店長に抱かれたい | ナノ


▼ 9 幸せから波乱

「店長、今日はご馳走になっちゃって、ありがとうございました。すげえ美味かったです!」
「いえいえ。君が気に入ってくれて良かったです。あの店はいつかロキも連れて行きたいと思ってたんですよ」

ハンドルを片手で握り、助手席の俺に微笑む大人の男性。
嬉しいことを言われてデート中緩みっぱなしの顔がさらににやける。

先ほど店長とお洒落なレストランで夕食を食べたばかりで、今は彼のスマートな外車で家に向かっているところだ。

ああ、運転している店長も色気たっぷりでかっこいい……。

こんな風にバイト以外の時間でも二人きりで過ごせるようになり、早二ヶ月。
信じられないことに、俺は店長の恋人になったのだ。
この右手に光る指輪も告げている。お前はもう完全に彼のものなのだぞとーー。

「さて、着きましたね。ロキ。私はちょっと店に運ぶものがあるので、先に行っててもらえますか」
「……あ、はい! でも俺も手伝いましょうか?」
「いえ、すぐに済みますから。ありがとう。私の部屋に帰っていて大丈夫ですよ。鍵はありますか?」
「もちろんです、肌身離さず持ってますよ、俺の家宝ですから!」

アパートメント前に車が停まり、すかさず内ポケットからキーケースを取り出す。そこにはなんと店長から譲り受けた、合鍵がしまってあった。

彼は「家宝だなんて、可愛らしい人ですね君は。もう二人のものですよ」と照れた笑みを見せてくれた。感動で目の前が霞む。

近くの店へ向かった店長と別れ、俺は建物の中に入った。
一階にある彼の家の扉を開けるのは、すでに何度目かのことだ。
自分が仕事で遅くなる際など、いつでも来ていいと言われた。

どれだけ信用してくれてるのかと、渡された時は喜びがあふれ放心状態であった。

リビングのソファに勝手に座りながら、幸せを反芻する。
店長は、店の外でも服装から立ち居振舞いまで洗練されていて、素敵な人だ。

「本当は君をもっと色々な所に連れて行きたいのですが」と申し訳なさそうにしていたが、彼は自営業のオーナーで忙しい人だし、俺は本来そばで働けるだけで幸せなのだ。

そういえばレストランの会計のときも、俺が出そうと思いスタンバってると、「あり得ません」と大人っぽい笑みで一蹴され、ご馳走になってしまった。

年はふた回りも離れているし、付き合うようになってから、彼は俺に対してまさに恋人的な、より甘く優しい扱いをしてくれている。

もちろん死ぬほど嬉しいし溶けそうになるが、俺もいつか肩を並べられるような男になりたい。
なにせ、目標は生涯をともに過ごすことなのだ。憧れ続けた店長とーー。

そのためには早く大学を卒業して、就職しないとな。
いや、もしこのままカフェに勤められたりしたら、二人三脚で家族経営をしていく可能性だってある。

「……くくっ。結婚したら、どっちに住むんだろうなぁ。今一階と二階に住んでるけど、微妙に遠いもんな。やっぱ毎日店長の寝顔見たいし……まだ先に起きれたことねえけどーー」

一人でぶつぶつ妄想をしていると、廊下から人影が現れた。

「ただいま。ロキ」
「……う、おおぉっ! おかえりなさい店長!」

心臓が止まりかけて慌てて立ち上がる。
少しの間だが彼を出迎えるシチュエーションに感激していると、前からぎゅうっと抱きしめられた。

「うぁ、あの、レオシュさん…っ」
「はい」
「どうしましたか、あ、あぁっ」

上着を脱いだ店長の匂いに包まれ、くらくらする。
今までそんな素振りを見せなかったのに、帰宅した途端にひっついてこられ、目がぐるぐる回った。

「するんですか…っ?」
「しましょうか。君が抱きたいです。ロキ」
「〜〜っ、俺も抱かれたいです、店長っ、でも待って、俺、先にシャワー浴びないと!」

首筋に沿うキスに悶えながら、腕の中でもがいていると、動きが止まった。目線の変わらない彼の瞳が、黒渕の眼鏡ごしに優しく細められる。

「では一緒に入りましょうか」
「……ええっ! マジすか! いいんですかそんなご褒美!」
「ふふ。私への、ですよね。君と離れたくないんです」

店長、一滴も飲んでないのに酔っぱらってるのか?
溺れるほどの幸福に襲われながら、俺達は二人で風呂場へ向かった。



「んっ、んうぅ、そこ、やばいですっ、泡でぬるぬるしないでください!」
「しかしロキ。キスしてる間もずっと私の体に押しついてきて、苦しそうでしたよ? 本当は今すぐイキたいんでしょう。ほら、ね?」
「あ、んあぁーっ! レオシュさんっ、だめ、だめです! ずっと我慢してたから、でる、ちんぽ出ますって! ああ、あ、すぐイクぅ……!!」

