Otherside | ナノ

▼ 46 父親

初めて面会に行った日の出来事には、まだ続きがあった。

「どうだ? 格好いいか?」
「ああ。すごく似合っているよ。……でもふと思ったんだ、お前は普段アクセサリーをつけていないよな。だから気に入るかどうか分からなかったんだ」
「お前に貰ったものなら何でも使うさ。それにな、俺が社交場以外でつけないのは、よく壊してしまうからだ。時々力の加減が効かなくてな」
「え…? じゃあそれもあまり強くないかもしれない」
「大丈夫。見ていろ」

懸念を浮かべたシスタの前でベルンホーンは金の腕輪に魔法を与える。仄かに光る魔力を注いでいるようだ。

「強化魔法だ。これで死ぬまで頑丈で俺の手首から離れないぞ」
「……そっ、そこまでしなくても……あ、しかし……それなら今までのものも壊れないだろう? 魔法を使わなかったのか」
「そうまでするほど大事なものはなかった。だから誰も俺にはアクセサリーをプレゼントしない。お前は特別だ、シスタ。ふふ、俺の童貞をいくつも奪っていくな」

彼らしい表現で伝えられるが悪い気はしなかった。
それだけこの男の中で自分も特別だと思われていると実感がわく。

こんなふうに自然に思うようになったことも不思議だ。けれど想われていることに気持ちは安らいだ。

「シスタ。あとどのぐらい時間がある?」
「ええと……ちょうど一時間だ」
「ならばイケるか。悪いな、今日はじっくり話をしようと考えていたんだが、やっぱり我慢が出来そうにない」
「えっ? ……ああ!」

