▼ 50 出所パーティー
翌日の夜、さっそくパーティー会場へと変貌した自宅の居間で、ベルンホーンは乾杯の音頭をとった。
「今回はここにいる皆に非常に世話になった。心から礼を言おう。では俺の出所を祝して、乾杯!」
「「乾杯ー!」」
ラフな挨拶に対してグラスを掲げたのは六人の男達である。シスタ以外にトロアゲーニエと親友のエハルド、同僚のユーゲンと獣人の恋人セルドゥ、最後に堕天使のリンデだ。
皆スーツやジャケットをまとい、華やかな装いである。ベルンホーンの出所に尽力してくれた者達で、今夜はとくに表情も明るい。
ホールは家具がすべて取り払われ、執事によって模様替えが行われた。金や赤、黒を貴重とした荘厳な雰囲気で、赤い花々もあしらわれている。
立食パーティーだが専任の料理人が直に振る舞い、ブルードも酒を給仕していた。
「今日はやけに豪勢な装飾だな。これはお前の趣味か? 黒は嫌いなんじゃなかったか」
「ふふ、まあ今日はいいだろう。魔族の集いだから、悪魔らしくいくのも悪くない」
いいながら近くで白ワインを飲んでいた堕天使の男をちらりと見やる。
それに気づいたリンデは若干居心地が悪そうに口を開いた。
「確かに僕はかなり場違いな気はするが。君が呼んだんだろう?」
「もちろんだとも。今日はお前にぐちぐち言うつもりはないさ。シスタも世話になったしな」
にこりと裏のない笑みを浮かべて悪魔も愛想がいい。
「ほら、そこのお前もだ。トロイエ。今日は来てくれて嬉しいぞ」
「……えっ? なんだよ、おかしな事を……俺はシスタのために来ただけだし」
ビールをすでにかなり大量に飲んでいた騎士は、ほろ酔い顔で悪魔に返す。
隣では彼の気持ちを察する当主トロアゲーニエが苦笑しながらも寄り添っていた。
「わかっているさ。それでももうお前は俺の友だ。あのペンダントのことは感謝している。よくぞ危険を省みず俺のために死地に飛び込んでくれたものだ」
「……はぁ? あんたのためじゃ……なっ、抱きつくな!」
でかい図体の金髪の騎士にがばりと男のハグをする悪魔に、皆ぽかんとしていたがすぐに笑いを誘った。
一番驚いたのはシスタだ。けれど皆にペンダントの話を尋ねられ説明すると、エハルドは喝采を浴び、またベルンホーンとの仲が縮まったと思われ喜ばれていた。
「ったくよぉ、なんなんだよ。別に俺はあいつとダチになったわけじゃねえって…」
「エハルド、飲みすぎだぞ。まぁあいつなりに好意を示そうとしているんだろう」
「ほんとかよ。色々浮かれてるだけだろ」
隣でフォローする青年をじとりと見やる。同時にため息が漏れた。
「俺も複雑だけどさ。お前が嬉しそうなのは分かるしな……しょうがないか」
肩を抱かれ、シスタも自然と笑みを浮かべた。
気がついたらベルンホーンはユーゲンたちと話をしている。
「エアフルトさん。今回は本当に丸く収まってよかったですね。私達も安心しましたよね、セルドゥ」
「本当にね。ユーゲンは仕事のことはまったく家に持ち込まないのに、エアフルトさんたちのことはすごく気に病んでいて。僕もよかったよ。お世話になった二人だから、ずっと仲良く過ごしてほしいな」
美しい獣人の青年も親身に話してくれ、ベルンホーンは改めて礼を言う。
「お前には助けられたな。いい働きをしてくれた」
「いえ、我々管理局のほうが普段あなたにはお世話になっていますから。所長も喜んでいましたよ。また仕事を押しつけられると」
「おいおい、容赦ないな。……まぁ仕方ないか、しばらくは精力的に働くよ。恩返しだな」
「素晴らしいですね、伝えておきます。……けれど、ひとつ気になったのです。私もさすがに数年は禁固刑を処されると思ったのですが、今回の陛下の処遇というのはいったい……やはりトロアゲーニエ卿の多大なお力添えもあるのでしょうね」
するとトロアゲーニエは両手を振って謙遜する。