シャワーの蒸気が立ち上る中、壁際でたくましい裸体に俺は迫られていた。
彼のごつごつした大きな手にちんぽをしごかれ、ものの十数秒で射精する。

「はあ、はあ、はあ……なんで……早すぎた。恥ずかしいっす……」

いつものことだが、この人にかかるとマジでもたない。
引かない快感に遠目になっていると、機嫌のよさそうな店長が俺の濡れた髪をとく。

「我慢するからですよ。そんなところも可愛いですが。気にしないで、ロキ」
「……はぁぁ。優しい店長……でも気になります。……あの、ところで店長のその美しい逸物はどうしますか。……俺もしましょうか?」

彼は年上だから、俺はまだ勝手に色々しようなどという勇気はない。許可をとり、口か手か、はたまた……と淫らな想像をした。

しかし店長は黒髪を掻きあげ、色づく視線で見つめる。
 
「いえ、私はベッドの上で君を満足させたいですから。もう少しの我慢ですね。……このまま、来てもらえますか?」
「は、はい、もちろんついてきますどこまでも……!」

抱きしめられて腰にガチガチのちんぽを感じながら、俺はその後うっとりレオシュさんに手を引かれて寝室で睦み合うことになった。

無論、ここで盛り上がり、激しく犯されてもいいと思ったが、彼はそういうタイプじゃないと思う。
風呂場でするとナマになるしな。店長は今まで完璧にゴムをつけてくれて、本当に優しく愛情深いセックスをする人なのだ。

俺はそれがたまらなく嬉しい。
だが本音を言えば、ナマでもしてみたい。

ちなみに元は遊び人だった俺も、やるときは必ずゴムつきだった。快感は欲しいが、どこの馬の骨とも知れぬ野郎の精液など、体内にいれたくなかったからだ。

一見信じられないかもしれないが、そこら辺は潔癖でよかった。

しかし今は、レオシュさんの精子をたっぷり受けてみたいと思っている。本当に大好きな人だからだ。
そんな気持ちになったのは、彼が初めてだった。





それから数日。午後にバイトのシフトが入っていた俺は、依然としてほんわり幸せ気分に浮かれて働いていた。

「ロキくんどうしたの、最近めっちゃ上機嫌じゃん。彼女でもできた?」
「いやいや〜もっとすごいの出来ちゃって。言えませんけどね、先輩には」
「なんだよそれ、スタイル抜群のセ〇レとか? 俺にも紹介してよー」

仕事は真面目だが若干下半身の緩い男の先輩に、カウンター裏で絡まれる。紹介も何も俺達の上司なんだけどな。
誰にも明かせない秘密にスリルと興奮を味わいつつ、遠くのテーブル席でばっちり制服を着込み笑顔で接客をしている店長を視姦する。

ああだめだ、だめだ。週に二回ほど逢瀬を重ね、ラブラブ甘々なセックスをしているからか、仕事中でも店長のアダルトなお姿がちらつく。

刺激物から目をそらし、俺はひとり仕事に集中しようと頑張っていた。
しかしこの日、とんでもないことが起きてしまう。

夕方が過ぎ、客足が落ち着いてまったりしてきた頃だ。
夜のバータイムの準備のため、店長は裏に回っていた。

俺が会計をしていると、ある二人の客が入ってきた。高価そうな洋服に身を包み、ブランドもののバッグをもつ綺麗な大人の女性。
後ろから体格のいい、不機嫌そうな制服姿の高校生がやって来て、彼女と同じテーブル前にどさっと座る。

年齢差からして親子だろうか。俺は注文を取りに行った。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしますか?」
「ホットコーヒーふたつお願いします」
「勝手に決めんじゃねえよババア。メロンソーダひとつ。あとホットサンド」
「あ、はい。以上でよろしいですか」

態度と口が悪い最近の若者に引きながらも、俺はメモを取った。
しかし息子と同じく派手めな金髪の女性が、にこりと笑う。

「いいえ。あのね、私ここの店長さんに用があるんです。申し訳ないけど、ちょっと呼んできて頂けないかしら」

……えっ。店長?
もしかして俺なんかまずかったか。クレームか?