突然ソファに青年を押し倒し、緑の瞳が艶めかしく動いた。空気が甘い雰囲気に変わっていく。

「あ……だめだ、ベルンホーン……」
「なぜ? お前を俺にはっきりと思い出させてくれ、シスタ……」

すると二人の頭上に扉を叩く音が響く。
悪魔はげんなりと肩を落とした。

「ベルンホーン様。失礼いたします」
「あとにしてくれ。今一番待ち望んでいたところなんだ」
「あなたのお父上であるエアフルト公爵がお見えです」

告げられて大きく目を開く。父親の訪問だ。
二人はすぐに立ち上がり、服と姿勢を正した。

廊下からゆっくり歩いてくる靴音がわかり、シスタはやや焦る。

「私は帰ったほうがーー」
「いいや、君もいなさい」

扉が開くと同時に聞こえた耳障りのよい美声は、長いローブをまとったプラチナブロンドの男だった。外見は若いが渋い色気を放っている。

「父上!」
「遅くなってすまないな、ベルン。元気にしているか?」
「はい。会いに来てくださりありがとうございます」

感激の面持ちで頷く息子を強く抱擁する。

連絡は取り合っていたが、これまで自分のために奔走してくれていたのだとベルンホーンは予想がついた。

「さあ、まずは座って話をしよう」

居間の中央の一人席に当主ルフォードが腰をおろし、彼の斜め両側にベルンホーンとシスタが座る。
一気に場の空気が緊張感をもった。

「ベルンホーン。なぜ堕天使を殺したんだ? 弁護士から話は伝わっているが、お前の口から聞きたくてな」

直球の問いに息子は背筋を伸ばし、顎を引く。
父にはけっして嘘はつかない。それは大人になったベルンホーンが大事にしていることだった。

「俺の大切なシスタを拐われ傷つけられました。どんな者であれ絶対に許すことは出来ません。だから死の報いを受けさせたんです」

ベルンホーンから出る気迫が部屋に充満する。彼は自然と怒りで拳を握っていた。

「ふむ……そうか。お前は彼を本気で愛しているのだな」
「はい、愛しています。……奴らのために、家名を汚してしまったことは申し訳ありません」

息子は頭を深く下げて謝罪をした。それを正面で見ているシスタの胸も痛む。

「わかった。顔を上げなさい、ベルン。お前に約束しよう。必ず私がここから出してやる。それまで少しの間辛抱するんだぞ」
「……父上……。ありがとうございます」

ベルンホーンは立ちあがり、彼のそばへひざまずいてその手の甲を自身の額に当てた。

親子の強固な関係を目にしたシスタは圧倒され、自分は場違いなように感じる。

それから二人は話を続けたが、ベルンホーンは当然あることを危惧していた。

「エアフルト家に報復の類は起こっていませんか」
「その影はないな。管理局と協力して調査しているが、過激派は身を潜めていてるようだ。こちらから手出しはしないが、私の軍はいつでも対応できるよう準備している。お前が外のことを気にする必要はないぞ、ベルン」

安堵した様子で息子は頷いた。
邪魔をせぬよう大人しくしていたシスタに、やがてルフォードの視線が向かう。

彼のまとう柔らかな空気はそのままだったが、挙動ひとつに青年も悪魔も注意を払っていた。

「ではそろそろ本題に移ろうか。お前達には私の言うことをひとつ聞いてもらおう」
「……なんでしょうか、父上」

ベルンホーンの声音が緊張を乗せる。
シスタも嫌な予感がし、恐る恐る見つめた。
こんな事件を起こした以上、自分は追放されるのではと思っていた。

「お前は彼と結婚をしなさい」

しかし父ははっきりとそう言った。
二人に激震が走り、静かになる。

「い、いいのですか?」
「ああ。お前が奴隷のために天使を殺したと言っても、納得する者は誰もいない。けれど愛する婚約者のためならば、理解するだろう。本気で彼を愛しているという言葉を私は信じよう」

ベルンホーンは再び頭を下げて礼を言う。
当主の眼差しがもう一度シスタへ向かった。尋常でないほど心臓をうるさくさせる。

「君も、それでいいな? シスタ」

決定事項のように問われた台詞に、もはや抗える余地はなかった。
シスタは乾いた口からなんとか声を出す。

「はい……承知しました」

ベルンホーンと同じように頭を下げ、服従を誓う。
当主に認められたということは、そういうことだ。

それにベルンホーンを助けるためならば、シスタはもうなんだってするという心づもりだった。

「え? おい、シスタ。俺が何度求婚してもお前は首を縦に振らなかったのに、父上に聞かれたらそんなにあっさりと頷くのか?」
「……な、なんだ。今そこにつっこむな。私もものすごく汗をかいているんだ」

すると当主の柔らかな笑い声が響いた。

「ふふふ。素直な子は好きだよ。君もベルンのことを大事に思っているんだな」
「それは……もちろんそうです。ルフォード様」

彼の答えに当主は納得のいった様子で目を細め頷いた。

「では行こうか。少し君と二人で話がしたい。ベルン、悪いがお前の婚約者を借りていくぞ」

突然そう言われ、また二人に緊張が走ったが、シスタは断る理由もなく腰をあげた。

ベルンホーンと別れ、また来ると約束をして邸宅を去る。護衛の者に付き添われ馬車に乗り込んでからは、特に身が引き締まった。

二人は揺れる馬車で向かい合わせになり、会話をした。

「そんなに硬くならないでくれ。取って食ったりはしない、君はブルードのもとに安全に送り届けてやろう」
「ありがとうございます」

シスタは行儀よくまっすぐな姿勢で返事をした。

「当主。本当に彼との結婚を許してくださるのですか?」
「ああ、そうだとも。私は成人した息子達の意思に反対することはほとんどない。それにベルンは強く望んでいるように見えた。実家に恋人を連れてきたのは初めてでね、冒険以外であの子の熱心な姿は本当に珍しいんだ」