「いいや、僕の影響なんて微々たるものだよ。もちろん力は尽くしたけれど。ユーゲン、君や君のお父様の嘆願もあるだろうし。……最も気になったのは、あのヴェルガロン公爵のお話だけれど。本当なんですか? ベルンホーン様」
小柄な金髪の青年の瞳が輝きだす。皆の空気は一瞬とまり、視線は一点に向けられた。
するとベルンホーンは不敵に笑い、腕を組み始める。
「本当さ。しかし手柄はそこにいる老執事とシスタのものだ。俺は何もしていない」
「ええっ! どういうことなんですか? 教えてください!」
好奇心旺盛なのはトロアゲーニエだけでなく、ユーゲンも執事とシスタに向かっていった。
黒いスーツをまとった老齢ながらもたくましいブルードは、困ったようにお辞儀をする。
「私はただ最初にお世話になった主人にお願いをしただけでございます。すべてはシスタ様のために」
「ええと、私もありがたいことにブルードのおかげでお知り合いになれたんだ。とても凄いお方だということは理解しているが、文通をしても普通の優しい紳士という印象でーー」
「普通? それはさすがに失礼ですよ、シスタ。あの方は魔族の頂点に位置する超上流階級です。それに文通など、なんと大胆な手をーー」
「あ、そうだったのか? すまない」
質問責めを受けるシスタの隣で、魔人の騎士ものほほんとしている。きっと飲みすぎていたのだろう。
「でも手紙のやり取りでは、そこらへんのおっさんみたいな感じなんだろう? まるで日記交換になっているらしいじゃないか。お前の地味なノリと合ってるのかもなぁ」
「トロイエ! そこらへんのおっさんなんて、言ってはいけないよ! 彼は魔族中の尊敬と憧れを集める男性なのだからね!」
「え! 申し訳ありません、トロアゲーニエ様ーー」
途端に背筋をただし謝りだす。
失礼な魔人達は集中砲火を浴びてしまうが、ひとりベルンホーンはそれを楽しそうに見ていた。
歓談が進む中、皆は庭園を臨めるテラスのソファに集まり、夜空をみながら酒を楽しむ。
するとベルンホーンがシスタを傍らに呼んで立ち上がった。
「さて、そろそろ重大発表としようか。皆も薄々感づいているかもしれないが、俺とシスタは正式に婚約をした。さぁ祝ってくれ」
自信満々に言う悪魔にぎょっとした青年だが、いっせいに拍手が沸き起こり、おめでとうと大きな声がかけられる。
シスタは平常心を保とうとしていたが、視線を浴びて冷静ではいられなかった。赤くなったところでセルドゥが楽しそうに質問する。
「そういえば、婚約指輪はどこですか?」
「ふふ、君は目ざといな。俺は出所したばかりだから、落ち着いたら凄いやつを買ってやるつもりだ。他に質問は? 今ならなんでも答えてやるぞ。ではそこの堕落した天使、良いことを聞いて俺を気持ちよくさせてみろ」
皆の笑いが飛ぶがリンデは不服そうに考える。
「君のその傲慢な態度はのちに問題を引き起こすぞ。守護天使だった僕が忠告してあげよう。シスタ、この男に我慢ならなくなったらいつでも僕のところに来るといい。話を聞いてあげよう」
「ああ、ありがとうリンデ。そうさせてもらうよ」
「おい! さっそく俺達の幸福に水を差すな堕天使が!」
そしてやはり、矛先はこの騎士にも向けられた。
「最後にトロイエ。俺はお前からも祝いの言葉をもらいたい」
「おい、もういいだろベルンホーン」
青年が止めても勝ち誇った悪魔は見据え、騎士も見つめ返す。
エハルドの視線は寄り添う二人をさまよい、瞳はどこか寂しげに揺れる。
「俺は……シスタが幸せならそれでいいよ。俺は一回不幸にしちまったから、あんたにはこいつを大事に、幸せにしてやってほしい。だから……もう捕まったりすんなよ。それと、俺のポジションは変わんねえから。……くそっ、あぁやっぱり腹が立つぜ! トロアゲーニエ様、魔界では不倫したらどうなるんですか?」