焦ったのだが、話を聞くとどうやらこの人はレオシュさんの知り合いらしい。
すげえ美人だし、どういう関係なんだ。

頭の中が急にぐるぐるし始めたが、ひとまず俺は店長を呼びに行った。

裏の厨房でグラスを出していた店長の前に、駆けていく。

「あっ、あの店長、実はアマンダさんという方がいらしてまして、お知り合いだとか……店長を呼んでくれと言われたんですが」

彼は棚から手を下ろし、一旦瞳を見張らせた。
ひと呼吸置き、いつもの微笑みを浮かべる。

「そうでしたか、彼女が……。では参りましょうか。君も来て頂けますか、ロキ」
「……えっ。俺もですか?」
「はい。紹介しておきたいので」

柔らかい笑みで伝えられるが、心臓がうるさく鳴りやまなくなった。
紹介…? ま、まさか。やっぱりそうなのか。

あの人、もしや……店長の、も、元妻……とか?
そして隣のオラついた高校生は彼の子供、だったりして。

頭をガシンと鈍器に殴られたような衝撃に陥る。
……い、いや店長は51才で成熟した大人の男性だし、バツ1でも子供の一人や二人いても全くおかしくはない。

でも、マジかよ……。

初めて起こりうる状況にぐらついた俺は、なんとか平静を保とうとしながら、ホールへと向かう店長についていった。



「あら、レオシュさん! 久しぶりね、元気だった?」
「ええ。あなたもお変わりないようで、何よりです。アマンダ。ーーそれに、君も元気だったか? ニコル」

眼鏡を通して高校生を見る瞳が優しい。ていうか敬語じゃない店長初めて見た。すごいレアだ。
場の空気にたじろいでいると、その高校生はにやっと笑った。

「まあな。おじさんは相変わらずこんなこじんまりとしたカフェやってんのかよ。なあ面白いの?」

……あ? なんだと? 

俺はそいつの明らかに失礼な言い方に、自然と血管が浮き出そうになった。
しかし店長は「ああ。すごく面白いよ」と余裕の苦笑で切り返している。

「……って、ちょっと待ってください。おじさん…?」

そうだ、今この高校生、そう言ったよな。
目を見開いて店長に確認すると、彼はやや照れた様子で頷いた。

「はい、そうなんです。彼は私の弟の息子で、甥なんですよ。そして彼女が元妻で、会うのは久しぶりですがーー」
「え、ええー!! まじすか、甥っ子さんとは! ……い、いやー、てっきり息子さんなのかと思っちゃいましたよ」

俺は自らの短髪をかきながらバカ笑いをする。
ああそうなんだ……と正直すごい安心をしてしまった。

「はっ、何言ってんだよ。全然似てなくねえ? 俺とおじさん」
「そうっすよね、確かに。知的なところがすっぽり抜けてるような…」
「ああ? なんだあんた、すげえ失礼なやつだな」

ぎろりと目をつけられてしまうがお前に言われたくねえとしれっとしていると、笑う店長が俺の背をそっと抱いた。

「では、二人にも紹介をさせてください。彼はロキ・ハーミットといって、この喫茶店で一年近く働いてくれている大学生なんです。彼は私がとても頼りにしている方で、この店にとっても、私にとっても、すごく大切な存在なんですよ」

心地よい低音ボイスから紡ぎ出された台詞に、俺は天にものぼる思いがした。
大切って言ってもらえた……そうじーんと感極まる。店長、そんなふうに俺のことを考えてくれているとは。

「あらぁ、ってことはレオシュさんの片腕ってことかしら。すごいじゃないの、まだ若いのに。よろしくね、ロキくん」
「あっ、はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします。アマンダさん」

手を差し出され握手をする。これは俺もとうとう店長ファミリーの一員ってことなのか。
将来義理の家族になるかもしれないため愛想をよくしておこうと、ついでに息子にも手を差し出した。しかし彼は「はっ」とその手を見下ろす。

「ただのバイトだろ。つうかさ、おじさん。今日は話があって来たんだよ。めんどくせーけど」
「こらっ。でもそうなのよ。実はね、レオシュさんにまたこの子のことをお願い出来ないかと思って」

急にお母さんが甘い声で頼みだす。眼鏡を直して彼らの話を真剣に聞く店長に、俺も釘付けになっていた。
要は母親が仕事で海外に行くらしく、その間店長のアパートの二階にこの息子を住まわせてほしいということだった。

ってことはあれか。俺の隣に入居するってことか。
今まで一人で悠々自適に占拠していたため、軽く呆然とする。

「そう、ですか。分かりました。部屋は空いているので、どうぞ使ってください。ーーだがニコル、二階には今ロキも住んでいてね。くれぐれも他の住人もいるということを考えて、生活してくれると助かるよ」
「へーへー。分かってるよおじさん。俺ももう18だし。大人だからさ」

なにやら不穏な店長の忠告に話半分で返事をし、ズボンから携帯を取り出してのぞきこむ。
着信があったのか、くるりと背を向けて手を振りながら、そのまま店の外に出ていってしまった。

「もう。相変わらずなのよ、あの子。とにかく、本当に助かったわ。じゃあ一ヶ月間よろしくお願いしますね、レオシュさん」
「はい。責任をもって預かりますね」

店長は穏やかに話したあと、俺をちらっと見て少し申し訳なさそうな顔をした。
なんだか大変なことになってきた。
あいつ一ヶ月もいんのかよ。俺と店長、せっかくラブラブだったのに。
どこでセックスすんだよ。

そんな身勝手な思いが生まれたが、俺は店長に悟られまいと、終始笑顔を浮かべていた。



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