父とも同じように笑顔で挨拶を交わし、胸の鼓動を意識する。

「ていうか、来るなら来るって教えてくれよ、びっくりするだろ!」
「ごめんごめん。でもあんたが本気で付き合ってる人できたとか言うから、信じられなくて。どうせ男でしょうけど、ハハっ。お父さんと来ちゃったわよ〜」

夫の腕を引っ張りにこやかに話す女性に、私とロキの顔が否応なくひきつってしまった。
こうして私は突如、緊張の連続へと落とされることになった。



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