「え? それは、された側が好きにしていい決まりがあるよ。打首とか、良くて拷問かなーー」
「おい不倫だとふざけるな!! お前が俺のシスタに手を出したら速攻地獄送りにしてやるからな!!」
三人の息のあった芝居に皆は吹き出していたが、シスタは気が気ではなかった。
だが注意深く見ていると、悪魔はなぜか今日は不機嫌にならず、親友も呆れて相手してやっているだけのようにも見える。
そんな大事な存在の二人に、シスタは少しだけ気が楽になったのだった。
深夜になると賑やかな声は一段と深まり、会はまったくお開きにはならない。
涼しくなったため室内に入り、照明は落とされまったりした雰囲気で皆おしゃべりを楽しんでいた。
そんな中、ベルンホーンは窓の外を見て考えたような顔つきをする。
「やはりいらっしゃらないか」
「いえ、お越しになられたようですよ。たった今」
「……本当かっ?」
後ろに佇んでいた執事が頷くと、悪魔は喜び勇んで玄関口へ向かった。
そんな彼の様子を皆も気づき、何事かと構える。
やがてベルンホーンが連れてきたのは、黒いマントを羽織った背の高い中年男性だ。年は50代ぐらいで、艷やかな黒髪に金色の目が光る、明らかに吸血族の特徴をした美しい男である。
従者もなくただ一人で現れた彼に、全員が驚愕してその場から立ち上がった。すぐに誰だか分かったのだ。
自然と頭を垂れ、静粛になる。
「顔を上げてくれ。そうかしこまらないでいい。私はただのゲストだよ。彼に呼ばれてね」
「本当に来てくださるとは。ありがとうございます、ヴェルガロン公爵。いえ、二ズル様」
隣に立ったベルンホーンは胸に手を当ててお辞儀をする。
「改めてお礼を言わせてください。今回の件であなたのお力添えをいただいたことを。そして私のシスタが大変世話になりました」
「いいんだ。私も楽しかったよ、この世界を知らぬ若き魔人との日々は新鮮だった。なあシスタ」
「はい。二ズル様。素晴らしい経験をさせていただきました。今夜もお越しくださり、ありがとうございます」
公爵が二人と握手をし、それから他の招待客にも一人一人挨拶をして手を差し出した。
「お会いできて光栄です。ヴェルガロン様」
「君は裁判官の息子だったな。魔族ながら清廉潔白な匂いがする、なのにやたらと色気のある美しい青年を連れているな。自ら険しい道を行くのもまた一興だ。頑張りたまえ」
「ありがとうございます。この心に誓います」
悪魔と獣人のカップルも胸に手を添え頭を下げる。
それからトロアゲーニエは実際彼を目にすると緊張で固まってしまっていたが、穏やかに話しかけられていた。
「君は医療に秀でたカウェリネス家の青年だな。魔王家を助けているとか。それにこの魔人、ふむ、いい体だ。君の顔つきは幼いが腕は素晴らしいのだろうな」
「あっ、ありがとうございます! 彼は僕の大事な仲間であり宝物でもあるのです、トロイエといいます! ヴェルガロン様のお言葉一生忘れません!」
どこか初々しさをもつ青年に微笑んだあと、公爵は騎士をちらりと見た。
騎士は後ずさりたくなる威圧感を全身に受ける。
しかし彼に小声で耳打ちをされた。
「君も苦労するな。ベルンホーン卿ほどのいい男に立ち向かうのは大変だろう。なに、君なりのやり方で支えてやるといい。魔族と魔人にはまだまだ隔たりがある。隙間を埋めてやれ」
「は、はい。もったいないお言葉感謝致します」
予期せず助言をもらい、なぜか腑に落ちる感覚になった。
「ん? 君は堕天使じゃないか。こんなところで何をしている」
最後に視線を向けられたリンデもさすがに緊張している様子だ。
「あなたは吸血鬼ですか」
「おい、失礼だぞ。彼は吸血族の始祖であるお家柄のお方だ」
ベルンホーンが制するがヴェルガロンは余裕の笑みを浮かべている。