くすくすとした柔らかな笑みに思わず魅せられる。

「君はどうなんだ? さっきは了承をしたが、本当はどう思っている。実はな、私は必要ないと言っているのだが、執事のデシエがたまにベルンのことを報告してくれるんだ。どんなことをしているとか、そういうことをな。あいつが独立して以来ずっと」
「そうなんですか…?」
「ああ。君のことはゼフィルからも聞いているよ。ルニアが懐いていい子だそうじゃないか。世話になったな」
「いえ、私に出来ることならば喜んで」

シスタは少し表情を和らげ、真摯に答える。

さきほどの問いに答えなければ。でも、どう言えばいいのか。そう傍らで考えていると、率直に尋ねられる。

「君は私の息子を愛しているのか?」

その時シスタは追い詰められる感覚よりも、体が熱くなるのを感じた。

きっと口に出すことで、もっと感情が先に進んでしまうのだろうと考えた。
けれど、さきほど見たあの笑顔を思い出すと、それでもいいと思える。

「はい。私はきっと、彼を愛しています。……まだ、彼にも伝えたことはありません」
「……そうか、それはすまなかった。あいつに怒られそうだな」

ルフォードは父の顔つきで苦笑する。
しかし彼の疑問はまだ尽きない様子だった。

「もうひとつ君に聞きたいことがある。君の親友のことだ。ここに来ることになった目的の彼だよ。何か起きたとき、君はベルンホーンとその彼の、どちらを選ぶんだ?」

声質ががらりと変わり、彼の美しく柔和な顔つきは鋭く見据え、押し迫る威圧感にシスタは強張った。

当主は暗に息子を選べと言っているのだ。
それが見知らぬ魔人を家に引き入れる最低かつ最大の条件だと。

しかしシスタは答えられなかった。
エハルドにはお前を選ぶとはっきり告げた。その気持ちは嘘じゃない。
本当に選ばなければならない時がきたら、そうするだろうと思う。

けれど、出来るのだろうか。
少なくとも簡単には頭がついていかない。

どちらも大事で選ぶことは避けたい、というのがシスタのずるくも本当の答えだった。

「すみません。答えられません」
「何故だね。愛とはただ一人に誓うものだろう? 四人の妻をもった私がいうのも可笑しいだろうが。……不思議なものでな、息子には彼だけの幸せを望んでしまうんだ」

金色の瞳が不思議な力を持ち、まっすぐと見つめられる。
それでもシスタは屈することができなかった。

「ベルンホーンのことを心から大切に思っています。けれど、エハルドは私にとって家族同然の男です。家族か恋か、選ぶのは今の私にとっては難題です。今まで彼を見てきて、きっとベルンホーンにとっても私かエアフルト家どちらかを選ぶというのは悩ましい問題だと思います。私自身は、それほどの価値が自分にあると思ってはいませんが……」
「あるさ。今のあいつの居所を見ろ。ベルンは君を愛している」

真剣にそう指摘されるとシスタは黙ってしまった。

「すまないな。責めているのではない。親心というのはこういうものなんだ。……それにしても、家族か。初耳だったな。その親友と愛し合っているのではないのか? 君達の行動原理を考えて、そう捉えていたよ」
「そういう気持ちではありません。彼は私の身内に等しいんです。私のそういった、恋愛としての感情はベルンホーンに……」

話慣れないシスタは赤くなり言葉をすぼめていく。
そんな態度を見せられた当主は少しだけ面食らったようだった。

「君の気持ちはわかった。……ふふ、少し安心したよ。人間とは可愛らしいものだ。未来の義理の息子をいじめるつもりはない、許してくれ」

友好的に握手を求められ、まだ緊張しながらも受ける。
それは初めてベルンホーンの父のぬくもりを直接感じ取ったときだった。

「あの、私が婚約者になって大丈夫なのでしょうか。魔人が入り込み、公爵家の名に傷はつきませんか」
「私が認めれば何も問題はない。だから安心していい。君はエアフルト家の一員になるのだから、堂々としていなさい。いいね?」
「……はい。感謝します。ルフォード様」

深く頷きながら、内心でシスタはとんでもないことになってしまったと、改めて自覚をした。



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