「なんだね、吸血族は嫌いか? 私も堕天使は好きじゃないが、君の人となりは聞いているよ。本当に胸糞が悪い者の前には私は現れない。胸を張りたまえ、リンデ」
名を直接呼ばれて緊張感が走る。
「いえ……僕は胸を張れるような天使ではありませんよ。宙ぶらりんな存在です」
「そんなことはない。あなたはもう私達の仲間で、友人だ。一緒に働いているときも助けてくれるじゃないか」
「……シスタ」
口を挟んだ魔人を堕天使が見つめる。段々と警戒心が剥がれていくようだった。
「ほら、彼はやっぱり人間だ。こういうところが、僕は好きなんだ。皆もそうだろう?」
その場の者達にうなづかれ、予期せずシスタはまごつく。
ベルンホーンも満足げに肩を抱いてきた。
「ふふっ、私もシスタのことは好きでね。彼は面白い。我々にはない純粋さとまっすぐな心があるだろう」
最も感情のこもった公爵の言葉に、ベルンホーンだけは密かに喉をごくりと鳴らしていた。
「皆、自由にしてくれ。何も私の機嫌を伺うことはない。現役を退いた身だ、そう愉しいことも言えないぞ? あぁ、そう言っているのにこの者達は。懐古主義という年でもないだろうに」
皆キラキラした瞳で中央席に座った公爵の言葉を待ち望んでいる。
「ーーそうだ。あの戦いで百人殺したのは本当だ。ん? 千人だったか? ブルード」
「千五百人ですよ」
「そうだった、あまりに不甲斐なかったから、いつも少なくカウントしてしまう」
長く生きる彼の武勇に男達は盛り上がっている。
「ベルンホーン卿、悪いな。主役は君達なのに」
「とんでもありませんよ。皆興奮しているのです。私もですが」
悪魔もにこりと囁き、この雰囲気を良しとしていた。
皆のためにも公爵を招待してよかったと思う。
「ヴェルガロン様がこんなにお話しやすい方だったなんて、驚きですよ。僕、失礼なことしたらすぐに殺されてしまうのではと思ってました」
「トロアゲーニエ卿、はっきり言い過ぎですよ。でもそうですね、若輩者の我々とこんなふうにお話してくださり感謝します」
「いいのだよ。私も活きの良い若者達と話すのは久しぶりだ。なかなか楽しいものだな」
年季の入った美しい男は、それぞれを見て感心した様子だった。
「皆、前途ある若者たちだ。なんと素晴らしい輝きなことか。困ったことがあれば私に言うといい。君たちの後ろ盾になってあげよう」
皆が驚きと歓声に湧く。大きな喜びと記念として心に刻まれた。
だがここで、ベルンホーンが真剣な眼差しで口を開く。
「二ズル様。ひとつお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ、遠慮するな」
「それでは……あなたはシスタを愛人とするおつもりですか?」
そう尋ねた途端、空気が凍りついた。
一線を超えた問いにシスタが激しく反論する。
「ベルンホーン、なんて失礼なことを言うんだ! やめろ!」
「ふっふっふ。いいぞ、許してやろう。……君は私が彼をそういう目で見ていると言いたいのか?」
二人が交わす視線に、その場の皆は一転してもう逃げ出したくなる。
頼むから、おかしなことを言ってこの強者を刺激しないでくれと。
「いいえ。そうは思いませんが。ただ確認しておきたかったのです」
「ほう。ではそのために私を呼んだのだな」
「はい」
まっすぐと見やるそれは畏敬の念よりも、毅然とした雄の顔つきだった。
二ズルが全身から覇気を放ち、空間がパリンッ!と割れる音が生じる。頑丈な窓に亀裂が入り、皆防御体勢に入った。
ベルンホーンも気迫で耐えていたが、こめかみに汗が滲む。
「私がそうすると言ったら君はどうするんだ?」
「戦います。シスタをかけて」
はっきりと答えると二ズルは食えない笑みを浮かべた。
「はっはっは! そうか、私と戦うと。これは勇気のある男だ」
二ズルはやがてゆっくりと気を鎮める。
「君は根性がある。私とのやり取りに命をかけるとはな。……くくくっ、ブルード。彼は面白いな。昔からこうなのか」
「ええ、そうですよ。二ズル様、窓を壊さないでください。掃除が大変です」
「ああ悪かった悪かった。またお前の小言が始まりそうだ」
普通の空気で話し出す大人二人に皆が深く胸を撫で下ろす。
どうやら惨事は回避されたようだ。
「この若き勇敢な男に答えを与えなければな。ベルンホーン、君の伴侶には手を出さんよ。あと千年若ければ分からないが、今の私は君に張り合えるほどの魅力が……いや、魅力はあるな。精力がない。そうだ。昔ほどはな。だから安心しろ」
ベルンホーンは明らかに息をついて安堵した。
「そうでしたか。ありがとうございます、二ズル様」
自分の背を抱いて礼を言う悪魔に、シスタは再び文句を言えなかった。馬鹿げているとは思うが、これが魔族の慣例だ。
「では今の言葉は、ここにいる皆が証人だ。よいな?」
公爵が発すると誰一人異を唱えず頷く。
「二ズル様。ご機嫌がよろしいようで」
「分かるか。私もまだまだ男として脅威に映るようだぞ。実に気分がいい。シスタ、私とお前はただの友人同士だというのにな。色男に心配されてしまったよ、ふふ」
「本当にすみません」
だがヴェルガロンはこれ以上に気前の良いところを見せる。
「ベルンホーン、君を惑わせてしまった詫びに、私が君たちの婚姻の保証人になってやろうか。君の家の力があれば困ることはないだろうが、後ろ盾はあるに越したことがない。知り合えた縁だ。さきほど言ったように、ここにいる者達も困ったことがあれば私を頼るといい。暇を持て余しているのでな」
すると皆は湧き、感激していた。
魔界の深淵に君臨する者の思いつきなのかもしれない。それでもこうも力強い存在は勇気を与えたのだった。
長い夜の祝会はお開きとなり、招待客たちは満ち足りた顔でそれぞれ去っていく。
最後まで残っていたヴェルガロン公爵は、シスタと他の者達が別れを交わしているとき、つかの間ベルンホーンと話す機会があった。
「さきほどは失礼しました。二ズル様」
「構わない。それよりベルンホーン。君にひとつ教えてやろう」
黒マントの紳士は優美な笑みで振り返る。
最後まで油断していなかった悪魔の鼓動がわずかに鳴った。
「城でシスタといる時、私に血をくれれば君を助けてやると持ちかけた。無論、冗談のつもりでな。すると彼は真剣な顔で了承したよ。何をしてでも君を救いたかったようだ。……君達はどうやら私を恐れないタチらしい」
機嫌よく告げる吸血族の前で、ベルンホーンは瞳を揺らす。
シスタは若い魔人ではあるが、経験のある魔術師だ。この男を恐れないはずがない。
「いいえ。俺もシスタも恐れは知っています。けれどそれ以上に、あなたのようなお方に無謀な真似をしてでも、互いを失いたくなかったのだと思います。……ありがとうございます、二ズル様。この御恩は忘れません」
魔王への嘆願を含め、ベルンホーンは改めて礼を言う。
「大したことはしていない。君の刑を取り消せと一筆したためただけだ。しかし返事は早かったな。「了解した」と。まるですでに決まっていたかのように。なに、今度あいつと久々に食事をすることにした。君はもっと前に事情を聞くだろうが、私もその時に知るだろう」
彼の知らせにベルンホーンは慎重に耳を傾ける。
「あの、あいつとは…?」
「魔王だ。ヒィズデンネルグ。彼の伯父上が同窓なんだよ。小さい頃はよく色々な所に連れていってやったものだ」
公爵がさらりと述べる。
今更ながらスケールが違う存在と話をしていると感じ、ベルンホーンですら気が引けてきた。
けれど、これは謁見に向けての序章のようなものだ。
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